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第1話 戦場へピクニックしに行く馬鹿ども

――発足して間もないハーレークイン小隊に危険な任務が命じられる。内容は緩衝地帯で孤立無援となった、プラチナクラスの冒険者の救出だった。広すぎる捜索範囲に辟易とする彼らだが、ヨハンは任務のためなら手段を選ばない指揮官だった。副官の女騎士の制止を聞かず、彼は必要な情報を得るために冒険者組合教会への襲撃を企てる。

「後方クリア!」

「撃て!」

 ハーレークイン小隊の指揮官である、ヨハンの合図で一斉に二門の携帯無反動(カールグスタフ)が放たれた。

 轟音(ごうおん)とともに、猛烈(もうれつ)な勢いで筒状の兵器の後方から、発砲の反動を打ち消すための詰め物が噴出(ふんしゅつ)される。

 その反対側、すなわち筒の先端からは目にも止まらない速度で、多目的榴弾(HEDP)の弾頭が装着された高速弾が飛翔(ひしょう)していく。

 轟音が重なり、二発の弾頭が命中して炸裂(さくれつ)した。

《シックスへ――ブラボー・ワンは弾着を確認。効果あり、効果あり》

 離れた場所からヨハンたち突撃分隊(アルファ)援護(えんご)する別働隊(ブラボー)から報告が入った。

 交戦していたのは、石像のような遺跡の守護者だった。

 異邦の神か、あるいは天使を象ったような、複数の顔と腕を持つ、異形の怪物は現代兵器の前にあっさりと自慢の機動力を奪われた。

〝ギギギ〟

 両足を完全に破壊された守護者は、油の切れた歯車のような耳障りのする音を立てながら、敵に一太刀を浴びせようと、()いずるように近づいてくる。

「悪あがきしてんじゃねえ! くたばってろ!」

 ヨハンは自ら自動小銃(アサルトライフル)を構えて、守護者の手にそれぞれあった剣や槍といった得物の根本を狙い撃ちにした。

 数発のライフル弾をほぼ同じ箇所に撃ち込まれた刀身は、次々に折れていく。

 守護者は本体こそ小銃の弾丸を完全に防いでしまう――古代に造られた代物とは思えないほど頑丈な作りだったが、この怪物の生まれた時代は剣や弓、または槍や投石を武器にした戦士しかいなかった。

 現用のライフル弾は並みの甲冑(かっちゅう)ならば貫通するし、剣に当たれば容易(たやす)く折れる。

 そうして時間を(かせ)いで、距離をとりながら発砲を繰り返して、部下からの連絡を待つ。

《シックスへ――ファイブは目標を確保、いつでも搬出(はんしゅつ)できます》

 間もなく、待ちかねた知らせが届いた。

「爆破用意!」

 ヨハンは止めを刺すため、部下に仕掛けさせた梱包(こんぽう)爆薬の起爆の指示を下そうとする。

「さがって遮蔽(しゃへい)とれ! その()に飛び込め!」

 守護者と交戦していた突撃分隊に隠れるように命じた。

 彼らは無反動砲の着弾で窪地(くぼち)のように地面が(えぐ)れた場所に次々と滑り込んでいく。

 一番最後に転がり込んで、

「やれ」と、ヨハンは爆破担当の下士官に命じた。

「ファイアインザホール!」

 大声で爆破の合図を部下が知らせながら、起爆装置を作動させた。

 その瞬間、先ほどの無反動砲を凌駕(りょうが)する衝撃と轟音が、周囲に響き渡った。

 土埃の中で、肩の触れ合う距離にいる部下たちにヨハンは言う。

「視界が回復するまで、この場で待機――全周警戒」

「了解」

「わかりました」

 しばらく警戒していると、風に土埃と煙が運ばれていく。

 ヨハンはツバの広い野戦帽(ブーニーハット)をとって、埃をはたきながら言う。

()()()()()()()()、ってな」

 守護者を木っ端微塵(こっぱみじん)に撃破したことを確認して部下たちに(うなず)いた。

 その背後で物音がすると、彼は咄嗟(とっさ)に小銃を構えて、引き金にかけた指をまっすぐ伸ばした。

 現れたのは味方だった。

「ご無事でなにより」

 小隊軍曹(ぐんそう)を務める上級曹長が言った。

 彼の足元には、雨具と木の枝で作った即席の担架に、鎧を脱がされて下着姿の青年が気を失ったままくくりつけられている。

 彼が着用していた白銀のフルプレートメイルは、部品ごとに解体して小隊で荷物と体力に余裕のある下士官たちが運ぶことになった。

「さすがシニアだ――さあ、()()()()たち! 零時の鐘を鳴らすぞ!」

 ヨハンは突撃に参加した部下をまとめ上げて、撤収(てっしゅう)の指示を出していく。

「ブラボー全隊へ――シックスだ。アルファはこれより、集結地点、リマまでトラベリングする。()()()のせいで少し時間かかる。ブレイク、ブラボー・ワンはそのまま援護(えんご)態勢を維持。ブレイク、ツーはノベンバー地点に先行して周囲を確保。確認したら送れ」

 間もなく命令を受けた部下たちから、応答が返ってくる。

《ブラボー・ワン、了解――お任せを》

《こちらツーのセブンです――地点ノベンバーに移動します》

 ヨハンは、

「あ、そうだ」と何かを思い出した。

「どうしたの?」

 その肩の上に妖精の少女が降り立つと()いた。

「ハーレークイン、全隊へ――今日、一番手柄を立てたヤツには、少尉が褒美(ほうび)に尻を()でさせてくれるらしいぞ。シックス、アウト」

 ヨハンはいつもの命令を下すときと同じように、大真面目な口調で部下たちに通達した。

 背後からは部下の下士官たちの笑い声がした。

 ただ一人、表情の変わらないソフィアが言う。

不謹慎(ふきんしん)



 大河を挟んだ両岸には、偉大なる我が帝国と貪欲にして巨大な連邦国家がそれぞれ向かい合って存在する。

 帝国はその勃興(ぼっこう)より、(エル)から啓示(けいじ)(たまわ)った〝神姫(しんき)〟にまつろわぬ対岸の勢力を〝魔界〟と呼び、魔界を支配する複数の王家のことを〝魔族〟と呼んで忌避(きひ)している。

 数十年前の産業革命を経て、物流の要として大河の重要性が増すと、両国は互いに、大河の領有権を主張しあい、やがて中洲(なかす)のような都市国家郡を巡って、戦争が始まった。

 実に千年ぶりの世界大戦だったが、古代のように百年とは続かず、十年ほどで両国とも多大な犠牲(ぎせい)損耗(そんもう)によって厭戦(えんせん)気分が蔓延(まんえん)し、帝国が局地戦で(わず)かな勝利を得た年に、都市国家群の帝国への恭順をきっかけとして、両国間には停戦協定が結ばれた。

 間もなく講和交渉が始まったものの外交は遅々(ちち)として進まず、例の大河に浮かぶ中洲は暫定(ざんてい)的に緩衝(かんしょう)地帯として、その自治独立を認めていた。

 それから中洲の都市国家郡は帝国も魔界連邦も互いに軍隊を置かない、非武装地帯(DMZ)とすることに大筋で合意した。

 そうして、半年ほど経ち、市民生活にようやく安定の(きざ)しが見えた頃、帝国陸軍は新たな部隊を創設した。

 ハーレークイン小隊という遊撃(ゆうげき)部隊が帝国の公文書に初めて()ったのはこのときだ。



 三日前。

 帝都の郊外にある第九九連隊基地、通称〝ノーマッド〟の中にある兵舎(へいしゃ)の一角、談話室に軍人が集っていた。

 普段は酒瓶やコーヒーカップ、()け事に使われるカードの類で散らかっているテーブルが、この日ばかりは地図を広げるために片付けられていた。

 廊下に続く扉が開き、

傾注(けいちゅう)!」と軍人たちの中心で声を張るものがいた。

 その号令に従って、彼らはその場で直立した。

「ごきげんよう、諸君(しょくん)

 現れたのはハーレークイン小隊の副官を務める少尉、若い女性士官のミリアムだ。

 輝くプラチナブロンドの髪を、獅子(しし)のたてがみのようになびかせて、彼女は談話室に入ってくる。

 その後ろから、

「シニアから聞いたと思うが、週末は()()()()()だぞ――お嬢さんたち」とくだけた調子で現れたのは指揮官で大尉を務めるヨハンだ。

 彼は隣のミリアムを見た。

概要(がいよう)は少尉から頼む」

「はっ」

 彼女は(りん)としたよく通る声で告げる。

「諸君に与えられる任務内容は戦闘捜索救難(CSAR)である――目標地域(AO)緩衝地帯(BZ)の外縁部、二六クリック(キロメートル)地点。対象(パッケージ)白金級(プラチナクラス)冒険者の称号(しょうごう)を頂く、ルートヴィヒ・フォン・ゼブルン氏。民間人だ」

「この範囲」

 妖精の少女、ソフィアが地図の上に立った。

 彼女はペンを抱えるようにして持つと、地図上に正確な縮尺で真円を描く。

 その大きさと地図の縮尺を見て、集まった下士官たちは露骨(ろこつ)憮然(ぶぜん)とした嘆息(たんそく)を漏らした。

 どう見ても、三十人で編成される小隊規模の軍が制圧できる範囲ではない。

 下士官たちに不満の空気が漂うと、

「あー、やだやだ」と指揮官であるヨハンが便乗(びんじょう)した。

 横に立つミリアムが(せき)払いをして上官を(たしな)めるが、彼は構わずに言う。

「いやだってほら、せっかくの初任務でわーい人がいっぱい殺せるぞって喜び勇んでみたら〝緩衝地帯に入り込んだ貴族の馬鹿の尻拭いをしてこい〟しかも〝彼がどこにいるか実はわかってません〟だぜ――俺じゃなくたって、嫌味くらい言いたくなるだろ」

 ヨハンは先ほど、任務を受領した際に統合参謀(さんぼう)本部で会った諜報(ちょうほう)局員の口調と声色を真似してみせた。

「おまけに緩衝地帯での秘密任務だから、単独作戦行動だ――航空・火力、両方とも支援は一切受けられないし、帰りの足は自分で調達しろだとさ。小学校の学級会で誰も級長に立候補しなくて、家に帰れなくなるほうがよっぽど気が楽だぜ」

 当初、統合参謀本部は救出対象者のゼブルン氏に冒険者組合協会から貸与(たいよ)されている、アーティファクト(魔導遺物)――通称〝コンパス〟から発せられる位置情報を得ようとした。

 しかし、協会の規定では本人からの許可を得られないと、その情報は第三者に明かせないとのことだった。

 したがって、現在の段階では救出対象者であるルートヴィヒの位置を推測する予想円を大きく描かざるを得ないという話だ。

「馬鹿かよっ!? 律儀(りちぎ)に個人情報を守って、人命を(ないがし)ろにしてることに、気づいてないのか――ギルドの連中は。こうなったらもう、こっちも手段を選んでる余裕はねえな」

「大尉……」

「面白くなってきた」

 妖精の少女、ソフィアが同調して彼の肩に立った。

「特務准尉まで――二人とも、士気にかかわりますから、控えてください!」

 ミリアムは声を落として言った。

 ヨハンは副官の諫言(かんげん)を左の耳から右の耳に素通りさせると、ポケットから細巻きを取り出して、

「火、くれ――火」とソフィアに魔法で煙草に火をつけてくれるようねだっていた。

「嫌」

 妖精族のソフィアは四精霊(エレメンタル)(うやま)っている。

 そのどれもが神聖なものであり、便利だという理由で、ヨハンは彼女をマッチ代わりにしようとすることをいつも嫌がっている。

 舌打ちして、ヨハンは自分のマッチで火を付けると、居並ぶ下士官たちの中心にいた、眼帯の老兵――シニアに()く。

「全員、上級空挺(くうてい)記章は取れたんだっけ?」

「はい――大尉。先週、全訓練過程を修了いたしました」

 シニアは慇懃(いんぎん)に答えた。

「ギリギリだったな――そんじゃ、空挺の手配だ。それから降下地点(LZ)を決めるぞ。目標地域の南側で最適の場所を選定しろ。そしたら、バンジョウ大尉に正式に飛行依頼を出す」

 シニアは片方しかない目を瞠目(どうもく)させた。

 経験豊富な彼は、指揮官が何をしようとしているのか、短いやり取りですぐにわかったらしい。

「南側ということは」

「夜に降りる――ヘイロー(HALO)でな」

 ヨハンはこともなげに言ったが、夜間の高高度降下(こうか)、低高度開傘(かいさん)は危険を伴う。

 しかし、停戦協定に伴って軍隊の駐留(ちゅうりゅう)と展開を禁じられている、非武装地帯(DMZ)である緩衝地帯(BZ)に軍隊が入るところを見られるわけにはいかない。

 また、速やかに部隊を展開させるには空挺しか手段がない。

 さらにヨハンは言う。

「それともう一つ、必要なものがある――ルートビアって野郎の、正確な位置座標を随時(ずいじ)受信しないと話にならん」

「ルートヴィヒ」

 ヨハンの言い間違いをソフィアが訂正した。

 それに取り合わず、上官は銃剣を抜いて、地図上の円をなぞっていく。

「この範囲(はんい)を小隊で捜索(そうさく)ってのは、ぞっとしない――一クリック以内に絞るぞ」

 半径一クリックの円の端から端までは、平地であれば徒歩で三十分、走れば十分で移動可能な距離だ。

「しかし、大尉――ゼブルン氏の〝コンパス〟の情報は、ギルドによって秘匿(ひとく)されておりますが」

 ミリアムが割り込んだ。

「取りに行けばいいだろ」

「どうやってですかっ!?」

「俺たちが腰からぶら下げてるのはなんだ? 股間(こかん)()()()()()じゃないぞ」

「下品――あと、私と少尉にそんな汚いものは付いてない」

 ソフィアが言った。

「ええ! そうなのか! じゃあこんど、トイレで確かめようぜ!」

「嫌」

 ヨハンはわざとらしい口調と身振りで、大げさに驚いてみせ、ソフィアの短いスカートを指で(はじ)こうとした。

 妖精の少女は上に飛んで、あっさりそれを(かわ)す。

「お、今日は白か――でも、お前さんにはピンクが似合うって言っただろ?」

 上を見ながら、ヨハンは親指を立てて言った。

 下着を覗かれたソフィアだが彼女は怒った様子もなく、

「あなたの好みに興味はない」と淡々と答えた。

 帝国陸軍の服務規程では、婦女子に不埒(ふらち)な真似をした将兵は銃殺されることになっているが、彼はそれを知らないのかもしれない。

 ミリアムが上官の不品行に対して注意を怠ったのは、彼の発言の意図のほうが深刻な問題だったためである。

 ヨハンが先ほど(にお)わせたのは言うまでもなく拳銃の使用――武力行使である。

 この指揮官は、冒険者組合協会(ギルド)の本部を襲撃し、必要な情報を強奪(ごうだつ)するつもりなのだ。

「無茶苦茶です! そんなの、法を犯すことになります!」

 ミリアムは副官の権利である――不当な指示に対して異議(いぎ)(とな)えた。

 しかし、ヨハンはまったく気にしていないようだ。

「先に無茶振りしたのは連中の方だろ? うちじゃ()()()()()()()って、よその馬鹿どもにも思い知らせないとな」

 この上官はやはり危険人物だ。

 任務を達成するために手段を選ばないとは聞いたが、ここまで気が違っているとは想像以上だった。

「大丈夫だって、殺すやつはちゃんと生命保険に入ってるのを選ぶから――それなら()()()()()()()だろ」

 物騒な減らず口を飛ばすヨハンの耳を、ソフィアが引っ張った。

「待って――私は反対」

 妖精族というのは変わっているとは聞いていたものの、この気が触れた上官と違って、常識をわきまえているはずだ。

「正面からの襲撃(しゅうげき)では、こちらにも多少の被害を(こうむ)る危険性がある」

「ん……?」

 ソフィアの諫言(かんげん)はしかし、ミリアムの期待した方向と少し違っていた。

「したがって、少数班による潜入(せんにゅう)工作が妥当(だとう)――それから、陽動(ようどう)撹乱(かくらん)も必要」

「特務准尉……?」

「それだ! さすが、お前さんは俺の良き理解者だ――脅迫(きょうはく)してまで軍に無理やり入隊させてよかったぜ」

「ん」

 妖精の少女はヨハンに拍手を(おく)られると、表情こそ変わらなかったが、満足そうに頷いていた。

「お前さんたちも拍手しろよ! 特務准尉殿のおかげで、俺たち最初の任務で()()()()()をしなくて済むんだからな!」

 ヨハンは居並ぶ下士官たちを煽った。

 彼らは遠慮(えんりょ)なく称賛(しょうさん)を送る。

「よ! 帝国イチ!」

「特務准尉バンザイ!」

「俺の耳も引っ張って!」

握手(あくしゅ)会開きましょう、握手会」

「うるさい――手が汚れるから人間との握手は絶対に嫌」

静粛(せいしゅく)に!」

 ミリアムが再び声を張って、下士官たちを黙らせた。

 彼女よりも先に、ヨハンは小隊軍曹である上級曹長(シニア)を見ながら口を開く。

「シニア――分隊(ぶんたい)を編成しろ。帝都銀行でボヤを起こして、憲兵(けんぺい)と市民の耳目(じもく)を集めるんだ。そのタイミングで俺たちが踏み込む。ブツを手に入れたら、統合参謀本部が用意した民間発着場で合流、(しか)る後バンジョウ大尉と現地に飛ぶ。あとは脱出手段の確保だな。緩衝地帯の街、なんていったっけ? そこに寺院が外注してる、民間の発着場があったはずだ」

 どうやら、ヨハンは脱出の際に、民間所属の飛竜を強引に徴発(ちょうはつ)するつもりのようだ。

 帝国の刑事法に照らせばこれだけでも重罪――極刑(きょっけい)に当たる。

 そして飛竜――竜族は昔から帝国に恭順しているが、彼らは非常に誇り高く厳格(げんかく)だ。

 正面から頼み込んでも、たとえ目が眩む大金を積もうとも簡単には聞き入れてはくれない。

 ましてや、強大な彼らに武力を盾にするなど愚の骨頂(こっちょう)だ。

 この指揮官はどうするつもりなのか、それよりもどうやって彼の暴挙を止めればいいのか、ミリアムが考えをまとめていると、シニアが言う。

「了解いたしました――大尉、飛竜の件につきましては、エフライム中将にご相談されてはいかがでしょう?」

「マリアレス市まで徒歩で撤退(てったい)は遠すぎる」

 部下たちの提案と指摘に、ヨハンは露骨に嫌そうな顔をした。

 エフライム中将とは、帝国空軍の重鎮(じゅうちん)で、身寄りのない彼を引き取って育てた女傑(じょけつ)である。

「うーん――()()ババアに頼むの? 俺が?」

「手段を選ばないと、さきほど大尉がご自身で仰ったのですから、ぜひお手本を示して下さい――それに、あの御方とご面識があるのは大尉だけですし」

「はあ……」

 この、たまたま帝国陸軍の士官の制服を着込んでいる傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な上官も、養育者だけは苦手らしい。

 ミリアムも直接本人に会ったことはないが、この怖いもの知らずな上官が連絡をとるのに難色(なんしょく)を示すのだから、相当な曲者(くせもの)なのだろう。

 しばらく(うな)っていたが、ヨハンは観念して言う。

「こうしよう――当日〝視界不良で偶然緩衝地帯に不時着する空軍の飛竜がいるか〟を、ババアに訊いてみる」

「よろしいかと」

 その日のうちに、ハーレークイン小隊は〝夜間実弾演習〟をすると告げて、第九九連隊基地から出かけていった。



 翌朝の新聞の一面は〝帝都銀行を襲った不審火〟という見出しが飾った。

 また同日の真夜中に、冒険者組合教会で大量の個人情報が盗み出されるという()()()も起こったものの、それは社会面の(すみ)のほうに追いやられていた。

「なぜ無関係の冒険者の情報まで……?」

 ミリアムが()いた。

「決まってんだろ――ルートビア野郎のだけ盗んだら、真っ先に俺たちが疑われちまう。だが、その他大勢のをまとめて盗んだら? 別の犯人がいるかもって思わせるためだ。ギルドには敵が多いしな」

 ヨハンは細巻きをつけたマッチを、巻物を積み上げた束の中に捨てた。

 着火剤には携帯糧食(レーション)を温める固形燃料を塊で放り込んである。

「木を隠すなら森」

 ソフィアが言うと、若い上官は頷く。

「それそれ――灰は灰に、だ」

 巻物の束はみるみるうちに燃えていった。

 無駄に悪知恵が働く指揮官だと、ミリアムは呆れるしかなかった。



お荷物(ハーレークイン)たちよ――間もなく指定の座標(グリッド)である。消灯、減圧せよ》

 端末水晶(SINCGARS)を経由して、ヨハンたちハーレークイン小隊に告げたのは、両腕に貨物用コンテナに偽装(ぎそう)したキャビンを固定した大型の飛竜、ハーキュリーズ(バンジョウ大尉)だった。

《間もなく高度二八〇〇〇フィート》

 飛竜が再度告げると、キャビンの中は薄暗い赤い照明に切り替わった。

「降下二分前」

 シニアが言うと、ハーレークイン小隊はソフィアを除いて、全員が空気供給管に繋がったマスクで口を覆った。

 圧力弁を開くと、高高度での呼吸にも支障は出なくなる。

 また、事前にキャビンの減圧をするのは、降下の前に外気との気圧差をなくす必要があるためだ。

「よっしゃ」

 ヨハンはくぐもった声で、ベンチのような座席から立ち上がった。

「全隊、装具再点検!」

 ミリアムが命じて、ハーレークイン小隊のほぼ全員が装着している落下傘(らっかさん)の最終確認を行っていく。

 落下傘は背中にあり、自分で自分の装備は見えないため、互いに仲間のものを確認するのだ。

 文字通り人命を預かるため、この時ばかりはヨハンも無駄口を叩かず、規定の手順に従って副官の装具を調べていたのだが、()()()()彼はミリアムの尻を撫でた。

「ちょっと! 大尉!」

「だって、無防備だったから――お前さんだけ、実戦の降下は初めてだろ? 肩に力が入りすぎてるぞ」

「だからって……!」

「一分前――後部ハッチを開きます」

 彼女がさらに抗議しようとしたところで、シニアがキャビンの扉を開く。

 ミリアムは初めて目にするように、眼下の雲海(うんかい)に釘付けとなった。

 あの雲の下の半分が〝魔界〟と呼ばれる異郷(いきょう)だと思うと、戦う者として貴族に生まれついた、自分の身分を思い出さずにはいられなかった。

「ほら、まただ――()は尻の穴に指を突っ込むぞ」

 ミリアムの背筋が寒くなったのは、キャビンの中に上空の寒気が吹き込んできたせいではない。

 ブザーの音が鳴り響き、

《ハーレークイン、グリーンライト――グリーンライト》とハーキュリーズが告げた。

「降下、降下、降下」

 シニアの合図で、ハーレークイン小隊は規則的に飛び降りていく。

「ほら行くぞ、お嬢ちゃん――戦場にようこそ! ヒャッハー!」

 下品な掛け声とともに、ヨハンが先に駆け出した。

 訓練の時と同じく、ミリアムも反射的に上官の背を追った。

「お先にどうぞ、少尉殿」

 シニアに促され、ミリアムは跳んだ。

 その背を見送り、シニアは踵を返すと敬礼して言う。

「お世話になり申した――バンジョウ大尉殿!」

《いつでもどうぞ》

 飛竜が応答し、シニアは背面を向いたままキャビンの外に身を(おど)らせた。

 ミリアムが上級空挺記章を取得したのは、つい先週のことだった。

 三十回の訓練のうち、夜間に野戦装備を身に着けての降下は二回だけで、どちらも高高度からのものではない。

 自由落下しているミリアムは、身を切るような冷たい嵐のような風を全身で受け止めながら、姿勢を保とうとした。

 しかし、それに気を取られて風に流されていることに、ミリアムは気づくのが遅れた。

 次第に、彼女は等間隔を保っていた仲間たちと離れ始める。

「!」

 不意にミリアムの手を誰かが打った。

 見ると、ヨハンが笑いながら彼女の手を引っ張ってくる。

 彼は手信号(ハンドシグナル)の合図で上を見ろと伝えてきた。

「っ……!」

 雲の上から見る満天の星は、これまで見上げてきたどの夜空よりも美しかった。

 もう一度、彼は手を叩いてきた。

 手信号で注目を促し、彼は着地点(LZ)の目標物を教えると、少しずつ彼女と距離をとり始めた。

 ミリアムにとって初めてできた上官は不可解な人物だった。

 自分と同じく貴族の身でありながら、普段は粗野で威厳(いげん)の欠片もない――将校とは思えない言動の数々で問題ばかり起こしている。

 一方で、訓練や実戦では奇妙なほど模範(もはん)的に行動する。

 彼のなにが厄介かというと、自己中心的な言動ではなく、常に自分本位に振る舞いながらも、軍人としての能力が傑出(けっしゅつ)している点だった。

 噂では大戦末期には計り知れない武功も立てたが、普通なら受け取る叙勲(じょくん)を固辞したらしい。

 また、これは軍ではなく貴族の間での噂だが、詔勅(しょうちょく)(たまわ)らずに後宮に上がったこともあるという。

 だが、そんなことはありえない。

 宮殿での謁見ならば、叙勲や任命といった公式行事として現実味があるものの、後宮とはつまり〝神姫(しんき)〟の私邸だ。

 そのような恐れ多い聖域の敷居を跨ぐことができるのは、貴族ならば侯爵(こうしゃく)以上で帝室への長年の功労が認められた者、軍人ならば元帥以上の地位にいなければ辻褄(つじつま)が合わない。

 もちろん、ヨハンはそのどちらの条件も満たしていない。

 帝国陸軍大尉の小隊長、断絶した子爵(ししゃく)家の家督(かとく)(ゆず)られた者――これらが、帝国における彼の社会的地位だ。

 おそらくその噂は、ヨハンの得体の知らなさを面白おかしくするための座興(ざきょう)だろうと、ミリアムは思っていた。

 間もなく指定の高度に達し、ミリアムは肩の紐を引いて落下傘を開いた。

 雲の下で真っ黒い不気味な花が咲き誇り、少しずつ地面に近づいていく。

 着地は地面が草地だったために、訓練の時よりもうまくいった。

 冷たい夜気を切り裂く風が吹いた――近くに味方が降下しているとはわかっていても、闇の中で一人ぼっちでいるような不安感があった。

「……」

 周囲を見回しながらミリアムは落下傘を片付けて装備を整えると、背中にまわしていた小銃の槓桿(こうかん)を引いて、薬室(やくしつ)の弾丸を中指で触って装填(そうてん)を確かめる。

 訓練で教わった通りの手順を行っているうちに、少しだけ彼女は落ち着きを取り戻し、集合地点の目印に向かって歩き出す。



「報告いたします――小隊全員、無事着地いたしました」

 部下たちの点呼をとったミリアムがそう報告した。

 ヨハンは小隊軍曹を務めるシニアと、それから通信担当の特務准尉、ソフィアとともに地図で現在位置を確認している。

 冒険者協会組合から盗んだ情報を元に、ルートヴィヒの位置座標はかなり正確に掴めているようだった。

「うん、ご苦労さん――ん? お前さん、まだヘルム被ってんのか?」

 振り向いたヨハンが――彼はサファリハットのような形をした、ツバの広い野戦帽(ブーニーハット)を被って怪訝(けげん)な顔をした。

「戦闘任務の際は頭部の防護に留意すべしと、野戦教範(きょうはん)にありましたので」

「そんな樹脂(じゅし)製のヘルムで何からどう防護できんだ――童貞が使うアテもないのに律儀(りちぎ)に持ち歩いてる避妊具かよ」

「なっ!」

「下品」

 ヨハンの肩の上で、赤い小さな灯りをつけているソフィアが言った。

 そういえば、ヨハンだけではなく降下した他の部下たちも、着地の後に落下傘とともにヘルムを埋めているのを見た気がする。

「しかしこれは支給品ですし」

「パラシュートだって支給品だぜ? もう使わないんだから、余計な荷物は投棄(とうき)しとけって」

 ヨハンに促されて、ミリアムはヘルムを脱いだ。

 編み込んで頭頂部で丸めた豪奢(ごうしゃ)な金髪に夜風が通り抜けていくと、汗に濡れた頭皮が心地いい。

「そんじゃ行くか――次のウェイポイントまで先導しろ、シニア。少尉と特務准尉、お前さんたちは二番手に就いてナビだ。俺は真ん中の安全そうな場所で楽をする」

 そう言いながら、ヨハンは小走りになって闇の中に消えていった。

「まったくあの人は……」

 ミリアムは先導する小隊軍曹の後に続いて歩き出しながら、小言を飲み込んだ。

 それを聞いた彼は言う。

「まあまあ、少尉殿――大尉はああ(おっしゃ)ってましたが、連絡事項をご自身で部下たちに知らせに行かれたんですよ。それに……」

《ハーレークイン全隊へ――こちらシックスだ。通信チェック、送れ》

 ヨハンから端末水晶(SINCGARS)の音声通信が送られてきた。

「あの方はこういう細かいところに気がつくんです――シックスへ。こちらファイブ。感明よし」

 次にミリアムも応答し、他の端末水晶を携行する部下たちも答えていく。

 通信に異常がないことを確認したヨハンは、小隊に命じる。

《ハーレークイン全隊――前へ》



「こちらです」

 シニアに案内されたヨハンが見たのは、死体の山だった。

 その横には、金属と石の中間のような、見慣れない素材で造られた、異形を象った彫像のようなものがいくつか、破損した状態で打ち捨てられている。

 彫像の姿勢はよく見ると様々で、何者かと戦っているような姿だった。

「これ〝守護者〟ってやつだっけ? この辺に昔あった王国だか村を守るために造られたっていう」

「おそらく――さしあたり、問題は死体の方です」

「この馬鹿どもはなんだ? 俺たち以外にも()()に来た不届き者がいたのかよ」

「ただいま、特務准尉殿が身元を確認中ですが――正規軍ではありませんね」

 おそらくそうだろうと、ヨハンも頷いた。

「とりあえず、死体には触るなよ――危ないから」

 死体の身につけている武装も兵装も不揃(ふぞろ)いで傭兵(ようへい)のようだった。

「敵の仕業でしょうか?」

 ミリアムは()いた。

「うーん――敵軍なら、こんな雑な()()()はしねえと思うんだ。だって、これバレたら例の講和交渉(こうわこうしょう)でこじれるやつだぜ、きっと」

「ヨハン」

 死体の山から、ソフィアが呼びかけた。

「確認した――彼らは冒険者組合教会が、ゼブルン氏の護衛(ごえい)のために雇った傭兵団。資金の流れを追ったところ、実質的には彼の私兵みたいなもの」

「あー、なるほど」

 ヨハンは合点がいったように、頷いてシニアを見た。

「つまり、これが白金級(プラチナクラス)冒険者の正体、ということですな」

「……? あの、大尉――どういうことでしょう?」

 ミリアムは、なぜ上官と小隊軍曹が苦虫を()み潰したような顔をしているのか、よくわからなかった。

「私も知りたい」

 ソフィアもミリアムに同調して訊いてきた。

「シニア、頼む」

「お任せを」

 シニアはかいつまんで、今の状況を解説する。

 おそらく、救出対象のゼブルン氏は冒険者としての勇名を()せるために、傭兵を犠牲にしてきたようだ。

 彼はこれまでにいくつかの偉業(いぎょう)を成してきたが、それらの栄光は全て無数の(しかばね)の上に築かれていたのだろう。

 そして彼とその偉業の数々は冒険者組合教会によって、人材確保の広告に()()()()されている。

 今回の彼の()()は守護者に守られた、この地域で〝獅子奮迅(ししふんじん)の活躍〟をすることだったが、敵の戦力を見誤った結果、多くの犠牲を出してしまった。

 これが、ヨハンたちの初陣の背景事情だ。

「結果だけ見たら間抜けだけど、よくある話だよな――こういうの」

「大尉……」

「いや、だってさ――帝国が今まで築いてきた塚山の大きさに比べたら、あんなの可愛いもんだろ」

「……」

 ミリアムは伯爵(はくしゃく)家の生まれで、男の兄弟がいなかったことから、跡継(あとつ)ぎになるために奮闘(ふんとう)してきた。

 しかし、騎士としての名誉と自分の栄達(えいたつ)のために、望んで人の命を犠牲にしたいとは、どうしても思えなかった。

「それより、これって妙なことになってねえか?」

 ヨハンは部下たちを振り返った。

「例のお馬鹿はつまりギルドの()()()()だろ? でも、そいつを助ける協力を連中が拒んだわけじゃん?」

「たしかに」

 シニアが頷いた。

「命令は統合参謀本部から下ったものですから、この際、冒険者組合教会と今次の作戦は無関係ではないかと、小官は思います」

 ミリアムが言うと、彼女に視線が集まった。

「小官が知る限り、ゼブルン侯爵家は門閥(もんばつ)貴族の重鎮(じゅうちん)です。何代にも渡って、傑出した軍人や官僚(かんりょう)を輩出してきた名門でもあります。また現当主のゼブルン侯爵は、帝都憲兵総監の地位にあります」

「なるほど、そちらの線でしたか」

「つまり?」

 世相に(うと)いソフィアが訊いた。

「こうか? 〝助けて、息子が死んじゃうの。なんでもするから息子を助けて〟って、貴族様が地位に物を言わせて、統合参謀本部にねじ込んできたんだろ」

 貴族社会の世間は狭く、軍隊と同じように上層に行くほどに横同士の繋がりが強くなる傾向がある。

 ヨハンの言ったことは、正確ではないかもしれないが、大筋は似たようなものだろう。

「もう帰っちゃおうか――なんか、やる気なくなってきた」

 上官の肩に乗って、ソフィアは彼の耳を引っ張った。

「だめ――まだ任務は始まってない」

「さしあたっては、現在地の座標を記録して先に進みましょうか」



 食事休憩を()ねた大休止をはさんで、小隊は三つに分散して移動をはじめた。

 突撃分隊(アルファ)が一つと援護分隊(ブラボー)を二つに分けるという編成を、ヨハンが通達してくる。

「突撃分隊を大尉がご自身で率いるんですかっ!?」

 ミリアムは分担の割り振りを聞いて驚いた。

 小隊とはいえ、通常なら指揮官は中央で全体の統制(とうせい)を行うものなのだ。

「人手不足だもんなあ――俺だって、後ろでロッキングチェアにふんぞり返りながら、偉そうにしてたいんだが。とにかく、第二監視所(OP)の方はお前さんに頼んだぜ。なにかわからないことがあったら、すぐに一等軍曹のメイソンに訊けよ」

 ヨハンはそう言うと、部下を率いて行ってしまった。

 彼の背中が遠ざかると、ミリアムは少しだけ心細くなった。

 あんな上官でも、何度か助けてもらううちに、知らない間に頼ってしまっていたのだろうか。

 彼女は僅かに芽生えた不安を払拭するために、部下の前で威儀を正す。

「メイソン一等軍曹」

 自分の倍以上の年齢の、肌の黒い先任の下士官を呼んだ。

「はっ」

「我らも監視所に進む――先導を頼めるか」



 部下たちに休息を命じたヨハンは、将校偵察(ていさつ)の護衛にホーキンス二等軍曹を伴って、双眼鏡を覗いている。

 予定の場所に到着した突撃分隊は小休止をとっていた。

 隣にいる部下が言う。

「大尉――包囲は完了したようですぜ」

「イマイチ、気分が盛り上がんねえよな――助ける相手が、むさ苦しい男なんかじゃなくて、顔が良くてスケベな身体をした女騎士だったら、やる気も出るんだが」

「ですよね」

 ホーキンスが頷いた。

 救出対象の白金級冒険者、ルートヴィヒ・フォン・ゼブルンは、白銀に輝く特注のフルプレートメイルに、両手持ちの戦斧(せんふ)という、時代錯誤(さくご)(はなは)だしい武装で戦っている。

 その相手もまた、古代に造られた〝守護者〟と呼ばれる異形の自律機械人形だった。

 先ほどから、ルートヴィヒは足場を使って跳んでは、上段から戦斧を振り下ろしているのだが、ほとんど有効打を与えていない。

「あらら――手数で押し込まれちゃってるな。ところで、なんかアイツ、妙に叫んでないか? 〝えたーなる〟なんとかって、なんだ……?」

「さあ?」

 隣の部下もまるで見当がつかないようだ。

「同じ詠唱(えいしょう)の繰り返し――呪文とは暗号体系が違う」

 ヨハンの肩に立ちながら、ソフィアが言った。

 ホーキンスは何かに気づいたように、思いつきを口走る。

「もしかして、技名では? 彼の個人技の」

「その可能性は否定できない――彼は技を繰り出すたびに、全身が緊張している」

「そのせいで攻撃がワンテンポ遅れてるってわけですかい」

「ん」

 部下たちがルートヴィヒの戦いぶりから得た印象を聞きながら、状況を把握(はあく)したヨハンたちは偵察を終了して、突撃分隊(アルファ)が待機している場所まで戻っていく。

「あの馬鹿たれは――正義の味方が変身するまで攻撃してこない、ヒーロー物の敵の次に賢いみたいだな」

 それを聞いたホーキンスが失笑した。

「なにそれ?」

 人間界の娯楽に(うと)いソフィアが訊いた。

「俺がガキの頃に再放送で人気がでたんだが、ミスターエックスっていう車椅子乗ったハゲの……」

 ヨハンが雑談に付き合おうとしたところで、ミリアムからの通信が入る。

《シックス、シックス――こちらセブン。応答願います》

「おっと、顔が良くてスケベな身体をした()()()からの定時連絡だ――こちらシックス、送れ。少尉」

 ヨハンが無駄口を叩きながら通信に応答する横で、ホーキンスが笑った。

 ソフィアは氷で出来たルビーのような(ひとみ)を細くしている。

《シックスへ――ブラボーは全隊展開完了しました。今なら、無傷で救出対象を確保できるかと。どうぞ》

 ミリアムの提案は実に模範(もはん)的だった。

「待機してろ、セブン――いまこっちが討って出れば、流れ弾がルートビアに当たっちまう。小銃や機銃弾ならともかく、無反動砲はマズイだろ? 確認したら送れ」

「ルートヴィヒ」

 ソフィアが訂正(ていせい)したがヨハンは無視した。

《セブン、了解――待機します》

「セブンへ――周辺警戒に気を配ってくれ。撤退(てったい)のときに伏兵(ふくへい)()ったら、たまらないからな。()()()()()()()()()ってなら、仕方ないから付き合ってやってもいいが」

《命令でなければ小官は従いません――セブン、アウト》

 ミリアムからの通信が切れると、ヨハンは再度、端末水晶で小隊に命じる。

「シックスより全隊へ――あのアホが身の程を思い知ったら、一気に仕掛けるぞ。ブレイク、交戦規定(ROE)をもう一度告げる、聞け。爆発物の使用は全面的に禁止。擲弾筒(てきだんとう)、無反動砲はまだ使うなよ。ブレイク、アルファはこれより距離を詰める。確認したら送れ」

《ワン、了解》

《ブラボー・ツー、命令を確認いたしました》

「行くぞ」

 ヨハンは部下たちを連れて前進した。



 その後、ハーレークイン小隊はルートヴィヒが力尽きた瞬間を狙いすましたかのように急襲した。

 ヨハンはすぐに突撃分隊を二分し、シニアが指揮する救出組に六人を割いて、残った十四人の火力を一点に集中して〝守護者〟を撃破した。

 撤収(てっしゅう)地点に移動中、ルートヴィヒは担架(たんか)に揺られながら意識を取り戻した。

「なんだ貴様らっ!? 無礼者!」

 人員配置の都合上、ルートヴィヒを運ぶ部下たちの援護に就いていたヨハンは、音を立てないように舌打ちした。

「どうもどうも、ルートビア様――我らは帝国陸軍です。この危険地域で奮戦(ふんせん)なされたあなたを、帝都までエスコートしますので、安んじてお任せあれ」

 彼はなるべく慇懃(いんぎん)に言ったつもりだった。

 しかし、ルートヴィヒは身ぐるみを()がされていることに気がついて、さらに(わめ)き立てた。

「あー、もう――うるせえな。シニア、()()

 その命令を予想していた小隊軍曹は、応急処置器具の中から取り出した注射器に、アルコール度数の高い(スピリッツ)を詰めたものを用意していた。

失敬(しっけい)、閣下」

 シニアはそう言いながら、容赦(ようしゃ)なくルートヴィヒに蒸留酒を注射した。

 一分ほど騒いでから、元白金の冒険者は酩酊(めいてい)して大いびきをかきはじめた。

 それを見たヨハンは言う。

「誰か()()()()()作ってくれ――この野郎の息の根を止めてやる」



 緩衝地帯の内陸で天候不順のために不時着していた飛竜と、ヨハンたちは()()出会うと、無人のキャビンに分乗して帝都に帰還した。

 ハーレークイン小隊は、初陣(ういじん)にもかかわらず困難だと思われた任務を、あっさりと果たしてのけた。

 しかし、それはこれから起きる、さらなる厄介事の呼び水になることを、彼らは知らなかった。

 特に指揮官がまったくそれを認識していなかった。

 第九九連隊基地に戻ると、武装や装具を返却した下士官たちは、シャワーで汗を流してから、平服に着替えてそのまま帝都の酒場や娼館に繰り出していく。

 どうやら、彼らは()()()()を得たらしく、それを質店に持ち込んで換金したようだった。

 後日のことになるが、帝都の質店には磨き込まれた白銀のフルプレートメイルが見事に復元されて、買い手が現れるのを待っている光景を見ることが出来た。

 一方で、士官の執務室にはヨハンたちが居残りをしていた。

「大尉、こちらにもご署名を」

 ミリアムが書類の束を机に乗せてきた。

「ふぇえん――もう備品の損耗申告書は書き飽きたよぉお」

 ハーレークイン小隊の指揮官は、士官としては壊滅的に書類仕事が苦手だと、自ら言って(はばか)らない。

 それを補佐するミリアムたちの苦労は絶えなかった。

「その件ではありません――発砲した弾薬の申告と、消費した爆薬の申告、それからこちらは、ゼブルン侯爵家より(たまわ)った感状と損害賠償請求です。被害額をお知らせいたしましょうか?」

 なぜか、ミリアムは先ほどから楽しそうだった。

 おそらく、書類仕事に忙殺(ぼうさつ)されている自分を見て、愉悦(ゆえつ)に浸っているに違いないとヨハンは思ったらしい。

「失礼」

 執務室の扉が開いて、お盆を両手にしたシニアが現れた。

「賠償の方は軍が弁護士を立てて、異議申し立てをするでしょうが――連隊本部、というより大尉に()てて内容証明郵便を送ってきたのは、ただの嫌味でしょう」

 経験豊富な上級曹長が淡々と言って、ヨハンの机にカプチーノを置いた。

「少尉もどうぞ――お疲れでしょうから、甘くしました」

「ああ、すまない……」

 彼女はふだん、コーヒーをストレートで飲むが、初陣から帰ってきて飲んだ、この日のカプチーノの美味しさは、今まで味わったことがないものだった。

「っ……!」

 瞠目(どうもく)したミリアムを一瞥(いちべつ)して、シニアは満足そうに微笑した。

 和み始めた空気を、ソフィアの抑揚(よくよう)(とぼ)しい声が通り魔のように切り裂く。

「昨日の〝夜間実弾射撃演習〟での消費弾薬が間違ってた――訂正が必要」

 ヨハンはあっさりと音を上げる。

「もういやだ! こんなの俺がやりたい戦争じゃない!」

「うるさい――いいから仕事して」

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