8.禁忌の影を追って②
かつて多くの人々を救いたいと願った神官がいた。男は才能に恵まれず、運にも見放されていた。
力不足と偶然の不幸で取りこぼした多くの命、自身よりもずっと若いのにも関わらず実力と実績を積み重ねる後輩たち。
日々無力感に苛まれ中、賞賛を浴びる同僚たちへの嫉妬と劣等感は日に日に募るばかりだった。自分にももっと多くの人を救えるはずだという強がりが彼を突き動かした。特別な存在になりたいという強い願望が、彼の心を蝕んでいった。
そうしてかつての高潔な信念は次第に歪み、永遠の時間があればそれだけ多くの人間を救えるのだと男は信じるようになった。不老不死の力を手に入れるため、修道士時代からしのぎを削ってきた友人の忠告すら無視して禁忌の呪術に手を染めた。
その結果、男はリッチへと堕ち、かつての気高い姿は失われ禍々しい存在となった。もう、あの友人だった男の顔すら思い出せない。
男の居場所は、暗く冷たい洞窟の奥深く。そこで非道な人体実験を繰り返しながらも、その行為がまだ多くの人々を救う為にしていると信じている。男の精神的はすでに歪みきって破綻していた。
洞窟には男がかつて救おうとした人々の魂が彷徨い、悲しげな声が響き渡る。
冷たい風が吹き抜け、壁には呪いの呪文が刻まれている。リッチとなった元神官は、瘴気を纏い、赤い瞳で侵入者を待つ。彼の周囲には、闇の力が渦巻き死と呪いが漂う。
「ああぁ……まだ、まだ足りないぃ………」
男の目的はただ一つ。もっと多くの命を贄にして永遠の命を手に入れ、かつての夢を果たすこと。そして、また二人。自らの領域に脚を踏み入れた愚か者に裂けた口端を吊り上げた。
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「へぇそんなことがあったんだ」
洞窟を進みながら、私はユキにクエストの標的でもある神官の詳しい事情を雑談代わりに聴き終えた。
「そう。だからもし彼がリッチに堕ちてたら討伐、そうでなかったら教会までつれていく。いい?」
「おっけーイチカは了解。にしてもここも迷路みたいだねー」
「それにジメジメしてて気持ち悪い。ここの主である彼の性格もうかがい知れる、絶対陰湿なやつね」
あんまりなユキの呟きに合わせて、ピチピチと水音が響いてひゅうと冷たい風が吹き抜けた。
彼女に案内された洞窟は、以前私が入ったものよりもひんやりとしていて湿気が漂っている。小川の水でも染み出しているのかな?
そんなことを考えていると、突然、ガシャガシャと骨が擦れる音が響き渡った。ユキが警戒の声を上げると、薄暗い洞窟の中にスケルトンが現れた。骸骨の体は不気味に光り、空洞の目がこちらを見据えている。
この洞窟に入ってから何度も倒してきた相手だ。どうもこの洞窟ではスケルトンとかグールみたいなアンデット種の敵が徘徊しているらしいのだ。
「いくよ<剛力>」
私は両手に持った武器をしっかりと握りしめる。スケルトン相手は斬撃攻撃は効果が薄いので打撃武器である両手槌――――つまりハンマーを使う。
私がスケルトンに向かって突進すると、スケルトンもこちらに向かってくる。空虚な骨の音がますます大きくなる。
「<聖弾>」
スケルトンの振るう錆びた剣をユキの魔法が弾く。その一瞬の隙を突いて、私は槌を振り下ろした。スケルトンの骨が砕け散り、粉々になって洞窟の床に散らばって消えていく。この岩を砕くような心地良い感触が余韻に残った。このすっきりする体験はハンマー以外にはないと思う。そして二体目、横からの攻撃をハンマーをくるりと回して弾いて、今度は横向きに薙いで殴り倒す。周囲を見渡して敵がいないことの確認を終える。
「ふぅー」
もう何度目かだけどやっぱり仲間がいると楽でいいね。最初の一撃で即座に一体目を倒せたのが大きい、あれのお陰で実質ずっと一対一の戦いだったからね。一人だともう少し苦戦していただろうな。それに、
「魔法って便利だよね。やっぱり遠距離攻撃ってどんなゲームでも一定の需要があるのかな?」
「どうかしらね。ただ私のメイン職は神官だから、本職のそれとは比較にならないでしょうね」
「ユキのは当たると衝撃を発生させる魔法だよね?」
「そう。ダメージはないけど、ちょっとした援護くらいはできるの――――それはそうと、さっきも思ったのだけれどグールのときは刀を使ってなかった?」
「うん。相手に応じて変えてるんだ」
「洞窟内で長柄を使うこともだけど、器用ね」
「ふふ~ん、まぁね!動画をみて勉強してるんだ~」
「動画ってあなた………」
それから暫くはスケルトンやグールを倒しながら洞窟を進んだ。ユキの治癒もあるので、そこまで緊迫した状況になることもなくとんとん拍子で前進を続けることができた。そしてその途中、レベルアップと共に<転装>というスキルを獲得した。
「何それ?」
「なんだろうね、ふむふむ……へぇ。コンソール操作無しで装備を入れ替えるスキルだって」
「イチカにピッタリじゃん。でもそれってどうやって使うの……?」
ユキの疑問に追従するようにスキルのテキストを読み進める。
ふーん、音声認識で武器を変更する、ね。具体的な方法はっと………武器のアイテム名と銘か。アイテム名だけだと同じものと混同するからかな?よし、一度やってみよう。
「<転装 / 鋭利な太刀 / No.12>――――――おぉ!」
発すると同時に武器が切り替わった。これは便利だ。相手によって武器を入れ替えるといっても、流石に戦闘中にコンソール操作できるような余裕はなかった。そのため、これがあれば今後の戦闘で取れる戦い方の幅が広がることだろう。うん、このスキルは有難く使わせて貰おう、わくわく。
それからも私たちは慎重に洞窟の奥へと進んだ。出会う魔物を倒すのは当然のこと、落ちている素材を見つけては採取も忘れない。
“岩塩“に“洞窟ハーブ“に“じめじめキノコ“に“岩肌の苔“に“夜光菌“に“魔土“……etc。ユキの指導のもと、私の知らなかったアイテムがアイテムポーチに詰め込まれていく。
ユキ曰く、森の中で採れる素材は装備やアイテム作成に使うことが多く需要が高い。その上、森はアクセスがしやすくて手軽に集められるため人気がある。しかし、多くのプレイヤーが競争に参加するため、供給と需要のバランスが崩れやすい。つまり価格が安定しにくく単価が低くなる傾向がある。
一方、洞窟内で採れる素材は、アクセスの不便さから行くのが面倒であり、アンデッド系の敵から獲れる素材の需要が低いため、人気がない。そのため競争相手が少なく、素材一つ当たりの単価が高くなることが多い。勿論、上手く売買相手を見つける必要はあるらしいけど。とは言え、この状況もずっとは続かないそうだ。現実でもゲームでも市場状況は常に変化し続けるものだから、だってさ。
流石は商人。ゲーム内で貯金額が増えることに喜びを見出すという、神官ながら随分と俗物的な趣向を持っているのだけはある。
「だから今がチャンスなの、イチカ分かったかしら?―――――あっ!見て見てイチカ!夜光菌がこんなに沢山ある!!!これは錬金術師に高く売れるの!」
「私はときどきユキの情緒が分からなくなる………………」
「?なにを言っているの―――――え、今度は滴の花 !?ここは宝の山なの!?」
「ふっ、まるで子供ね―――――」
いつも澄ました顔をしてる癖にまったくもう………………ん?あれは銀鉱石!それがこんなに!?うひゃぁー!ここは宝の山だ!あーなるほど!まだここは他のプレイヤーが脚を踏み入れたことがない場所なんだ!やったね!!取り放題だ―――――――!
――――――――――――――はて………一体どれだけ時間が過ぎたのだろうか。一時間……おぅまじですか。
「…………ねぇそろそろ真面目に進まない?」
「そう、ね…………ごめんなさい」
「いや、私もだから…………」
私も鉱石を見つけては採掘をしていたから人のことは言えなかった。
私たちは二人そろって、途中から本気で目的を忘れかけていた。おかげで、攻略は順調とは言い難いほど時間をかけていた。
手つかずの金脈があったのだから仕方ないと思いながら、ちょっと反省。
なのでここからの私達は極めて真面目に洞窟の中を進んでいった。
「あと少しっぽいね」
洞窟の奥地に向かって進む私たちは、大胆に足を運びながらも周囲の環境に目を光らせていた。湿気が増し空気がますます冷たくなる中、突然、前方に大きな影が見えた。
巨大な扉が立ちはだかっている。扉には良くわからない文字が刻まれていて、隙間からは瘴気が漂っているのが見えた。
「ようやくだね…………」
「そうね…………」
若干げっそりしながらも私たちは扉に触れ、
【ここから先はボスエリアです。進みますか?】
迷わず“はい”を押した。