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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

地下牢の中の出来事

作者: あめここ

 キラキラと輝くシャンデリア。贅を凝らした食事の数々。飾られた調度品のどれ一つをとっても、平民のひと月の稼ぎを優に超えるのだと、この空間で微笑み合う貴族達は考えたこともない。その必要はないからだ。

 そんな空間の中にあって、一際目を引く存在は、やはりこの国唯一の姫にして美貌の頂点に立つ女性、クララクラウだろう。

 黄金よりも輝かしい、豪奢に波打つ金髪。王族の血統を表す、美しいアメジストの瞳。気高さと気品の滲み出るはっきりとした顔立ちには、誰もがうっとりとした息を漏らす。

 更に彼女はその美貌だけに飽き足らず、品行方正であり、淑女の鑑のようだと誰もが称えた。


「クララクラウ!」


 そう、この婚約者(おろかもの)を除いては。

 白金のさらりと流れる髪に、甘い顔立ち。本人は紫紺だと言い張る濃い藍色の瞳。公爵家の次男である彼は、クララクラウが生まれるのに合わせて生まれてきた、数多の令息達とのレースに打ち勝った男だ。

 とはいえ、実際に争ったのは彼らの親、いいや家か。とにもかくにも、政略的な婚姻を結ぶための存在として生まれ、教育されてきた。

 そう、しっかりと教育されてきたはずなのだ。だというのに、王家主催の王女の生誕パーティーにて、その主役をエスコートもせず、招待も受けていないどこぞの下位貴族の令嬢を連れ込み、あまつさえ今階級を無視して大声で王女を呼びつけにした。

 名を呼ばれた当の王女、クララクラウは、広げた扇子の裏でそっと息を漏らす。ずんずんと大股で、談笑を楽しんでいる王女の一団へと令嬢(ふしんしゃ)を伴って歩み寄ってくる彼の姿は、しかして途中で視界から消えた。


「衛兵。この無礼者を牢に」

「はっ!」

「は……、はぁ!? おい、お前達、私を誰だと……ッ!」

「きゃあっ!」


 警備についていた近衛騎士の素早く的確な指示により、場違いな二人は即座に捕らえられた。楽団の美しい音色や、楽し気な会話のじゃまにならないよう、猿轡を噛ませることも忘れない。

 クララクラウはそれきり、無礼者には目を向けず、友人たちとの楽しい会話へと戻っていく。付き合いの長い高位貴族達は良く弁えているもので、不快な存在など初めからいなかったように振舞った。

 そして和やかな空気の中、クララクラウの愛らしい笑い声が囁くように聞こえると、誰もが国の宝である王女に見惚れるのだった。




***



「入れ」

「っふぐ!」

「んんん!」


 乱暴な手付きで正装姿の男女が放り込まれたのは、貴族牢ではなかった。鉄格子が看守との間にあり、視界を遮るものは何もない。便壺の前にすらだ。明らかに、罪の確定した平民を拘束するための地下牢だった。

 手足を縛られていたわけではない男が乱暴に猿轡を外すのと、衛兵が牢に鍵をかけるのは同時だった。そのまま彼は己の持ち場へと帰っていく。看守二人もちらりと牢の中を見ただけで、暇つぶしのチェスへと戻って行った。

 下位貴族の令嬢は、猿轡を外した後は懸命に高価なドレスについた埃や土を落とそうとしている。


「おいっ! おい、お前ら! ここからさっさと出せ! 私を誰だと思っている!?」


 看守達は視線すらくれず、気ままに談笑しながら駒を進めている。良く訓練され、良い給料をもらっている彼らが、罪人の声に耳を貸すことなどありえない。

 しかしそのことを理解していないのか、男は声を張り続けた。


「私はっ! 四大公爵家筆頭ブランシュ家の者だぞ! 貴様ら、首を切られたいのかぁっ!」

「クラウス様ぁ……」


 ドレスの汚れを諦めた令嬢が、甘えた声と怯えた仕草で男―――ブランシュ家のクラウスへと擦り寄る。その際に豊満な胸を押し付けるのを忘れない。真実怯えた令嬢ならば、唾を飛ばし顔を真っ赤にして怒鳴る男になど近づける筈もないのだが、彼女は気弱そうに作った表情に似合わずなかなか肝が据わっているようだった。

 柔らかく温かな女体が甘えてくると、クラウスは怒りが性欲に分散されたのか、いくらか落ち着きを見せて令嬢へと振り返る。剥き出しの肩を下心を潜ませつつ撫でながら、深い呼吸の後で優しい声音を出した。


「……大丈夫だ、ピア。何かの間違いだからね。すぐに出られるよ」

「わたし、怖いわ。こんな臭くて、汚くて、下品なところ、一秒だっていたくない!」

「私も同じだよ。……おい、貴様ら、いい加減にしろ! これ以上の狼藉は、ブランシュ家の名において、」

「そういやあ、お前、聞いたか?」


 クラウスは脂下がった顔で柔らかな令嬢の素肌を堪能し、鼻息も荒く先ほどよりも威厳を込めたつもりで声を上げた時。看守のひとりが、雑談の話題を変えるにしてはやや大きな声を出した。

 生粋の高位貴族であり、自分の言葉を遮られたことなど今日までなかったクラウスは、虚を突かれて言葉が飛んでしまう。

 その間にも、チェスを差しながら看守たちは気だるげに雑談を交わし続けた。


「何だ、面白い話か?」

「ああ、とびきりな。何とあの名門、ブランシュ家の醜聞だ!」

「ははっ、そりゃ面白い! 何絡みだ?」

「女だよ、女。バカな次男坊が、娼婦の娘にコロッと騙されて、勘当されて平民落ちだとよ」


 再びがなり立てようと大きく息を吸っていたクラウスの喉が、ひゅ、と鳴る。隣にあったはずの柔らかな胸の感触が離れていったことにも気付かないほど、目を見開き、看守達の方を見つめた。


「ブランシュの次男っていやあ、王女殿下の婚約者だろう? もったいねえ!」

「全くだ。あの王女が諦めきれなくて、今までずっと燻ってた令息達が、今頃笑ってるだろうぜ」

「ブランシュ家よ、ありがとう! バカで阿呆でありがとう! ってか?」


 看守達の笑い声が、石壁に反響して地下の空間を満たした。いつのまにかクラウスは、鉄格子にしがみつき、そしてずるずると床に崩れ落ちていた。


「その娼婦の娘ってのは、もしかしてあれか? 今朝独房に連れていかれた、あの娼婦の」

「ああ、あの胸のでっかい女の娘だよ。男爵の血筋と偽って、売れない大根役者の男の子どもと一緒に家を食い潰してた、あの女の」


 クラウスの背後で、どさりと音がする。ゆっくりと振り返ると、青を通り越し、紙のように顔色を白くした令嬢―――いや、娼婦の娘、ピアの姿があった。


「ちが……ちがうの、ちがうの、クラウスさま、あんなのウソよっ!」

「娘も娘で、随分お盛んだったらしいなあ。顔が良けりゃあ平民貴族関係なしに」

「ウソ! ウソいわないで! わたしそんなことしてない! ちがうわ!」

「犬みたいに道端で盛ってたって通報があったのは、三日前だったか?」

「ちがう! ちがう! ちがう!」

「大した女だよな。だってその日の朝だぜ? 別の男と宿代踏み倒して逃げたってのは」

「ちがあああああうううううぁああああああああ!!!」


 甲高い悲鳴を上げ、鉄格子へと駆け寄り、必死に揺さぶりながら会話を遮るように奇声を繰り返すピア。その姿を呆然と見るクラウスの目には、絶望と怒りが滲み出ていた。

 綺麗に整えられていた亜麻色の髪を振り乱し、醜い怒りの表情で看守を睨みながら奇声を上げ続けるピアに、ふらりと立ち上がり近付くクラウス。そして、怒りに固く握り締めた拳が、その横顔へと叩き込まれた。

 ギャッ、と潰れたような悲鳴を上げピアが倒れたことで、僅かな静寂が地下に訪れる。倒れこんだピアは、ちがう、ちがうと呻くように呟き続けていた。

 そんなピアの腹を、クラウスは蹴りつける。悲鳴と吐瀉物が漏れる音を聞きながら、クラウスは無言でピアを蹴り、踏み、髪を掴んで床に叩きつけた。

 看守達は、いつの間にか雑談もチェスも止めてその様を眺めている。その手元には、ペンと報告書があった。

 やがて気が済んだのか、いや疲れたのか、クラウスの暴行が止んだ。それと同時に、報告書を書いていた看守はまたチェスに戻り、雑談が始まる。


「今頃、パーティーは王女殿下の次のお相手探しの話題で盛り上がってるだろうよ」

「そうだなあ。あの王女殿下だ。良家の子息が列を成すだろうな」

「なあ、どうなるか賭けるか?」

「おまっ、そんな不敬なこと出来るわきゃねえだろうが! 王女殿下だぞ!」

「バカ野郎、あっちだよ」


 軽口の中にも確かにクララクラウへの敬意を滲ませる二人が、牢の中へと目をやる。呻く事すらなくひゅーひゅーと呼吸するだけになったピアと、血溜まりにしゃがみ込むクラウスに。


「ああ。絞首か、斬首か?」

「鞭打ち、磔、後は……火炙りか?」


 看守達の雑談と笑い声に、牢の中の二人が反応することは、なかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでスッキリしました。短くて分りやすい。 スッパリと悪縁を切った王女様、ご自分の価値と立場をわかっているようで何よりです。
[一言] 国政が貴族達に権限や武力が分けられている貴族制なら一発死刑にまではいかず廃嫡だの追放だのと甘くなるだろうけど、神授王権説の完全に王に権力が集中されている国ならこんな無礼者は即死刑ですよね。 …
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