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19.side_ユキ 私の忙しい一日

 私こと白石優姫、こちらではユキは商人兼神官。NPCには慈悲深い神官の顔を、プレイヤーには利のある商人としての顔を使い分けている。

 神官という立ち位置はNPCからの信頼を得るのに都合が良い。クエスト発生、情報収集において他者より優位に進めることができる。


 「流石はオーウェン司教に信頼された神官様!こちらが報酬になります」

 「ありがとう、有難く頂くね」


 私は報酬を受け取り、微笑みながら踵を返す。その場を後にして一度だけ深呼吸、気持ちを切り替えて商人となる。

 どちらかと言えばこちらが本命、商人はゴールドを稼ぐのに最も適したサブ職業である。

 私が普段やっている卸売りは、プレイヤーから商品を仕入れて別のプレイヤーに売りつける――――端的に言えば素材や武器の仲介屋。このゲームでは<商人>か店主じゃないと取引はできないから、当然こういった役割の需要は高い。

 だけど、適当にやって上手くいくほど簡単ってわけでもない。常に素材や武器のトレンドや価格動向から、需要と供給を見極める必要がある。誰が何を求めているのか、いくらの値段で買っていくらで売れば利益が出せるのか。その見極めを失敗すれば、大きな損失を被ってしまう。他にも、競合相手の分析、在庫管理、値段交渉、顧客の確保等々、やらなければいけないことは沢山。

 

 「いつもありがとうね、この値段じゃ少ししか儲けがでないだろうに」

 「他で稼いでるから大丈夫よ」


 彼女はイチカ、私の親友。そして親愛なる友人には利より和を、この時だけは私は商人を辞める。

 

 「最近、売れ行きが良いらしいよ」

 「ほんと!?別に武器で商売をやりたいわけじゃないけどそれは嬉しいね!」


 彼女の武器を卸してる“鋼鉄の砦”の店主曰く、イチカの武器にファンがつき始めているらしい。

 RPGの序盤はプレイヤーのレベルが上がりやすいから、その分武器を変えるのに忙しい。だからイチカの大量に武器を生産して徐々にランクを上げるやり方は、一定の顧客が付きやすい。

 確かもうすぐNoが200を超えそうだった気がする。どれだけ作っているのか、という疑問はさておき、彼女のNoというシンプルな銘の付け方も顧客が付く理由である。少なくとも、私は“聖剣エクスカリバー55号”なんて銘の武器を装備したいとは思わない。

 そして、イチカとの取引を終えれば次の場所に向かう。まだまだ、やることは残っている――――――だけど、その前に。


 「装備似合ってるね」

 「やっぱり?ありがと!」


 やっぱり、触れないのは不自然だからね。

 それでは次に向かおう。





 次に向かったのはとある女錬金術師の店舗。

 私が商品を卸す相手は主に店舗経営をしているプレイヤーが中心である。その中でも彼女は良品を扱う反面、奇人変人として有名である。


 「もう少し、ね。わかるだろ」

 「何度言われても値下げはしない」

 「このままじゃ……私はレンタル代が払えずに店を畳まなくなってしまうじゃないか~……」

 「後生大事にしている売れないコレクションとやらでも全部売却すればなんとかなると思うけど」

 「そんな殺生な~……!」


 好奇心で売れない品を量産した挙句、資金繰りが悪化した錬金術師にかける情けはない。


 「第一、洞窟系の素材は最近安くなってきていたじゃないか!?なんでまた値上げしているんだ!」

 「また洞窟に向かう人がまた減ったの。最近はプレイヤーのレベルが上がって変異種の素材がトレンドらしいよ」

 「そんなまさか………」

 「まあ、どうしてもっていうなら私との取引はこれまでね」

 「!!?待ってくれ!君がいないと私はどうなるんだ!?私には君しかいないんだ!」

 「素敵な告白どうもありがとう。全然嬉しくないからさようなら」

 「わ、わかった!言い値で払う!…………くそう、これで私のコレクションを増やそうと思っていたのに………」


 悪知恵を働かせ泣き落としで値下げ…………どうせ、そんなことだろうとは思っていた。

 それでは次に向かおう。





 訪れたのは“鋼鉄の砦”という巨大な武具店。ピンからキリまで、大量の武器を仕入れて販売している武具販売の大手である。

 ちなみに私が店舗経営をしているプレイヤーを中心に取引を行うのは、大きな店舗や生産者ほど狩りや小さな取引を行わず商人を介した大量仕入れを行っているからである。理由は単純明快で、そっちの方が効率的だから。

 イチカ以上の生産量を実現しているようなプレイヤーは、揃って商人からの大量仕入れを行っている。そうでもしないと時間が足りないから。また店舗経営の場合も同様で、半端な商人から、小さな取引を何度も行っていては大量の商品を確保するだけで無駄な時間を浪費してしまう。

 よって、ここ“鋼鉄の砦”には多くの商人が取引にくるが、私もそこに割り込めたのは幸運だった。


 「いつも悪いね」

 「気にしないで、これはお互いに対等な取引だから」

 「そういうスタンスは良いね。いつものお礼に料金には色をつけておくよ」

 「そう?なら遠慮なく」

 「あなたが卸してくれる品はどれも良品ばかりで感謝している。中でもNoシリーズは中々に人気があるよ」

 「前にも言ってたね、製作者も喜んでた」

 「それは良かった。――――そうだ、話は変わるが良ければ防具類の品も増やしてくれないか?最近足りなくなってきているんだ」

 「わかった、なるべく意識するようにしておく」

 「助かるよ」


 話のわかる相手には最大限の譲歩を。大事なのは互いに利のある取引をすること。この店主のような相手とは長く取引を続けていきたいからね。

 それでは次に向かおう。





 ――――色々巡って最後に辿りついたのはこちら。

 まだ駆け出しのプレイヤーが屋台営業している洋菓子店である。食べ歩きをしている最中に出会ったのが始まり。まだ利益を出すには物足りない相手だけど、その悪くない味と彼女の情熱から将来性に期待している。


 「こんな値段でいいんですか?」

 「前にも言ったけど、これは投資だと思って遠慮なく受け取って欲しいの」 

 「それじゃあ、有難く頂きますね!」


 駆け出しの職人には期待を込めた投資を。職人で一番大変なのは始めたての頃、ここで挫けられたら将来の美味しいお菓子の損失である。

 …………決して、序盤の資金問題が厳しい初心者への施しの気持ちなんてない……本当だから。

 

 




 全てを終えて、これまで溜めに溜めた貯金残高を確認する。


 「……400万…………ふふ」


 一先ずの目標の500万まであと少し、いい調子である。そして500万を達成したら次はこの倍の1000万を目指すつもり。まだ時間はかかるけど地道な努力こそ夢への第一歩、頑張ろう。

  

 「――――――ん?」


 いつの間にかメッセが来ていた。

 相手はノア――――私の従妹だった…………仕方ないから彼女の呼び出しに応えよう。

 私こと白石優姫、こちらではユキは商人兼神官、そして姉である。


 「ちょっとユキ姉ー!早くしてよ!」

 「はいはい」


 我儘な従妹に付き合うのもまた私の仕事。

 今日もまた、忙しいけど充実した一日である。


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