5.ざっく、削っく、斬っく
洞窟の中は迷路のように複雑であり、プレイヤーたちの活気で小さな賑わいを見せていた。彼らの主な目的は鉱石採掘であり、進行形で仲間たちと談笑しながらピッケルを叩きつけている。そして、かく言う私もその一人であった。
「うっひゃぁーー!大量!大量!」
洞窟の壁や天井には光る苔が点々と生えており、その淡い光が鉱石を照らし、私はそれらを見つける度に力一杯ピッケルを振り下ろす。
一振りするごとに硬い音が響き、握りしめたピッケルからは跳ね返すような強い振動が伝わってくる。だけど何度も繰り返すことで、鉱石には次第にヒビが入り小さな破片が砕けていく。そして一定のダメージを超えることで鉱石は光の破片へと完全に砕けてドロップアイテムになる。
「ざっく、ざっく、ざっく~♪」
鉄鉱石、鉄鉱石、銅鉱石、鉄鉱石、鉄鉱石、銅鉱石、極まれに銀鉱石………!鉄鉱石、鉄鉱石、銅鉱石、鉄鉱石、鉄鉱石、銅鉱石、極まれに銀鉱石……!
ここらにあった鉱石はこの三種類。特別レア度の高い鉱石があるわけじゃないけど、これだけとれたら武器作成は大いに進めることができる。40分程度した成果として具体的に鉄鋼石換算で初期武器5個分くらいは溜まったかも。加えて、<採掘>のスキルも手に入れることができた。確率で取得鉱石の数を増加するスキルなので、これからの素材集めに大変役立ってくれそうである。こんな感じでかけた時間を考えたら悪くないけど、欲を言えばもう少し頑張りたい。
ただ問題というか厄介もあって――――、
「シャャャャャャ!」
「じゃ、まっ!」
私は抜身の刀を横へ薙いで襲撃者へきつい一撃をお見舞いした。
天井から伸びるように仕掛けてきたのは“ステルススネーク”という魔物である。大きさは現実のものにして一般的といえる範疇に収まる程度だけど、カメレオンのように背景に擬態してくるのでよーく注意しておかないと大きなダメージを負ってしまう。現に洞窟に入った最初の方は何度かやられている。
しかも、洞窟の魔物はこれだけじゃない。大型犬サイズの蟻に、攻撃性の強い蝙蝠まで。レベル帯は低いとは言え、こいつらが定期的に現れるせいで落ち着いて発掘も出来ないでいた。
「いや~元気だなあんた。おかげで助かるぜ」
わっはっは!と笑いながら話しかけてきているのは洞窟で出会った採掘仲間の一人だ。
「あなたもちゃんと戦ってくださいよ」
「そうっすよ、さっきから戦わさせられる俺達の身にもなれー」
「自分だけ楽しようとすんじゃないよ」
そして私の言葉に援護してくれているのもまた採掘仲間だ。
洞窟で採掘をしているプレイヤーの多くは鍛冶師であり、戦闘に重きを置いていないことが多い。そのため、パーティメンバーかどうかに関わらず、洞窟に集まったプレイヤーたちは自分たちの身を守り、長時間の発掘を可能にするために一定人数のグループを作って行動する。魔物から身を守るために群れることは、まさに弱者のための生存戦略の一つである。
そんな訳で彼らとは行動を共にしているけど、パーティを組んでいるわけではない。名乗り合うこともないドライな関係なので、便宜的にここではA男、B男、C子と呼ぶ。
「すまんが俺のHPは既にレッドゾーンだ」
「………ならさっさと帰ってたらどうですか」
「ひっで~、そんな冷たいことは言いっこなしだぜ。協力こそ俺達炭鉱夫の生存戦略だろ?」
「協力の後ろに相互が抜けてますよー」
「代わりに鉱石は多めに回してるだろ?助言だってしてやるんだ、ちゃんと相互利益――――WinWinって奴を満たしてんだろ」
そういってA男はずんずんと洞窟を進んでいく。その後を「仕方ないっすね」と呟くB男とC子と一緒について行く。
早い者勝ちを基本的とするMMORPGにおけるリソース問題、今回のような場合では貢献度によって配分を決めることでプレイヤー間での一定の公平性を保証していた。また、男は鉱石の見つけ方や発掘のコツといったことも教えてくれているので、確かにうぃんうぃんの関係は構築できていると言えた。
それからも私達の発掘作業は続いていた。
「次はどの辺が怪しいっすかね」
「あっちはどうだ?」
「向こうは他のグループが行ってたからスカじゃないかい?」
一か所の鉱石を取りつくすと移動を開始する。A男が先頭を切って進み、B男とC子が後に続き、私は一番後ろ。私たちは時折冗談を交わしながらも順調に素材を集めていく。
そんな最中、B男がもう少し奥へ向かわないかと提案をした。
「ここらはプレイヤーが増えすぎてリポップがもう追い付いてないっすよ」
確かに最初の頃よりもプレイヤー達の賑わいが大きくなった気もする。時間帯的にログインが増える時間なのかな?だとすれば、まだ人の少ない奥へと向かうのも手の一つだけど、
「魔物強くなるんじゃないですか?」
「だな。俺らの平均レベルは5、奥に行くならもう+5は欲しい―――――ってか俺が死ぬだろ」
「同感だね。欲張って死んだらここでチマチマ鉱石を取るより少なくなっちまうじゃないか」
「う~ん…………う~~ん……はぁ…それもそうっすね」
どうやら方針は決まったらしい。未だ手つかずの鉱脈があると思えばB男の提案にも惹かれるものがあったけど、長期的に見たときどちらの利益が高いかと考えたらやはり今回の選択が無難なのだと思う。
こうして私達は再び採掘作業に戻って行った。
「おっと、また鉄鉱石だ!今日は運がいいな」
「本当だね。これで鍛冶レベリングが進むよ」
「銀鉱石を使うにはまだ鍛冶レベルが足りないっすからねー。早く使いたいっす」
「これって鍛冶レベルいくつ必要なんですか?」
「15だな確か」
「それはお互い頑張らないとですね」
「っすね」
そんなこんなで、会話は絶えず続き、時折遠くから他のプレイヤーたちの声も聞こえてくる。
そして取れた鉄鉱石が武器10本分をようやく超えたとき、これまでの賑わいとは明らかに別種の声が洞窟内に響いた。端的に言えば、それは叫び声であった。
「岩喰い出たぞーーーーー!!」
岩喰い?何それ………?と頭を傾げる私を置き去りに、声の主と思われる男が逃げるように洞窟の奥から私達を追い越して走り抜けていった。
「なんだったんすか?」
「さてね知らないよ」
「トイレじゃないですか?」
B男とC子も知らない様子で、A男に尋ねようとしたとき、巨大なゴーレムが奥から現れた。私たちはその突然の出現に固まり、ただ眺めていた。今もそのゴーレムは洞窟の広い通路をゆったりと進んでくる。
「岩喰いってのは変異種の魔物の一種だ」
どう動くべきか、固まる私たちへA男が説明を始める。そして、それは既に私も見ていた。魔物の上の上に表示されるマーカーとHPバー、そしてネーム表示。
【岩喰いの巨人(ロックゴーレム変異種)lv28】
それは明らかにレベル帯を逸脱していた。
曰く、変異種とは各エリアに一定の割合でリポップするレアモンスターという括りになっている。特徴は、発見数が少ないことと、通常種と比較して変わった行動アルゴリズムであること、そのレベル帯から逸脱したレベルを持つこと、そしてステータスがボス基準であること。
通常の魔物と、ボスの魔物は同レベルであってもステータスに大きな差がある。通常の魔物は同レベルのプレイヤーが相応の装備を整えれば1体1で勝てる相手。そしてボスの魔物は同レベルのプレイヤー達が相応の装備を整えれば多体1で勝てる相手だ。勿論プレイヤースキルによって多少違いはあれ、そう言うふうに設定されている、らしい。
「加えてアイツは現在確認されている魔物の中でもトップクラスのレベルだ。つまり――――」
説明を終えたA男が声を潜めて続ける。
「逃げるぞ」
「おけっす。三十六計逃げるに如かずってやつっすね」
「幸いまだマーカーは緑で敵対していないしね」
こればかりはどうしようもない、と逃げる準備をし始める三人―――――だけど私は動けないでいた。
「悔しいけどあの鉱石は諦めるしかないね」
そう。そこにはまだ私が発掘するはずだった鉱石があるのだ。珍しい銀鉱石の山が屹立しているのだ。宝の山がそこにあるのだ。
「おい、何している。いくぞ」
A男に声をかけられて、なんとか納得しようとする。
わかっている。そう、後で採りにくればいいんだから。あれが去ったあとにもう一度戻ってくればいいんだから………。
だけど、現実は残酷だった。
「ああああああぁぁぁぁっっ!?!?!?!?」
「うわっなんだい急にビックリさせるんじゃ………ってあいつ鉱石を喰ってるのかい!?」
「あぁっ!?勿体ないっす!」
「あぁ、それが岩食いと言われる所以で、俺達プレイヤーに嫌われる理由でもある。だけどチャンスでもある。今の内に逃げるぞ―――――っておま、何してんだ!?」
A男の言葉は、あいつが鉱石を食べた瞬間に届かなくなった。閃光が弾けるように体が動き出していた。
だってそれは――――、
「それは私の鉱石だーーっ!!返せこらぁぁぁぁ!!」
「ま、まてこの馬鹿!?」
「ひゃーー良いっすね!!やっちまえー!」
「手伝わないけど頑張りなーー!」
絶対に許せない。
罵声と声援を背に、刀の柄を強く握り、今も鉱石を貪るデカ物の足下に潜り込む。更にばねののように筋肉を伸縮させ、私の何倍の高さを持つ巨体の胸まで飛びあがる。
そして抜刀、狙うべきは胸の中心の弱点らしき宝石。放たれた過去最高の突き。貰った……倒せるわけは無くてもダメージくらいは与えられるのはないか、そう一瞬思ったほど我ながら流れるような動きだった。だけど、
「そいつに斬撃攻撃は効かねぇ!!」
そんなA男の叫びと同時に、私は刀の弾かれる音を聞いた。ピッケルで鉱石で打ったような感触ではない、もっとこうシステム的なもの。そもそも切っ先は触れてすらいなかったのだから。
つまり、何らかのスキルを持っているのだろう。それこそ斬撃無効的な?いや、これじゃあ強すぎるから一定装備レベル以下の武器による斬撃無効とかかな?なんにせよ、言うのが遅いんだよね……。
なんて100%私が悪いのだが愚痴を溢しつつ、ゴーレムのマーカーが赤に変わる瞬間を私は見た。
窮鼠猫を嚙めず。爪痕も残せず不意打ちが完全に失敗した今、ここにいるのは只の象とアリでしかない。
「あーあ、まぁ予想通りっすね。じゃあ逃げるっすか」
「そうさね。こっちにまで襲い掛かられたらとばっちりさ」
「おう。はい撤収、撤収」
「おいこらー!この薄情者どもーーー!!」
やはり利害だけの関係というものはとても冷たかった。
そしてせめてもの抵抗を試みようとしたものの、そもそものステータス差が大きすぎるため碌に動きに反応できず。
ぶぉんという巨大な風切り音を聞きながら、私は巨大なハンマーのごとき一撃でブラックアウトした。