第二十五話 守護人
深く――
深く沈んでいく――
この沈み方は……ああ、そうか。あなたに逢えるんだね。
「ロッカ君? 本当に何度目なの?」
「126……いや、127回目……かな?」
「生死の境目を揺蕩い過ぎ」
コツンと頭を小突かれる。
変わらないな、この人は。
僕の師匠、朱碧翠。
長い黒い髪をポニーテールにして、前髪パッツン。齧歯類のような可愛らしい顔立ち。
白いビッグサイズのTシャツにGパンが彼女の一番好きなスタイルだ。
こんな可愛らしい少女のような様相だが、その実中身は人間を超えていた。
100m走は4秒で走り切り、立ち幅跳びは10m、握力は計測不能、持久走は彼女を待っていると体育授業が終わらないため、途中で辞めさせるしかなかった。
そんな化物じみた身体能力を活かして、町行く人たちを助けていた。
ついたあだ名が守護人。
カッコよかったなあ。
中学生の頃、不良高校生100人程を相手にして、全員薙ぎ倒して校庭の掃き掃除させていた姿なんか、後光が差しているようだった。
「ま、許してあげよっか。今回はいつもよりは特別で久々な感じだしね」
「確かに、ここまでの死にかけは久々だ」
「ん? ロッカ君、君、今回はちゃんと死んでるよ?」
「は?」
死んで……る?
「125回死にかけて、2回死ぬなんて、普通の人生じゃできないね。翠には理解が追いつかないよ」
「あの……僕が1番理解できないよ」
「なに言ってんの。死んだ人間と死にかけもしくは死んでるときだけ話せる時点で理解できないことやってるんだよロッカ君は」
それは確かにそうだ。
朱碧翠は――18歳で死んでいる。いや、殺されている。
とある小学校で快楽殺人集団が立て籠った事件が発生した。
5分ごとに小学生を痛めつけていく様をプロジェクターで映していくという犯人の声明が出たことを覚えている。
今思い出しても、胸糞悪い。
当然彼女は守護人。即座に小学校に突入した。
犯人たちを殴り、蹴り、投げ、倒していったが、最後の1人のマシンガンの凶弾に倒れた。
さすがに銃弾には勝てない。いかに人間離れしていても、人間の枠には収まっているのだから。
それでも小学生724人を無傷で救った。
憧れた。
焦がれた。
それから、原理はまったく分からないが、彼女の真似事で死にかけるたびに、夢の中で僕にアドバイスをくれるようになっていった。
「1回目死んだときも驚いたね。死に方はロッカ君らしいけど、まさか別世界で生き返るなんて思いもしなかった」
「みんなを守るという誓いを破った僕に対する、神様からのセカンドチャンスだったのかもしれない」
「本当に守るという行為が大好きだね」
「あなたから学んだ行いだよ」
「どっから学んだの」
ゴツンと、次はかなり強めに頭を殴られた。
「何度も言ってるけど、ロッカ君はなんでそんなに壊れてるの? ロッカ君は守るってことが全然分かってない」
「ちゃんと……守ってるよ」
「いい? ロッカ君。守るという行為は、強い人の責務、弱い人を守る、ということなの。ロッカ君、君は翠のように強かった?」
垂れ目のくせして、威圧感はこの空間すら破壊してしまいそうだ。
酷いことを言う。
強くなんか……なかったよ。
「けど、みんな笑顔に……」
「ロッカ君の笑顔はそこにはなかったと思うけど」
「そんなことない、みんなが笑顔でいることが、僕にとっては何よりも嬉しい」
「翠には、孤独の埋め合わせにしか見えないよ」
ため息混じりに翠さんは話す。
「今回は生き返って欲しくないな」
「え……それは……どういう……?」
「君はもう一度生き返る、いや、少し言い回しが違うかな。異世界転生者は、異世界でもう一度死ぬことによって本当の力を発揮できる。異世界転生者が勇者になる所以だよ」
――解脱。
2度目の死がトリガーだなんて、気づけるわけがない。
「もちろん、これは1回きり。次は本当に消滅するよ」
そういって翠さんは僕の頬に触れる。
掌は温かく、何もかもを包み込むような包容力を感じる。
「けど、翠はロッカ君には復活して欲しくない。これ以上君の孤独には耐えられない。翠のように強くない君は、無理矢理助けて傷ついているだけだ」
「翠さん……」
「誰かを救うという君の願いは、とうの昔に成就されている。もう充分だよ。生き返る必要はない」
頬に触れた手が震えている。
大きな垂れ目には、涙が溢れそうだ。
――本当に、この人は鈍い。
最強の身体能力と引き換えに、頭の中はすっからかんなのか。
「僕が誰かを助けるという行為、それはなにもその相手のことだけを思ってやっているわけじゃない。僕はそこまで聖人君子じゃない。僕は僕のためにも救っているんです」
僕の初恋。
ずっとずっと追い続けた背中。
2人で活動した時間。
全てが、あなたのために。
「僕は翠さんのことが大好きなんです。あなたの笑顔が見たくて人を救っていった。あなたの意思を継いでいきたかった。あなた以上のことをしたかった。あなたに――」
頬に触れていた翠さんの手を握る。
温かくて柔らかい手に僕の手が重なる。
その握った手を見ながら言葉を継ぐ。
「認められたかった」
まともに顔を見て話すことができない。
顔、真っ赤じゃないだろうか。
身体中がポカポカしてきた。
翠さんは話さない。
無言。
無。
キーンという、無音の音が聞こえてくる。
どれほど時間が経ったのか。
1秒のようにも、1分のようにも、10分のようにも感じられた。
翠さんが、口を開く。
「……翠の存在が、ロッカ君の呪いのようになっていたんだね。翠が死んだのは君のせいじゃないというのに。それでさらにタガが外れちゃったか」
翠さんは僕の目を真っ直ぐ見据える。
「それじゃあ翠がロッカ君のことが好きって言えば、もうこんなことやめてくれるのかな? 翠のためにやめてほしいって言ったら」
「そんなこと、翠さんが言うわけない。もし言うのであれば、今目の前にいる人物は朱碧翠じゃない」
「とんでもない買い被りだね。……けど確かにその通りだ。だから翠から言えることがあるとすれば――」
一旦言葉を切る翠さん。
何かを決意したのか。満足げな表情で僕に言った。
「ここから先なにがあっても、ロッカ君の信念を曲げちゃダメだよ。なにがあっても……。それで傷つかずに強くなったら、今度は翠の方から告白しようかな」
微笑んだ翠さんの表情はどことなく儚げで、僕よりも死にかけているようだ。
それと同時に、潜っていた意識の上昇が始まる。
目が覚める――
翠さんは、消える瞬間、ボソリと呟いた。
「バイバイ、ロッカ君」




