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第九話 自己犠牲

「リビア! ちょっと待てよ」


 大和さんに言われた通り、東の出口から街を抜けて結界師のある祠を目指す。

 リビアはその小さい歩幅でぴょこぴょこと前を歩いていた。

 熱帯の中、風を感じることもできない空間を僕は急いで走りリビアに追いつく。


「どうした、急に機嫌悪くなって」

「別に悪くなってないもん」


 プンプンという擬音が聞こえてきそうなほど、腕を大振りにしている。それでもやっぱりちんまいけど。


「大和さんはちゃんと自分で考えて、今回の決断をしてるんだからもうしょうがないだろ」

「だって……なんでだか分かんないけど、ついて来て欲しかったんだもん」

「ははあん、リビア、大和さんに惚れた?」


 強烈なハイキック(身長が足りないためミドルだが)が僕の脇腹を貫く。


「ぐわ!」

「そんなんじゃないの! バカ!」


 うちのお姫様の機嫌はしばらく治りそうもない。

 仕方なしに並列になって様子を伺いつつ歩く。

 日が傾いてきて、辺りが暗くなる。本当の砂漠なら、夜は凍えるほどの寒さになるはずだが、この世界では灼熱のままだ。

 そういえば結局宿屋には行ったものの、体を休める間も無く出て行ってしまっていた。

 今日も野宿だ。


「そろそろ休もうか」

「うん。あの岩陰で今日は休む」


 リビアも足が疲れてきているのか、元々小さい歩幅がさらに小さくなっていた。

 縦横3mほどの岩に辿り着いた僕たちは、リビアのスキル《アイス》で暑さを凌ぐ。

 明日には祠に辿り着けるだろうか。

 暑さと先の見えないマラソンのような状況は心身に負担がかかる。

 食料は王国から支給されていたものがまだ幾分残っているから大丈夫だが、そろそろ補給しないといけないだろう。

 地球と変わらない星々を眺める。

 この世界も、宇宙みたいな空間があって、色々な星があって、様々な生活があるんだろうな。

 地球は、僕の住んでいた地域は今はどうなっているんだろうか。

 せめて英雄のような死に様が新聞の一面を飾っていると嬉しいな。

 故郷に思いを馳せていると、風船の空気が抜けていくような寝息が隣から聞こえる。


「よく寝てるな」


 一体この金髪ボブっ娘はなんなんだろうか。

 記憶喪失だったり、急に大和さんを無理矢理仲間に引き入れようとしたり、僕のスキルが正常に作動したり。

 こんな可愛らしい少女が帰ってこなかったら、親は心配するだろうに。

 指で頬をつつく。餅のような頬は指に逆らわずにその形を変えていく。

 

「ん?」


 リビアで遊んでいると、ふと地鳴りした。

 ――近い。

 まるで岩の周りをぐるぐると回るように蠢いている。

 ドンッ、と僕の正面の砂が舞うと同時に、地鳴りの正体が姿を現した。

 体長2メートルほどの細長い体躯。足を欠き先っぽが大きな口になっているその様は、まるでRPGに出てくるワームだった。

 なんといってもこいつは――。

 

「ふっつーに生息してる獣の類なんだよなあ」


 力が出ない。

 しかしこんな状況でも寝ていられるなんてどんな神経してるんだリビアは。


「おい! リビア起きろ! ワームが出てるぞ!」


 肩を揺すってリビアを起こすが、寝ぼけながら「大丈夫……だよ……」と言って起きる気配がない。何が大丈夫なんだ。


「まずい……このままじゃ」


 ぼやくと同時にワームの突進が腹を直撃する。

 ベキベキと、骨のへし折れる音が体の中でこだまする。


「ガッ!」


 その勢いのまま、僕の体は岩にめり込んでいく。

 あのワームはまるで削岩機だ。

 内臓がプチプチ鳴っている。

 せめて……リビアだけでも逃さなきゃ。

 

「に……げろ……リビ……ア」


 瞼がゆっくりと落ちていく。持ち上げられない。

 手も、足も、口さえも、まともに言うことを聞いてくれない。体から力が抜けていく。

 ああ、結局力不足か……。僕では、ヒーローには成りきれなかった。

 よだれを出しながら大口を開けるワーム。

 食べる準備は万全か。

 

「はは、こんな……肉でよ……ければ……くれて……やる……よ」


 もう満足に喋れない。

 耳すらも正常に動いてないようだ。

 だって、微かに聞こえたその声は、ここにいるはずのない声だから。


「エクスカリバー!」


 漆黒の瞼の裏まで届く閃光。

 激しい衝撃音と共に、ワームの唸り声が響いた。

 腹部に手を当てられた感覚。

 途端に手足が蘇り動く。

 瞼をゆっくりと開ける。

 そこには、ズタズタに引き裂かれたワームに、どこまでも続く砂漠の割れ目、そして――。


「馬鹿野郎! 何やってんだ!」


 大和さんが、いた。


「どうしてって……大和さん自分で言ってたじゃないですか。僕と真逆のスキルを持っているって」

「な……」

「僕は魔神特攻スキル持ちですけど、その代わりにそれ以外のときは一般人以下にまで能力が落ちるスキルがあるんです」


 視てみて下さいよ、と僕は言った。


「……まじかよ」


 僕のステータスが見えたのであろう。目をまんまるにして驚く大和さん。


「本当に俺とは逆なんだな」

「そうです」

「分かっていてあのワームから逃げないなんて、てめぇ正気か?」

「正気ですよ。リビアがやられていたかもしれないんですから」


 大きな溜め息をつく大和さん。その仕草は呆れているのか、それともしょうがないと感じているのか。


「きっと大和さんは魔神軍以外には有効なスキルなんでしょう。だから、僕では救えない人たちを救える。もう一度、お願いします」


 僕は頭を下げる。

 

「大和さん、僕の仲間になってください」


 そう告げたとき、大和さんがどんな顔をしていたのかは見えなかった。けど、


「てめぇの名前は」


 そう言って岩に腰をかけた。承諾してくれたんだろう。


「蔵王六角です」

「はっ! 変な名前だな。俺は大和大和(たいわやまと)。せいぜい死に急ぐなよ」


 そう言って大和さんは寝息をたて始めた。

 リビアはまた寝言で「大丈夫だよー」と能天気に言っていた。

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