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第三話「孤独な騎士」

森を抜け、馬車が王都へと戻ってくる頃には、

太陽はすっかり地平線の向こうに姿を消していた。

王城の灯火が遠くに揺れている。


リリーは馬車の扉を開け、地面にそっと足を下す。

冷たい夜風が肌を撫でる。

目の前に佇む建物に視線を向ける。

そこにあるのは、自分の“家”でありながら

――安らぎなど、どこにもない。


「おかえりなさいませ、リリー様!」


重たい扉を開けて出迎えてくれたのは、ただ一人の味方。

幼い頃からずっと傍にいてくれるリリー専属のメイド、マリーだった。


「無事で……ほんとうに、よかった……」


マリーの瞳に涙が浮かぶ。

彼女は、任務の度にこうして帰りを待ってくれていた。

リリーは微笑み、そっとその肩に触れた。


「大袈裟よ、マリー」


微笑みながら、リリーはそっと彼女の肩に触れる。


「ですが、お嬢様にもしもがあれば私……」


「……ありがとう。心配してくれて。私は平気だから」


こうして自身の身を案じてくれる人がいるだけで十分。

この家に囚われている私にとって確かな救いだから。


――


屋敷の廊下を歩いていると、カツ、カツ、と硬い靴音が聞こえてきた。

ふと顔を上げれば、白銀の髪を優雅にまとめた女性が、

リリーを見下ろすように立っていた。


「お母様、今戻りました」


リリーはすぐに一礼する。


フロナ・エルヴェント。

リリーの実の母であり、才女と呼ばれる完璧主義。

実力主義であるエルヴェント家における絶対的権力者。


「また森に行ったのね。よくもまぁ、あんな場所に」


「任務でしたので」


リリーに向けられた冷たいその瞳に、温かさの欠片もない。


「泥臭い。お父様に恥じぬようにと育てたのに、

どうしてこうも落ちぶれたのかしらね、リリー」


「……」


リリーは俯いたまま、口を閉じる。

これがこの家での私の日常。母の侮蔑は今に始まったことではない。

“第二公爵家の娘”として生まれた自分に求められるのは、

美と教養、そして社交。

剣をとり、現場に出るなど本来、令嬢にあってはならない。


けれど、それでもリリーは剣を選んだ。

初めは反対していた母様も何の才も持たない厄介者を

体よく排除できると考えたのだろう、許可を出した。

まぁ、監視付きなのは変わらないけど。


「くれぐれもお父様の顔に泥を塗ることはしないこと。いいわね。

ま、どうせ長くは続かないでしょうけど」


皮肉な笑みを残し、母は廊下の向こうへと消えていった。

その背に何も返せず、ただ立ち尽くすリリー。


(この家では、私は“娘”じゃない。……ただの飾り。もしくは……都合のいい道具)


――


部屋に戻ると、マリーは手際よく紅茶を用意した。

上品な香りがリリーの張り詰めた心が少しだけ緩まる。


だが、コップに注ぐマリーの手は震え、目には怒りが浮かんでいた。


「……どうして、リリー様があんな言われ方をさせないといけないんですか!」


「……」


「リリー様、やはりこんな家には!」


「マリー!」


鋭い声で制したリリーはそっと、マリーの手を握る。


「怒ってくれて、ありがとう。でも……私はまだこの家にいなきゃいけない。

王国の目の中で生きていくには、表の顔が必要なの」


「……っ、でも」


「大丈夫。私、慣れてるから」


そう言って微笑むその顔に、マリーは何も返せなかった。

その貼り付けた笑顔は嫌なほどそばで見てきたのだから。


――


翌朝。

リリーはいつものように、王都にある騎士団本部へと赴いた。

だが、その空気はいつもと違っていた。


「……なんだか、妙に慌ただしいわね」


騎士たちが足早に行き交い、空気は張り詰めている。

事情を把握するため団員の一人に声をかける。


「おはよう、何かあったの?」


「リリー様、ご存じなかったんですか?

なんでも王国が“魔族根絶”を本格的に始動すると。」


――心臓が、冷たくなる。


「急にどうして……」


「たしか、新たに就任した指揮長が……」


リリーはすぐさま、来た道を引き返し

城にある指揮長室へと向かった。


――


重厚な扉をノックする。

返答がきて部屋の護衛により扉が開かれる。

部屋に入ると、中央の豪奢な椅子に座っていたのは、

厳つい体格と白髪の指揮長。


「ほう、リリー卿か。何の用だ?」


「先日の森の報告について、それと今騒がれている噂を……と」


「ふん。タイミングがいいな。そのうち、其方にも話そうと思っていたよ。今回の“清掃”についてな」


「清掃……とは?」


「ふ、分かっているだろ魔族根絶だよ」


笑みを浮かべながら話すその口ぶりに、リリーは震える拳を背後に隠した。


(命をなんだと思って……)


喉の奥が焼けるほど、言葉を飲み込むのが辛い。

だがここで感情を見せれば、すべてが終わる。


「お言葉ですが、今の戦力ですと大規模な作戦はできないと思いますが」


「わかっておる、だから私が来たんだ」


そう言って、男は席を立ち、

胸元から銀の十字の見せつけるように取り出し見せた。


「!それは教会の……」


「我は教会の騎士、アデルド」


「そうでしたか……」


教会――王国の北に拠点を構える、国最大の教会。

その内情はごくわずかしか知らないベールに包まれた教国。

噂によれば天界と繋がっているとさせている。とか


どちらにしても権威は偉大なもの、

侯爵風情が盾突くことなど出来ない存在。


「其方にも協力してもらうぞ、」


「……了解しました。」


教会の者は鋭い、

今は悟られないように従順なふりをする必要がある。


「ふはは!良い返事だ。期待しているぞ、“華の騎士”」


皮肉交じりの称賛にも、ただ頭を下げるしかなかった。



この国で、私の本音は“罪”になる。

それでもリリーは、信じている。

いつかすべての者が共存できる世界を。


(私は、諦めない。どんなに一人でも。世界が敵でも)


彼女の瞳に宿る光は、まだ消えていなかった。

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