16.ラピスの衣装店
「いらっしゃいませお客様――――って姉さん?」
私を招き入れてくれた店主は、銀髪のツインテールをした小さな女の子だった。
服装は白のロングドレスに、前が開いたオーバーサイズの白いコートを羽織っていて、白を基調にした衣装には黒のアクセントが施されている。色合いはシンプルで全体的にモダンな雰囲気をしている。
「ラピスーお客さん連れてきたよー!あ、紹介するね、こちらは私の友達のイチカ。で、こちらが妹のラピス」
「…………初めましてイチカさん。ラピスです」
「イチカです。よろしくね」
抑揚がなくて感情を感じさせない喋り方。こういうのをクールっていうのかな?ヒスイさんとは真逆で、見た目とのギャップがあるけど、返ってそれが愛らしさを引き立てている気さえする。
「ちょうど暇していたところです。姉さん、お手柄です」
「ふふ~ん、そうでしょうとも!もっと褒めてくれていいよ~」
「はい感謝してます。でもこれから仕事なのであっちいっててください」
「酷いっ!でもわかった………」
ヒスイさんは少し拗ねたような表情を見せながらも、トボトボ店の隅に移動していった。哀愁が漂う………。
「さて、イチカさん。今日はどんな装備をお探しですか?和服ですか?洋服ですか?」
「選べるの?」
「はい、鎧なんかはないですけど……和服でも洋服でも、後衛用でも前衛用でも、裁縫師が作れる範囲であれば問題ないです」
「それじゃあ………」
ゆっくりと考えて、頭に浮かんだのは団子を売っていた巫女さんの恰好。ファンタジー色の強い服装もいいけど、和装も良かったんだよねぇ。
「じゃあ和服で、前衛職用の物を一式でお願いできる?」
「はい。では次にステータスはどのようにしましょうか?物理耐久、魔法耐久、敏捷、器用の内のどれを優先しましょうか?ただ、物理耐久に関しては鎧装備に比べると低い値になっていまいます」
「敏捷と器用を優先で」
「承知いたしました。レベルはいくつですか?」
「20の装備をお願い」
「では最後に、具体的なデザインの方はどうしますか?」
「う~ん……動きやすくてシンプルだけどお洒落な感じ?抽象的で悪いけど」
「大丈夫です、お任せください。――――少々お待ちください」
ラピスさんは思考に耽って、少しして、今回用いる素材とその料金について説明された。
作る装備は『銀風の着物』『銀風の短袴』『銀風の下駄』『銀風の手袋』『銀風の羽織』の五種類で、肝心の使う素材は………、
「狩猟者の銀糸×15、ピクシーの魔法糸×15、シルクワームの繊維×15、トレントの樹液×15、トレントの老葉×6、トレントの樹皮×3、トレントの原木×3、そよ風の羽根×3、桜塗料×3――――――の以下9種類78個とその他裁縫に必要アイテム代等で計30万ゴールドですね」
「30万かぁ………」
「もし厳しければ、性能は落ちますけど価格を落とせますよ」
「いや、ちょっと待って」
手持ちは25万だから差し引き5万、この程度ならユキに私が保管している武器を売れば補うことができるけど…………手持ちは刀2、両手剣2、片手剣2、短剣2、両手槌2、両手斧2、長槍10かぁ………売るなら長槍かなぁ。
「それか、自分で素材を持ってきて下さればその分値下げ可能です」
「あ、そういうのもありなんだ」
「はい。ちなみに予算は?」
「23だよ」
「でしたら…………ぶっちぎりで単価の高い狩猟者の銀糸か、数の多いトレント系の素材がお勧めです。―――――そうですね、どちらでも7、8割程度集めて貰えればなんとかできます」
「トレントは分かるんだけど、狩猟者の銀糸ってなんの素材なの?」
「北の森にいるシャドウスパイダーの変異種ですね」
変異種と聞いたら、あの時の苦い記憶が思い起こされるけど――――――よそう、思い出したくない。
「確かシャドウスパイダーのLvが7くらいだったよね?変異種はどのくらい?」
「20ですね、比較的倒しやすくて素材の使い道も幅広いから人気です。こっちなら三体ほど倒せば集まると思います」
20なら私のレベルでも土俵くらいには上れると思う。問題は私の装備が弱いことと、一人では勝てないということ。
同レベルの変異種を倒すなら、少なくとも二人以上のパーティで挑まなければならない。これはそういう風にバランス設定がされているのだから、覆せるのは常識外のプレイヤースキルを持っているような人だけだろう。そもそも私は鍛冶師なので、同レベル帯で見たときスキル構成や器用値の分だけ、戦闘をゲームの主食にしているようなプレイヤーよりも劣っている。
それに対してトレントなら問題もなさそうだけど……どうしようかな。
「ねぇねぇ」
「ヒスイさんどうしたの?」
「蜘蛛退治するなら私と行こーよ。ちょうど私も蜘蛛の素材が欲しかったんだ~」
願ってもない申し出だった。
「それはこっちからもお願いしたいけど……二人でいける?」
「ん~難しいと思う」
「だよねー……」
「だから他のメンバーを集めよう!イチカはユキを誘って、もう一人は私が誘ってみる」
「それはあり」
「なら決まり!やったね、初めてのパーティだー!」
その後、怒涛の勢いで集合時間と場所が決まってご機嫌でヒスイさんは去っていった。何というか、あの全力でゲームを楽しんでるって様子は気持ちがいいよね。
ちなみに、ユキは度々鍛冶ギルドに訪れているので二人は知り合いだったりする。
「そういうことになったんだけど……いいかな?」
「はい、お待ちしてます。あと、姉さんをお願いしますね」
ラピスさんは口元に微かな笑みが浮かべてそう言ったので、私も同じように返す。
「それは私こそだよ。少しヒスイさんを借りるね」
それからユキを誘う為に一度ログアウトした。
再度ログイン。
ユキはリアルの事情で参加できないらしい。残念だけど、とり敢えずヒスイさんと合流するために指定された集合場所へ向かう。こうなったら残り一人に期待である。
そして、集合場所にいたのはヒスイさんと―――――、
「イチカさっきぶり~」
「うん、さっきぶり…………もう一人ってベルグさんだったんだ」
「おう、よろしくな」
私と同じ鍛冶師で大柄の戦士――――ベルグさんは片手を挙げてさっと挨拶した。
「どうせならお互いが顔見知り方がいいかなってね」
確かにパーティが顔見知りなのは心強い。それはそうと、確かめるべきことがあった。
「それで皆は何が目的なの?」
「私は狩猟者の瞳って素材。装飾品に使えるんだよね~」
「俺は甲殻だ。言わずもがな、だろうが防具に使うつもりだ」
「じゃあ私は銀糸だから、各素材がドロップしたら商人を介して交換でいいかな?」
「賛成~」
「あぁそれでいいぜ」
服、装飾、防具か…………ラピスさんが言ってた通り、この魔物の素材って使い道の幅が広いんだね。
「ところでユキは?」
「ごめん無理だった。ちょっと用事があるらしくて」
「それは仕方ないっかー。ま、なんとかなるでしょ!」
「適当だな、おい…………まぁ居ないもんは仕方ねぇか!」
そんな訳で私たちは三人で北の森へ向かって、シャドウスパイダーの変異種を探し始めた。




