25.イベント➂_岩喰いの巨人
各地で緊急クエストが発生してしばらく、平原西では“歴戦のサイクロプスLv41”というレイドボスが猛威を振るっていた。
通常のそれとは一回り大きな巨体、一つ目は冷酷な光を放ち、巨大な棍棒を振りかざしてはプレイヤーたちを薙ぎ払う。
集まったプレイヤーたちが次々と挑みかかるが、その圧倒的な力に圧倒され、次々と倒れていく。サイクロプスの一撃は地面を揺るがし、大盾を持つ戦士すら吹き飛ばす威力を持っていた。
「っ、くそなんて強さだ…!」
「旋回して囲め!死角から狙う!」
「タンクを前に!交代しながら回復を切らすな!」
「遠距離を使える人らは波状攻撃!ボスの意識を分散させて!」
最初は我先にと行動していたプレイヤーたちだったが、圧倒的な劣勢に団結し共に立ち向かう。しかし、サイクロプスの防御は堅く、HPバーはほとんど減少しない。そして棍棒が振り下ろされるたびに、プレイヤーたちは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「こ、の……っ!」
遠くから魔法使いが巨大な火の矢を放つが、サイクロプスが掌で受け止め軽いやけど痕だけが残る。そして彼の一つ目が魔法使いを捉え、その膂力でタンクたちを押しのけ、次の瞬間には巨大な棍棒が彼女に向かって振り下ろされた。
「避けろ!」
仲間の叫び声も虚しく、レベル30が超える魔法使いも一撃で倒されてしまう。プレイヤーたちは次々と倒れ、サイクロプスはさらに攻撃を続ける。一撃一撃がプレイヤーたちの希望を打ち砕いていく。
「ははは……やべ…強すぎ、…だろ…」
白髪の戦士がそう呟く。そして同時にサイクロプスの鋭い瞳が彼とその仲間を捉えた。
「リクゼン……っ!くるぞ!」
「わかっている…………!」
白い鎧武者は刀を抜き、サイクロプスの大重量の一撃を奇跡的に上手くいなす。弾くのではなく、力の方向を誘導して流す。スキルやステータスではなく、本人の技術と判断力によって成せたパリィ。しかし、数合打ち合った後、刀を弾かれてサイクロプスの一撃が直撃した。パリィも万能ではない、両者のステータスに大きな隔たりがあるほど技術では補えない程その難易度も大きくなる。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
そして間もなく、立ち向かった白髪の戦士も棍棒の餌食となった。
魔物のステータスの設定は、通常の魔物は同Lvのプレイヤーが一人分。変異種やボスの魔物は同lvのプレイヤー数人分。ならレイドボスは?
「これが十体………運営やりすぎだろ……くそ…」
誰かが毒づいた。
皆が強いとは考えていた。だが、その想定を大きく超えたのがこの結果だった。
前提からしてこれは競うものではなく、協力するイベントだったのだ。それなのに、さもポイントの争奪戦のように告知をした。
あ、この運営性格が悪い――――プレイヤーたちはようやく気がついた。
そして狩る者は狩られる者へ。サービスが開始して時間が経ち、もはやリンダの街周辺に敵が居なかったプレイヤー達。思いあがっていた彼らは、圧倒的なステータス差がもたらすRPGにおける理不尽を再び思い出すことになった。
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【岩喰いの巨人(ロックゴーレム変異種)lv28】
レベル的には格上、パーティも二人と少ない。だけど、採算度外視でなら勝機はある。
「さて、私達も始めよっか」
そう言うなり、私たちはスキルと魔法によるバフを始める。
「<剛力><火床の焔>」
「<障壁><聖なる祝福><聖結界>」
そして、まだこちらに気付いていないゴーレムへ“巨人の長槍”を構える。
槍の重みを感じながら、足を踏み込み、力を溜める。肩から腕、そして手首へと力が伝わって槍をしっかりと握りしめる。
「<諸刃の一撃>」
武器の耐久度を犠牲に放つ、最高の一撃。
一気に力を解放し槍を投擲する。筋肉が収縮し、全身が一つの動きとなって槍を送り出す。突風で桜模様の羽織が翻り、槍は空を切り裂る。そして、まっすぐにロックゴーレムの胸元の宝石へ向かう長槍。
当たれば大ダメージ―――――だけどゴーレムの岩肌に槍が突き刺さる瞬間、槍が弾かれた音が洞窟内に響き渡った。
地面に落ちた槍の耐久度が0になって砕け散る。
「やっぱり無理かぁ……」
未だ正体が掴めない斬撃無効スキル。投げ槍ならいけるかもって思ったんだけど…………、
「だから言ったじゃない、このおバカ」
「………やってみないとわからないじゃんか」
「そうね。おかげで、不意打ちのチャンスはなくなったけれど」
「うっ……」
洞窟の奥で、ゴーレムの怒りの咆哮が響き渡る。私たちは一瞬の静寂の中で息を整え、戦闘態勢に入った。
そして次の瞬間、ゴーレムがその巨大な体を揺らしながら私達の方へ突進を仕掛けてきた。
「はっや……っ!?」
巨体に似合わない俊敏な動き。以前のステータスの低い私じゃ、知覚はできても体が反応が出来なかった筈だ。
「<聖なる拘束>」
ユキの魔法がゴーレムを僅かに拘束したけど、それをゴーレムは力尽くで引きちぎり突進を続ける。
だけど、さっきの魔法の目的は拘束時間の確認とユキが後ろに下がる時間の確保である。
「5秒」
「おっけー」
ユキへの返答に合わせて、足の力を使って地面を蹴り上げその場から横に飛ぶ。そこへゴーレムの腕が地面に激突する。
「ふぅ…危なかった…<転装/ 巨人の大槌 / No.302>」
この相手に使える武器はハンマーだけ。
そしてゴーレムの動きを見極めながら、私は再び身を低くして次の攻撃に備える。ゴーレムのもう一方の腕が振り上げられ、今度は横薙ぎに振り下ろされる。私はその動きを見逃さず、素早く前方に転がり込む。
「せいっ、やっ!」
脚へとハンマーを叩きつける。ガキンッ!!と手に重い衝撃が伝わる。
「かっったーいっ!!でももう一発!」
よし態勢が崩れた!チャンス―――――ってうぇ!?っぶない!立て直すの速すぎ!なんでそんなに動きが俊敏なのよ!力強く、堅く、速いって脳筋すぎでしょこら!
「グゴォォォォッ!!!!!」
――――――ゴーレムの巨大な腕が振り上げられ、次の瞬間には地面に向かって振り下ろされる。
この速さの相手に、高重量武器を持った状態で小回りして避け続けるのは難しい。だから狙うのはパリィからのカウンター。だけど敵の筋力値は私よりもずっと高い、だから弾かずに打ち落とす。
「お、りゃっ!」
ゴーレムの一撃をパリィ。岩の拳が地面に突き刺さった。
「イチカいくよ」
「ばっちこい!」
「<聖なる拘束>」
ユキの魔法が再びゴーレムを拘束する。たった5秒、その隙でゴーレムの腕を足場に駆け上がり胸の宝石へ狙いを定める。
―――――最近気づいたんだけど、そのままでも美しい武器が最も輝くのは、最高の敵を討ち倒すときなのだ。武器の性能の全てを駆使する瞬間こそ、その武器の魅力を最大限まで引き上げてくれる。
そしてハンマー――――これは力と破壊の象徴。頭部の巨大で重厚な形状は敵を一撃で粉砕するために適している。更にどんな激しい戦闘にも耐えうる強度、握りやすい形状と扱いやすい重量のバランス。つまりこの武器の最大の強みは、その破壊力にある。重量を活かした一撃で敵の防御を打ち砕き、鎧をも粉砕するその威力は、他の武器にはない圧倒的な力を持っている。
だからその重量を活かすように、
「<諸刃の一撃>」
全身を一つの動きとして連動させ、ハンマーを振り上げ、全力でゴーレムの胸の宝石に向かって一撃を放つ。
そして弱点攻撃―――――宝石に直撃した瞬間、鋭い音が響き渡ってゴーレムの体が一瞬硬直する。そのままハンマーの一撃はゴーレムの宝石を打ち砕いて、ゴーレムの体から光が漏れ出す。
なんて素晴らしい一撃…………ハンマーもやっぱりいいね…………あ、こっちも壊れちゃったか……<諸刃の一撃>は強力だけど乱用したくないね、流石に武器が勿体ない。
「グゴォォォォォォォッ!!!!!」
「うわっと……」
もっと浸っていたいけど、まだゴーレムはHPは0になっていない。今ので大きく減らせたのは事実だけどまだ半分は残っている。
そして弱点はもう砕けてしまった。ここからは殴り合いというわけだね。
「よっしこい!」
私の目の前で三体目の“岩喰いの巨人”が崩れ落ちた。
うん、一体目同様にこちらも中々の強敵だった。
「お疲れ様、これだけ狩れば十分じゃない?」
「そうだね、付き合ってくれてありがとねユキ」
「はぁ……本当に大変だった……」
「あはは!でもお陰で売れそうな素材も手に入ったでしょ?」
「まぁ…………そうね」
「じゃあ帰ろっか。帰ったらダマスカス鋼を作って~新しい武器を作るんだ~」
「嬉しそうでなにより」
「そう言えばイベントってどうなってるのかな」
「さぁ?終わったっていうメッセージはまだ来てないから続いてるんじゃないの」
「ならまた遠回りして帰らないとね、面倒くさ~い」
「大群を相手にするよりマシだと思うけど?」
「あはは……………だよね~」




