第八話 勇者と大和
「で、どーすんのロッカク」
ジト目で僕を見るリビア。
可愛らしい仕草だが、今は視線が痛い。
「どのみち少し休憩もしたかったし、行くしかないよ」
「さっきの態度を見るからに、ものすごーく嫌われてると思うけどね」
分かっている。
きっと期待されてこの異世界に転生してきたのに、勇者としての適正無しとして追い出される形でこの町にきたんだ。勇者なんか見たくもないだろう。
それでも行くしかない。
もしかしたら大和さんを救うことも考えられるかもしれないし。
「はー、ほんとロッカクはお人好しだね」
そんな僕の葛藤を汲み取ったのか、リビアは大きなため息をつく。
町中を歩いていると、レンガで建てられた二階建ての宿屋へと辿り着く。
古臭い音とともにドアを開ける。
「いらっしゃい」
小太りの店主が手慣れたように出迎えてくれた。
「今日は珍しい日だ。大和さんのほかに黒髪に会うとは」
僕が尋ねる前に、回答が返ってきた。
「あの! 大和さんは今どこに?」
「ん? 2階の角部屋にいるが……知り合いかね?」
「知り合いです!」
僕は階段を駆け上がる。
横にいたリビアはビックリしながらも僕と並列で走っている。
2階には部屋が3部屋あり、1番奥の部屋が角部屋だった。
心臓の音が伝わらないようにノックをする。
「鍵はかけてねぇよ。用があるなら勝手に入りな」
無愛想な声が扉の奥から聞こえてきた。
随分と無愛想な人だな。けどそれでもこの町の人たちに好かれているということは、根がいい人ということなんだろう。
ドアノブに手をかけて開ける。
簡素なベッドの上に大和さんは座ってタバコを吸っていた。
「……! てめぇは……」
鎮まらない怒気。
人を射殺す目つき。
どうしてここに来たという戸惑いの表情。
そのどれもが僕が撤退する理由となっていた。
しかし退くことはできない。
一歩部屋の中へと歩を進める。
「何しに来た」
「少し聞きたいことがありまして……」
「帰れ」
ピシャリと、一言で返された。
「……大和さんのいきさつはさっき町の人から伺いました」
「ちっ、余計なことしてくれたもんだ」
「僕に対して、よく思わない気持ちは分かります。けれど、魔神を倒したいという気持ちは同じじゃないですか? もしそうなら少しだけ協力して欲しくて……」
「気持ちは分かる、だと?」
吹かしていたタバコを灰皿で揉み消して立ち上がる大和さん。
「偉そうなことを抜かすんじゃねぇぞ。てめぇには分かるってのか? 期待に満ち溢れた表情が侮蔑の表情になったときの俺の気持ちを。勇者として必要なスキルの真逆のスキルを持ってしまったこの俺の気持ちを。特別な人間になれたと思って歓喜したのも束の間、逆の意味で特別な人間になってしまった俺の気持ちを。てめぇは本気で理解してるっていうのか!」
大和さんの怒号は、心を撃ち抜いた。
よく言われてた気がする。
あなたはいつも人の心は助けていないと。
事態の収束は行うものの、心は置いてけぼりだと。
軽率だった。
迂闊だった。
分かった気になっていた。
勿論大和さんも含めて救うつもりだったけど、本当につもりだったみたいだ。
ここで、ここで正さないと。
あの人に顔向けできない。
「……すみませんでした。確かに当事者でもない僕が、立ち入るべき話ではなかったです。けど、それでも僕はあなたも救いたい」
僕はスッと手を差し出した。
「大和さん、僕と一緒に行きませんか? 僕よりも先にいた大和さんならここの土地勘がありますし、魔神討伐をいち早く行えます」
「こんだけ言っても分かんないのかてめぇは。憐れみならいらねぇんだよ」
「憐れみじゃありません。僕には……僕とリビアには大和さんの力が必要なんです。それに、大和さんには僕と違ってできることがあるじゃないですか」
「てめぇに出来なくて俺に出来ることだと?」
「僕と真逆のスキルなら、僕がしたくても出来なかった町の人たちを救うことができます。僕が歯痒い思いをしたことが、大和さんなら出来るんですよ!」
重い空気が部屋全体を占める。
大和さんはツナギからタバコを取り出して紫煙を燻らせた。
「何が知りてぇんだ?」
どんよりとした空気を払う大和さんの一言。
僕は無意識に拳を堅く握っていた。
「この辺で、ここ最近新しくできた建物とかないですか?」
「……この町の東の出口から、ずっと先に行ったところに見たことねぇ祠があった。てめぇが探しているものかどうかは分からねぇけどな」
「ありがとうございます!」
僕は、差し出した手をさらに大和さんに突き出す。これから旅をともにする仲間だ。ハンドシェイクくらいしたい。
「俺は行かねぇよ」
「え?」
「俺がするのはここまでだ。別にてめぇの仲間になるつもりも今後手助けするつもりもねぇ。今回のはただの気まぐれだ」
そうか。けど、大和さんの心に何かを置いてこれたのであれば、これが双方にとっていいことなんだろう。
「分かりました。本当にありがとうございました」
僕は踵を返す。しかし、リビアが動かない。
「リビア?」
「ヤマトはそれでいいの? そのまんまじゃ王国を追い出されたときと変わらないよ。ヤマトは……特別になりたかったんじゃないの?」
僕の呼びかけを無視して大和さんとの対話を試みている。急にどうしたんだ?
「お、おいリビア」
「あたしもこの旅にはヤマトが必要不可欠だと思う。なんでだか分からないけど……」
リビアは一体何を感じているというんだ。
僕の思いとはまた別の、何か確信めいたものがあるというのか?
リビアの問いかけに大和さんは動かない。
動けないわけじゃない。大和さん自らの意思で動いてないんだ。これ以上は意味がない。僕たちは最善の選択肢をとったんだ。
「リビア、もう行くよ」
「………………」
頬を膨らませたリビアは、ギシギシ床を踏み鳴らして足早に宿屋から出て行ってしまった。
「すみません、失礼しました」
無礼なことをしてしまったリビアの分も謝って今度こそ僕も宿屋を出ようとする。
と――。
「おい」
「はい?」
「てめぇはあの娘に何か感じるか?」
「感じる? リビアに?」
「……何も感じないならそれでいい」
引き止めた割に訳の訳の分からないことを言って、ベッドに横になってしまった。
寝タバコはきっと危ないと思う。
ってこんなこと考えている場合じゃないな。リビアとはぐれちゃうし、何より結界師の居場所が分かったんだ。
僕はゆっくりと扉を閉めてリビアを追いかけた。




