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2.外れ籤の男

 わたくしはブルースター侯爵家のフローレンス、今年十七歳になった。婚約者ステイス侯爵家のランディ様は、現在王立研究所勤めの二十五歳だ。

 主に花嫁修業を修めるためのアイビー女子精華学院を卒業する来年の春、晴れて挙式することになっている。同級生の中では一番早い結婚だ。

 それもあって、最近は同級生達からの風当たりが強くなった。


 しかも、大抵の同級生は結婚後には社交のシーズン以外は領地へ行かなければならないのに比べ、わたくしのランディ様は王都勤めなので、王都から離れることはほぼない。

 そこも面白くないらしい。


 ステイス家は名門で資産家だし、わたくし達に用意されたタウンハウスは噂の的になるほど立派だった。


 だから、同級生達の一部は好んで当てこすりを言った。わたくし自身への中傷ではない。

 だってわたくし、学院では「完璧な淑女」と呼ばれていますもの。

 ランディ様の妻として恥ずかしくないように、がんばりました。


 ランディ様はわたくしにとっては、完璧な殿方ですのに。

 なのに皆様はランディ様を論って笑うのですわ。

 わたくしの唯一の弱点とばかりに執拗に揶揄ってくるのだが、わたくしは痛くも痒くもない。


 ランディ様の美点はわたくしだけが知っていればいいのですもの。


 ランディ様には驚かせられてばかりだ。


 ランディ様は王立研究所で飛行艇の研究をなさっている。大変高度で難しい研究だ。

 飛行艇は実用化されて百年以上経つが、それをさらに技術向上そして革新するのが、ランディ様の研究だ。


 皆様に言った通り、ランディ様の研究内容のお話はとても難しくて、わたくしにはよくわからないことばかりだ。


 揚力?空気抵抗?流線形?燃焼反応?冷却装置?吸気行程?圧縮燃料?


 言葉ひとつをとっても、わたくしの理解が追い付かないことが多い。


 今は速度を五倍にしつつ、燃料の排気をいかに環境を害さないようにするかを研究なさっているそうだ。


 仕組みはさっぱりわからないけれど、素晴らしい研究をなさっていることはわかるわ。


 ランディ様は同級生達(友達なんかじゃないわ)に言わせると、いかつくてもっさりしていて武骨でセンスが壊滅的だそうだ。

 背はあまり高くないが、がっちりとした体形だ。

 分厚くて大きな眼鏡をかけていらっしゃる。かなり近づかないと、その青く澄んだ瞳の色さえわからないほど度が強い。


 普段は研究所職員の制服を着ている。

 大抵の研究所の人達は、学者然としたヒョロっとした、基、大変スマートな方が多い。

 その方達に比べると、お世辞にも制服が似合うとは言えない。制服はとてもスタイリッシュなのに。

 がっちりした肩や胸板が、まるでつっぱっているように邪魔をして、制服に変な皺が寄ってしまうのだ。ボタンはいつも弾けそうだ。


 普段の服装は大変地味好み。ブラウンやモスグリーンを好まれる。好まれるというのは正しくない。無難な色を選びがちなのだ。そしてあっさりした型の服ばかり着ている。洒落っ気は確かにない。

 夜会やガーデン・パーティに出る時でも、少し流行から外れた着心地第一の服装をなさる。

 自分に何が似合うかわかっていらっしゃらないのだ。

 わたくしと結婚したら、服装改革が必要だと言わざるを得ない。

 しかし、結婚するまではあくまで「もっさり」していて欲しい。

 誰かに欲しがられたら嫌ですもの。


 そして「センスが悪い」件。

 同級生に言わせるとランディ様がわたくしに贈る物は、「年頃の娘に贈るにはふさわしくない」のだそうだ。


 道化師のブレスレットは「まるで子供のおもちゃ」と言われた。黒い蝶々のペンダントは「不吉」。灰色の外套は「地味すぎる」。婚約指輪に至っては「有り得ない」と言うのだ。


 この道化師のブレスレットを贈られた時は驚いた。同時に「ランディ様らしい」と思った。そして笑った。

 その笑いに、ランディ様は満足げな笑顔を見せてくださった。


 黒い蝶々のチョーカーは

「結婚するまでは、いついかなる時も身に着けていて欲しい」

 という約束だ。心配性なのだ。


 灰色の外套は、冬の初めに一緒に出掛けた時に買っていただいた。

 初冬だったが底冷えのする日で、その日わたくしが着ていた外套では少し寒かった。

 その様子を見て、ランディ様はわたくしを自分の外套にくるんでおっしゃった。


「ちょうどいい。今日は君に外套を贈ろうと思っていたんだ」


 ちょっと変わった店だった。

 主に男性もの、しかも冒険者や軍の方が着るような外套を扱った店だった。


 その奥に女性用の外套が置かれているとは思いもしない、いかめしい感じの店構えだった。


「私もここの外套を着ているんだ」

 ランディ様はおっしゃった。

「着てみたらとても温かくて軽い。女性用はないのか聞いたら、君にぴったりなのがあったんだ。これでどんな寒さも君を害さない」


 明るい灰色のその外套は、飾り気がないところも、着てみると温かくて実用性が高いところもランディ様のようだった。


「これをお召しの女性はそうそういらっしゃいませんよ」

 店主が笑顔で言った。

 そうだろう。こんな外套を婚約者に贈る殿方は、王都広しと言えどもランディ様くらいだし、贈られる女性はわたくしくらいだろう。


「建国祭の昼間の野外行事は寒いからね。これを着るんだよ」

 優しくランディ様がおっしゃった。わたくしの胸もぽかぽかと温かくなった。


 婚約指輪も気に入っている。

 ランディ様は同じ石で作ったジュエリー・セットも贈ってくれた。夜会用だ。

「同じ石で作ったティアラもあるからね。挙式後の夜会で着けて欲しい」

 とても嬉しかった。


 挙式の準備はほぼ調っている。


 建国式を楽しくすごしたら、最後の学期を終わらせて卒業して、一か月後には晴れてわたくしはランディ・ステイス夫人になるのだ。


 待ち遠しくてまたまらない。

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