第三十話 揺らぐ思い
なぜ、こいつがこんなところにいる……?
暗い紫色の腰まである長い髪。
同じく紫色の肌。
上裸でズタボロの白のワイドパンツ。
紛うことなき、俺が一瞬で倒された、魔神軍、参天群の1人、シヴァイザ。
「あれ、僕の声届いてないかな? もしもーし」
トゲトゲのピアスを人差し指で鳴らしながら俺に問いかけてくる。
「せっかく君と会話するために、結界師とその他雑魚を全員皆殺しにしたっていうのに。無視は酷いなあ」
掴んでいた結界師の首をゴミのように放り投げて、無防備に手を広げながら歩いてくる。
どうする――
こいつと戦って、俺に勝ち目があるのか? いや、1%だってありゃしねぇ。
汗が滝のように流れて顎を伝い床を叩く。
膝が揺れる。
ブルブルと。
ガタガタと。
カクカクと。
笑ってやがらあ。
「ここまで近づけば聞こえるかな?」
やがてシヴァイザは俺の眼前に顔を寄せられる位置まで近づいてきた。
鼻と鼻が触れ合う。
「君らしくないね。あのときの無鉄砲さはどこにいったの?」
「……てめぇと俺の戦力差は前回でハッキリ分かってる。残念だったな。勇者じゃなくて」
やっとこさ声を絞り出した。
少々の強がりな言葉を吐くことで精一杯だ。
そんな俺の声を聞いて、シヴァイザは目をパチクリとさせる。
「なにを勘違いしてるのさ。僕は君と話したかったんだよ? 勇者なんて二の次さ。王国急襲も君と話すために画策したものだ」
「なん……だと?」
「ふー、やれやれ。片想いは辛いな。恋愛成就は難しいね」
ドカッとシヴァイザは俺の目の前に腰を下ろした。
「僕は君を見込んでいるんだ。君の強気な口調とは裏腹に、内面は臆病で弱々しくて嫉妬と軽蔑で作り上げられている。そんな君の心が僕は大好きなんだ」
「んだと……!」
ふざけたことを抜かしやがって……!
俺が臆病だと。
シヴァイザへの恐れは純粋な力量差だ。もし同等の力があれば、すぐにでも倒しに行っている。
「違う違う。僕が言っているのは、単に僕を恐れていることに関することじゃない。普通であることに対する恐れについてだよ」
脳髄が溶ける感覚。
脊髄が痺れ、体の自由が利かない。
普通か。
特別か。
そんなこと、大した問題じゃねぇ。
なにを、戸惑っている俺は。
俺は今成すべきことを成すだけだ。
問答してる場合じゃねぇ――!
「オラァッ!」
座っているシヴァイザにローキックを放つ。
延髄を狙った俺の蹴りを軽々と掴み――
パキッと、シャープペンシルの芯を折るかのように、俺の足首が粉砕された。
「う……ごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あっと……ごめんごめん。ついやっちゃた。けどこれで話聞いてくれるかな」
無様に転げ回る。
意識がある状態で初めてのダメージ。
骨を砕かれるという初めての経験。すぐさまスキルを用いて回復を図る。
「なるほど! そんなことも出来たんだね。ますます欲しくなってきたよ」
ヘラヘラと笑うシヴァイザ。
人を小馬鹿にした態度を取りながら、芯を突いてくる。
食えねぇ野郎だ。
「単刀直入に言うよ? 僕は君に仲間になってもらいたいんだ。我が見えざる神話の一員に」
「は?」
見えざる神話……?
それが魔神軍の名前か。
それにこいつ今なんて言った? 俺を仲間に引き入れるだと?
「なに訳わかんねぇこと言ってやがる。そんなの無理に決まってんだろうが」
「そうかな? 君はこちら側のはずだよ。君の抱える負の感情……見えざる神話に相応しいと思うんだ」
俺の負の感情……。
特別でありたいという思い。
「僕らの仲間になれば、君はもっと強くなれる。そうすれば他者を好きなだけ蹂躙できるんだよ。君の望むままに……ね」
心を揺らされる。
まるで満タンに水が入ったコップを揺らされるように。
今、その水がこぼれそうになる。
俺は……どうすればいいんだ。




