34.ギルドマスターからの紹介状
今日もログインした私は“鉱都イシン”を歩いている。
この街では柱や梁が美しく組み合わされた木造の建築物が軒を連ね、舗装された石畳の道が縦へ横へ伸びている。また、山脈から供給される水路は街中を流れ、透明感のある清らかな水が絶え間なく流れている。
なんでも都市の真ん中には大っきな神社があって、そこに偉い人が住んでるとか。神社、一度は見に行きたいよねー。
そして滑らかな石橋を渡っていると、二人のNPCの子供が楽しそうに走りながら歌っていた。
「にげろ、にげろ、かげがせまる~」
「あかいめ、ちのきば、こわ~いおにがくる~」
子供は可愛い。
躾のために親が教える教訓染みた歌。内容が物騒だけど、こういった光景はこの街並みに馴染んでいて見ていて和やかな気分になる。
「こんにちは!」
と元気よく挨拶され、私も思わず笑って手を振り返す。子供たちは再び歌いながら走り去り、その後ろ姿が小さくなっていくのを見送る。
――――――それから私が向かったのはこの街にある鍛冶ギルド。私たち鍛冶師は設備が揃ってる場所じゃないと鍛冶ができないからね。
重厚な木製の扉を押し開けて中へと入る。内装や雰囲気はリンダの街の物とそう変化はない。こういう施設はどこも共通なのかもしれない。
そして誰かの金属を打つ音を聞きながら、空いている炉の前に陣取る。
鉱石よし、素材よし、道具よし―――――――準備を終えていつものように鍛造を始める。
・基本材料
鉱物:ダマスカス鋼×3(必要鍛冶Lv25)
・メインアイテム
素材:オーガの牙×3
・サブアイテム
素材:オーガの血×3
素材:オーガの骨×3
素材:シャドウアサシンの爪×3
今使っている素材は全て廃坑内部で獲れるものだ。
オーガーはlv25の魔物で、メインで使えば筋力値がアップする特殊効果がつくから最近の私がハマっている鍛造素材である。
また、今回はシャドウアサシンLv23の素材だけど、作る武器によって最後の素材を変えることでより武器に合わせた性能にカスタマイズしている。
ということで、スキルでバフをしてから鉱石と素材をせっせと溶かしていく。で、激しい熱気を感じながら赤くなった金属を槌で打って―――――――、
「かんせ~い♪」
出来上がったのは短剣で、柄は黒色の木製、刃はダマスカス鋼の美しい模様と鏡面のような輝きを放っている。
アイテム名: 大鬼の小太刀
銘:No.534
レアリティ:★★
装備Lv:25
武器種:短剣
筋力:55 敏捷:15
属性:物理
耐久度::100/100
特殊効果1:基礎筋力値の10%向上させる
特殊効果2:移動速度を5%向上させる
扱う素材のランクが上がったからか、武器に特殊効果が付きやすくなった気がする。
ちなみに豆知識だけど、短剣のような片手武器は“右手”と“左手”の両方に装備できる。そしてその時のステータスは二つの武器の合算ではなくて、片手ずつで別々になる。
例えば………
筋力(右):62(+55)
筋力(左):62(+50)
こんな風にね。
でも例外もあって、筋力値以外のステータスと特殊効果は二つ分加算される。
つまりさっき作ったのが二つあったら、敏捷値+30と特殊効果四つ分になるということ。だから片手武器は、筋力値だけじゃなくてそれ以外の要素とのバランスが重要視される。
ちなみに、今回作れたのはかなり出来が良かった自負してる。高価で売却できるだろうけど、自分で持っておきたくなるくらいにはね。
以上、片手武器に関する豆知識でした。
―――――その後しばらくの間、私は黙々と鍛造を続けた。
炉の熱気と金属を打つ音が心地よくて、集中して作業に没頭することができた気がする。そして次々と武器が完成し、満足感して素材を使い果たした。
「よし、今日はこの辺で終わりにしよ~と」
そして道具を片付けてギルドを出ようとしたその時、カウンター奥から声がかかった。
「お疲れ様、今日もいい仕事をしているようだね」
「えーと………」
長身の優男……………………そう、ギルドマスターだ。
「君、忘れてただろ」
「あはは………すみません」
この街の鍛冶ギルドのギルドマスターはタタラさんみたいなザ・職人!みたいな人じゃなくて事務が得意そうな人だったのだ。
「ま、いいけどさ。僕はタタラさんみたいに特徴的な見た目じゃないし」
そう、ため息をつくギルドマスター。
誠にごめんなさい。
「本題だけど、初めてギルドにやってきた人は利用許可のためステータスを登録することになっていて君にも以前して貰ったよね」
「そうですね?それがどうしたんです?」
「実は我々ギルドは将来有望な職人には積極的な支援を行っているんだ」
「!つまり支援して下さると!?」
「話が早いね。あと食いつきが凄い―――――タタラさんにも認められ、ユニーク武器の作成も経験済み、そんな君にとっておきの話があるんだ」
ギルドマスターの言葉に耳を傾けると、彼は続けた。
「街の東端にイズモという名の腕の良い鍛冶師がいるんだ。君の才能を見込んでギルドで推薦状を用意したんだ気になったら行ってみると良い」
【クエスト受注:弟子入り
クリア条件:イズモの弟子になって卒業までやり遂げる
報酬:???】
なんかクエストが発生した。
知らない人だけど、クエストの発生条件的に受けて損するような内容じゃない気はする。
「イズモさんの元で学んだら、もっと良い武器が作れるようになりますか?」
「ああ保証するよ。彼の元で学べば、さらに高度な技術を身につけることができる。もちろん簡単な道のりではないけど、君ならきっとやり遂げられるはずだよ」
ギルドマスターは私に推薦状らしき物とイズモの居場所を記した地図を手渡してきた。
「まずはこれを持ってイズモさんの元へ向かったらいい。彼の課題をクリアしたら正式に弟子として認められるよ」
無条件で弟子になれるんじゃないだ………っていうツッコみは傍らに置いてお礼を言う。
そしてギルドを後にする。
弟子入りか…………なんか面白そうかも♪
「明日さっそく行ってみよ!」
こうして私は熟練の鍛冶師の弟子となる。(予定)
******
わたしはリリ、生粋のソロプレイヤー。
素材集めも、採掘も、売買も、その殆どを一人またはNPCを頼ってこれまでプレイしてきた。別に私が被虐趣味者で縛りプレイをしているわけではない。
単に、わたしは人見知りなのだ。
初めての人と上手く話せない。だからゲームではいつもソロプレイ。そんなわたしだから、今日も一人廃坑で鉱石を探して彷徨っている。
「はぁ……この辺りも取られている……次にいかなきゃ」
宝石が好きだから装飾品を作れる鍛冶師になった。
思いのほか素材集めが大変な職業だけど、メイン職業の<暗殺者>のお陰で一人でもなんとかやってこれている。
強い敵とのエンカウントは避けて、勝負はいつも不意打ちで一息で決着をつける。
影の薄さなら誰にも負けない自信がある……………………はぁ…泣きそう…………ぐすん。
「あぁ静かなのやだなぁ………」
………………昨日は賑やかだったのに。
昨日の出来事を思い出すと、廃坑の静けさが余計に不気味に感じるけど、ついつい思い出してしまう刺激的な一日だった。
昨日も、わたしは一人でこの廃坑に潜っていた。
そしてちょっと採掘に夢中になっているところを魔物に囲まれて―――――、
『大丈夫ですか?』
それがイチカさんとの出会いだった。
和服が良く似合っていた女の子、人と関わるのが苦手なわたしだけど不思議と彼女とは自然に話すことができた(当社比)。
それに彼女のおかげで他のプレイヤーたちとも一緒に行動することができた―――――――結局、一人になったらこの様だけど…………。
「また会いたいなぁ……」
今度は街でカフェとか行って友達らしいことしてみたいなぁ。ぺらぺちーのみたいな響きの飲み物を頼んで…………えへへ…。
フレンド登録したからメッセージを送れるけど…………そんな大それたことができるなら始めから苦労していない!
「…………はぁ」
幸せが逃げていく…………いつだって受け身なわたしが嫌になる。
そしてため息をつきながら、その後も廃坑の奥へと進んでいく。
なんかやな感じ…………静寂が支配する中、わたしの足音だけが響いている。
――――――そして突然、廃坑の奥から冷たい風が吹き抜けて、背筋がぞくりとした。まるで幽霊が通り過ぎたかのような不気味な感覚がした。
<危機感知>のスキルが反応している。
「……何かいるの?」
周囲を見渡しながら慎重に歩を進めたその時、薄暗い坑道の奥から一つの影が現れた。
笠を深く被った和装の……男?多分そう、が静かにこちらに向かって歩いてきている。
「……っ」
暗がりの奥で光る赤い双眸………緊張に包まれて思わず立ち尽くす。
幽霊のような胡乱な佇まい。そして彼の腰には鋭い刀が差してある。
ふと、あの噂話を思い出した――――――“辻斬り”その言葉が脳内によぎると同時に、ゆらゆらと接近する敵の正体もはっきりした。
【剣鬼Lv35】
逃げなきゃ………
判断は即決だった。
これでも普段からソロでやっている身、一対一、それもタイミングと場所を選べるなら大抵の相手に勝てる自信はある。
だけど、既に相手はこちらを認識していて格上。
彼我の差を見極められないようではソロなんてやってられないんだから。
「大丈夫………逃げられる……」
暗殺者の敏捷性はこのゲームでもトップクラスだ。
「女か………」
男の声は低く、冷酷だった。
そして腰に差していた刀をゆっくりと抜き放った。
純粋に美しい刀だって感じた。まるで生きているように刀身が妖しく光るそれは、不気味でおどろおどろしくもあるけど、思わず見惚れてしまうくらい。
「……!」
男の腕が動き、心臓の鼓動が激しくなり、全身に緊張が走る。だけど逃走を始めようとして―――――――、
「いざ尋常に―――――」
男がその切っ先をこちらへ向けた。
――――――――その日、私は辻斬りの新たな被害者になった。
 




