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ブルームーン  作者: 葡萄
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1話 ブランデー・エッグ・ノッグ

春風が吹く、雲ひとつない満月の夜。

人々は一日の仕事を終え、会社の仲間たちと連れ立って、街中の居酒屋で酒を酌み交わしていた。

今日の疲れを笑い声とともに流し、ささやかな安らぎの時間を過ごしている。

街の喧騒から少し外れた細い路地裏に、ひっそりと佇むバーがある。

店内は静かで、カウンターの中には無口なマスターが一人と客が一人だけ。

黒髪のショートボブでスタッドピアスをつけている女性が、カウンターの端でグラスを傾けていた。

彼女の視線は手元のスマートフォンを見つめる。

画面には父親からの短いメッセージ───

「ごめん、今月も帰れそうにない」───と表示されていた。

女性はグラスを軽く揺らし、息を吐いた。

本来なら、父親は先月には帰ってこられるはずだった。

けれど、急な仕事が入り、また約束は果たされなかった。

そのことを思い出すと、自然と目頭が熱くなり、指先でそっと涙を拭った。

忘れようと、手元のグラスを傾けたが───もう、そこには一滴も残っていなかった。

「すみません、さっきのと同じのをお願いします」

無言で頷いたマスターは、空のグラスを片づけ、新しい酒を注ぐ。

(今日はもう、考えるのはやめよう)

女性は出されたグラスをそっと口に運んだ。

連絡アプリを閉じ、気を紛らわせようと検索サイトを開こうとした。

その時、店の扉が音を立てて開いた。

扉の開く音に思わず目を向けると、そこに立っていたのは───

白髪で背中が隠れるほどの長髪に、リングピアスをつけている長身の女性だった。

その姿に、黒髪の女性は目を瞬いた。

(・・・初めて見る人だ)

白髪の女性は何事もなかったようにカウンターへ歩み寄り、静かに腰を下ろすと、マスターに酒を頼んだ。

黒髪の女性はこのバーの常連で、気持ちが沈んだときにはいつもここに来る。

閉店まで飲んでしまうことも多く、ときには酔いつぶれてマスターに世話を焼かれることさえあった。

(綺麗な人だな・・・)

黒髪の女性は、グラスを傾けながら白髪の女性を密かに見つめていた。

バレないように、あくまでさりげなく。

白髪の女性は注文した酒をゆっくり味わっていたが、やがてふと視線を黒髪の女性に向けた。

それに気づいた黒髪の女性は、慌ててスマホに目を落としながら酒を一口。

(や、やばい・・・!)

高鳴る心臓の鼓動を感じながら、スマホの画面に視線を落としていると、白髪の女性がすぐ隣に立っていた。

「隣、いいかしら?」

「あ、は、はい・・・どうぞ」

反射的に答えてしまい、すぐに拒否しようとしたが既に白髪の女性は席に座っていた。

(間違えた!反射的に言ってしまった!私のバカ!てかなんで隣に座るの!?私何かした?いやしたけどさ!見てたけどさ!もしかして見られるの嫌だった!?それは見るよ!だって白髪で美人だよ!しかも肌白!そして長身!モデルか二次元でしか見たことないよ!)

黒髪の女性が心の中で何かをつぶやいたそのとき、白髪の女性は酒を一口飲み、彼女の方へゆっくりと顔を向けた。

「いきなり話しかけてごめんね。引っ越してきたばかりで、誰かとお話がしたくて・・・」

「そ、そうなんですね・・・」

黒髪の女性は戸惑いながらも、小さくうなずいた。

白髪の女性が静かにグラスを傾ける。

それを見て、黒髪の女性もつられるように酒を口に含んだ。

(悪い人じゃ・・・ないのかな・・・?)

そう思いながら横目で彼女の様子をうかがうと、白髪の女性の肌が驚くほど滑らかで、黒髪の女性は内心たじろいだ。

(どんな化粧品、使ってるんだろう・・・)

考えているうちに、白髪の女性と目が合った。

彼女はふっと穏やかに微笑む。

その笑みに思わず目をそらした。

酒のせいか、それともあの笑みのせいか。

あるいは、その両方かもしれない。

頬が熱くなるのを感じた。

そして次の瞬間、白髪の女性が突然、突拍子もないことを口にした。

「ねぇ、何か悩んでることない?」

「・・・え?」

彼女には確かに悩みがある。

それは父親の事だ。

彼女の母親を幼い頃に亡くし、父親と二人になった。

父親は余り彼女と暮らしていない。

何故なら、父親は仕事でよく海外に出張していて彼女と一緒に暮らす時間が無く、父親が(やと)った家政婦と一緒に暮らす方が多かった。

今は彼女も成人となり、家政婦を雇うのを辞めて彼女一人に家を任せることにした。

父親に頼られることに喜んだ彼女は父親に褒めて貰える為に家事を(いそ)しんだ。

毎日の電話で父親に褒めてもらうために彼女は様々な賞や資格を取っていった。

しかし、ここ数ヶ月父親の仕事が忙しくなり、電話する時間がなかった。

仮に時間があったとしても、日本との時間差で掛からないことがある。

自分は大丈夫っと伝えても、娘の健康が大切だっと言われて渋々諦めて、メールだけを行った。

だが、最近、父からの返信が遅く、メールの数も次第に少なくなってきた。

そのことを思い、普段は誰にも言わなかったが酒の影響なのか、彼女は初対面の女性に、父親について話した。

「私は・・・お母さんは私が幼い頃に亡くなって、お父さんと一緒に暮らすのかと思いました。だけどお父さんは仕事で中々家に帰ってこなくて家政婦さんを雇ったのです。その時、私はまだ小学生だから家事なんて出来なかったし・・・何年生だったかな・・・テストで百点を取ったです。それをお父さんに伝えると、頭を撫でながら褒めてくれたんです。それがとても嬉しくて・・・友達と一緒に遊ぶ時や家政婦さんが誕生日を祝ってくれた時よりも、嬉しくて・・・それから私は何かに取り憑かれたかのように賞や資格を取っていきました。お父さんに褒めて貰えたくて・・・けど最近、仕事で帰ってくることが減って・・・電話も減ってきて・・・お父さんは医者で・・・仕事を邪魔したくないから、メールも余りしませんでした・・・だけど・・・」

すると彼女の目から涙が流れた。

「やっぱり・・・寂しいよ・・・また、会いたいよ・・・」

頬についた涙を手で拭くと、突然温かいものが頭に置かれた。

白髪の女性の顔を見ると、優しさに満ちた表情をしながら、頭を撫でていた。

「今まで頑張って来たんだね。凄いよ」

「・・・凄くありませんよ・・・ただ、自分の為にやってきただけです・・・」

「それが凄いんだよ。誰かの為に何をするのって一見簡単そうで実はとても難しくてとても凄いことだよ。途中で逃げ出さずにやり遂げるのは簡単に出来ることじゃない。本当に頑張って来たんだね。偉いよ」

白髪の女性の言葉に、彼女は涙を流した。

その言葉は、今まで無意識に彼女が欲しかった言葉を言ってくれた。

その事に気づくと彼女は更に涙を流した。

それを見た白髪の女性は、何も言わず彼女の頭を優しく撫でた。

ここまで読んで頂きありがとうございます

この物語は全17話あります

今日から毎日投稿するので次回も読んでいただけますと幸いです

因みにタイトルはカクテルの名前です

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