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17/24

16 11:09

 十時半。


 ――俺たちは促されて、最初にこのビルに入った場所であるところの、地下駐車場に案内された。

 どうやらこのビル、地上階に通常の出入口はないらしい。あるのは非常口だけだとか。



 駐車場では既にワンボックスワゴンが待機していた。


 宮佐さんが運転席に回り、自動運転設定を切ってハンドルを握る。

 俺と透真、ユリは後部座席だ。


 与座さんが車外に立って、運転席の窓越しに宮佐さんと雑談している。



 出発するのかと思いきや、車は動かない。


 俺が怪訝に思っていると、駐車場の奥から、どう見てもこれは護送車だなとわかる、ごつくてでかい車が進んできた。


 続いてビルの入口が開く。


 そして、恐らくはあの取り調べ映像の中で侵入者(アグレッサー)を取り調べていた人だろうなとわかる、神経質そうな若い男の人が、――見間違えようもない――あの侵入者(アグレッサー)を後ろ手に手錠を掛けたまま、小突くようにして護送車へ誘導していく。


 侵入者(アグレッサー)のヘルメットは毟り取られたままになっており、彼が頻りに左右を見渡して、「なあ、あのガキどこ!?」と怒鳴っているのは聞こえてきた。


 俺としては小さくなるほかない。

 大変な奴からの恨みを買ってしまった。


 護送車に侵入者(アグレッサー)が押し込められ、ここまで彼を連れて来た人が、ふぅ、とばかりに額を拭う。


 間髪容れず、与座さんが「おつかれ」とばかりにその肩を叩いて、護送車の中に入っていった。

 護送車には、自動運転を示すランプが点いている。


「よーし、出発だな」


 宮佐さんが言って、バックミラーの位置を調節してから、シフトレバーをDに入れた。


 ハンドブレーキを下ろしつつ、バックミラー越しに後部座席を見て。


「ヒメユリ? 助手席に来てもいいんだぞ?」


 透真がじゃっかん傷ついた様子で、「俺ってそんなに危険人物かな?」と俺に囁いてきたが、――違うそうじゃないんだ。


 きみが変なことを言ったせいで、妙に宮佐さんが神経質になってんだけど、と責める目を向けると、ユリはてへへと笑っていた。





 俺たちの乗った車を先に立て、護送車も動き出す。


 広い地下駐車場を抜け、抜群のセキュリティを抜けて、水天宮通りを進む。



 車内システムが既に通話モードで起動されていたらしく、明瞭な三条さんの声が聞こえてきた。

 指揮Gと呼ばれていたか、その人たちが通信の向こうにいるらしい。


『――護送車が妙な動きをしないか注意していてくれ。きみのヒメユリが決めた縛りがあるとはいえ、相手は侵入者(アグレッサー)だから』


「そのためにわざわざ貴一をつけてるんですがね。――了解してますよ」


『ヒメユリは、今日はまだ?』


「まだ使ってないです、大丈夫です」


 ユリが口早に応じる。


 俺も透真も落ち着かない気持ちで、ちらちらと後ろを振り返り、リアウィンドウ越しの護送車を窺ってしまう。


「こんな一般道を使っていいんですか?」


 と、俺は思わず運転席の宮佐さんに向かって尋ねてしまう。


「この辺り一帯を通行止めには出来ないからな」


 宮佐さんが素気なく応じる。



 そうしながら俺は、バックミラー越しに、宮佐さんが何度も後部座席を確認していることに気づいた。


 俺を見ているのではなく、ユリを見ているのでもない。

 ――透真を見ている。


 ちらちらとリアウィンドウを振り返る透真を、俺や透真の、不慣れなゆえのあてずっぽうな警戒ではない、確たる意図のある警戒を以て――じっと見つめている。





 俺たちが東京駅丸の内口から出て四百メートルほどのところから広がる、およそ二平方キロメートルにも及ぶ広大な空き地に到着したとき、そこにまだ、侵入者(アグレッサー)が言っていた、迎えとやらは影も形もなかった。



 宮佐さんが、自動運転システムを励起させてから車を降りる。


 そばに停まった護送車の方へ大股に歩いていった宮佐さんが、与座さんと交代した。

 与座さんがこっちに歩いてきて、運転席に収まる。


 自動運転システムは切らず、音声起動で発進できるようにしたままだ。


「ヨザおじさん、どんな感じの展開の予想?」


 ユリが立ち上がり、運転席のシートに掴まって身を乗り出しながら尋ねた。


 与座さんは、ちらっと――今も車内システムが音声通信の状態にあることを示す――フロントガラスの隅に灯る白いランプを見てから、頭の後ろで手を組む。


「――さあなあ。こんなの、前代未聞だしなあ」


「他の国でも経験なし?」


「なーし。ヒメちゃんいなかったっけ、昨日のうちにアメリカとスイスとドイツ、フランス、ロシア、あとオーストラリアだな。その辺のBGSには問い合わせ済みだ」


「あっちの国の人たちが、日本には伏せてることだったり?」


「その可能性もまあ、それこそ三条さんとかは考えただろうけどな」


 ね? と、通信の向こうにいる相手に声を掛け、応答がないことに鼻を鳴らしてから、与座さんは続ける。


「にしては結構、この事例に喰いついてきたらしいんだよな。何なら、あそこにいる――」


 護送車を顎で示す。


「――あのガキについても、スイスとかは『こっちで預かりたい』って言い出したらしくてさ。いや、どう見てもあいつも日本人だから、これはこっちで片をつけますってことで畳んだらしいけど」


「あらら」


 と、ユリ。

 目を丸くする彼女がバックミラーに映っている。


「じゃあ、責任重大? そんなのに、BGS職員二人で臨んでいいの?」


「ヒメユリを入れれば三人、通信の向こうには――ええっと何人だっけ。指揮Gだから十一人か。それだけいるだろ。参集すれば来られる場所に、制服組の人員も置いてるしな。

 それに、責任重大かというと――そうでもない」


 あっけらかんと与座さんは言った。


「初めてやることだろ? 成功したら大喝采。失敗したら、この事例は難しい事例だったっていうことになる、それだけ。だから人命最優先」


 それに、と言葉を継いで。


「他の国も知らない切り札が、うちにはある」


「わたしだね」


「そう、ヒメユリ」


「ちなみに、成功の定義は?」


 与座さんが苦笑する。

 ブリーフィングにいなかった俺たちに、ユリが状況というか、作戦の全容を教えようとしているのがわかったのだろう。


「ミッションその一、あのガキの言ったことの真偽の確認。

 ここでルート分岐だな。あいつの言ったことが真なら、本物の透真を取り返す必要がある。その場合、出来ればここにいる透真も確保し続けたい。

 ――あいつの言ったことが偽なら、あいつの目的の確認。この場からの全員無傷の撤退は必須。かつ、どうして透真が記憶を落っことしたのか、その再調査も必要になる」


 透真が俯く。


「ミッションその二、侵入者(アグレッサー)側の観察だな。マジでここまでどの国も後手に回ってるから、連中のテクノロジーの一部でもわかれば大金星だ。

 何を狙ってこっちに手を出してるのかもわかれば、言うことなしだな」


侵入者(アグレッサー)の集団が、ここをディバイドするのかな?」


「壮観だろうな。――まあ、それがいちばん可能性としちゃ高いが」


『思い込みは禁物です』


 通信の向こうで、下代さんらしき声がする。

 与座さんが肩を竦めた。


「わかってますよ」


 ユリがお道化た様子で運転席の真後ろのシートに腰を落ち着けながら、首を傾げる。


「じゃあ、他にはどんな登場になるかな。ヘリが降りてくるとか?」


 ちら、と目配せを受け、俺は義理のような気持ちで付き合う。


「――戦車で登場」


「他には?」


「向こうから俺たちそっくりの集団が現れる。鏡かな? と思ってよく見ると、侵入者(アグレッサー)


 ユリが弾けるように笑った。


 透真が呆れた様子で俺を見て、「よくそんなの思いつくね」と言っている。


 与座さんが、ドン引きした様子でバックミラー越しにユリを見ていた。


「ヒメユリ、なんかこいつと仲良くなってない?」


「歳が近い人って珍しくて」


「望愛がいるだろ」


「ノアちゃんはちょっと……怖いというか……」


「まあ、あいつ、ゴリゴリのギャルだしな……」



 そのとき、与座さんのギズモがアラーム音を立てた。



 与座さんが落ち着いてギズモをポケットから取り出し、音を止める。


 ユリも、すっと真顔になっていた。


「十一時九分」


 与座さんが淡々と言う。ギズモはパブリックモードの音声通信状態。


 ディスプレイには、「宮佐恵互」の表示。


「――あのクソガキを捕まえてから、ちょうど三十六時間」



 車の中の空気が張り詰める。


 心なしか、通信越しの三条さんたち――背広組の人たちも、固唾を呑んでいるのが伝わってくるようだ。



「恵互さん、ガキの調子はどうですか?」


『変わらないよ。にやついてるだけ』


 宮佐さんの冷静な声。




 そのとき、俺たちから三十メートルほど離れた空間に、異変が起こった。




 ――空気に罅が入る。

 さながら、その空気がガラスと化したように。


 空中を伝播した白い罅割れが、差し渡し縦に二メートル、横に五メートルほどに達し――割れる。

 音もなく。



 砕け散った空気は、仄かに光る白い欠片となってひらひらと舞い落ちて、――その向こうが見えた。





「お出ましだ」


 与座さんがそう言って、運転席のドアを開けて車の外に出る。

 エンジンは掛けたまま――いざというとき、音声指示で自動運転が働くように。


 ドアを閉める寸前、与座さんは俺たちを振り返って、「中にいろよ」と念を押した。


 俺と透真は固唾を呑んで、ユリは落ち着いて、頷きを返す。


 ユリがギズモを取り出して、窓を開けて、動画を撮影し始めた。





 白い罅割れの向こうから、三人の黒づくめが進み出てきた。


 ――いや、黒づくめの格好ではあるが、ヘルメットは被っていない。

 ヘルメットは腰のベルトからぶら下げている。


 三人とも男で、顔を晒している。


 先頭に、生真面目そうで冷ややかそうな、前髪をきっちり分けた三十代くらいの男性。

 その後ろに二人――片方は明らかにガタイが良い、髪を角刈りにした四十代くらいの男性、もう一人はくしゃくしゃの髪をした二十代くらいの男性。



 三人が三人とも、特段の感情のない事務的な表情で足を進めていて、――その足を、はたと止める。



 先頭の男性が、訝しそうに与座さんを見て、俺たちが乗っているワンボックスワゴンを見て、それから護送車を見た。



 そして皮肉っぽく唇を曲げる。


 片方の脚に体重をかけて、後ろの二人を半ば振り返るようにして、言う。



 その声がこちらにも聞こえてきた。



「――白井くん、やっぱりドジを踏んでましたね」























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