その婚約破棄に関わってしまいました。姉上、ごめんなさ〜〜い!! 〜リック編〜
その婚約破棄に関わったらダメでしょう!?
のリック視点です。
そちらをお読みした方が、より一層楽しめるかなと思います。^_^
(ブクマを残して頂いた方々のために送る短編です)
いや、忘れて残っている可能性もありますが。(笑)
「アンネローネ!! お前との婚約を破棄する!!」
王太子マークの計画通り、サマンサ学園高等部の卒業式と云うめでたい場に、似つかわしくない声が響いた。
僕達の計画はこうだ。
マークの婚約者がいかに悪辣かを示し、可愛いナナリーを正式に婚約者にする……という算段。
その言動に皆が一斉に振り向き、ここからアンネローネ断罪の幕が上がる……ハズだった。
悪名高いアンネローネがした悪事を暴き、ナナリーに謝罪させる事が目的である。
しかし、僕達の計画はすぐさま頓挫……いや盛大に失敗したのである。
「わたくしとの婚約を破棄ですか?」
「そうだ」
「理由をお聞かせ願えますか?」
王太子マークの婚約者である侯爵令嬢アンネローネが、無表情で訊いた。
非公式ではあれ、公の場での断罪。これから、アンネローネの悪事を暴露し王太子妃には相応しくないとアピールする予定だ。
そう、あくまで予定。予定である以上、失敗やイレギュラーがある。その時の相談をしておくべきであった……と後になって思う。
この時は、やけに自信に満ち溢れたマークに説得され、絶対上手くいくと考えていたし、その計画を知った僕も盲目的に信じてしまった。
それが、最大の間違いだったのだ。
「理由など、簡単だ。【真実の愛】を見つけたからだ」
当然の様に王太子マークは言い放った。
その右腕には、マークのお気に入りの男爵令嬢ナナリーが震える様に付いている。
そして、その2人を守るかの様に、侯爵家のビル、宰相の長子ダイルが控えていた。当然、公爵家の令息であり、このマークの従兄弟である僕も参上である。
ナナリーへの悪行を口頭で知らしめるのが、僕が課せられた任務だ。
「【真実の愛】?」
「そうだ。そして、それを僻んだお前がナナリーを虐めたのは知っている。そんな悪辣で非情な女に私の妃は務まらん。よってお前との婚約を破棄する!!」
(よし、予定通りマークが宣言をしたぞ)
政治的な結婚も仕方がないとは思うけど、好きな人と一緒になれた方がより幸せなハズ。
リックはそう思っていた。
だから、マークとナナリーに力を貸して欲しいと言われた時、後先も考えずに承諾してしまったのだ。
「わたくしが、その方を虐めたと?」
プライドの高い彼女でも、嫉妬という炎を消せなかったに違いない。リックはマークやナナリーにそう言われ、そういうものなんだと納得していた。
だが、真実はナナリーの勘違いか、虚偽。或いは質の悪いアンネローネの支持者が、勝手にやった事だった。そんな事にこの時は気付いていなかった。
「そうだ。お前が何をやったのか、リック説明してやれ」
そう王太子マークが顎を使い指示してきたので、リックは意気揚々と皆の前に立つ。
皆の視線が集まり、何だかこそばゆい。だが、これから僕がいう事に注目しているのだから、気分は上々。
そんなリックは、了解したとばかりに気分良く説明し始めた……のだが。
「ぐぇ」
ガシリと襟首を思いっきり摘まれ、ズルズルと引き摺られた。
僕にこんな事をやるのは、この世界でただ一人である。
「あ、姉上!? 何をするんですか!?」
首を掴まれた瞬間、ふわりと見えた輝く金髪。来ないと思っていた僕の姉だった。
(姉上は滅多に学園には来ないのにどうして!?)
どうしてもこうしてもない。
早々に学園の勉学を終業させたからといって、最低限の出席数は出なければならないし、学園最後の行事である卒業式だ。来ても何ら不思議はない話だった。
「あ、姉上ぇ」
(首が絞まるぅぅ〜っ!)
普通なら、男を片手でどうにか出来る事に驚くところだが、僕の家ではコレが日常的なので通常として会話が続く。
「それは、コッチの台詞だわ!!」
(んぎゃ!)
"見た目だけは"可憐な女性である姉に、リックは思いっきり壁に投げつけられた。
(怖い怖い怖い!! 何故か姉上が怒ってる〜!)
「貴方はココで、何をしているのよ?」
「な、何をって……アンネローネがナナリーにした悪事を……」
(あれ? そういえば……マークには関わるなとかって言っていたような?)
鬼神の様な姉の表情に、リックは今までかいた事のない汗が身体中から溢れていた。
「彼女の悪事って何?」
(そうだ! それを言おうとしてたのに!!)
だが、貴方に強引に止められた……とは、言えなかったリック。拘束が緩んだのでホッとしつつ、渋々ながらに説明し始める。
「それは、彼女が教科書を破いたり、私物を隠したり――」
「階段から突き落としたり?」
「そ、そうだよ!」
やっと言えたと、リックは口端に付いた血を袖で拭った。
だが、口端に流れた血より、姉のコメカミがピクリと動いた事に気付くべきだった。
「貴方、バカなの?」
「は?」
「貴方、バ カ なのかって言ったのよ」
「なっ!?」
(言われた通りに説明したのに、バカにされたんだけど!?)
何故、馬鹿と罵られたのか分からないリックは、こんな大勢の前で罵られたと、口をパクパクさせていた。
(マークは唖然としてるし、どうなってるの!?)
「アンネローネ様は、侯爵令嬢なのよ?」
(知ってるよ!!)
「だ、だから虐めないとか言うのかよ!?」
「違うわよ」
「じゃ、じゃあ何だよ!?」
「彼女がやるとしたら、そんな生温い事をする訳がないでしょう?」
(…………え?)
その爆弾発言に、リックどころか聞いていた全員が目を見開き、口は半開きで固まっていたが、リックの頭はそれ以上に真っ白だ。
(え? ナニソレ)
「教科書? 私物? 突き落とす? そんな足が付く事をあの人がすると思う?」
「……さ、さぁ」
ソレがどういう意味か、リックは知りたくなかった。
知らない方がきっと僕のためだ。
だが、そんなリックの事などお構いなしに、姉は話を続けた。
「気に入らない相手を本気で排除したいのなら、そんな回りくどい事なんかしないわよ。他人を使ってさっさと始末、処分、廃棄するに決まってるじゃない」
(え? そうなの?)
そこまでしたら、イジメとかいう騒ぎでは済まないよね?
と思わずアンネローネを見れば、黒いオーラが見えた気がした。
(え、女の人、コワイ)
「だから、ナナリー様の存在がココにある時点で、アンネローネ様が無実だって事の証明なのよ」
ドウイウ証明ノ仕方ナノ?
仕方がないわねと姉は溜め息を吐いていたが、リックは色んな意味で廃人である。
(ねぇ、姉上。その証明の仕方であってるの?)
「大体、アレの何処が【真実の愛】なものですか。リックはしっかりとその目で見なさい」
(ぐえっ!)
放心状態だったリックは、姉により首をグキリと強制的に、マーク達の方向に向けられた。
「いい事、リック。どんな理由があるにせよ、婚約者のいる者が他の異性とベタベタしているのは【愛】ではなく、それはただの【浮気】って言うのよ?」
(うん? まぁ、そうなのかもだけど)
愛がある結婚の方が幸せなハズ。
それだけを純粋に信じていたリックは、まだしどろもどろである。
「では仮に、貴方に婚約者がいて、その彼女がああやって他の殿方に寄り添い、その腕に胸を押し当てていても許すのですか?」
(え、それは僕が、自分の股間を女性に押し当てる様なモノ?)
「自分はタダの婚約者。相手は【真実の愛】だから、仕方がないよね? と?」
(だって、それは変態だ。犯罪者だ!!)
リックは斜め上の方向に思考を飛ばしていたが、それがダメな事だとよく理解した。
自分の好きな女性が、他の異性に引っ付いているなんて、よくよく考えたら容認出来ないし、まして股間を押し当てるなんて犯罪だ。
〈※ナナリーは股間など押し当てていない〉
「でしょう? あの二人には【真実の愛】かもしれないけれど、婚約者であるアンネローネ様からしたら、それは【不誠実な愛】でしかないの。どうしても婚約を白紙や撤回したかったのなら、こんな大勢の場で断罪などせず、陛下や侯爵と話し合うべきだったのよ」
「これであの方は終わったわ」とドレスの裾を叩くと、リックの襟首を再びむんずと掴んだ。
(終わらせるのは、姉な様な気もしなくはない)
が黙っておこう。
「幸いかどうかは知らないけど、まだ貴方に婚約者がいなかったのは良かったのかもしれないわね」
(あれ? なんで僕の説教が始まるの?)
急に自分に矛先が向き、一瞬リックは身を強張らせた。
「もぉ、少しは自分で考えなさいよ。だって、婚約者がいるのに他の異性に現を抜かして蔑ろにしてた事になるのよ? それを黙認する人間が何処にいるの」
そう言って姉が呆れた様子で説明し始めれば、それを聞いたビルやダイルが真っ青な表情をして消えた。
「ね? これで分かったでしょ? あの人達と関わると碌な事にならないって。サッサと帰るわよ」
(マークに関わると? いや姉に関わっても……)
と思ったが、そんな事を言おうものなら命に関わる問題だ。
言葉を飲んだリックは改めて襟首を掴まれ、またズリズリと引き摺られる。
その時チラッと見えたマークの顔色は、土色になっているが、同時に隣にいるナナリーはどうなるのだろうと思った。
「ちなみに、ちなみに、ナナリーは!?」
もうどうせなら訊いてしまえと訊いたのだが、姉には微塵も興味はないのか、返答は実に素っ気なかった。
「知らないわよ」
「し、知らないって、彼女は王妃になれるの?」
「はい? なれる訳がないでしょう」
何を言っているのだと、リックは呆れられてしまった。
「み、身分のせい?」
(だって、高位貴族じゃないと難しいよね?)
「身分なんか、どうにでもなるわよ」
(あ、そうなんだ)
父が承諾する訳がないが、我が家みたいな爵位の高い所に一度養女に迎え、一気に身分を上げてしまえばイイと姉が教えてくれた。
(なるほど?)
「では何故?」
「良識がないからに決まってるでしょ」
(あ、そっち?)
「美と教養はこれから幾らでも磨けるけど、さすがに。だって考えてもみなさいよ。良識ある女性がーー」
姉が何やら説明しているが、リックはもはや耳に入ってこない。
「貴方は大丈夫でしょうね?」
と最後に言われたのは分かったので、慌てて答えた。
「僕は皆と違って健全な付き合いだよ!!」
(股間も押し当ててないし、手も握ってないよ!!)
"僕は皆と違って" と言ったのは余計だったらしいけど、姉の話を聞いていたらナナリーが変態に見えてきた。
〈節操がないだけで、変態ではない〉
リックの正直な発言により、皆が白い目でナナリー達を見たら、ナナリーは慌てた様子で王太子から手を離していたけど、リックはあの変態はどうなるのかなと気になった。
「じゃあ、彼女はどうなるの?」
そう聞いたが姉にとって、マークもナナリーもどうでもいいらしい。
「【真実の愛】とやらが、どれだけ崇高で立派な【愛】なのか、これから見届けさせて頂きましょう。ね、リック?」
ナナリーは変態だし自業自得だ。
だが、胸や股間を押し当てる程好きなのに、可哀想だなとリックは思ったのだ。
だが、姉の話を聞く限り自分1人ではどうにもならない。
これは原因というか元凶の王太子自身が、どうにかするのが筋だとやっと悟ったのである。
「大体貴方、人の心配より自分の心配しなさいよ。お父様に知れたらリック貴方、僻地で鍛え直しよ? 覚悟しておくのね」
(え?)
少しとはいえ、断罪に加担してしまったのだ。お仕置きがあるだろうと姉は言う。
「イ、イヤだぁァァ〜〜〜〜っ!!」
それを聞いてさらに、事の重大性を理解したリックは、姉に引き摺られながら泣き叫んでいた。
思春期の過ちとして許して下さいと。
馬鹿な事を言うんじゃないわよと、姉は鼻で笑っていた。リックは姉達に、そんな言い訳が通用するとは思えなかったけれど、どうしても言わずにはいられなかったのだった。
「大丈夫よ。お父様はお優しいから、国王様の様に息子を市井に降ろしたりしないわよ。私もなんとなくは、擁護してあげるから感謝しなさい」
「姉上、ゴメンなさ〜〜い!!」
(本当にゴメンなさ〜ーい!!)
泣き叫ぶリックの声が、徐々に小さくなっていった。
(もう、女の子はコリゴリだーーっ!!)
この日の事は、リックの心に残る……
……いや、黒歴史となる卒業式になるのであった。