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第17話 道化師たちは人知れず水底へと沈んでいく

――窮地に追い込まれるハーレークイン小隊。部下を目の前で失ったミリアムの髪が赤く染まる。ヨハンとソフィア、ホーキンスはノイエシュタイン城で保護した少年を背負いながら、敵の捜索隊に不意打ちを繰り返す。つかの間の休憩をとっていた彼らは、そこで意外な人物と出会う。一方、城を脱出したミリアムたちは敵の増援と思しき車両部隊と出くわすが、降りてきたのは味方のエコーチームだった。

()せろ!」

 飛竜(ハーキュリーズ)墜落(ついらく)から生き()びたヨハンたちは森の中を進んでいた。

 装具(そうぐ)の多目的ポーチの中で、部下の遺体(いたい)から回収した認識票(にんしきひょう)()れているのを感じながら。

 彼らは墜落地点から、斜面(しゃめん)づたいにノイエシュタイン城から脱出してくる部下たちと合流するために、徒歩(とほ)で移動をはじめた。

 そこに第二五師団(しだん)捜索部隊(そうさくぶたい)がやってきた。

 彼らは墜落地点を中心に、分隊(ぶんたい)をさらに分割(ぶんかつ)しながら生存者を探しているようだ。

 目的は、もちろんヨハンたちの抹殺(まっさつ)に他ならない――ハーレークイン小隊は重要人物を暗殺しに来た、()()()()()()()()()()()()()ためだ。

「やり過ごせ――分散したら、各個撃破(かくこげきは)していくぞ。ハンドラーと犬から仕留(しと)めろ。武器はサプレスドを使え」

 ヨハンとホーキンスはそれぞれ、拳銃の銃口(じゅうこう)減音器(サイレンサー)をとりつけた。

「了解――大尉(たいい)

 ヨハンとホーキンスは、辛抱強(しんぼうづよ)く身を(ひそ)めながら捜索隊に不意打(ふいう)ちを()り返した。

「これで少しは時間が(かせ)げるな――予備弾倉(よびだんそう)だけ回収したら、死体の下に手榴弾(しゅりゅうだん)仕込(しこ)んでおけ」

「わかってます――()()一人だけ生かしておいて、うめき声をあげさせましょうよ」

「……」

 (はい)()たれ、呼吸するたびに血を()いている犬を一瞥(いちべつ)したヨハンは、その頭を拳銃(けんじゅう)で撃った。

「だから犬は(きら)いだっつうの」

 ヨハンとホーキンスは、背嚢(はいのう)の中身を投棄(とうき)して、ロープで(しば)りながらくくりつけた少年を、一時間ごとに交代(こうたい)して背負いながら移動を続けた。

谷筋(たにすじ)を行こう――この時間なら(きり)が出ているだろう」

 彼はそう言って先導(せんどう)しながらソフィアを見る。

「通信状態は?」

減衰(げんすい)(はげ)しいから駄目(だめ)――地形が邪魔をしているのと、距離(きょり)が開きすぎている。せめて尾根(おね)に出ないと」

()()()の前で酒場の看板(かんばん)(あか)りをつけるようなもんだ――しばらく休んでろ」

「ん」

 ソフィアは(うなず)いて、ヨハンの(かた)(すべ)って(むね)ポケットに(おさ)まった。

 軍事用の端末水晶(SINCGARS)中継局(ちゅうけいきょく)()ずに通信できる距離は、二から三クリック(キロメートル)だと仕様書(しようしょ)にはある。

 彼らの現在位置ならば、その範囲(はんい)にノイエシュタイン城も(ふく)まれているはずだ。

 しかし、ソフィアが言った通り、通信波は距離が離れるごとに減衰していく上に、地面や高高度の空気層で乱反射(らんはんしゃ)する性質がある。

 また、使われる帯域(たいいき)の周波数の種類でも、高周波域は遠くまで届きやすいが障害物(しょうがいぶつ)に弱く、低周波域は障害物に強いが遠くまで届きにくい。

 距離と地形を(かんが)みて、ヨハンたちの現在いる森の斜面(しゃめん)は味方との通信を開くには最悪の場所だといえた。

 こうした、単独での通信が困難(こんなん)な場所に展開する(さい)は、通常の作戦ならば端末水晶の中継機を積載(せきさい)した飛竜が上空を旋回して支援(しえん)を行うのだが、極秘(ごくひ)の単独作戦下だったために、撃墜された飛竜の予備兵力(よびへいりょく)はない。

シエラ(狙撃班)と合流しますか? 連中の場所なら通信も回復できるかも」

 ホーキンスが()いた。

「いいや――戦闘中に、シエラとは交信(こうしん)途絶(とだ)えた。やられたんだろう」

「……心の底から今畜生、ですね――大尉」

「私たち孤立無援(こりつむえん)?」

 ソフィアが端的(たんてき)に今の状況を()べた。

 それを聞いたヨハンはわざらしい口調で部下を鼓舞(こぶ)するように言う。

「殺しが得意な兵隊が自動小銃(アサルトライフル)拳銃(ピストル)二挺(にちょう)に、一ダースの弾倉(マグ)を持ってて――敵味方の端末水晶(SINCGARS)の位置情報を感じ取れる、妖精(ようせい)()()()()がいるんだ。他になにか足りないものでもあるか?」

「ありませんとも――大尉」



「あれは坊やが(とお)誕生日(たんじょうび)(むか)える直前だったかのう――(わらわ)のことを(しょう)するに、昔の呼び名(バーブシカ)(もち)いなくなった頃じゃ」

 マイアはそう言って昔話をはじめた。

貴殿(きでん)は存じておるやもしれぬが、まあ聞くがよい――坊やに最初の殺しを指南(しなん)したのは、他ならぬ妾である。しかし、それはやむを()ぬものじゃった。当時、我が屋敷(やしき)では〝アレックス〟という一頭の犬を飼育しておった。毛足の長い北部の犬種で、狩りの時に連れて行くと便利な()()じゃ。子犬の頃より坊やはそやつの世話をし、まるで兄弟のように過ごしていたものよ。されどアレックスは落馬した坊やを助けようとして、重傷を負ってしもうた。よって安楽死(あんらくし)をさせる必要があった」

 マイアはそこで言葉をきると、手元の扇子(せんす)を広げて閉じる動作を少し繰り返した。

 二千年に渡って歴代の〝神姫(しんき)〟を庇護(ひご)(たてまつ)ってきた、竜族の(おさ)はヨハンの昔話をするときだけは母親の顔になる。

「妾の予定より五年ほど早かったが、是非(ぜひ)も無し――それに、坊やはスミスの家督(かとく)()がせるために、武人に仕立(した)てる必要があったからのう。家人に銃と剣を用意させて坊やに得物(えもの)を選ばせたが彼奴(きゃつ)は迷わず銃を選んだ。そして(ねら)うべき場所を教え聞かせるとアレックスを撃った。急所に命中させ、立ち会った獣医が即死を確認した。妾はこれまで百人近くの〝御子(みこ)〟を育ててきたが、愛玩動物(あいがんどうぶつ)の死に(ぎわ)に立ち会わせた反応は十人十色じゃった。泣く子もおれば、強がる子、妾をなじる子、(さか)しく(あきら)める子、国中の獣医を当たった優しき子……」

 彼女にヨハンはどう反応したかを()くと、マイアは目を()せてしばらく黙った。

 そうかと思えば、小さな失笑を()らした。

「まずは、坊やの言葉をそのまま伝えてしんぜよう――彼奴(きゃつ)は〝僕でよかった〟と(のたま)った。その意は、自分以外の手にアレックスの死を(ゆだ)ねれば、経緯(けいい)如何(いかん)によらずその人物に悪感情(あっかんじょう)(いだ)かずにはおれぬ、人間の脆弱(ぜいじゃく)な心は()()()()()()()。なれば、自分の手で死を与えるのが、最も理にかなっておると坊やはわかっておったのじゃな。(とお)()たぬ人間種の少年がこの器量(きりょう)を見せたのじゃ。(なが)きを待った甲斐(かい)があったというものよ。妾は単に、愛玩動物(あいがんどうぶつ)と人間は同じ時を生きられぬ(ことわり)()きたかっただけじゃというのに。最も愛するものをその手にかけ、彼奴(きゃつ)生命(いのち)を奪うことに一切の躊躇(ためら)いを覚えなくなったのじゃな。されど坊やも人の子よ。心に(よど)みを()めずにはおれぬ。そしてそれは()()()むと思ったようじゃ。(ゆえ)に、彼奴(きゃつ)はいずれ(うしな)わざるを()ぬものを()()()()増やそうとしなくなりおったわ。また、二度と喪失(そうしつ)せぬように大事な大事な自分の隊(ハーレークイン)を、(おのれ)とともに(きび)しく(きた)えてきたのであろう。そのいじらしい、ささやかな抵抗(ていこう)の心を(さっ)するほど、坊やが可愛くてたまらぬ」

 マイアは目を細めた。

 その瞳孔(どうこう)()()()()()()に従って、文字通り空気が(こお)りつくような悪寒(おかん)が背中にはしった。

「のう――ボーマン大佐。お主に今いちど(たず)ねるが、心して答えるがよいぞよ。()()()()()()()()()()()()()()()()のか」

 第九九連隊基地(ノーマッド)の基地司令室にマイアが表敬訪問(ひょうけいほうもん)(たず)ねてくると、ヨハンたちの不在が知らされた。

 謹慎中(きんしんちゅう)にも関わらず、彼らが基地を出るとすれば任務以外にない。

 しかし、ハーレークイン小隊に極秘(ごくひ)の任務を与える(さい)には統合参謀(さんぼう)本部が必ず(から)んでくる。

 そうなれば、マイアにも彼らの出撃(しゅつげき)が知らされていたはずだ。

 基地司令のボーマンは気圧(けお)されるように、ヨハンたちが陸軍省に召喚(しょうかん)されたことを話した。

 また、そこで任務を受領したとも。

「……さようであるか――()()()失敬(しっけい)を許すがいい。ボーマン大佐。(わらわ)は所用を思い出した(ゆえ)、これにて。見送りは無用ぞ」

 マイアはそう()げると基地司令の執務室を出て、六頭立ての馬車に乗り込んだ。

「後宮にやるがよい――至急(しきゅう)じゃ。それから、現刻よりしばらくの予定は、全て先方に断ると申し伝えい」



 墜落(ついらく)した飛竜(ハーキュリーズ)から数クリック(キロメートル)ほど離れた場所、ノイエシュタイン城を攻める直前に(ひそ)んでいた場所の近くで、ヨハンたちは休息をとっていた。

 遠くからはいまだに、銃声や爆音が響いてくる――おそらく部下たちはまだ生きているはずだ。

 今はホーキンスが歩哨(ほしょう)に立っている。

「いいか――声を立てるなよ?」

 ヨハンは装具(そうぐ)のベルトに差してある銃剣を抜いて、城で確保した少年の眼前(がんぜん)に向けた。

 彼は(またた)いて、(しば)られたまま(やいば)から(のが)れようと身じろぎする。

()()()()()()()だと逆効果――テープに(あな)をあけないと、水が飲めないと言うべき」

 ソフィアの言葉に、少年は妖精(ようせい)の少女とヨハンを交互(こうご)に見た。

「ほらよ――(のど)(かわ)いただろ」

 手際(てぎわ)よく少年の口を(ふう)じていたテープに(あな)をあけると、ヨハンは背嚢(はいのう)の中に仕込んである水袋(リザーバー)から、チューブを伸ばす。

 少年は()み付くように吸い付くと、しばらく水を飲んだ。

 彼が落ち着くのを待ってソフィアが(さと)すように言う。

「テープを()がしても騒がないで――私たちは城にいた敵に追われている。見つかれば、あなたも殺される」

 少年は何度か(うなず)いた。

 それを見て、ヨハンは念を押すように彼を脅す。

(うそ)をつけば()()()()()俺が殺して、ここに捨てていくからな――わかったな?」

 テープを()がしたところで、

「本当に殺さない? あんたたち、殺し屋じゃないの?」と少年は()いてきた。

「俺たちの()()()()()()殺しだが、お前さんは()()(ふく)まれてない――納得(なっとく)したら話せ。なぜあそこにいた? お前さんはなんかの病気か?」

「病気なんかじゃない! 俺たちの()()()()って、それで調べられてた。俺たち(だま)されて()()()に連れてこられたんだ」

「俺たち?」

 ソフィアが首を(かし)げた。

「……!」

 ヨハンが物音に気づいて自動小銃(しょうじゅう)を構えたときだった。

()()()()()私が話したほうが早い」

 ホーキンスが現れたが(しゃべ)ったのは彼ではなく、その背後で拳銃を構えている人物だ。

 ()は一瞬だけ、ホーキンスの頭越しに顔を(のぞ)かせる。

「アルヴィン・ヘンドリクセン……」

 彼の顔を確認したソフィアが言った。

 ヘンドリクセンは海運会社の警備(けいび)(にな)っている、元海軍陸戦教導団(きょうどうだん)の第六連隊(れんたい)指揮官(しきかん)で、ノイエシュタイン城で、ハーレークイン小隊を(むか)えうつはずだった人物だ。

「相手は単独です――()()()ってください。大尉(たいい)、この距離なら貫通(かんつう)できます」

 後ろ手に(しば)られたホーキンスが言った。

 その後頭部を、

(だま)れ! 銃声を奴らに聞かれてもいいのか?」とヘンドリクセンは小突(こづ)いた。

 ホーキンスを(ひざまず)かせて、彼は言う。

()かれる前に答えよう――我々の二つの作戦目標(OBJ)のうち、一つはその少年の保護だ。彼が一連の事件を(おおやけ)(さば)証拠(しょうこ)を持っている。()()()()()()()()()()が」

「もう一つは?」

 ソフィアが()いた。

「君たちの救出(きゅうしゅつ)だ――じゃなきゃもう撃ってる」

「……それもそうだ」

 ヨハンは(うなず)いて、自動小銃(アサルトライフル)銃口(じゅうこう)(ねら)いをヘンドリクセンの急所からはずした。

 ()()見極(みきわ)めてから、ヘンドリクセンはホーキンスを解放(かいほう)した。

「来たまえ――この先に移動手段と隠れ家(セーフハウス)を用意している」

「……」

「どうするの?」

 肩の上でソフィアが()いた。

「うちの連中はどうなっている?」

 彼女に答えず、ヨハンはヘンドリクセンに訊いた。

「君たちと同じく、部下が対応している」



 ノイエシュタイン城の東の城壁(じょうへき)にたどり着いた――というよりも、追い詰められたミリアムたちは、遮蔽物(しゃへいぶつ)(たて)にして方陣(ほうじん)を組むようにして防御(ぼうぎょ)を固めていた。

畜生(ちくしょう)!」

 ()き手を撃たれた部下の一人は、悪態(あくたい)をつきながらも冷静に対処する。

 自動小銃を(また)の間で保持して、無事だったもう片方の手で器用(きよう)に構え直すと射撃(しゃげき)継続(けいぞく)する。

 ここに(いた)るまでに三人の部下を(うしな)った。

爆破(ばくは)を急げ! 煙幕(えんまく)用意!」

 ミリアムは重傷(じゅうしょう)()っていたメイソンの太腿(ふともも)止血帯(しけつたい)を巻きながら次の指示を(くだ)した。

 その直後、近くの地面に着弾(ちゃくだん)した砲弾(ほうだん)破片(はへん)がミリアムに飛んできた。

少尉(しょうい)!」

「っ!?」

 ミリアムの手当を受けていたメイソンが、()きつくように手を伸ばして彼女を強引に()せさせた。

 鮮血(せんけつ)がほとばしって、プラチナブロンドの髪を()めていく。

「メイソン!」

「……綺麗(きれい)な髪が台無しになっちゃいましたね」

 首から血を流しながらメイソンは微笑して、それを最後に彼は倒れた。

「爆破準備出来ました!」

擲弾手(てきだんしゅ)! 煙幕(スモーク)装填(そうてん)して順次発射! 目標は二五! 小銃手は各個(かくこ)制圧射撃(せいあつしゃげき)せよ! 少尉(しょうい)爆破(ばくは)のご下知(げち)を!」

「……!」

 シニアが声を張ってミリアムは我に返った。

 彼女はメイソンの認識票(にんしきひょう)を回収しながら亡骸(なきがら)を横たえて、

「爆破せよ!」と言った。

「ファイアインザホール!」

 城壁(じょうへき)を破壊したミリアムたちは、制圧射撃の間に立ち込めた煙幕(えんまく)(かげ)に隠れるようにして、東で待機しているエコーチームに合流しようとする。

 走りながら、

「シニア、()()()()()ですか?」とローガンが()いた。

 彼を一瞥(いちべつ)して、なにかを(さっ)したようにシニアは隻眼(せきがん)を細めた。

「……許可する――かたじけない、一等軍曹(ぐんそう)

「アルファの三人をつれて行きます――お先に向こうで待ってますよ」

 城壁の瓦礫(がれき)を乗り()えているところで、古参兵(こさんへい)のローガンが足を止めた。

 彼だけではなく、ヨハンの指揮下(しきか)にあったアルファチームの三人が彼に従っている。

「ローガン一等軍曹! 撤退(てったい)だ!」

 ミリアムが振り返ると、四人の部下たちが瓦礫(がれき)のところで、城壁(じょうへき)(ふち)にいた敵と交戦(こうせん)している。

 彼らはあっという間に、城壁(じょうへき)の上にいた敵を()(はら)うように撃ち倒していくと、ミリアムに手を振りながら言う。

「おさらばです――少尉(しょうい)。我々が時間を(かせ)ぎます!」

「お達者(たっしゃ)で!」

「ここで敵をしばいときます!」

「大尉のことを頼みましたよ!」

 残った部下たちも口々にそう言って、手を振ると煙の中に飛び込んでいった。

「そんな命令は出していない! 合流せよ!」

 ミリアムはそう命じたが、

「小官が許可(きょか)を与えました」とシニアが答えた。

「……!」

「大尉ならば()()なさります――重要なことは、小隊(しょうたい)撤退(てったい)(みちび)くことだと(おっしゃ)るはずです。それとも、()()()()()()()()ここで()ち死になさいますか? 部下の全員を、つまらない自尊心(じそんしん)を満足させるために巻き込んで、()()()()のですか?」

 ヨハンが不在の間はシニアが部隊を指揮(しき)することになっていた――それが小隊軍曹(ぐんそう)の役割だ。

「……先導(せんどう)せよ、上級曹長――ハーレークインは全隊これより東に撤退(てったい)する!」

「お(まか)せあれ、少尉(しょうい)

 後年に発見された、改竄(かいざん)される前の第二五師団の記録を元に検証したところ、()()()()で第二五師団(しだん)第三六連隊(れんたい)将兵(しょうへい)のうち、ノイエシュタイン攻囲戦(こういせん)に参加した兵力は歩兵二個中隊(ちゅうたい)と一個戦車小隊だと結論が出た。

 内訳(うちわけ)は三十人からなる小銃小隊が六個、二十人前後の武器小隊が二個、それから三両の戦車だ。

 その他にも、城から離れた数箇所には、リーベルラントの動乱で鹵獲(ろかく)した自走対空砲(じそうたいくうほう)が配置されていたという、未確認の情報もある――ハーキュリーズが撃墜(げきつい)されたことからおそらく事実だと思われる。

 単純な人数比だけでも十倍の戦力差があった。

 にもかかわらず、戦車は全て撃破(げきは)され、歩兵は半数がその場で死亡、残りの半数も重傷を負って傷痍(しょうい)軍人年金の()()()()()()()

 ()()()一個小隊を相手に、奇襲(きしゅう)をかけた帝国陸軍が反撃によってこれほどの損害を出した例は帝国軍史でも稀有(けう)だろう。

 とりわけ、ミリアムたちの撤退(てったい)援護(えんご)するために居残(いのこ)ったローガンたちの奮戦(ふんせん)は、凄絶(せいぜつ)という言葉では言い尽くせない。

 アルファチームの四人の下士官たちは、退路を考えずに()()()()()()()()

 一台の戦車はローガンの自爆によって履帯(りたい)を破壊され、擱座(かくざ)したところを上から梱包爆薬(こんぽうばくやく)を投げられて撃破(げきは)されたようだが、その前にもう一台をどうやって破壊したのかは、いまだにわからない。

 彼らは自身の弾薬が()きても、倒した相手の武器を集めて、戦死の瞬間まで奮戦(ふんせん)しつづけた。

 この行動によって、死後一年以上()った今になり、彼らには名誉勲章(めいよくんしょう)(おく)られることが内定したらしい。

血路(けつろ)を開きます――お続きあれ」

 シニアはそう言って、回り込もうとしてきた敵を見つけるなり、自動小銃(しょうじゅう)を歩きながら構えて、次々に射抜(いぬ)いていく。

 ハーレークイン小隊の屈強(くっきょう)な兵たちに、射撃(しゃげき)基礎(きそ)応用(おうよう)()()()()()()()()というだけあり、その腕前(うでまえ)精鋭(せいえい)たちのなかでも(ぐん)を抜いている。

 普段は小隊軍曹として、ヨハンの(かたわ)らに(はべ)っているために目立たないが、シニアこそ歩兵の完成した姿だといえる。

 ただ一人しか与えられない名誉階級(陸軍最先任上級曹長)伊達(だて)では(つと)まらないようだ。

 負傷者たちを(かば)いながら、ミリアムたちはかろうじてエコーチームとの合流地点に到着した。

 しかし、そこで彼らを(むか)えたのは敵の車両部隊だった。

「散開して迎撃(げいげき)用意! 擲弾手(てきだんしゅ)、前へ!」

 ミリアムが部下に命令を(はっ)したときだった。

「ちょっと待って! 少尉(しょうい)! 自分らです!」

「ブルー・オン・ブルー!」

 車両から(あわ)てて()りてきたのは、エコーチームのシュミットとベイツだ。

 ミリアムたちが(おどろ)いている間にも、

「話は後で! 早く乗ってください!」とシュミットが()かした。

「お先にどうぞ――少尉。小官が人員を掌握(しょうあく)しておきます」

 シニアに(うなが)されて、ミリアムは車両の後部に乗り込もうとした。

 彼女は差し()べられた手を咄嗟(とっさ)(にぎ)って、

「感謝する」と言って荷台に上がった。

「どうも、お初にお目にかかります――フォン・シメオン少尉殿」

 ミリアムたちを車両の荷台で(むか)えたのは、ヘンドリクセンの部下であるケヴィン・ランバート元上級上等兵曹(へいそう)だった。

「貴様は!」

 ミリアムは(こし)拳銃(けんじゅう)を抜こうとした。

 その背後から、シュミットが()めに入る。

「待って! 少尉! 彼らも味方です!」

 そこに、最後に乗り込んできたシニアが現れた。

 彼はランバートと目を合わせるなり言う。

(ひさ)しいな――ケヴィン」

 彼らは旧知(きゅうち)らしい。

 シニアの軍歴の長さと顔の広さを考慮(こうりょ)すれば不思議なことではないだろうとミリアムは思った。

 また、今は()()()()()()()()()

「やあ、陸軍最先任上級曹長殿――()()戦役(せんえき)以来ですな。それより、これはうちの隊長から先に言えとキツくお(たっ)しがあったのですが、あんた方の隊長さんと妖精ちゃんは無事ですぜ。それと、別働隊(べつどうたい)がおたくらの狙撃班(そげきはん)を回収してます」



 ヘンドリクセンの用意した〝(かく)()〟とは、帝国海軍の(ほこ)戦略兵器(せんりゃくへいき)でもある潜水艦(せんすいかん)だった。

 なぜそのような()()()()装備を彼らが用意できたか――そもそもヘンドリクセンたちは、退役(たいえき)していなかったということが語られた。

 彼らは(そろ)って今回の海軍が独自に進めていた秘密作戦(ひみつさくせん)に従事するために、表向きは退役したことにする必要があったそうだ。

 ヘンドリクセンの部隊に回収されたヨハンたちは、それぞれ別の場所で川沿いに撤退(てったい)し、上陸用(じょうりくよう)舟艇(しゅうてい)作戦地域(AO)離脱(りだつ)、大河に出たところで潜水艦――ヴァージニア号に収容(しゅうよう)された。

「乗るのは初めてかね?」

 ヘンドリクセン中佐に訊かれたソフィアは(うなず)いた。

「ん――初体験」

 妖精(ようせい)の少女を肩に(すわ)らせているヨハンは、口の(はし)に笑みと軽口を(まじ)えて言う。

「なら、お前さんにこの(かん)はピッタリじゃないか」

「どうして?」

「だって、艦名(かんめい)()()()()()()だぜ」

「下品」

 ヨハンたちは将校用(しょうこうよう)の食堂に案内された。

 そこで、ヘンドリクセン中佐からこのたびの〝作戦〟の裏事情を聞かされることになっている。

 その少し前、ヨハンはミリアムたちと再編成(さいへんせい)を果たした。

 憔悴(しょうすい)しきった彼女から認識票(にんしきひょう)()を差し出された。

 休息をとるよう()()()()()()()()、ヨハンはシニアから小隊の被害報告を受けた。 

 部隊はほぼ壊滅(かいめつ)状態だった。

 ハーキュリーズ輸送飛竜、バンジョウ大尉(たいい)(ふく)めて、戦死者は十一名、重軽傷者(じゅうけいしょうしゃ)は多数あり――生き残った半数が戦闘不能だ。

 ()()()()()()数箇所(すうかしょ)に軽傷を()っている――彼の態度(たいど)には、まったくそんな様子は(うかが)えないが。

 ノイエシュタイン城の中に展開した戦闘要員のなかで無傷だったのは、ヨハンとソフィア、ホーキンスくらいのものだった。

「……あんたは、()()暴れ足りないだろ? 上級曹長(そうちょう)

「ええ――まったく。大尉も聞くまでもなさそうですね」

「当ったり前だ――このままじゃ、済まさねえぞ。スヴェンソン准将(じゅんしょう)睾丸(こうがん)()()()()()()(えぐ)り出したあの野郎の目玉と入れ()えてやる。途中(とちゅう)で死んだら生き返らせて、もう一度ぶっ殺すぞ。()()じゃツケは()かないんだ」

 部下に多くの犠牲(ぎせい)を出したにもかかわらず、小隊の中核(ちゅうかく)(にな)う彼らは(そろ)って余裕(よゆう)(かも)し出した。

 これは虚勢(きょせい)ではない――また、決して仲間の死を軽んじているわけでもないはずだ。

 職業軍人である彼らにとって〝作戦〟が終わるまでは、個人の気持ちや感情を、()()()()()()()に追いやっているらしい。

「では、ヘンドリクセン中佐殿(ちゅうさどの)からお話を聞くとしましょう――その上で、大尉(たいい)()()()()()()()()すればよろしいかと」

「まずはなんといっても、カプチーノを飲まなきゃな」

「海軍のコーヒーは不味いんですよね」

「マジかよ……」

 ヨハンとシニア、ソフィアは将校用(しょうこうよう)の食堂に入室を(ゆる)された。

 そこには、ヘンドリクセン中佐と彼の副官である、ランバート上級上等兵曹(へいそう)をはじめとして、十五人の第六連隊(れんたい)の水兵たちが(つど)っていた。

歓迎(かんげい)しよう――()()()()・スミス」

「前置きはいいから、はじめてくれ――()()()()()

 潜水艦の中にいる二人は()()()海軍の方式で(たが)いの階級を呼び合った。

 食堂の照明が落ちると、白く塗った壁に映写装置を利用した資料が投影(とうえい)される。

 状況説明(ブリーフィング)はランバートが行っている。

 それによると、ヘンドリクセンたちの属していた第六連隊から精鋭(せいえい)を集めた、通称〝アルレッキーノ分遣隊(ぶんけんたい)〟が海軍省独自の極秘作戦に召集されたのは、魔界との大戦が膠着(こうちゃく)しはじめた頃だった。

 その目的は帝国軍の中枢(ちゅうすう)(くわだ)てられている、いくつかの()()を止めることだった。

 一部の権力者たちは秘密裏(ひみつり)に魔界への再侵攻(さいしんこう)への大義名分を()るために、ある計画を進めていた。

 その()()()として新種の化学兵器を開発したらしい――それは水を媒介(ばいかい)として拡散(かくさん)する厄介(やっかい)なものだった。

 その生物兵器を辺境(へんきょう)にあるダム()を通じて、意図的(いとてき)に下流地域の街に広める――魔界の軍が展開した時に合わせて。

 ()()を魔界による破壊活動だと喧伝(けんでん)する予定だった。

 ところが、肝心(かんじん)のダム湖が空軍の誤爆(ごばく)によって破壊され、研究拠点(きょてん)とともに計画は濁流(だくりゅう)の下に沈んだはずだった。

 兵器とともに開発されていた治療薬(ちりょうやく)被検体(ひけんたい)は一人を(のぞ)いて全員()()され、それがノイエシュタイン城に軟禁(なんきん)されていた少年だった。

 彼は不測(ふそく)事態(じたい)(しょう)じたときのための保険であり――つまるところ、生きた()()()()()()()だった。

 それ以外にも、講和会議(こうわかいぎ)を進めるために帝国に派遣(はけん)された魔界の王太子(おうたいし)、サムエルの暗殺を企図(きと)していたものの、それらは全てヨハンたちに阻止(そし)された。

 そして今回、ハーレークイン小隊が最大の障害だと認識をあらためた彼らは、ヨハンたちを抹殺(まっさつ)するためだけに、大掛かりな芝居(しばい)を打つことにしたのだという。

「じゃあ、講和調印(こうわちょういん)の日に橋脚(きょうきゃく)を爆破したのも、連中の工作か?」

 これにヘンドリクセンは首を振った。

「いいや――()()は我々がやったことだ」

「どうして?」

 ソフィアが()くと、ヘンドリクセンは先ほどの水を媒介とする化学兵器の話に戻す。

「あの列車の積荷がその兵器だった――傍目(はため)にはただの水にしか見えないが。格納容器(かくのうようき)はすでに、連隊の潜水艇(SDV)部隊が回収した。もし、魔界に()()が持ち込まれていたら、死者は七(けた)を超えただろう。そしてその報復(ほうふく)に、魔界は魔族が先陣をきって、こんどこそ本気で侵攻(しんこう)してくる。そうなれば、帝国は竜族に頼らざるを得ない。神話の最終戦争(ラグナロック)を、今の時代に復刻(ふっこく)されてはたまらん。それを阻止(そし)するために、あの作戦はやむを得なかった」

「ん」

 ソフィアはその説明に納得(なっとく)したのか(うなず)いた。

「連中は一体、なにがしたいんだ? 内乱の誘導(ゆうどう)――じゃなさそうだが」

()だよ――ルテナン」

「ん?」

「元々、()()は君を盟主(めいしゅ)に帝国を軍事政権化しようと目論(もくろ)んでいた――もっとも、(かつ)ぎ出そうとしてた君自身に、()()()()()()計画を破綻(はたん)させられたのは皮肉(ひにく)としか言いようがないが。しかし、今も彼らは機会を待っている。陛下(へいか)弑逆(しいぎゃく)(たてまつ)る機会を」

 ヨハンは(またた)いた。

「……()()()()のか」

()()()の父上と私は同期だ――彼が死ぬ前に教えてくれた」

「……俺の家族はババアだけだ」

 彼は会ったこともない父親の存在を否定した――ヘンドリクセン中佐はそちらの追求はせずに次の問題点に移る。

「そう、陛下がおわす帝都において弑逆(しいぎゃく)(くわだ)てるならば、あの御方(おかた)が最大にして最後の障害だ。そこで、君を作戦中の生死不明にすれば、あの御方はどう出る? 空軍の総力を結集してでも君を見つけ出そうとなさるはずだ。そして陣頭指揮(じんとうしき)をとらずにはおれないだろう」

 ヨハンには事態(じたい)把握(はあく)したマイアが何をしているか手にとるように想像できた。

 それはヘンドリクセンの推測(すいそく)とほぼ同じだろうとも。

 彼女は後宮に参内(さんだい)し、いずれかの名分を(もっ)て〝神姫(しんき)〟から勅命(ちょくめい)を引き出す。

 その権限で動員可能な空軍を全て、ノイエシュタイン城の戦闘捜索救難(CSAR)に当たらせるだろう。

 そしてマイアに勅命を授ける〝神姫〟ヴィクトリアは、自らの身の危険が増大することなど思慮(しりょ)の外において、ヨハンを助けるために最善を尽くす。

 その結果、帝都と〝神姫〟を守護する帝国最大の軍事力が、間もなく帝都を離れてしまう。

 ヘンドリクセンの話が事実ならば、弑逆を(くわだ)てている〝道化師たち(クラウンズ)〟は間違いなく動き出す――そのとき、ヴィクトリアの身に危険が(せま)る。

 つまり、このまま座して傍観(ぼうかん)すれば、ヨハンはたった一人の肉親を――帝国の臣民は、国家の象徴(しょうちよう)と心の()り所を(うしな)ってしまう。

「待って」

 指揮官(しきかん)たち()()が状況と事の重大さを認識(にんしき)したところで、ソフィアが割り込んだ。

陛下(へいか)弑逆(しいぎゃく)した()()()()、どうしてヨハンが軍事政権を(にな)うの?」

 妖精の少女の視線が、ヨハンとヘンドリクセン中佐の間を交互(こうご)に行き()う。

「なんで?」

「……彼女は知らないのか? シメオン少尉も?」

 ヨハンは首を振った。

 自分の肩の上に腰かけて、親指よりも小さな頭を(かたむ)けている妖精の少女を一瞥(いちべつ)してから、彼はシニアに声をかける。

「上級曹長」

「はっ」

少尉(しょうい)を呼べ――話したいことがある」

「かしこまりました――大尉」

 シニアが離席(りせき)してミリアムが戻ってくるまで、沈黙のなかヨハンは前評判(ひょうばん)通りの不味(まず)いコーヒーを味わった。

 口直しの甘いもの代わりに細巻きが吸いたいところだったが、潜水艦(せんすいかん)は水中にある間、禁煙が()いられる。

 海軍に入らなかった最大の理由が()()だそうだ。

 ミリアムが将校用(しょうこうよう)食堂に現れ、

「傷はどうだ?」とヨハンは訊いた。

「小官は大丈夫です――お気づかいに感謝を申しあげます、大尉」

 彼女は気丈に答えたが、顔色には()()()()覇気(はき)がない。

 実戦に参加して、目の前で部下を何人も失ったのが初めてなのだから、無理からぬことだった。

 どれほど優秀で有能でも彼女はあまりにも若すぎた。

 ヨハンはまず、ヘンドリクセン中佐から聞いた話をかいつまんで要約(ようやく)して、軍の高官の一部が〝神姫(しんき)〟を弑逆(しいぎゃく)しようと画策(かくさく)していると語った。

 また、以前にも〝道化師たち(クラウンズ)〟と呼ばれる過激派組織(かげきはそしき)捏造(ねつぞう)して、同じことを企んだことがあるとも。

 その目的は、自分たちに都合のいい人物を(かつ)ぎ上げて、帝国全隊を軍事独裁政権(どくさいせいけん)に仕立てることだ。

「……一体、誰を(かつ)ぎ上げようというのですか? 仮に門閥(もんばつ)貴族の()()()()()()()()、帝国臣民はもちろん、他の貴族の方々がそれに恭順(きょうじゅん)とすると思えませんが」

「俺だ」

「は……? あの、なぜそんな()鹿()()()()()()()()()、小官にはまったく理解できません」

 ミリアムはさきほどのソフィアと同じ疑問を口にした。

 妖精の少女に向かって、ヨハンは()く。

「お前さんを軍隊に(さそ)ったときのことを覚えてるか?」

「ん――あなたに脅迫(きょうはく)されことを、私が忘れるなんて絶対にない」

「初対面で、俺はなんて言った? たしか、俺の誕生日を当てろとかなんとか、話したと思うんだが」

「それが今までの話と、なにか関係ある?」

 彼は肩を上下させて嘆息(たんそく)すると言う。

「俺が生まれた一分後に、実は同じ母親から妹が生まれたらしい――双子ってやつだ。で、()()()が住んでるのは()()()()()()だ」

 そこで言葉を区切ったところで、ヘンドリクセン中佐が引き継ぐように補足する。

「ルテナン・スミスは今上(きんじょう)〝神姫〟ヴィクトリア陛下(へいか)の実兄――()()()()親王(しんのう)であらせられる。軍事独裁政権の盟主(めいしゅ)(かつ)ぐには、大義として()()ならば、申し分ない」

 ヨハンは舌打ちした。

()()()()(きら)いなんだよ――なんか弱そうだから」

 それとともに、彼らの言葉を裏付ける証拠(しょうこ)――ヨハンの出生記録の先代の宮内尚書(くないしょうしょ)の指示で改竄(かいざん)される以前の複写が、白い壁に映し出されていた。

 ミリアムとソフィアが、上官の秘密を知った時の反応は、それぞれ彼の予想した通りのものとなる。

「……なっ!」

「だから、あの書簡(しょかん)御親筆(ごしんぴつ)だったの――私を軍隊に入れるため()()に、あなたは陛下に頼んで、妖精(ようせい)族に帝国市民権を与えるように進言した?」

「そうだ」

 そこまで聞いて、シニアは感慨(かんがい)を味わうように言う。

「なるほど――今まで、大尉に随分(ずいぶん)と都合の良いことが起きてきた背景がわかりました。しかし、お人の悪い。それに、()()を知った以上、これから大尉をなんとお呼びすべきか、判断に迷うところですな」

()()()して、はしゃぐなよ――(じい)さん」

「帝国軍人たるもの、一度は夢に見ることでございます――()()()()()()お方にお仕えするのは」

「やめろっつうの」

親王殿下(しんのうでんか)!」

 ミリアムは傷の痛みも忘れたかのように、ボルトで固定された椅子(いす)蹴飛(けと)ばす勢いで、ヨハンの足元に(ひざまず)いた。

「このミリアム・フォン・シメオンより、親王殿下に対し(たてまつ)り心よりのお()びを言上することをお許し願います。(しん)不肖(ふしょう)により、これまでの数々のご無礼を重ねてしまいました。ご処罰(しょばつ)は何なりと甘んじてお受けする所存(しょぞん)ですが、なにとぞ御慈悲(ごじひ)(たまわ)りたく存じます」

 ()()生真面目(きまじめ)さが、ミリアムの最大の美点と数少ない弱点だ。

 彼女は軍人であると同時に貴族でもある――そして貴族は制度の序列(じょれつ)に従うことと、皇族に対して絶対の忠誠(ちゅうせい)を尽くすことを自らの存在意義にしている。

 とはいえ、その()()はほぼ形骸化(けいがいか)している――はずだった。

 もっとも、公の場においては古い習慣と伝統はまだ生きていた。

 あの傍若無人(ぼうじゃくぶじん)()()()()()()神姫(しんき)〟に対しては敬意(けいい)礼節(れいせつ)を尽くしているのだから当然といえば当然かもしれないが。

(おもて)()()()()()()――少尉」

 ヨハンもまた椅子(いす)から立つと腕を組んだまま、自分に(かしず)こうとする()()()睥睨(へいげい)して言った。

 彼はミリアムが顔を上げるのを待ってから先を続ける。

(けい)忠誠心(ちゅうせいしん)を疑う者がいないことは、()身命(しんめい)()して保証しよう。されど、それで卿の気がすまぬのであれば、裁定(さいてい)(たまわ)ることに異論あるまいな」

「……親王殿下のよきように」

 そう答えたミリアムは再び顔を()せた。

 彼はこれまでに見たことがないほど、威厳(いげん)と非の打ち所のない立ち居振る舞いをしていた。

 ()()()()()()()()()()()別人の物言いだとしか思えなかったと、この場に立ち会った誰もが証言した。

 しかし、それも彼の次の言葉を聞くまでだ。

「されば()に〝く〟で始まる真言(マントラ)を、(とな)えてみせるがいい――それを以て、忠誠(ちゅうせい)()と認めん」

「……はい?」

 ミリアムが顔をあげると、彼は(かが)んでミリアムの腕を(つか)みながら、強引に立ち上がらせる。

「いいから立てよ――お前さんにはいつも()()()()()()()()くれないと、俺も調子でないからさあ」

「あの――あ……」

 ミリアムはその両手が離れていく様子を、戸惑(とまど)ったように目で追った。

 その両手が拳銃(けんじゅう)の形になり彼はさらに言う。

「ほーら――せっかくだから、俺が()()()(とが)らせてやるよ」

 撃鉄(げきてつ)に見立てた親指をヨハンは曲げると同時に、その人差し指がミリアムの胸の二点を突いた。

「バキューン」

「っ!?」

「さすが大尉!」

「絶対()()と思ってました」

「ずるいですよ!」

「みんなうるさい」

 後ろで()()きを見守っていた下士官たちが口笛と合わせて嬌声(きょうせい)を上げ、ソフィアが注意した。

 ミリアムは顔を紅潮(こうちょう)させて、不埒(ふらち)真似(まね)に及んだ上官に掌底(しょうてい)を見舞って突き飛ばした。

 彼女はいまだ痛みのような感触(かんしょく)が残っている胸の急所を(かば)いながら、

「なにをなさるんですかっ!? 大尉!」と上官に大声で抗議(こうぎ)した。

 無様に転んだ指揮官の前に、(こし)に手を当てて(むね)を反らした妖精(ようせい)の少女が浮いている。

「今のはヨハンが悪い――いつもヨハンが悪い」

 ソフィアが自分の発言を訂正(ていせい)した。

「大尉――()()()()本題に(もど)りましょう」

 シニアが(たしな)めるように(うなが)したが、

「なんだっけ?」とヨハンはとぼけた。

「下らない寸劇(すんげき)のせいで脱線しすぎ――ヨハンが皇族だと知っている人物が、この陰謀(いんぼう)の主犯、そういう文脈を組み立ててたはず」

 ()わってソフィアが言った。

「あー、そうそう――物事はなんでも、()()()()()()()()()()()だもんな」

 ひっくり返ったままのヨハンは、ソフィアの下着を(なが)めながら(うなず)く。

「そう多くはないはずだ」

 ヘンドリクセンが言って、ミリアムが目を伏せて補足する。

「……大尉の出生の秘密をご存知で、数年前の慰霊祭(いれいさい)における陛下(へいか)御神輿(おみこし)の移動経路を事前に知っていなければ、あの計画は立案できません」

「それでいて、直前に前線で問題を起こした彼を政治的に擁護(ようご)できる権力者だ」

「よっこらせ」

 ようやくヨハンが起き上がった。

「いや、もっと単純に消去法で考えようぜ――俺の生まれを知ってて、今でも生きてるやつは、この部屋にいるのを(のぞ)いて三人しかいないんだ」

陛下(へいか)とエフライム中将(ちゅうじょう)以外の、その一人が首謀者(しゅぼうしゃ)?」

「他にいないだろ――ってわけで、次の()()は決まりだ。()()()()同時に攻め落とすぞ」

 ヘンドリクセンの(まゆ)が動いた。

一箇所(いっかしょ)は首謀者、もう一箇所は当然、君たちを罠に(おとしい)れ、陛下(へいか)弑逆(しいぎゃく)を企む統合参謀(さんぼう)本部の主戦派だな。残りは?」

 ()かれたヨハンは妖精の少女を見た。

「……?」



 帝都に到着するまでの一週間、ヨハンたちは作戦を煮詰(につ)めていく。

 計画は三段階に渡って展開する――陽動(ようどう)強襲(きょうしゅう)、目標確保が主な目的で、それに合わせてハーレークイン小隊(しょうたい)の残存兵力と、アルレッキーノ分遣隊(ぶんけんたい)は三つに分けて運用される。

 ヘンドリクセン中佐の部隊は、陽動を()ねて帝都の重要施設を武装占拠(ぶそうせんきょ)(しか)るのちに情報戦を優位に運びつつ、帝都の主要な駐屯軍(ちゅうとんぐん)連携(れんけい)をと即応体制(そくおうたいせい)(くず)す。

 その最大の目的は帝都の駐屯軍(ちゅうとんぐん)が敵によって誘導(ゆうどう)され、後宮に集められることを防ぐためだ。

 ヨハンたちは小隊の戦闘可能な十二名を二分する。

 ミリアムとシニアの下に部下を二人つけて首謀者(しゅぼうしゃ)逮捕(たいほ)に向かわせる。

 そしてヨハンは()()()()()(ひき)いて統合参謀(さんぼう)本部への強襲(きょうしゅう)(にな)う。

「たった七人で強襲(きょうしゅう)など不可能です! 危険すぎます!」

 例によって、ミリアムが異議(いぎ)(とな)えた。

「絶対駄目――少尉、副官権限の行使を私は支持する」

 いつになくソフィアも強硬(きょうこう)に反対した。

「小官もお二人に賛成(さんせい)いたします――大尉(たいい)、ご再考(さいこう)を」

 シニアもヨハンに翻意(ほんい)(うなが)した。

「人手不足なんだから、仕方(しかた)ないだろ! ()()()()()我慢(がまん)しなさい!」

「なりませんっ!」

「ん――駄目」

 (さわ)ぐ彼らの横で、ヘンドリクセンが帝都の地図をテーブルに広げている。

「ルテナン、スミス――統合参謀(さんぼう)本部がどういう建物か、君も知っているはずだ。あそこは都市部にあっては、並の要塞(ようさい)よりも堅固(けんご)構造(こうぞう)をしている。正面からの突破(とっぱ)は不可能だ」

 ヘンドリクセンはそれから、統合参謀本部の具体的な防衛兵力(ぼうえいへいりょく)について説明する――それを聞いたヨハンは、

「俺たちの特技はなんだ?」と()いた。

 ソフィアが即答する。

「人殺し」

「そりゃ〝好きなこと〟だろ――俺たちは空挺(くうてい)専門の、遊撃小隊(ゆうげきしょうたい)だ。空挺のいいとこはな、()()()()()()()()とこだ。だから、今回も()()()()

 彼の周りに(つど)う人たちは、ヨハンが何を言い出すのかわからないようだった。

()()(じか)()りる――落下傘(らっかさん)でな」

 銃剣を抜いた彼は、統合参謀本部の真ん中にそれを突き立てた。

「また無茶を申しましたね――()()()()より、もっと無謀(むぼう)になっていますよ、大尉」

 シニアは憮然(ぶぜん)としていた――あのときとは、大戦末期に彼らが敵の野戦砲台を破壊しにいった時のことを指しているのだろう。

「どうやって、落下傘(らっかさん)をピンポイントで誘導(ゆうどう)するかを聞かせてもらおうか――ルテナン。(エル)奇跡(きせき)を、()()()()本当に起こせるとでも、言うのかね?」

 ヨハンは首を振った。

「神の阿呆(アホ)ったれは、今週は保養地(ほようち)でバカンスだ――()わりに、悪魔と取引をする。()()()()()()()だし」

「まさか……」

 ミリアムは(またた)いた。

 彼女がその名前を口にする前に、ヨハンは具体策(ぐたいさく)披露(ひろう)する。

「俺の知り合いに、天候に干渉(かんしょう)する程度の魔術が得意(とくい)なのがいるんだが――そいつに()()()()()()、手伝ってもらう。風を操って、俺たちのパラシュートが〝偶然(ぐうぜん)()()()りられるようにな」

 そう言って、ヨハンはソフィアを見た。

暗号鍵(デコーダー)の権限を、あの野郎に渡してたよな」

「ん――舞踏会(ぶとうかい)の日に付与(ふよ)した」

 妖精(ようせい)の少女は頷いた。

「呼べ――敵の敵は味方だろ?」

「……珍しい――ヨハンが(ことわざ)を間違わないなんて」

 彼は任務を達成(たっせい)するため()()ならば、手段を選ばない指揮官だ。

 これから、彼らはそのことをあらためて思い知らされる。

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