第1話
長い睫に大きな二重の目を更に大きくした綺麗な瞳が見える。重なった唇は滑らかな艶と、弾けそうなのに押し返してくる強かさを併せ持つ。潤った彼女の唇からは逃れられない魔性が秘められている。
さらに僥倖は俺の右手にもある。しっかりと鷲掴みにしているのは、ほっそりとした鎖骨の下に堂々と聳える双丘の片方だった。ずっしりとした重量、圧倒的な質量を掌に感じる。指が食い込むほど柔らかいのに、弾けんばかりの肉厚感。これを至高と呼ばずしてなんと呼ぶべきか。
俺たち2人の時間だけが止まったかの空間で、見知らぬ美少女にファーストキスを捧げながら、豊満な胸を揉んでいる。何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をしているのか分からなかった。
こんなときは状況整理のために、ここまでの経緯を回想してみよう。あれは確か────
『ダメだよお義兄ちゃん…私たち兄妹だよ』
桃色のショートカットが良く似合う女の子が潤んだ瞳をしている。
「何を拒むことがあるんだ。俺たちは本当の兄弟じゃない。それに、兄と妹の禁断の愛っ…!それが唆るんじゃないか!」
『私、お義兄ちゃんのこと好きだったのに…こんなこと、間違ってる…!こんなことされたら私…戻れなくなっちゃうよ…』
「人生は選択肢の連続、選んだ道が間違えだとしても、人生の選択としてそれは正解の道になるのだ!否定しながらもなんだかんだ求めてしまう表現力、このゲームは全国のお義兄ちゃん脳の揺さぶり方を把握しすぎてますなぁ!」
俺は右クリックを押す。PCに映し出された小柄な義妹の桃花ちゃん(俺のドストライク)が、嫌がりながらも徐々に大好きなお義兄ちゃん(俺)の言いなりになっていく。
その桃花ちゃんのあられもない姿を脳裏に焼き付けようと、目を血走らせているのが俺、真童帝王、20歳、限界大学生だ。言っておくが本名だぞ。名付けた親もこの世界も腐ってやがる。
現在俺はエロゲー配信者として『身体中バキバキ!?ジャンルの違うエロゲー10本完全攻略するまで寝れまてん』という企画で生配信をしている。ちなみに、配信者名は《カイザーDT》だ。よろしくな!
今日で配信5日目。遂に最後の1本『親父の再婚相手は俺の婚約者に成り果てる』という、自分の父親が再婚した相手を家の中で、父親にバレないようNTRぶちかますという、人道から背きすぎて1回転したような鬼畜ゲーの裏ルート、義妹ルートを攻略中なのだ。
この義妹ルートを攻略すれば、長きに渡るエロゲー漬け生活ともおさらば。横に積まれたエナドリとカップ麺のタワーが、凄絶な戦いの様を表している。
肉体も精神も満身創痍。初日はエロシーンに息子センサーがビンビン反応していたが、3日目頃から永眠している。このまま機能不全にならないか心配だ。
「選択肢を間違えないように…」
この裏ルートはエロゲー界隈で鬼畜クソゲールートとして有名。1つでも義妹ルートの選択肢をミスると、両親にバレてバッドエンドまっしぐら。しかもロードを使って選択肢の前に戻ろうが、データの初期化をしようが、義妹ルートでcongratulationが見れることは無くなってしまう鬼畜の所業。
「くそっ…!盛り上げたいからって最後にこんな鬼畜ルート選ぶんじゃなかった。疲れてるからか、目が霞んでくる。指先が震える。まじで死ぬかも」
{E・GOD:死ぬ前に桃花ちゃんだけヤっちゃって}
{禿おやじ:もう少しで完走だよ!頑張って!}
{プリンプリンP:とりあえず早くして。俺の息子が桃花を待っている}
{ザ・メン天使:いや、俺の桃花なんだが}
「あー、コメントありがとう。全部応援として受け取っとくが、プリンプリンPとザ・メン天使、お前らはダメだ。桃花ちゃんは俺だけのもの。そこは譲らない」
配信のために喋り続けるが、俺の現実HPも残り僅か。減少するHPに反比例して視聴者のボルテージは高まっていく。そして画面のボルテージも火照っていく。
「最初は嫌々だった義妹が、こんな従順になって…」
画面の光景に涙が溢れ出す。なぜ泣いてるのかって?理由は俺にも分からない。勝手に涙が出てきてしまった。感動するってこういうことなのか…
『お義兄ちゃん。私たち、幸せになれるのかな』
そして遂に最後の選択肢が出てきた。
《誰がなんと言おうと、俺が幸せにしてやる》
《黙れメス豚!家畜らしい幸せを与えてやる!》
なんてぐっとくるセリフなんだ!ベッドの上で指を絡めながら、塩らしく微笑む義妹。この先の将来に不安を持ちながらも、お義兄ちゃん(俺)との未来を選ぼうとしてるのが性癖に刺さる!にしても、こんなの選択肢が1つしか無いようなものじゃないか。
キタ━━!の嵐でお祭り騒ぎのコメント欄と、さらに嬉しいことに同接1500人over。チャンネルの登録者数よりも多い。こんなの、配信者冥利につきちゃうじゃないか。
「絶対…幸せにする」
俺はそう決意して、選択肢を間違えることのないように、エナドリを一気に胃袋へ流し込む。だが、それだけじゃ足りない。この5日間でエナドリは浴びるほど飲んできた。こんな刺激じゃもはや脳が覚醒することはなくなってしまった。
「この時のために、こいつを取っといたのさ」
俺は茶色い紙袋から1本の小瓶を取り出す。それを高々と掲げたら決め台詞。
「アレギンギン酸MAX配合"漢、起ち◯ぽ"ぉ~」
ゆっくりと少ししゃがれた声で商品説明するのがコツだ。
「皆、俺の起ち様見とけよ。絶対フィニッシュまでイってやる!」
蓋を捻ると、カシュッという心地よい音と共に、白い煙と嗅いだことのあるイカ臭がする。思わず鼻を塞ぎそうになったが、そんなことに怯んでられない!
込み上げる嘔吐反射と一緒に、小瓶の中身を喉奥へと流し込む。
入れた瞬間に心臓が跳ね上がるのを感じる。全身に血液が巡っていき、疲れが全て吹っ飛んでいくような高揚感がある。脳内のドーパミン、エンドルフィン、アドレナリン全てがだだ漏れになっていくぅぅぅ。しゅごいっ、しゅごすぎるよぉぉぉ!!
────ブツンッ!という、まるでタンポンを交換しようとした時に紐を引っ張ったらちぎれた時の鈍く重い切断音(聞いたことはないけどね)が聞こえたかと思うと、俺の目の前は真っ暗になった。
クスリ、ダメ絶対。
◇◇◇◇◇◇
目の前が真っ暗になった俺は目を覚ますと、白を基調とした壁や柱に、豪華絢爛な神々しい飾り付けがされた部屋の中心に仰向けで倒れていた。
「あ、あれ…桃花ちゃんは…?ッ!」
体を起こすと頭に鈍い痛みが走る。
「お目覚めになられましたかぁ」
どこからか綺麗な声がする。声がする方へ顔を向けると、純白の階段の上の大きな椅子に誰かが座っている。玉座というのだろうか。そこに座っていたのは女性だ。
目覚めたばかりなのか、エロゲーのやり過ぎなのか、ぼやける視界にの中目を凝らす。
見えてきたのは、白銀の用に煌めく髪。それは椅子からはみ出しどこまで続いているのか分からないほど長い。そして端正な顔立ち。一瞬で目と心を奪われる美しさを感じるのだが、靄が掛かったようにはっきりとは見えない。少し目線を下へずらすと。
「エッッッ!」
古代ローマ人が着ている用な白装束から溢れそうな、エベレスト急のおっPの谷間ががっつり見えている。さらにその下には、スカートとも言えないレースの間から、艶かしい美脚が伸びて足を組んでいる。その数cmの隙間は深淵よりも暗く、先を覗くことを阻んでいる。
「ごめんなさいぃ。急に召喚んでしまったからぁ、さぞ驚いていますよねぇ」
「えっ、いや、まあ…少し?」
「私はニフェラと言いますぅ。欲情の神様でぇす。今の状況を簡単に説明するとぉ、貴方は魂の状態ですぅ」
「………は?かみさま?たましい?」
「はいぃ。ここは神域ですのでぇ、精神体じゃないと召喚べなかったんですぅ」
「いやいやいや、言っている単語は分かるけど、言っている意味が分からない。自称神だか痴女だか知らないが、俺はエロゲーの裏ルート攻略中だったんだから一刻も早く帰してほしい。桃花ちゃんとのハッピーエンドが待ってるんだ」
「あぁ~、それは無理ですぅ」
目の前の自称神とやらが困ったように笑う。表情は相変わらず靄がかかっていてよく分からないが、笑っているのは感じる。
「だってぇ、貴方は死んでますからぁ」
「死ん、でる…?」
死んでる。この言葉だけが頭の中をループする。それ以外は考えられない。ぐるぐると洗濯機のように死んでるが回っている。
「はっ…いやいやいやいや!そんなわけ無いだろ。さっきまで俺はエロゲーしてたし、リスナーとも話をしていた。まあ、多少夜更かししたり(5日間不眠)不摂生な食事だったり(毎食カップラーメン)エナドリをちょこっと飲んだり(合計20
本)したけど、そんな急に死んで天国で神様に会ってるとか言われても信用できないな」
「本当に思い当たる節が無いのですかぁ?」
「だからっ、今も言ったけど、思い当たることなんてあるわけ…」
あるわけないと言う前に、俺の脳内にビリッと電流が走る。俺は見落としていた、この謎を解くための大事なピースを…!
「アレギンギン酸MAX配合"漢、起ち◯ぽ"…」
「どうやらぁ、あるみたいですねぇ」
完全に忘れていた。あれを一気飲みした後から、体が熱くなって心臓が痛いほど飛び跳ねて、脳内からヤバい音が聞こえたんだった。
「そういうわけでぇ、死んでしまったからにはぁ、戻れないんですよぉ」
「そっそんなっ!俺の、桃花ちゃんがっ…後、ワンクリックでっ…ぐすっ」
涙が止まらない。俺の努力は、エロゲーに捧げた5日間はいったいなんだったのだろう。きっとリスナーたちは突然配信が切れてブチギレしてるはずだ。
「あらぁ。そんなに泣いてぇ、どぉしたんですかぁ?」
「はわっ!?」
耳に生暖かな吐息が当たったかと思うと、急にニフェラの声が耳元で聞こえる。瞬間移動でもしたのか、先ほどまで目の前に座っていたニフェラがすぐ隣に座っている。
「あんまりぃ泣かないでくださいぃ。貴方にはぁ、もう一度生きるチャンスをあげたくてぇ召喚んだんですからぁ」
「生きる、チャンス…?」
「はいぃそうでぇす。でもぉ、元の世界じゃなくてぇ私たちが作った世界でですけどぉ」
「それって異世界転生みたいな!?」
「転生はぁ、ちょーっと手続きが面倒なのでぇ、転移になりますぅ」
めっちゃ胸熱展開キターっ!!ラノベや漫画やエロゲーの世界にしか存在してないと思った異世界転移ができるなんて!桃花ちゃん攻略がコンプリートできなかったのは悔しいが、異世界で生きられるとならばトントンくらいか。
「是非お願いします!!」
俺は興奮のあまり、ついついニフェラの手を掴んでお願いをしてしまう。その手はもっちりと柔らかく、しっとりと吸い付くように潤っている。女神というのも伊達ではないのかもしれない。
しかしその感触も束の間、またもや一瞬で玉座に移動している。
「積極的で嬉しいですぅ。それじゃぁ転移前にぃ貴方が転移する世界『』」