24.イベント➁_洞窟内部
イベントが始まって30分が経過し、リンダの街から北方は混沌としていた。次々と魔物を討伐しポイントを稼ぐプレイヤーたちの勢いは衰えない。
そんな中で“北の森”をヒスイが駆けていた。正面にはでっぷりとした緑の巨体に棍棒を携える“トロル”が都合四体。
「<水環の拘束>」
最初に、一番正面に居たトロルを魔法で拘束してそのまま斬り捨てた。次に二体目、
「<下級精霊の加護・風>」
ラピスからのバフで速度を上げたヒスイが、待ち構えるトロルの棍棒をひらりと避けて首へと弱点攻撃。二体目が倒れ伏せる。そして残りの二体をもう一人の仲間である女魔法使いが一掃する。
「<大地の槍>」
震える地面から突き出た石の槍がトロルの体を貫いて消滅させた。
「お疲れ~!」
戦闘を終えて、にこやかなヒスイが仲間へ近づいていく。
「お疲れ様です姉さん―――――まぁ疲れるほどでもなかったですが。トロルのレベルは12、やっぱりもう少し強い敵の方がポイント効率が良さそうです」
ラピスが神妙な様子で言った。現在の彼女たち三人の平均ポイントは約8000。高いか低いか現状判断できる要素が存在しないため、ここから多めに取って置くことに越したことはない。
「ならあれに行ってみるのはどうだい?」
「あれ?」
パーティメンバーで魔女帽の<魔法使い>―――――ラケナリアにヒスイが尋ねる。
「そ。さっきの戦闘中にメッセが来てたんだ」
「あ、本当ですね」
「へぇ緊急クエストかぁ」
ヒスイのメッセージに表示されたクエスト内容は【緊急クエスト:北門近くをレイドボスが強襲・防衛せよ】とある。
イベントが始まって僅か30分、既にイベントは次の段階に移行していた。そして北門の死守はイベントクリアのための最低条件でもある。通常なら最優先で対処するべき事態なのだが、
「出現したレイドボスのレベルは40以上だって、過去最高じゃん」
「いやー凄いな。今の上位プレイヤーでも35前後なんだぞ」
「これは大人数でのゾンビアタックが前提ですね。普通に他の魔物を狩った方が効率が良いです」
「だね~。そもそも私達はレイドにも向いているスキル構成じゃないから今回はパスでいいかな?」
「賛成です。どうせ誰かが倒してくれるでしょうし」
「ははは!そうだといいがな……まあ私もそれに賛成だが」
人任せこそ他者を出し抜く第一戦略、そう言わんばかりに三人は森で次の獲物を探しに向かうことにしたのだった。
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そしてまた別の個所では、ベルグとそのパーティメンバーが緊急クエストの通知を受け取った。
「で、どうするよ?」
ベルグが尋ねたのは、全身が白の鎧武者のプレイヤーでキャラクターネームはリクゼン。見た目通りに職業は<侍>だ。
彼らが受けとった緊急クエストには【緊急クエスト:平原西でレイドボスが進行中、NPCの兵士が苦戦している
】とあった。NPCの死者数がイベントの達成度に影響するかどうかは事前に説明がなかったが、あると考えるのが普通ではあった。
「いっちょ腕試しと行こうぜ。それともビビッてんのか?」
「ぬかせ」
「なら決まりだな。どっちが長く生き残れるか勝負しようぜ」
「いいだろう」
「――――――ところで、俺の作ってやった鎧はどうだ?」
「悪くない」
「そりゃあよかった。感謝しろよ」
そうして二人は、緊急という単語とは裏腹に呑気な様子でクエストに指定された場所に向かっていった。
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そしてまた別の個所では――――――、
「二人とも見てください。緊急クエストが来てましたよ」
巫女服に職業<巫女>であるミコが仲間の二人にウィンドウメッセージを見せる。一人は和服姿の<侍>であるモミジ、そしてもう一人もまた和服姿で<陰陽師>のミヤビ。
そしてその内容は【緊急クエスト:森の奥地にレイドボスが出現・討伐せよ】とある。
「行きますか?大変そうですよ」
「私達の平均レベルは32、敵はこれより約10上だ。少し厳しいが他のプレイヤーもいれば戦えるだろう」
しかし、居なければ無駄死にになると、モミジが冷静に状況分析を行う。
「なんせ、場所は森の奥地や、緊急性は低いけどそう人が集まるとも思えんな」
モミジの分析にミヤビが付け足す。
「ここは慎重にいかな、人間条件反射で生きとったらあかんで」
「ぬるぽといったらガッみたいにですか?」
「なんでそないな言葉知ってんねん……」
「最近勉強してるんです、古のネット用語」
「そうか……まあリアルでは使わんときや。じゃあ狩りでも続けよかいな」
こうしてこの三人は。安全のために緊急クエストを見送った好機を図るために。しかし、結局彼女らがレイドボスと戦うのはイベント終盤になってからのことだった。
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平原を抜け“北の森”へ脚を踏み入れ、洞窟の内部までやってきた私達は、目標を探すために奥へ奥へと進んでいた。
「――――でも、イベントをほっといて良かったの?」
「急にどうしたの」
「なんかさっき緊急クエストってやつがきてたじゃん。それにさ、失敗したらペナルティがあるんだよ、気にならないの?」
「別に、イチカだって気にしてないじゃん」
「まあ……参加している人達がクリアしてくれると思うし」
完全に人任せだけど、実際に平原で戦っていたプレイヤーの数を見ればそういう風に考えても仕方ないと思う。それだけ多かったし、あれでまだ一部だとすれば、ペナルティどころか獲物の奪い合いで私が参加しても出番なんてないかもね。
ていうか、それよりも――――――、
「そろそろ気持ちの準備してよね」
「分かってる」
緩々だった気を引き締める。
洞窟の奥から久しく聞いていなかった重々しい足音が響いるのだ。
「―――――きた」
山のように、なんて過剰表現だけどそれだけの圧倒的な存在感を放つ岩の巨人。私の何倍もある巨大な体は、大小さまざまな岩が組み合わさって形成されていて、表面は粗く、ゴツゴツとしている。また、以前は気づけなかったけど、その背中には様々な種類の鉱石が生えている。あの中にエーテル鉱石があるのだろうか。
「さて、私達も始めよっか」
イベントに参加しているプレイヤーたちは、今頃レイドボスとかに挑んでいるんだろうね。こっちは、こっちで頑張りますか。




