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僕たちは、明日か、または二年先に、死んでしまう運命にある。病気や、災害でそうなるわけじゃない。
やってくるのだ。やつが。魔女の使い魔が命を刈り取りに。
それは亡き魔女がこの世に残した呪いであった。
20年前、魔王から、世界の危機を救ったヘルメスという魔女が人間達の嫉妬を買い、えん罪で幽閉されてしまった。
人間に裏切られた魔女は怒り狂い、自らの命と引き換えに、ある強力な使い魔を生み出した。
その使い魔は、魔女の生前の願いを実行し、世界中の人間をして回った。
理不尽なまでの圧倒的な力を見せ、一万人以上の人間を一瞬にして灰にしてみせた、
サザン島という一つの島をのぞいて、全ての人間を殺してしまうと、使い魔はサザン島に住みつき、毎日夜になると、島の人間を一人ずつ殺していった。
それが20年以上現在まで続き。8000人いた人間は730人まで減少してしまった。
おそらく魔女はいつ殺されるかわからない恐怖を、人間たちに味わせたかったのだろう。
実際今じゃ、島のほとんどの人間は使い魔に怯えきってしまっている。
この恐怖は人類が絶滅するまで、続いていくだろう。
絶滅までの時間は長くない、毎日一人ずつ死んでいくから、730人の余命は最長でたった2年だ。
みんなそのわずかしかない時間を大切に生きている、リディアも例外じゃない。
でも僕は、諦めきれないでいた。
リディアには死に急ぐような真似は止めてくれと、心配されるので、終わりを受け入れてるふりをしているが、その使い魔を倒そうと僕は動いていた。
毎日就寝時間になると、家をこっそり抜け出して、現れる使い魔の消息を追う。そんなことを一年以上続けていた。
どうして、そんな命知らずの真似ができるか? 答えは単純だった。
リディアが死ぬ姿を自分が見たくないからだ。
気づいてしまったのだ、一年前に。彼女のことが大切だと。
夜中の11時。こっそりと家を抜け出す。
森を抜け、誰もない道ぞいに出る。
しばらく歩くと、民家があつまる住宅街に着き、そこまでつくと僕はより一層周囲の気配に気をくばり、やつがいつ現れてもいいように、腕の中にあるナイフを強く握りしめた。
自慢じゃないが、僕はどこにでもいる何の力をもたない15才の少年だ。
だから、この武器が僕の唯一の頼りだ。
世界を滅ぼそうとする相手にそれだけで挑むのはあまりにも心もとないが、リディアのためにやるしかない。
そう意気込んではいるものの、敵の使い魔を実際に見たことは一度もなかった。
島の話によると使い魔は、気配を消す魔法を使って、対象の人間に近づき、首をはね、すぐに姿をくらませるという。
だから、使い魔を見つけることができるのは、首をはねる瞬間のほんの一瞬だけとなる。
その一瞬に出くわそうと、毎日、島中の隅々(もちろん、誰かが住んでる建物にも忍び込んでいる)を見て回っているのだが、現実はなかなか厳しく、毎回空振りに終わってしまうのだ。
「ここにもいないか」
10件ほど民家を見て回ると、僕は道路の隅に座り、5分ほど足をやすめた。
今日もみつからないな、どうせ。心のかたすみに、よくない考えが一瞬よぎる。
いけない、心が後ろ向きになっている。
絶対見つかると心の中で唱えながら、僕は道路の地べたから立ち上がった。
そのまま近くの民家まで歩いていき、侵入するけど、就寝中の老人を一人、発見しただけだった。
僕はため息をついて、家から出ようとするけど、その前に大きな悲鳴を聞いてしまい、足を止めた。
音の方へ行くと、さっきまで寝ていた老人が起き上がって、半狂乱になっていた。
「もう耐えられん、こんな人生。使い魔に殺される恐怖で、毎日殺される夢をみてしまう。こんなことだったら、いっそ死んでしまおう! そうすれば苦しみから開放される!」
いつ自決してもいいように用意してたのだろうか。
老人は引き出しを開けると、拳銃を取り出した。
僕が驚く間もなく、その拳銃は持ち主の頭につきつけられた。
早まるな!
僕は飛び出して、老人の腕を思いきりつかみ、拳銃を奪いとろうとする。
「なんだお前は、とつぜん現れて。邪魔をするな!」
老人は驚きながら、僕の手を振り払うと、手にある拳銃を僕に向けてくる。
「この拳銃が怖いだろ! 怖いなら、私の前から消えるんだ、今すぐ!」
「いやです! 自殺なんてさせません!」
「そうかそんなに私に生き地獄を味あわせたいか! ならば、容赦はしない! ここで死ね!」
老人が拳銃の引き金をひく。飛び出した弾丸は、肩に命中し、猛烈な痛みが走る。
「うわぁあああああ!」
まだ生きてる僕を見て、老人がまた弾丸を放つ。
とっさに避けようとするが、身体が動かない。
ダメだ、さっきの痛みが尾を引いて。
弾丸が頭上めがけてやってくる、
くそっ、ここで死ぬのか。
もう逃れられないと悟り、とっさに目をつぶる。
しかし、不思議なことにそれはやってこなかった。
恐る恐る目を開くと、弾丸が空中で静止していた。
唖然としてそれを見つめていると、弾丸は突如、めきめきと音をたて、粉々にくだけちってしまった。
一体なにが、おこってるんだ?
視線をさまよわせると、僕のすぐ隣にそいつはいた。
そこにいたは、女だった。
赤い長髪の、黒いワンピースを着た、17才くらいの女だった。
それだけなら、どこにでもいる普通の人間だが、彼女には背中から翼が生えていた。
禍々しい空気を放つ黒い翼が。
それだけじゃない、彼女の目はすべてを拒絶するかのように、冷たく温度がなかった。
彼女が弾丸から、僕を助けたのか?
わからない、ただ直感的にこの女はやばいと理性が告げていた。
気づくと身体は震え上がっていて、指一本すら動かせないでいた。
間違いない、こいつが例の使い魔だ!
「……飛剣」
少女が感情のこもってない声でつぶやく。
すると、少女の前に、空中に浮かぶ剣が出現しはじめた。
そして、少女が腕を振るうと、剣は前方へ飛んでいき、老人に向かっていく。
老人はそれに反応する暇もなく、首から上を切り裂かれてしまう。
ズババァァァという音と共に、老人の頭が床に転がっていく。
ショッキングな光景に僕はますます震えあがった。
少女は目の前の死体を無感動に眺めた後、僕の方に視線をやった。
あの冷めかかな瞳が僕を見てる。
あまりにも恐ろしさから、僕は叫びたい衝動にかられたが、そのせいで、気分を害され、少女に殺されるかもしれないと考えがよぎり、必死にその衝動を押し殺した。
しばらく見つめられる状態が続いた後、女が僕の肩口に手をやる。
僕は一瞬ギョっとするが、先ほどまで感じていた傷口の痛みが消えたことに気づき、戸惑いを覚えた。
実際に傷口を見ると、治ってる。この女が治したのか?
じっと見つめられたのは傷口の場所を確認してたから?
そんな疑問がわきあがってくると、彼女に対する恐怖心が消え、手足が動かせるようになっていた。
ふとそこで気づく。女の様子が先程とは少し違ってることに。
女の口元がわずかに緩んでる。
瞳も生気が宿ってるようにも感じられる。
彼女の表情はどこか安堵してるように見えて、人間らしい温かみを感じさせた。
そして同時にあの人の面影を僕に感じさせた。
「リディアなの?」
だからといって、なぜこんな馬鹿げた質問をするのか、自分でもわからなかった。
目の前にいる女とリディアは姿があまりにも違うのに。