11話 カフェ・ド・パリ
薫と絢香は、いつものバーで話し合っていた。
酒を飲み、タバコを吹かしながら話していた。
いつもと変わらない光景。
だがしかし、今日は違う。
何故なら、今日は薫がいつもよりも落ち着きがなかった。
何回も目を逸らしており、絢香は不思議に思った。
絢香は気になり、薫に聞いてみた。
「ねぇ、薫ちゃん。何か、私の顔についてる?」
「え?あ、えっと・・・」
自然に装いながら問いかける。
絢香は薫が言うまで静かに待っていた。
(言うんだ・・・誘うんだ・・・)
薫は緊張しながらも、自分に言い聞かせるように、息を整える。
「あ・・・絢香さん」
その声に、絢香が煙草を灰皿に置き、ゆっくりと薫の方へ顔を向けた。
「ん?」
「え、えっと・・・その・・・」
口を開いたものの、言葉が詰まった。
絢香は、何も言わず薫を見つめていた。
グラスにもタバコにも手を伸ばさず、ただ静かに、穏やかに。
その視線が、優しさとも圧ともつかない緊張感を運ぶ。
薫は目を伏せ、一度だけ深呼吸をして、ようやく口を開いた。
「こ、今週の土曜日・・・一緒に・・・お買い物、しませんか・・・?」
途切れ途切れの言葉がやっとのことで彼女に届く。
言い終えた瞬間、耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かった。
(やっと言えた・・・でも、断られたら・・・)
その不安が心を覆い、目の奥がじわりと熱くなりかけた───そのとき。
「いいよ」
やわらかな笑みを浮かべて、絢香が応じた。
一瞬、時間が止まったような錯覚。
薫は、胸の奥から安堵がこぼれていくのを感じた。
「ありがとうございます、絢香さん」
心からの笑顔を浮かべて、薫はもう一度絢香を見た。
その後はふたり、土曜日の予定について語り合った。
約束の土曜日。
薫は、約束の時間より早く、待ち合わせ場所に立っていた。
いつもバーで着ている黒のシャツとタイトスカートではなかった。
今日は白いトップスにベージュのジャケットを羽織り、グリーンのハイウエストパンツ。
それに、細めのストラップヒールサンダルを合わせていた。
(似合ってるかな?)
ここに来るまで、何度も首をかしげたコーディネート。
それでも今日は、彼女の横に似合う女性として、彼女に見て欲しい。
不安混じりの気持ちを押し隠すようにスマホを手にしたそのとき、不意に背後から声がした。
「来るの早いね」
振り向くと、そこには彼女がいた。
柔らかな笑みを浮かべる女性、絢香がいた。
「いえ、私もついさっき来たばかりです」
「そうなの?」
「はい」
薫が頷くと、絢香は薫をじっと見つめた。
その視線に、薫は照れくさそうに頬をかいた。
「あ、絢香さん・・・えっと、その・・・どうかしましたか?」
「ん? あ、いや・・・」
絢香は少し目を丸くして、そしてふっと笑った。
「いつもと雰囲気が違うから、ちょっと驚いただけ。すごく大人っぽくて、素敵だなって思ったんだ」
その一言に、薫の胸がふわりと熱くなる。
ちゃんと見てくれた。
考えに考えた今日のコーディネートを、憧れの人に褒めてくれた。
「・・・ありがとうございます」
小さな声でそう返しながら、薫はうつむいて笑った。
顔が熱いのをごまかすように。
「それじゃあ、行こっか」
「はい」
そうして、二人は街中を歩いた。
「確か最初は、服を買うんだったよね?」
絢香が思い出すように言うと、薫は軽く頷いた。
「はい。私のよく行くお店です」
「でも、どうして服を買おうと思ったの? 」
「そ、それは・・・」
薫は少し戸惑った様子で目をそらし、そっと絢香の服に視線を落とした。
「絢香さんって、いつも黒と白の服ばかりじゃないですか・・・」
初めて出会ったときから、彼女の服装は一貫して白黒だった。
悪くはない。
でも、別の色も見てみたいと思ったのだ。
「うん、そうだね。言われてみれば、ずっとそうだ」
「なので今日、服をプレゼントしたいなって思って・・・勝手に決めてしまってごめんなさい」
「・・・買ってくれるの?」
「はい。私が誘いましたから」
その言葉に、絢香は少し驚いたように目を瞬き、それからふっと微笑んだ。
「そうか。じゃあ、楽しみにしてるよ」
薫の口元が自然とほころぶ。
「はい! 任せてください!」
頼りにされている───その実感が嬉しくて、気のせいか足取りまで軽くなった気がした。




