第十一話 第2の結界師 後編
鮮烈な出会いだった。
ただただいじめられていた幼少期。
いじめられっ子たちを瞬く間に薙ぎ倒していった女の子。
最初はただ強いなあとしか思わなかった。
けどいつしか、憧れへと変わっていった。
3つか4つ歳上だっただろうか。おてんば娘にはよく似合うポニーテールで、いつも誰かを助けていた。
僕も、そんな人になりたい。
誰かを助けられる強い人に。
毎日毎日学校終わりについて行って、彼女の強さに触れた。
そうして次第に僕も助ける側へと変わっていった。
いじめられていた女の子を助け。
宿題が大変な男の子に勉強を教え。
荷物が重くて辛そうなお婆さんを支え。
目に入る人全てを助け続けた。
けれど、彼女は嬉しそうな顔をしなかった。
彼女は、会う度に僕に言った。
――ロッカ君は、なんでそんな壊れちゃってるの?
◇
閉ざされていた瞼をこじ開ける。
少し懐かしい夢を見ていたのか。意識が飛んでいたのか?
状況を確認する。
崩れ落ちている壁面。
目の前にはウリィがいた。離れたところにはリビアと大和さんがいる。
ウリィは意識が飛ぶ前に見た表情とは打って変わって、怒髪天を衝く勢いで怒っていた。
「そこの女ァ、せっかくの闘いを邪魔するなよ」
見ればリビアはステッキを出していた。
邪魔? 何をしたんだ?
「……バリアを張らなかったら、ロッカク、死んじゃうと思ったから」
「は! お前のチンケなバリア張ったって、もう致命傷負ってるんだぞ。無駄無駄」
確かに、自分で分かる。
余命幾ばくもないと。
ああ、死んじゃう……の……か?
手足の感覚を確かめる。
あれ、なんだかどこも痛くない。
「俺のアヴァロンを舐めんなよ」
大和さんがスキルを発動して僕の怪我を瞬く間に治していた。
この遠距離からでも治せるなんて……本当に魔神軍以外には最強なんだな。
「おいおい、どいつもこいつもデリカシーがねぇなあ。お前らから潰してやろうか?」
苛立ちを隠さずに圧をかけるウリィ。
残念だけど、そんなことはさせない。
「目の前の僕を無視するなよ」
「はあ? もうお前じゃ相手になんねーよ。それに邪魔な奴ら先に倒さねーとお前をKOできねーみてーだし」
「他の人たちには指一本も触れさせないよ」
「へぇ……じゃあ、やってみろよ!」
ウリィが踏み込むと同時に僕もスキルを発動する。
「王土隆起!」
ウリィのいる地点の地面が盛り上がり上空へと飛ばす。
「うお!」
突然のスキル発動に驚いたか、空中でバランスを崩す。
すかさず追撃を入れる。
「千年氷雨!」
上空に無限とも思えるような氷の礫を設置し、縦横無尽にウリィに向かって突撃する――!
「舐めんなよ! 鉄壁の構え!」
十字に腕を組んで飛来する氷の礫を全て受け切り、何事もなかったかのように着地する。
「なんだよ今の温い攻撃は。蚊に刺されたかと思ったぜ」
そんなバカな。
ウリィのステータスは既に確認済みだ。魔法防御の値が0で僕のスキルを受けられるはずがない。
だとすればあのスキルに秘密があるはずだ。
僕の考えを見透かしてか、ウリィはニヤニヤと近づいてきて講釈を垂れる。
「俺の鉄壁の構えは、お前のスキルによる攻撃を全て物理攻撃に変換するスキルなんだよ。俺に攻守共々隙はねぇよ。分かったか? お前は俺には勝てねぇよ」
「いいのか? そんなに教えちゃって」
「問題ねぇよ。なんたってお前じゃどうあがいても俺には勝てないからな!」
飛ぶようなダッシュで詰めよるウリィ。
近接戦闘もダメ、スキルもダメ。
手の打ちようがないように思える。
だが、今ので光明が見えた。
鉄壁の構えがそういう能力なら、恐らく破壊の鉄拳も……。
「消滅光線!」
手のひらをウリィに向けて光線を打ち出す。
ウリィは舞うようにしてヒラヒラと光線を避ける。
ここまでは順調だ。
隙を敢えて作るよう、しかし悟られぬよう攻める。
「はは! まーだ同じ展開だなぁ!」
詰め寄るウリィに合わせるようにバックステップで後ろに引いていく。
一度見た動きには対応がしやすい。
どう動けば誘い込めるか、手にとるように分かる。
スキル《先見眼》のおかげだ。それでも一歩間違えれば死がみえる。
壁面を背に、ウリィは追い詰めたというように目の前に陣取る。
「さあ逃げられねぇぜ?」
「逃げるつもりは毛頭ないよ」
「はは! 言うねぇ!」
このまま殴りに来る可能性もあるが……それならそれでも構わない。
手の動きと足の動きを十分観察できた。連打の隙間にスキルを叩き込める。
ウリィも僕の動きの変化には薄々感じているだろう。手数を減らして壁面に追い詰めてきた。
なら、ウリィの気性的に選ぶ選択肢は――。
「今度こそ決めてやるよ……バリアだなんだと言わせねぇ……」
腕を広げて右腕に光が籠り出す。
ここしかない。
このタイミングこそ必勝の刻――!
僕の持つスキルの中で最速かつ最大効果範囲のスキルで逃さず破壊し尽くす。
「くらえ! 破壊の鉄拳!」
「ぶっ飛べ! 滅爆裂破!」
今度はちゃんと見える。
僕の頭蓋骨だけじゃなく、壁面をも粉々にした右ストレート。
確かに喰らえば次こそは即死を免れないであろう拳。
僕の見立てでは、破壊の鉄拳は、防御の数値を攻撃に変換している。そうでなければあの威力の納得がいかない。
眼前に迫った拳をすんでのところで躱しきり、ウリィの胸に拳を突き出すと同時に着火する。
攻撃までの速度の重視、加えてウリィの敏捷性でも逃げきれない攻撃範囲。
2つを満たすスキルは、発動と同時に容赦なく爆発し、僕とウリィの体を吹き飛ばす。
「ゴハァァァァ!」
回転しながら反対側の壁面へと突き刺さる。
攻撃する瞬間のウリィは、防御、魔法防御共にゼロ。このタイミングで当てた攻撃は完全にクリティカルヒットだ。
だが、僕も同じく背面の壁に体を打ちつけ、全身の火傷を負った。
「ア……ア……」
ああ、この技はこれっきり撃たない方がいいな。
みんなに迷惑がかかる。
心配そうな顔を浮かべながら近寄るリビアと、呆れながら歩いている大和さんが見える。
「ロッカク、死んでない? 大丈夫?」
「そんな不器用な方法しかなかったのかよ、勇者さんよお」
悪態吐きながらも、アヴァロンによって回復する。
「……ふぅ、ごめんねリビア、大和さん。心配かけた」
「もう! ほんとだよ! こんなバカな真似して!」
「こればっかりはリビアの言う通りだ。全く、俺がいなかったら詰んでたじゃねぇかよ」
本当にその通りだ。
けど、こんな厄介な相手はそうは現れないだろう。
「カ……カカカ」
目を覚ましたのか。
ウリィは上半身の服が焼けて灰になっており、全身が黒焦げの炭になっていた。
「よく……分かんねぇやつだが、500年前の勇者と遜色ない強さ……だな」
「あんたも、強かった。けどさすがにあんたはどのやつはもうそうはいないだろう?」
「ハ……おめでてぇ頭だ。俺がなぜこんな結界師ごときを担っているのか……俺より強いやつがわんさかいるからだよ」
「な……んだと? けどお前の攻撃や防御のステータスは既にマックスに近いはずだ」
「マックス……? ククク……そうか、そういえば500年前の勇者も似たようなこと言っていたか……。お前ら貧弱な人間どもからしたら各ステータスのマックス値は100かも知れねぇが、俺ら見えざる神話は100なんかじゃおさまんねぇよ」
「マジ……かよ」
話が違うじゃないか。
勇者といえども、ただの人間の中で最上位の強さというだけで、伸び代は魔神軍のほうがある……だと?
「……まあ精々頑張りな。お前は俺より強かった。それだけだ……」
こときれたのか。
立ったままウリィは動かなくなってしまった。
「ウソ……あんなやつがまだまだ序の口だっていうの?」
リビアは口に手を当てて肩を震わせる。
無理もない。僕も不安で仕方がない。本当にこんな調子で世界を救えるのか? 魔神軍を……倒せるのか?
ケツをピシャリと叩かれた。
「ここで考えても仕方がないだろ。2人目の結界師倒したんだろ? 一応お国のために前に進むしかねぇんだ。止まるな、蔵王」
そうだよな。
ここに留まって考えてもしょうがない。
残る結界師は2人。そこまでに何か考えなければ。
伸び代のない僕がさらに強くなる方法を。
不安が募る中、3人で祠から脱出した。