第二十三話 500年前の異世界転生
紅葉舞い散る夜分。
王国の兵士たちを供養した後、僕と彩葉さんは町の外を歩いていた。
……横顔を窺う。
網代笠が取れてよく見えるその顔は端正な顔立ちであった。鼻筋をクッキリと通っており、鋭く切長な目は一睨みで野獣程度なら追い払える。センターパートの前髪に肩まで伸びる、異世界転生者であることを示す黒髪。
正確に言うと、異世界転生者が先祖の女性と言う位置付けだが、黒髪は当然子供にも受け継がれるわけか。
「私が伊達家の子孫だとバレてしまったからには、とりあえず説明はしよう」
そう言って彩葉さんは僕を町の外へと連れ出した。
見渡す限りの紅葉の木々。道も舗装されていない。
キョロキョロと回りを見渡していると、彩葉さんが初めて笑った。
「そうビクビクするな!」
ガシッと肩に腕を回された。
急に人が変わったようだ。いや、ようだ、という表現は正しくない。まさしく変わったのだ。
「いやー、やっぱりあのキャラは疲れるなー」
「え、えと……?」
「こっちが素だよ。悪かったな、変な真似して」
怖い女の人から一転、姐さんって感じだ。
「勇者が異世界転生したと聞いて、会いたかったし色々と話をしたかったんだけど、さっきの通り、尾けられてる可能性があったからな。偶然を装うしかなかった」
しょんぼりと項垂れる彩葉さん。喜怒哀楽が激しい人だな。
「それと、リビアには悪いことをしたな」
「リビアを知っているんですか!?」
「んー、今のお前たちよりかは知ってるとは思う。けど話をするのにリビアにはいて欲しくなかった。追っ手の件もあるし、手荒にするしかなかった」
「……教えてください。彩葉さんが知っていること」
一際大きな樹木の前まで来た。この樹木の周りには木々が生えていない。
「ここなら見晴らしがいいし、敵が来たら気付けるだろ」
そう言って彩葉さんは腰を下ろした。僕も合わせて隣に座る。
「どこから話したものか……まずは私の先祖、伊達政宗の話からか」
「そうですね。気にはなってました。英雄であるはずの伊達政宗が、なぜ誰からも英雄視されていないのか」
「……遡ること500年前。伊達政宗は今と同じく見えざる神話が出現したこの世界を救うため、転生してきた。聞いた話じゃ物凄く強かったみたいだぜ。見えざる神話を瞬く間に倒して、魔神をも打ち倒した。けれど、魔神は死ななかった。不死――その存在は消せるはずのないモノだった」
彩葉さんは宙を見つめながら僕に問いかける。
「なあ、勇者。この世界で人がいる限りなくならないモノってなんだか分かるか?」
簡単過ぎる。
悩む必要もない。
けれど、自然な答えであるが故に、僕は苦しむんだ。
消せないから。
消えないから。
「憎しみ……負の感情」
「正解。見えざる神話ってのは負の感情によって創られたモノなんだ。そりゃ消えるはずがない。そんなとき、1人の少女によって助けられた」
「それが……リビア」
「そう、《封印の神子》リビア・シュビレー。彼女の存在は見えざる神話であると共に、この世界の抑止力でもある存在だった。リビアの力を借りて見えざる神話を封印することに成功した」
実際には封印から逃れて生き長らえていた見えざる神話の一味も極小数いたのだろう。シヴァイザがいい例だ。
「こっからが問題だ。伊達政宗はこのことを当時の国王に報告したみたいだが、憤怒したそうだ。見えざる神話が出現した原因が負の感情で、挙句見えざる神話の手を借りて封印するとは! ってな。伊達政宗は必死に訴えたそうだが結局そこで殺されたみたいだ」
それが……伝承として残らない理由か。国王が許してないんだ。緘口令でも敷かれたんだろうな。
「リビアも逃げ続けたみたいだ。伊達政宗が殺されてしまったことで気も動転していた。彼女もまた、この世界を憂う1人。伊達政宗とは意気投合していたみたいだ。逃げきれないと分かったリビアは自らに封印スキルを使用して、パラストブルクと一体化して時を待っていた」
「待っていた?」
「次の勇者の出現をな。今は記憶がすっかりなくなっているみたいだけど、徐々に記憶と能力は戻ってくるんじゃないか? ……じゃないと、私の一太刀を防いだ理由が見当たらん」
ニシシッと笑顔を見せる彩葉さん。怖すぎる笑顔だ。
「……っと、それじゃあどうやって彩葉さんまで伊達家は存続したんですか?」
「ああ、伊達政宗はとんでもなくモテたみたいでな。色んなところで子作りしてたみたいだぞ」
最悪だ、伊達政宗。
宮城県のヒーローなのに。もし僕の思いが通じたら今すぐ仙台城跡の伊達政宗像を壊してくれ。
「当然、伊達政宗が殺された後は、親族皆殺しにされていった。けど一生懸命逃げきった人が、信用ある人たちと集落を作って、外から見えない結界を張って今日までコッソリと暮らしているってわけだ。外に出るのは買い物のときと、なにか運命めいたものを感じたときだけ……だな」
人権を剥奪された状態で、生きてきたなんて……あんまりだ。
けど、もう心配ない。僕が来たからにはもう安心だ。この守り神がいれば、万事解決、だ。
「ま、この生活も終わりは近い。私の代にして、ようやく魔神を殺す術を完成させたからな」
傍に置いていた刀をポンポンと拳で叩く彩葉さん。
「名刀、月・倶利伽羅。こいつが魔神を殺す鍵だ。」
「けど、相手は不死……じゃないですか」
「この刀は見えぬもの、感情武装すらも切り裂く。それに私の代々受け継がれてきた縷月流剣術。この2つが揃えば、確実に殺せる。リビアが記憶を取り戻す必要もないんだ」
自信たっぷりに話す口ぶりから、嘘ではないのだろう。
けど違う。
それじゃあ救われない。
リビアは救われるかもしれない。この世界も救われるかもしれない。
じゃあ見えざる神話は?
元が負の感情といえども、自我があるんだ。
――僕には、許容できない。
「それじゃあ、ダメなんです」
「ダメ? なにがだ」
「僕は全てを守りたいんです。全ての存在が笑顔でいられるような、そんな世界を作りたいんです」
「はあ? バカ言うなよ。それができれば苦労しないんだよ。話し合いがあいつらに通用するはずないだろ。世界征服しようってやつらだぞ」
「それでも……ダメなんです! 誰かが死んだりするのは……」
「そんな綺麗事を抜かすからには、説き伏せられるだけの力があるってことなんだよなあ、ステータスオール100ごときの勇者」
彩葉さんは刀を掴んでゆらりと立ち上がった。
ごとき、だと?
確かに見えざる神話の上の連中にはまだ勝てないが、それでも人間の中では最強だ。
「少しイラついたか? けど事実だろう? 見えざる神話でもない私に攻撃することすらできないしな」
しょうがないだろう。
《勇者物語》は《慧可断臂》のせいで発動できないんだから。
僕自身珍しいと思う。
こんなに怒りを露わにするなんて。
八つ当たりもあるんだ。シヴァイザ相手になにもできなかった自分への。
「まったく……なぜ異世界転生がこの世界に必要だったのか知らないのか」
彩葉さんは2歩、3歩と後ろ下がっていく。
「お前に、《解脱》を教えてやるよ。それでもダメなら……」
一呼吸置いて、ギラリと刃と犬歯を見せる。
「やっぱり殺す」
死と死の境目にいつの間にか立たされていた。
どちらに転んでも死。
解脱なんて聞いたことがない。
一体、僕になにを教えるというのだろうか。




