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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

詩人と悪魔と少女

作者: まき結び

 私は悪魔だ。地獄に住んでいる。そして今、この高校にいる。言わずもがな、ここは地獄の一番地。

 あの娘たちは天使、堕としたげよう私のように。美しい美しい百合のように。



 濁った空に光が差し込み、校舎の中に倒錯した影が一方行に歪んで床に模様を示した。窓から見える景色は赤がかって、特有の不気味さを演出している。居残った生徒は、赤やけを頭の片隅に気にしつつもただ廊下を歩く。

 一匹の悪魔が高校の屋上に降り立った。彼女は無法者の詩人。白い制服に赤いスカーフが良く映えた。


「おどろかないんだね」


 彼女はひとり屋上にいた少女に声をかける。


「別に、私にとっては些細なことだから。いいえ、この恋の前には何者も同等に些細でどうしようもない。どんなに重大な事でも霞んで見えてしまう。日があるうちは目で見て、夜のうちは心で感じる。そんな気持ち分かるでしょ」


 少女は長い黒髪を撫でながら答えた。悪魔を気にしながらも目は校門から出る生徒たちを眺めている。


「私は悪魔だから、気に入ったものは奪ってしまうの。恋で悩むようなあなたとはわかり合えない。でもその感情に寄り添って助けることは出来る。私は無法者の詩人。あなたの助けになりたいの」


 悪魔は甘ったるい声を出して少女を誘惑する。その大げさな動作は退廃的な情景に相応しかった。少女は悪魔へ顔を向ける。


「無法者の詩人? 悪魔? あなたはいったいどちらなのかしら」


 どちらでもいいけれど、と補足するのを彼女は忘れなかった。


「私は地獄に住む悪魔で詩人なの。そこに矛盾はありもしない。悪魔に詩など高尚だって? そんなものはどうでもいい。さあ、愛しのあの娘を無理矢理奪ってしまう手伝いを私にさせてくれませんか?」


 悪魔は胸に手を当てて微笑む、どこかぎこちないように少女には見えた。それを気にしながらも少女は


「地獄に住んでいるのならなんでここにいるのかしら」

「こここそが地獄。思い人と結ばれることもなく友達にもなることが出来ない。あの娘のそばにいるのは口が上手なだけの馬鹿な女、それをどう形容したらいいと思う?」


 悪魔は手を上に上げておどける。ああ、可愛いって事も一応付け加えておくけどさ、と。少女は、一つ深い呼吸をして、


「そうね、ここが生き地獄。退廃的な夕焼けに現れたあなたが私の救世主?」

「ああ、そうだとも。是非とも私にそのお手を。代償はあなた自身の魂を」


 悪魔は大げさに大胆にしとやかに美麗に右手を少女に契約だとばかりに差し出した。少女は右手を一瞥してニヤリと悪魔の顔を見た。そして前髪をかるく触ると


「分かったとは言えないわ。私は法の詩人だから」


 堂々と宣言した。悪魔の顔からは微笑みが消えて、多少興奮したように


「詩人だって? アウト・ロウが詩人のはずだ。法? そんなものに雁字搦めになっちゃ恋の一つや二つも出来やしない。自家撞着を起こしている詩人の魂を私に下さいな。ぺろりと私が味わってあげる。さすればあの娘はあなたのもの」

「いいえ、逆よ。悪魔さん。法無くして愛は無し、結婚や恋人関係は約束で出来ているわ。結局愛は法の元に存在するの。無法者にあるのは獣の情欲だけ」

「ならば、あなたの恋は詩行を被った獣の情欲。コントロール出来ずに法に縛り付けられた奇形の怪物。そんなものが美しいあの娘に受け入れられるとでも」

「そう願っているの。願うだけ」

「願うだけでかなうとでも。願っていれば不思議な力でなにかがかなうとでも」

「私は詩人、詩の力で彼女を振り向かせるわ」


 悪魔と少女が見つめ合う。どちらもお互いを納得させられないことは両者薄々感づいていた。

 それが分かっていたから


「下校する彼女の姿が見えなかったわ。見逃したのかしら」


 法の詩人はそう残すと悪魔を一瞥せずに屋上を去った。

 少女の残り香が風に乗って散り散りになってしまうのを無法者の詩人はただ見つめているしか無かった。幾秒たって


「私があなたのことが好きなのに」


 悪魔がぽつりと呟いた。


「だったら無理矢理奪っちゃえば良かったのに」


 詩人が振り返ると憎い恋敵の女が立っていた。肩に掛かった黒髪が風でかすかに揺れていた。盗み聞きか、悪魔が小声で毒づくと


「私は純白の詩人。そして、あなたの好きな人の好きな人」


 女はさも当たり前のように悪魔の耳元に口を寄せて


「無法者らしく、力でねじ伏せて口づけでもしたら良かったのに」

 囁いた。無法者の詩人は俯いて


「それは……できない」


 弱々しく呟く。


「無法者の詩人らしくないわね。前々から思っていたけど」

「それは」


 言葉を続けようとする詩人に女は声を被せた。


「そうね。あなたは無法者でなくて無法者の詩人。無法者に憧れているだけの小心者。彼女は逆ね。自分を律しようとして選んだのが法の詩人。まさに、法の皮を被った獣」

「だったら、あなたは」


 詩人が女に問いかけようとすると、女は詩人の唇にキスをして


「私、こんどあなたにプレゼントをあげようと思うの。あの娘と口づけした後にあなたともしてあげる。嬉しいでしょ」


 と言って、呆気に足られた詩人をおいて屋上から去って行った。


「あの悪魔め」


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