3.初めての鍛冶
工房にはいくつもの鍛造炉が設置してあって、プレイヤー達は自由にそこを利用できるようになっている。既に人の居る炉には炎が燃え盛っていて、側を過ぎると熱気と金属の匂いが一層強くなる。
そんな職人たちの聖域の一角に“いい奴”さんがいた。
「どうして俺なんだ?ヒスイがやったらいいだろ」
「私、武器は専門外だし?」
「別に俺だって専門ってわけじゃ……ってまぁいいけどな」
渋々といった様子で了承したのは、ベルグという軽装のプレイヤーで白髪に薄く髭を生やしたおじさん。ガタイがいいため彼が立ちあがると自然とヒスイさんのとき以上に見上げるようになってしまう。
「やぁお嬢ちゃん、あんたは鍛冶師志望か?」
「はい、名前はイチカです。――――あの、無理にして頂かなくても大丈夫ですよ?」
「ん?あぁいや気にすんな!俺のメインは防具だが他にも色々作っているからな。ついでと言えばついでだ」
四十代程度の皺のある渋いアバターに、明るくさっぱりとした口調で人の良さそうな印象だった。
「にしても礼儀正しいな、そっちの気さく過ぎる嬢ちゃんには少し見習ってほしいもんだぜ」
「んぇ?なんでよ~、礼儀正しいじゃん私」
「……はぁ自覚がないときた。だめだなこりゃ」
二人とも仲が良さそうだった。
「二人は知り合って長いの?」
「まったく?昨日知り合ったばかりだよ―――――んじゃ早速だがやるか」
「見学させてもらっても?」
「おう。そうそう、堅苦しいのは嫌いだからため口で良いぜ」
「そう?なら気にせずそうする。よろしくね」
私達は適当に空いた炉を選んでそこに陣を取った。私が中心で右にヒスイさん、左にべルグさんといった配置になる。
そして、実際に見せて貰うことになった私は、ベルグさんのその動きをじっくりと眺めていく。
「いいか、大事なのはタイミングと力加減だ」
轟々と荒ぶる真っ赤な炎と、どろりと溶け合う素材。それは重く力強くリズミカルに打たれて、何度も何度も繰り返して、不純物を取り除き柔軟に強度を高めて、次第に純粋な一つの金属へと鍛えられる。
そうして研磨を終えたそれは最後に輝く剣へと姿を変えた。
そして一息吐いたべルグさんは、それまで魅了されたようにじっと眺めていた私へ振り返った。
「と、まぁこんな感じだな」
「凄い!感動!早く私もやってみたい!」
「はっはは!そう褒めるな、照れるだろ――――それでできそうか?」
「うん、何となくだけど何とかなりそう」
「抽象的だなおい。だがまぁ後はやって慣れろだな」
「確かにやってみると意外と出来るものだと思うわ。ゲームらしく実際の工程よりかなり簡易的になってるし」
「へぇ、じゃあ早速やってみようかな」
「おう頑張れ」
私は購入した道具と素材を並べ、早速作業に取り掛かる準備を始める。そしてベルグさんの見本を参考にしながら、自分の作業に取り掛かる。二人は見守ってくれているらしい。
そして、"低品質の槌"を装備すると鍛造メニューが現れた。なるほどね、こんな感じなんだ。
・基本材料
鉱物:鉄鉱石×3(必要鍛冶Lv1)
・メインアイテム
素材:無
・サブアイテム
素材:無
素材:無
素材:無
私はメニューに従って使用するアイテムを指定する。
このゲームの鍛冶で扱う素材は計三つに分類される。一つ目が、武器の大元になる基本素材の鉱石。二つ目が。武器効果の方向性を決めるメインアイテム。三つ目が、メインアイテムの効果を補強するためのサブアイテム。二つ目と三つ目は鉱石に限らず魔物の素材等が当てはまる。
ただし、今回に関しては使うのは基本素材のみなんだけど。残念だけどゴールドが無かったからね。これは今後の楽しみにとっておこうかな。
そして素材が決まれば作成予想武器が表示される。
【アイテム名:初心者の片手剣
レアリティ:★
装備Lv:1
武器種:片手剣
ステータス配分予想: 筋力:8~18 敏捷:0~6
属性:物理
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ステータス最低値:10
ステータス最高値:18
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要求筋力値:20
要求器用値:20
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必要素材:初級初級火精石×1
必要素材:初級初級水精石×1
必要素材:初級初級風精石×1
必要素材:初級初級土精石×1】
ステータス配分予想は完成した武器の装備時ステータス上昇値の予想で、ステータス最大値とは配分されるステータスの最大合計値で最低値はその逆。
そして鍛冶成功確率が高ければ高いほど、最高値に近い値の武器を作れる確率が高い。
私は鍛冶の開始欄をタップする。
「よし、ここからが本番だね」
ぶわりと赤々と炎が熾った炉へと、"低品質な鉗子"を使って鉄鉱石を入れて高温に加熱する。そして十分に金属が柔らかくなると、次はそれを"低品質な金床"に置く。
そして槌を握って力一杯振り下ろす。
鉄に当たる瞬間、手に伝わる重い衝撃が感じられた。鉄が叩かれる音が響き渡り、火花が飛び散る。力を込めて叩くたびに、鉄が少しずつ形を変えていく。
武器のステータス最高値――――鍛冶の成功率は基本的に五つの要素によって決定する。一つが基礎成功率で凡そ50%ほどだと言われている。次がプレイヤーの筋力値と器用値の二つ、これが素材のレア度に応じた『要求筋力値』と『要求器用値』に届かないとその分だけ成功率が低下する。そして残りは、素材のレア度とプレイヤースキルだ。素材のレア度は使用する素材の★の数、プレイヤースキルは鍛造における全工程によって評価される。まとめると、『成功率=基礎成功率*(筋力/要求値)(上限1.2)*(器用値/要求値)(上限1.2)*プレイヤースキル補正*合計素材レア度(1.0-(0.01*★))』これが現在予想されている鍛冶成功率の算出方法となっているらしい。これによれば、今回の大方の成功率も導くことできる。
だけど、今はそんなことする暇も、するつもりもない。この時間にそんなもの無粋なだけだから。
「なんて楽しそうな顔してんだよ」
べルグさんが何やら言っている。
きっと私は笑っているのだろう。瞳を輝かせて、唇を吊り上げているのだろう。だって今の私はこんなにも楽しんでいるんだから。
槌を打つ度に次第と雑音は消えていって、赤く熱せられる鉄塊と、リズミカルで鋭い金属音だけが私と一体になるような錯覚すら覚える。
バーチャルなのに、汗が流れるような熱気とともに幾度も鉄を薄く延ばしては形を整え、再び加熱する。その繰り返しが、不純物を取り除き結晶構造を均一にして強度を高めていく。
十分にそれを行うと、次は溶かしたそれを“低品質な剣鋳型”に流し込んで原型を形どる。そこからそれを摂り出し水で冷却し終える。
そして最後は“低品質な砥石”と“低品質なやすり”で研磨―――――仕上げをしたら、
「完成した………」
私は完成した剣を手に取り、じっくりと眺める。光を反射して輝く刃、手に伝わる重みと冷たさが、現実感を一層強める。鉄が冷めたように、私の頭も徐々に冷えてくる。
アイテム名: 初心者の片手剣
銘:
レアリティ:★
装備Lv:1
武器種:片手剣
攻撃力:12
属性: 物理
耐久度: 100/100
そして実際にその結果を目にして、
「やったーー!できた!」
私は歓声を挙げた。
剣を持つ腕ごと両手を挙げて、くるくるとその場を回る。
最大値にはほど遠い、だけど先ずは第一歩。ここから始めるんだ。
べルグさんとヒスイさんも拍手をしてくれた。嬉しい。今は非常に気分が良いからピースをプレゼントしてあげる。いぇーい。
「あはは、お疲れイチカ」
「これならギルドマスターも納得するだろう」
「ありがとう、ベルグさん、ヒスイさん!」
私は感謝の言葉を述べた。二人の助けがなければ、ここまでスムーズにはいかなかっただろうからね。もしかしたら無駄な買い物をして、鍛造が出来ず金策に奔走していたかも知れない。だから感謝感謝。
「武器の銘は何にするんだ?」
「んー……No.1?第一号だし」
「記念すべき最初の完成品なのにそれでいいの?」
「うん、だってこれから一つ一つ名前を考えるのも大変だしね」
記念すべき第一歩。でも言ってしまえば一歩目でしかない。これから数百、数千本って作っていくんだからさ。これの銘はこれで良いはずだよね?
「じゃあ、ギルドマスターのところに行ってくる」
そうして私は完成した剣――――No.1を持って、再びギルドマスターの元へ向かう。
少し前に通った道を辿って戻ると、ギルドマスターのタタラさんが待っていた。
「おう、戻ったか。見せてみろ」
「はいこれです」
私は剣を差し出し、彼の反応を待つ。
タタラさんは剣を手に取り、じっくりと観察した後、満足そうに頷いた。
「うむ、なかなかの出来だ。ようこそ鍛冶ギルドへ」
「よし!」
「こいつは返してやる。出来はなかなかだが、あくまでそれは初めての中ではだ。これから精進を続けることだな」
【クエストクリア:鍛冶テスト
報酬:鍛冶師としての職業】
やったね。これで私も、晴れて鍛冶師になったのだ。