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02改めて塩焼き

海底調査はエリアを絞って行われる。

一人一人、一機一機で単独で行うと効率が悪いのでまとまった人数でチームを組み指定ポイントを集中的に探索するのが決まりだ。

遭難を防ぐという意味も含まれている。

小型の潜水機では思いの外海流に流されて戻れなくなることもこの海ではよくあることだった。


先ず先遣チームが調査し目星をつけた辺りを行う。

小さい物は既に埋まっていたりする為掘り起こしたり、大きい物はアームで引っ張りそのまま持って帰るのだが大型の物は数機掛かりで対処しなくてはならない。

殆どは原型を留めていないが飛行機や大型船などは運ぶのも一苦労だ。


けれどこれは全て海底都市にとって貴重な資源となる。

都市建造に使用される資材は全てこういった大陸文明の漂流物が使われており、都市に生きる人々の生活を支えていた。

一番運びやすく資源として有効活用出来るのは自動車で、沈んだものも多くヴォルティ達調査員が乗る小型潜水機一機でアームを固定すれば運ぶことが出来る。

流石に大型バスなんかは難しいが普通車や軽自動車であれば問題ない。


この辺りの自動車やコンテナは既に運ばれており細かな調査がメインとなっていた。

金属などは反応してモニターに表示されるので取り付けられているアームで調べていく。

埋もれた状態の看板や自転車、バイクなんかはよく発見出来る為宝探しをしている気分で、小さいものだと小型の通信機、大陸文明ではスマートフォンと呼ばれていたものなんかも多くあった。

当時は様々なメーカーが製品を出していたようで発掘されるスマートフォンの種類は多い。

中身は勿論駄目になっていてデータを見ることは出来ないが、ラメール区は沈んだ大陸に近い場所にあるからこういった実際に使われていた物が流されて沢山埋もれている。

ケースも様々、取り付けられているストラップと呼ばれるアクセサリー類も本当に沢山の種類があり、これを見ていくのも面白いのだ。

当時の生活を知る為の貴重品でもある。


『そういやリノが謹慎からそろそろ戻ってくるよな?』

『ああ、そうだっけ。また騒がしくなるなあ』


仲間の調査員達の通信が聞こえてきた。

調査中は潜水機の通信状態を開いているのが基本でこうした他愛ない会話も聞こえてしまい、たまに煩いと思うこともあるが不測の事態が起きた時素早く連携を取れるようにしておく必要があるので通信を切ることは出来ない。

通信を故意に切るとペナルティを食らう。

ペナルティは溜まると厄介なことになるので大人しくしているのが賢明だ。


『うるさい奴だけどいないと静かだしなー』

『そうだな、ああヴォルティはリノ知ってるっけ?』

「え?あー、はいアトラ区で…」


魚の群れに気を取られていたから少しばかり、反応が遅れる。

幸子のメニューには魚の名前も載っていたからあそこではきっとこの辺りで泳いでいる魚も食べられるのだろう。

美味しいのだろうかと魚を見ながらそんなことを考えていた。

今までそんなことなど考えもしなかったのに。


『よし、そろそろ時間だ。戻るぞ』

「はい」


現場リーダーの声と共に画面に帰還指示が表示される。

ヴォルティにとってラメール区周辺での初めて調査が終わった。

やはり地形も水温も海そのものがアトラ区とは異なるから、潜水機で進んでいるだけでも楽しく思えるのだ。

調査もまだ取り掛かったばかりで海底をよく見れば色んなものが落ちている。

出来ればゆっくり調べてみたいところだ。


そんなことを考えながら潜水機を支部指定の停泊場へ停めた。

ここに停めておくとバッテリーの充電を自動を行い概ね5時間程度で満タンになる。


調査で発見した発掘品はそれぞれの大きさに分けインベントリへ収納し保管するか再利用するかが決められていく。

たまに発見出来る腕時計や宝石などのアクセサリー類は貴重な発掘品として展示されたりもするが、今回は見付からなかった。

ああいったものは小さいし埋もれていたりするので見つけられるかは本当に運だ。


「お疲れさん、ヴォルティ。どうだった?」

「お疲れ様です。何か、こう…色々あって面白そうっスね」

「ははは、アトラ区周辺は全部調査終わってるもんな」


声を掛けてきたのは支部長のニッケルだ。

初調査に挑んだヴォルティを気にかけてくれたのだろう。


「こっちはまだまだ未探索だからな。面白いものも出てくるだろう。まあ何にせよ今日は終わりだから、上がっていいぞ」

「報告書はいいんスか?」

「今日は体験会みたいなもんだ。明日からはそれもやってもらうぞ」


覚悟しておけよ。と念押しのような言葉が飛んでくる。

いきなり全てやらせる訳ではないらしい。

ヴォルティとしても最初からあれもこれもさせられてはたまったものではないから有難くはある。

といっても明日からはあれもこれもさせられるだろうか。


「じゃあ、先に上がります」

「おう、どっか行くのか?」

「飯食いに行きます!」


とにかく、今日は終わりだ。

まだ夕方に差し掛かった辺りで時間的にも早い。

それだけゆっくり食べられるかもしれないので期待が溢れる。

昨日食べたホタテはあまりの衝撃に記憶が飛んでしまったのか覚えていない部分があった。

今日は1人だがゆっくりと、そしてしっかりと食べたい。

いや、昨日もしっかりと食べたのだが。


「ああ、お前もはまったのか…」


ニッケルが「分かる、分かるぞ」と言いながら何度か頷いている。

確かニッケルもアトラ区から赴任となった筈だからヴォルティと同じように食事に目覚めてしまった1人なのかもしれない。


あの「食事」はアトラ区ではまるで別物だった。

いや、昨日あの時、ヴォルティは生まれて初めて「食事」をしたのだと思う。

今までの食べるという行為とは何もかもが違っていて、昨日までは食べていたのではない。胃に運ぶ動作をしていたのだ。

ただそれだけだった。それだけでしかなかった。

だが今は違う。

生きる為にレーションを口にしていたあの頃とは違うのだ。


そう考えていたら腹が減ってきたので少し早足で支部を後にした。

ニッケルが今度おすすめの店を教えてくれると言っていたが、ラメール区はそんなに沢山の飲食店があるのか。

ヴォルティの楽しみが一つ増えた。




そうして、やや興奮気味に第2エリアまで来るとまだ早いかと思ったが「幸子」の電気は点いている。

営業時間が何時からか聞いていないが電気が点いているならミツルはいるだろう。

恐る恐る取っ手に手を掛ける。鍵が掛かっているなら空くまで待っていようと考えていたがドアは静かに横にスライドした。

そういえばと、ヴォルティは初めて手動ドアを自らの手で開いたと気付く。


「あ、いらっしゃい。ヴォルティさん!また来てくれたんですね」

「は、はい!も…もう入れますか?」

「ええ大丈夫ですよ。どうぞ」


まだ誰もいないカウンターの真ん中に緊張が解けない様子でゆっくりと腰掛ける。

するとミツルはグラスに注がれた茶色い水を出してくれた。

昨日は見なかったものだ。

グラスも昨日のジョッキとは違う。


「麦茶という飲み物です。ヴォルティさんお酒あまり飲まないみたいだから」

「麦茶」


これも大陸文明のものだろうか。勉強したかもしれないが記憶にはない。

一口含んでみると水とは違いしっかりと味がついている。


「珈琲とか紅茶みたいに人気がある訳ではないんですが、麦茶は麦から作るお茶で割とラメール区では飲まれているんです」


珈琲や紅茶は知っている。

大陸文明の中でも世界的に親しまれていた飲み物だ。

麦の生産に成功したのはもう何年も前の話だからそれをお茶にしたのか。

海底都市では食料の生産が何よりも優先されており、飲み物までは手が回っていない。

珈琲や紅茶はあるにはあるがそれっぽく作っているだけで厳密には違うらしく、研究もあまり進んでいないとどこかで聞いたことがある。

どちらも水に味を付けただけの擬物だ。


それなのにアルコール飲料の生産には成功しているのがヴォルティには不思議でしょうがないが、何れにせよ珈琲も紅茶もいつかはきちんと生産されるだろうとは思っている。


「不思議な味です」

「慣れると美味しいんですよね。日本という国では四季がはっきりしていた頃の夏の風物詩だったらしいですよ」

「へえ…」


日本は大陸文明を勉強する上でもアメリカや中国と並びよく出てくる国だ。

水没している自動車も日本製は割と多い。


「ところで今日はどうしますか?」

「あ、えーと…」


どうするか、となってもヴォルティは何が食べたいのか分からない。

そもそも食事をすることに目覚めたのは昨日だ。

ここで何を出してくれるのかも分からないし料理名も詳しくはなかった。

言い淀んでしまったヴォルティを見てミツルは「じゃあ」と提案を始める。


「普通に焼いた魚なんかどうです?アトラ区とは違うものが出せると思いますから」

「…焼いた魚って美味しいんですか?」

「良い鯖が入ってるんです。びっくりしますよ」


アトラ区で食べたあの何とも言えない魚の味を思い出して思わず聞き返す。

あんな生臭いものが美味しくなるのか半信半疑ではあるがミツルが出してくれるものだから、きっと美味しいに違いない。

それにびっくりする程なんてわざわざ言うだ。きっと美味しいに違いない。

一度頷くとミツルは微笑んでカウンター下に設置してある冷蔵庫から魚の切り身を取り出した。


「サバ…ってあの結構大きいあの魚ですよね」

「そうですよ。調査中に見ますか?」

「たまに、ですけど」


美しい白が輝く切り身に何か振りかけてから調理器具、コンロの上に皮を下にしてからそっと置くとぱちりぱちりと小さく音が響き出すと表面が徐々に艶やかに変化していく。

透明感があったそれは白みを帯び、ふっくらとしているように見えた。


泳いでいる姿は見たことがある。

群れを形成して自由自在に海中を泳いでいる姿は優雅だ。

見ている分には問題ないが気を付けないと潜水機とぶつかることがあるので、案外危険ではある。

小魚程度がぶつかって壊れるような潜水機ではないものの、マグロは本当に危ない。

体がでかい上に奴等は勢いがある。


「いい匂いでしょう?」

「は、はい」


あれこれ考えている内に店内に広がる匂いがヴォルティの鼻を刺激する。

そう、この匂い。

魚の焼ける香ばしい匂いが店内を包んでいるようだ。

もう1つ、これは脂だろうか。それが一緒に鼻を刺激してくるものだから、ヴォルティの腹は堪らず大きな音を鳴らした。

それを聞いたミツルは笑いながら「もう少し待ってください」と告げる。

端が茶色に焼けてきた鯖を慣れた手付きでひっくり返すと、そこに現れたのはまるで美しく絵画のように色付き脂が滴り落ちる芸術品のような皮だった。


「………」


その美しさからヴォルティはもう釘付けでどうやっても目が離せない。

口の中はいつの間にか溢れた涎で一杯になっており慌ててそれを飲み込んだ。


「これはご飯と一緒に食べるのがいいですよ。ご飯のおかわり出来ますから言ってくださいね」


脂の膜に覆われ焼けた鯖を長方形の皿に盛り付けると昨日とは違い真っ白な米をよそったお椀と共にヴォルティの前に置く。

ふわりと優しい湯気が誘うように広がって、この誘惑を断ることなど出来やしない。

手にしたフォークで皮を刺すとぱりと音を立てる。


「おお…」


その様子に思わず声が漏れた。

そのままふっくらとした身まで通すと、身は弾力がありながらも非常に柔らかい。

緊張と期待を胸に一口。


「おっい…!」


身は歯など不要と言わんばかりの柔らかさで舌の上で消えていく。

しっかりと脂にも味が染み出ていて仄かな塩気が堪らない。

ヴォルティは乗り出すようにして鯖を口の中へと運んでいく。

身から溢れ出した脂が皿に溜まってそれすら舐めたいと思う程に脂が美味しい。

以前、アトラ区で食べた焼き魚とはまるで別物だ。臭みなどそんなものもなく、焼いただけだというのに何故ここまで違うのかが分からない。

分からないが美味しいということだけは事実であり、今のヴォルティにはそれだけで充分だった。


「あ、…ご飯」


鯖を半分程食べてしまった辺りでミツルの言葉を思い出す。

確かご飯と一緒に食べるのがいいと言っていなかったか。

お椀を手に取ると真っ白な米を口にすると、中で広がっていた脂が米と絡まって胃へと送られていく。

昨日食べた炊き込みご飯とは違いあっさりしていて口の中がリセットされたような感覚だった。

そのまま鯖、ご飯と交互に食べていくと恐ろしい程にフォークが進む。

何だこれは。無限に食べられるのではないか。

だが。


「なくなりました!」

「は、早い…」


食べるとなくなるのだ。

何故。何故食べるとなくなるのか。

もっとずっと食べていたいのに。

皿の上には鯖も米もなくなっている。


「ヴォルティさん、ほんとよく食べますね。それに美味しそうに食べてくれるし」

「本当に美味しいので…」


取り敢えず、と、ご飯のおかわりを出してくれたミツルは何故か嬉しそうだ。


「アトラ区で食べた魚とは比べられないぐらい美味しかったんですが、これもラメール区だからですか?」

「うーん、魚に違いはないと思うので調理方法だと思いますよ。下処理とか怠ると生臭かったりしますし」


下処理がどういうものかは不明だが、きっとミツルだから美味しく出来たのだろう。

ヴォルティは料理のことなどさっぱり分からないから聞いたところで理解出来ないので、そう結論付けた。


「鯖、もう一切れどうですか?」

「いただきます!」


白い米だけを食していたところにミツルから有難い声が掛かる。

ご飯だけでも噛めば噛む程甘味が出て来て美味しいが、あの鯖があるなら越したことはない。

いつの間に焼いていたのか出来立ての鯖が新たな皿に乗ってヴォルティの前に差し出された。

同じようにフォークで切って、今度は米の上に置いてみる。

すると鯖の脂がじわじわと米に染み込んでいって、これなら脂も余すことなく食べられるではないか。


「おいひいれふ」

「そ、そうですか」


口いっぱいに鯖と米を詰め込んだヴォルティを見てミツルはやはり苦笑いだ。

品がなかったかもしれないがヴォルティは品より目の前の幸せを取る。

そう、食べることは幸せなのだ。

ヴォルティは生きる喜びと幸せをたった2日で知った。





「また来てくださいね」

「はい、明日また来ます!」


ミツルに見送られながら幸子を後にする。

海底都市では現金を持ち歩かない。というより現金そのものが存在しない。

全てはデータ上で管理されていて給料の振り込みも支払いもそこで行われている。

店から出れば自動で精算されるから、なにがどう動いたのかは表示される数値を見るだけだ。


食事代と表示された金額が安いのか高いのかはヴォルティには分からない。

そもそも相場が分からないから判断が出来ないのだが。

といっても調査員の給料は海底都市でも良い方だからこの程度安いものではある。

それに今まで外食なんてしていないのだ。貯金ならある。

今まで貯めてきた金はこの為にあったのだな、なんて思いながらヴォルティは明日も美味しい料理を食べると決めた。

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