第四十三話 六角・大和vsヴィーシュ 後編
「スキルの無い世界……だって?」
「そう、今この広間では、僕含め誰もスキルを発動できない」
僕は翠さんに近づいていく。
この状態なら、何も心配する必要はない。無用心に歩いていける。
僕と翠さんの距離は2mほどだ。
「ヴィーシュ、勝負しよう。人類最強の守護人相手に、弟子の僕が素手で挑む。いい提案だろう?」
「今の私に拒否権はないが……それで勝ったつもりになっているんじゃないだろうな。私とロッカ君の能力差は天と地ほどの差があると思うが……2人がかりでも埋まらないぞ」
「何を言ってるんだ? 僕1人で充分だ。参天群如きを倒すにはね」
僕は屈伸運動をして、準備する。
と、そこに僕の肩を掴んで大声で怒鳴る大和さんがきた。
「なにバカなこと言ってんだてめぇは! いかにスキル縛ったところでほとんどその差は埋まってねぇんだぞ!」
「大丈夫ですよ、大和さん。分かりますよね、大和さんなら。曲がった信念を持った人間は脆いって」
「くッ……」
大和さんは観念したのか、肩から手を離し壁際まで移動する。
「…………そこまで言うなら好きにしろ。てめぇのことはてめぇで決着つけろ」
そう言って壁に背を預けて観戦を決め込んだ。
僕は首を鳴らして、準備完了を告げる。
「お待たせしたね、ヴィーシュ。おっと、戦う前に一言言うことがある」
「なんだい?」
「僕の勝ち筋を1つ潰しておこうと思ってね。接近戦になったとき、僕がスキルの使用を解除すれば難なくヴィーシュにダメージを与えられるだろう。けど、それはしない。人類最強の守護人ヴィーシュに勝つ、ということはそういうことじゃない。素手で勝つ。そういうことだ」
「なるほどね……まあできるならやってごらんよ」
「言われなくても!」
なりふり構わず一直線に翠さんの顎に向けて左ジャブを放つ。
「無謀と勇敢は違う。そして……戦場で生き残るのは臆病者と勇者だけだよ」
翠さんはそう言い残して首を捻って僕の左ジャブをいなす。逆にカウンターの右ストレートを喰らう。
踏ん張って耐えて、左フック、右フックと連打を狙う。
しかし、スウェーバックからのダッキングで躱され、返しの打ちおろしの右ストレートをもらってしまった。
「ガハッ!」
これには耐えられずたたらを踏む。その隙を見逃さずに翠さんは走ってくる。
僕は前蹴りでダッシュを止めようとするが、サイドステップから飛び膝蹴りをまともに顔面で受けてしまう――
鼻の骨が砕けたようだ。血が止まらず、床に血の水溜りができる。
緑さんとの距離は近い。
僕は翠さんのTシャツの襟と腕を掴み、足をかけにいく。
だが、鉄骨を相手にしているかのように動かない。
逆に首根っこを掴まれ力任せに飛ばされる。
壁面に激突し、僕の体の形が壁面に刻まれる。
ガラガラと音を立てて城壁が崩れた。
休む間もなく翠さんはフィニッシュに取り掛かろうと突撃してくる。
咄嗟に右ストレートを繰り出す。
が――
「ッガ!」
繰り出した右腕を取られ、そのまま足を首の後ろに回されて三角絞めの体勢を取られた。
ギリギリと締め上げられる。
「拳と足による打撃、投げ、極め……全てのステージで敗北し、今死の危機に見舞われている。さてロッカ君。君はさっきなんて言ってたっけな。曲がった信念を持っている人間は脆い……だっけ? 残念だったね。強さに信念が必要なわけじゃない。信念を貫き通すことに強さが必要なんだよ。パスカルも似たようなことを言っていたかな? その強さが私にはあって、君には無い。それだけだ」
容赦なく頸動脈を絞める。
ああ、本当に人類最強。一分の隙も無い。
意識が遠のく――
次死んだら戻れない。翠さんにも、もう会えないだろう。
勝者が正しい……。それは間違ってはいない。
だからこそ。
だからこそ。
だからこそ――!
「あがぁぁぁぁぁぁ!」
渾身の力で、三角絞めからの脱出を試みる。
抜け出せない。
もう保たない。
ならば――
「ぬうぅぅぅぅぅぅ!!!」
三角絞めの体勢のまま、翠さんを持ち上げる。
「なにっ!」
驚いた翠さんの絞めが一瞬緩くなる。
「どりゃあ!」
自分の目線の高さまで上げた翠さんを、床に叩きつける。
何かが砕けたような音と、床が弾け飛んだ音が広間に響渡る。
2回、3回とバウンドして、翠さんは飛んでいった。
「や……やるね、ロッカ君」
すぐさま立ち上がるが、膝が揺れている。
確実にダメージが入った。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
僕は雄叫びを上げながら、ステップインして左アッパーを繰り出す。
効いている翠さんは避けられずに顎にヒットするが、貰いながら左ジャブで反撃する。
拳と拳の乱打戦。
お互いに避ける力はない。
無様に殴り合い続ける。
幾度となく続いた拳の応酬。
広間中央で殴り合っていたが、次第に翠さんを壁面へと押しやっていく。
全弾フルスイング。
ついに翠さんの背中が壁についた。
「このッ……調子に……!」
喋りかけている翠さんの顔面に右ストレートを当てる。
「カッ……ハッ……!」
右ストレートの勢いを理由して、左フックを顎にクリーンヒットさせる。
続けて右フックを放つが――
空振りに終わる。
僕の目の前に広がる光景は、穴の空いた壁面から見える、暗雲立ち込める空だけだった。




