第17話 道化師たちは人知れず水底へと沈んでいく
――窮地に追い込まれるハーレークイン小隊。部下を目の前で失ったミリアムの髪が赤く染まる。ヨハンとソフィア、ホーキンスはノイエシュタイン城で保護した少年を背負いながら、敵の捜索隊に不意打ちを繰り返す。つかの間の休憩をとっていた彼らは、そこで意外な人物と出会う。一方、城を脱出したミリアムたちは敵の増援と思しき車両部隊と出くわすが、降りてきたのは味方のエコーチームだった。
「伏せろ!」
飛竜の墜落から生き延びたヨハンたちは森の中を進んでいた。
装具の多目的ポーチの中で、部下の遺体から回収した認識票が揺れているのを感じながら。
彼らは墜落地点から、斜面づたいにノイエシュタイン城から脱出してくる部下たちと合流するために、徒歩で移動をはじめた。
そこに第二五師団の捜索部隊がやってきた。
彼らは墜落地点を中心に、分隊をさらに分割しながら生存者を探しているようだ。
目的は、もちろんヨハンたちの抹殺に他ならない――ハーレークイン小隊は重要人物を暗殺しに来た、テロリストに分類されているためだ。
「やり過ごせ――分散したら、各個撃破していくぞ。ハンドラーと犬から仕留めろ。武器はサプレスドを使え」
ヨハンとホーキンスはそれぞれ、拳銃の銃口に減音器をとりつけた。
「了解――大尉」
ヨハンとホーキンスは、辛抱強く身を潜めながら捜索隊に不意打ちを繰り返した。
「これで少しは時間が稼げるな――予備弾倉だけ回収したら、死体の下に手榴弾を仕込んでおけ」
「わかってます――次は一人だけ生かしておいて、うめき声をあげさせましょうよ」
「……」
肺を撃たれ、呼吸するたびに血を吐いている犬を一瞥したヨハンは、その頭を拳銃で撃った。
「だから犬は嫌いだっつうの」
ヨハンとホーキンスは、背嚢の中身を投棄して、ロープで縛りながらくくりつけた少年を、一時間ごとに交代して背負いながら移動を続けた。
「谷筋を行こう――この時間なら霧が出ているだろう」
彼はそう言って先導しながらソフィアを見る。
「通信状態は?」
「減衰が激しいから駄目――地形が邪魔をしているのと、距離が開きすぎている。せめて尾根に出ないと」
「アル中の前で酒場の看板に灯りをつけるようなもんだ――しばらく休んでろ」
「ん」
ソフィアは頷いて、ヨハンの肩を滑って胸ポケットに収まった。
軍事用の端末水晶が中継局を経ずに通信できる距離は、二から三クリックだと仕様書にはある。
彼らの現在位置ならば、その範囲にノイエシュタイン城も含まれているはずだ。
しかし、ソフィアが言った通り、通信波は距離が離れるごとに減衰していく上に、地面や高高度の空気層で乱反射する性質がある。
また、使われる帯域の周波数の種類でも、高周波域は遠くまで届きやすいが障害物に弱く、低周波域は障害物に強いが遠くまで届きにくい。
距離と地形を鑑みて、ヨハンたちの現在いる森の斜面は味方との通信を開くには最悪の場所だといえた。
こうした、単独での通信が困難な場所に展開する際は、通常の作戦ならば端末水晶の中継機を積載した飛竜が上空を旋回して支援を行うのだが、極秘の単独作戦下だったために、撃墜された飛竜の予備兵力はない。
「シエラと合流しますか? 連中の場所なら通信も回復できるかも」
ホーキンスが訊いた。
「いいや――戦闘中に、シエラとは交信が途絶えた。やられたんだろう」
「……心の底から今畜生、ですね――大尉」
「私たち孤立無援?」
ソフィアが端的に今の状況を述べた。
それを聞いたヨハンはわざらしい口調で部下を鼓舞するように言う。
「殺しが得意な兵隊が自動小銃と拳銃二挺に、一ダースの弾倉を持ってて――敵味方の端末水晶の位置情報を感じ取れる、妖精のメスガキがいるんだ。他になにか足りないものでもあるか?」
「ありませんとも――大尉」
「あれは坊やが十の誕生日を迎える直前だったかのう――妾のことを称するに、昔の呼び名を用いなくなった頃じゃ」
マイアはそう言って昔話をはじめた。
「貴殿は存じておるやもしれぬが、まあ聞くがよい――坊やに最初の殺しを指南したのは、他ならぬ妾である。しかし、それはやむを得ぬものじゃった。当時、我が屋敷では〝アレックス〟という一頭の犬を飼育しておった。毛足の長い北部の犬種で、狩りの時に連れて行くと便利なそれじゃ。子犬の頃より坊やはそやつの世話をし、まるで兄弟のように過ごしていたものよ。されどアレックスは落馬した坊やを助けようとして、重傷を負ってしもうた。よって安楽死をさせる必要があった」
マイアはそこで言葉をきると、手元の扇子を広げて閉じる動作を少し繰り返した。
二千年に渡って歴代の〝神姫〟を庇護し奉ってきた、竜族の長はヨハンの昔話をするときだけは母親の顔になる。
「妾の予定より五年ほど早かったが、是非も無し――それに、坊やはスミスの家督を継がせるために、武人に仕立てる必要があったからのう。家人に銃と剣を用意させて坊やに得物を選ばせたが彼奴は迷わず銃を選んだ。そして狙うべき場所を教え聞かせるとアレックスを撃った。急所に命中させ、立ち会った獣医が即死を確認した。妾はこれまで百人近くの〝御子〟を育ててきたが、愛玩動物の死に際に立ち会わせた反応は十人十色じゃった。泣く子もおれば、強がる子、妾をなじる子、賢しく諦める子、国中の獣医を当たった優しき子……」
彼女にヨハンはどう反応したかを訊くと、マイアは目を伏せてしばらく黙った。
そうかと思えば、小さな失笑を漏らした。
「まずは、坊やの言葉をそのまま伝えてしんぜよう――彼奴は〝僕でよかった〟と宣った。その意は、自分以外の手にアレックスの死を委ねれば、経緯の如何によらずその人物に悪感情を抱かずにはおれぬ、人間の脆弱な心はそうできておる。なれば、自分の手で死を与えるのが、最も理にかなっておると坊やはわかっておったのじゃな。十に満たぬ人間種の少年がこの器量を見せたのじゃ。永きを待った甲斐があったというものよ。妾は単に、愛玩動物と人間は同じ時を生きられぬ理を説きたかっただけじゃというのに。最も愛するものをその手にかけ、彼奴は生命を奪うことに一切の躊躇いを覚えなくなったのじゃな。されど坊やも人の子よ。心に澱みを溜めずにはおれぬ。そしてそれは弱さを生むと思ったようじゃ。故に、彼奴はいずれ失わざるを得ぬものをなるべく増やそうとしなくなりおったわ。また、二度と喪失せぬように大事な大事な自分の隊を、己とともに厳しく鍛えてきたのであろう。そのいじらしい、ささやかな抵抗の心を察するほど、坊やが可愛くてたまらぬ」
マイアは目を細めた。
その瞳孔が縦に長くなるに従って、文字通り空気が凍りつくような悪寒が背中にはしった。
「のう――ボーマン大佐。お主に今いちど尋ねるが、心して答えるがよいぞよ。坊やたちは、どこでなにをしておるのか」
第九九連隊基地の基地司令室にマイアが表敬訪問に訪ねてくると、ヨハンたちの不在が知らされた。
謹慎中にも関わらず、彼らが基地を出るとすれば任務以外にない。
しかし、ハーレークイン小隊に極秘の任務を与える際には統合参謀本部が必ず絡んでくる。
そうなれば、マイアにも彼らの出撃が知らされていたはずだ。
基地司令のボーマンは気圧されるように、ヨハンたちが陸軍省に召喚されたことを話した。
また、そこで任務を受領したとも。
「……さようであるか――こたびの失敬を許すがいい。ボーマン大佐。妾は所用を思い出した故、これにて。見送りは無用ぞ」
マイアはそう告げると基地司令の執務室を出て、六頭立ての馬車に乗り込んだ。
「後宮にやるがよい――至急じゃ。それから、現刻よりしばらくの予定は、全て先方に断ると申し伝えい」
墜落した飛竜から数クリックほど離れた場所、ノイエシュタイン城を攻める直前に潜んでいた場所の近くで、ヨハンたちは休息をとっていた。
遠くからはいまだに、銃声や爆音が響いてくる――おそらく部下たちはまだ生きているはずだ。
今はホーキンスが歩哨に立っている。
「いいか――声を立てるなよ?」
ヨハンは装具のベルトに差してある銃剣を抜いて、城で確保した少年の眼前に向けた。
彼は瞬いて、縛られたまま刃から逃れようと身じろぎする。
「あなたのやり方だと逆効果――テープに孔をあけないと、水が飲めないと言うべき」
ソフィアの言葉に、少年は妖精の少女とヨハンを交互に見た。
「ほらよ――喉が乾いただろ」
手際よく少年の口を封じていたテープに孔をあけると、ヨハンは背嚢の中に仕込んである水袋から、チューブを伸ばす。
少年は噛み付くように吸い付くと、しばらく水を飲んだ。
彼が落ち着くのを待ってソフィアが諭すように言う。
「テープを剥がしても騒がないで――私たちは城にいた敵に追われている。見つかれば、あなたも殺される」
少年は何度か頷いた。
それを見て、ヨハンは念を押すように彼を脅す。
「嘘をつけば敵より先に俺が殺して、ここに捨てていくからな――わかったな?」
テープを剥がしたところで、
「本当に殺さない? あんたたち、殺し屋じゃないの?」と少年は訊いてきた。
「俺たちの仕事の半分は殺しだが、お前さんはそれに含まれてない――納得したら話せ。なぜあそこにいた? お前さんはなんかの病気か?」
「病気なんかじゃない! 俺たちの血が要るって、それで調べられてた。俺たち騙されてあそこに連れてこられたんだ」
「俺たち?」
ソフィアが首を傾げた。
「……!」
ヨハンが物音に気づいて自動小銃を構えたときだった。
「そこからは私が話したほうが早い」
ホーキンスが現れたが喋ったのは彼ではなく、その背後で拳銃を構えている人物だ。
彼は一瞬だけ、ホーキンスの頭越しに顔を覗かせる。
「アルヴィン・ヘンドリクセン……」
彼の顔を確認したソフィアが言った。
ヘンドリクセンは海運会社の警備を担っている、元海軍陸戦教導団の第六連隊指揮官で、ノイエシュタイン城で、ハーレークイン小隊を迎えうつはずだった人物だ。
「相手は単独です――俺を撃ってください。大尉、この距離なら貫通できます」
後ろ手に縛られたホーキンスが言った。
その後頭部を、
「黙れ! 銃声を奴らに聞かれてもいいのか?」とヘンドリクセンは小突いた。
ホーキンスを跪かせて、彼は言う。
「訊かれる前に答えよう――我々の二つの作戦目標のうち、一つはその少年の保護だ。彼が一連の事件を公に裁く証拠を持っている。本人にその自覚はないが」
「もう一つは?」
ソフィアが訊いた。
「君たちの救出だ――じゃなきゃもう撃ってる」
「……それもそうだ」
ヨハンは頷いて、自動小銃の銃口の狙いをヘンドリクセンの急所からはずした。
それを見極めてから、ヘンドリクセンはホーキンスを解放した。
「来たまえ――この先に移動手段と隠れ家を用意している」
「……」
「どうするの?」
肩の上でソフィアが訊いた。
「うちの連中はどうなっている?」
彼女に答えず、ヨハンはヘンドリクセンに訊いた。
「君たちと同じく、部下が対応している」
ノイエシュタイン城の東の城壁にたどり着いた――というよりも、追い詰められたミリアムたちは、遮蔽物を盾にして方陣を組むようにして防御を固めていた。
「畜生!」
利き手を撃たれた部下の一人は、悪態をつきながらも冷静に対処する。
自動小銃を股の間で保持して、無事だったもう片方の手で器用に構え直すと射撃を継続する。
ここに到るまでに三人の部下を失った。
「爆破を急げ! 煙幕用意!」
ミリアムは重傷を負っていたメイソンの太腿に止血帯を巻きながら次の指示を下した。
その直後、近くの地面に着弾した砲弾の破片がミリアムに飛んできた。
「少尉!」
「っ!?」
ミリアムの手当を受けていたメイソンが、抱きつくように手を伸ばして彼女を強引に伏せさせた。
鮮血がほとばしって、プラチナブロンドの髪を染めていく。
「メイソン!」
「……綺麗な髪が台無しになっちゃいましたね」
首から血を流しながらメイソンは微笑して、それを最後に彼は倒れた。
「爆破準備出来ました!」
「擲弾手! 煙幕を装填して順次発射! 目標は二五! 小銃手は各個に制圧射撃せよ! 少尉、爆破のご下知を!」
「……!」
シニアが声を張ってミリアムは我に返った。
彼女はメイソンの認識票を回収しながら亡骸を横たえて、
「爆破せよ!」と言った。
「ファイアインザホール!」
城壁を破壊したミリアムたちは、制圧射撃の間に立ち込めた煙幕の陰に隠れるようにして、東で待機しているエコーチームに合流しようとする。
走りながら、
「シニア、自分もいいですか?」とローガンが訊いた。
彼を一瞥して、なにかを察したようにシニアは隻眼を細めた。
「……許可する――かたじけない、一等軍曹」
「アルファの三人をつれて行きます――お先に向こうで待ってますよ」
城壁の瓦礫を乗り越えているところで、古参兵のローガンが足を止めた。
彼だけではなく、ヨハンの指揮下にあったアルファチームの三人が彼に従っている。
「ローガン一等軍曹! 撤退だ!」
ミリアムが振り返ると、四人の部下たちが瓦礫のところで、城壁の縁にいた敵と交戦している。
彼らはあっという間に、城壁の上にいた敵を薙ぎ払うように撃ち倒していくと、ミリアムに手を振りながら言う。
「おさらばです――少尉。我々が時間を稼ぎます!」
「お達者で!」
「ここで敵をしばいときます!」
「大尉のことを頼みましたよ!」
残った部下たちも口々にそう言って、手を振ると煙の中に飛び込んでいった。
「そんな命令は出していない! 合流せよ!」
ミリアムはそう命じたが、
「小官が許可を与えました」とシニアが答えた。
「……!」
「大尉ならばそうなさります――重要なことは、小隊を撤退に導くことだと仰るはずです。それとも、感傷などに従ってここで討ち死になさいますか? 部下の全員を、つまらない自尊心を満足させるために巻き込んで、よろしいのですか?」
ヨハンが不在の間はシニアが部隊を指揮することになっていた――それが小隊軍曹の役割だ。
「……先導せよ、上級曹長――ハーレークインは全隊これより東に撤退する!」
「お任せあれ、少尉」
後年に発見された、改竄される前の第二五師団の記録を元に検証したところ、この戦いで第二五師団第三六連隊の将兵のうち、ノイエシュタイン攻囲戦に参加した兵力は歩兵二個中隊と一個戦車小隊だと結論が出た。
内訳は三十人からなる小銃小隊が六個、二十人前後の武器小隊が二個、それから三両の戦車だ。
その他にも、城から離れた数箇所には、リーベルラントの動乱で鹵獲した自走対空砲が配置されていたという、未確認の情報もある――ハーキュリーズが撃墜されたことからおそらく事実だと思われる。
単純な人数比だけでも十倍の戦力差があった。
にもかかわらず、戦車は全て撃破され、歩兵は半数がその場で死亡、残りの半数も重傷を負って傷痍軍人年金の受給者となった。
たかが一個小隊を相手に、奇襲をかけた帝国陸軍が反撃によってこれほどの損害を出した例は帝国軍史でも稀有だろう。
とりわけ、ミリアムたちの撤退を援護するために居残ったローガンたちの奮戦は、凄絶という言葉では言い尽くせない。
アルファチームの四人の下士官たちは、退路を考えずに攻勢に打って出た。
一台の戦車はローガンの自爆によって履帯を破壊され、擱座したところを上から梱包爆薬を投げられて撃破されたようだが、その前にもう一台をどうやって破壊したのかは、いまだにわからない。
彼らは自身の弾薬が尽きても、倒した相手の武器を集めて、戦死の瞬間まで奮戦しつづけた。
この行動によって、死後一年以上経った今になり、彼らには名誉勲章が贈られることが内定したらしい。
「血路を開きます――お続きあれ」
シニアはそう言って、回り込もうとしてきた敵を見つけるなり、自動小銃を歩きながら構えて、次々に射抜いていく。
ハーレークイン小隊の屈強な兵たちに、射撃の基礎と応用を叩き込みなおしたというだけあり、その腕前は精鋭たちのなかでも群を抜いている。
普段は小隊軍曹として、ヨハンの傍らに侍っているために目立たないが、シニアこそ歩兵の完成した姿だといえる。
ただ一人しか与えられない名誉階級は伊達では務まらないようだ。
負傷者たちを庇いながら、ミリアムたちはかろうじてエコーチームとの合流地点に到着した。
しかし、そこで彼らを迎えたのは敵の車両部隊だった。
「散開して迎撃用意! 擲弾手、前へ!」
ミリアムが部下に命令を発したときだった。
「ちょっと待って! 少尉! 自分らです!」
「ブルー・オン・ブルー!」
車両から慌てて降りてきたのは、エコーチームのシュミットとベイツだ。
ミリアムたちが驚いている間にも、
「話は後で! 早く乗ってください!」とシュミットが急かした。
「お先にどうぞ――少尉。小官が人員を掌握しておきます」
シニアに促されて、ミリアムは車両の後部に乗り込もうとした。
彼女は差し伸べられた手を咄嗟に握って、
「感謝する」と言って荷台に上がった。
「どうも、お初にお目にかかります――フォン・シメオン少尉殿」
ミリアムたちを車両の荷台で迎えたのは、ヘンドリクセンの部下であるケヴィン・ランバート元上級上等兵曹だった。
「貴様は!」
ミリアムは腰の拳銃を抜こうとした。
その背後から、シュミットが止めに入る。
「待って! 少尉! 彼らも味方です!」
そこに、最後に乗り込んできたシニアが現れた。
彼はランバートと目を合わせるなり言う。
「久しいな――ケヴィン」
彼らは旧知らしい。
シニアの軍歴の長さと顔の広さを考慮すれば不思議なことではないだろうとミリアムは思った。
また、今はそれどころではない。
「やあ、陸軍最先任上級曹長殿――モグ戦役以来ですな。それより、これはうちの隊長から先に言えとキツくお達しがあったのですが、あんた方の隊長さんと妖精ちゃんは無事ですぜ。それと、別働隊がおたくらの狙撃班を回収してます」
ヘンドリクセンの用意した〝隠れ家〟とは、帝国海軍の誇る戦略兵器でもある潜水艦だった。
なぜそのような大それた装備を彼らが用意できたか――そもそもヘンドリクセンたちは、退役していなかったということが語られた。
彼らは揃って今回の海軍が独自に進めていた秘密作戦に従事するために、表向きは退役したことにする必要があったそうだ。
ヘンドリクセンの部隊に回収されたヨハンたちは、それぞれ別の場所で川沿いに撤退し、上陸用舟艇で作戦地域を離脱、大河に出たところで潜水艦――ヴァージニア号に収容された。
「乗るのは初めてかね?」
ヘンドリクセン中佐に訊かれたソフィアは頷いた。
「ん――初体験」
妖精の少女を肩に座らせているヨハンは、口の端に笑みと軽口を交えて言う。
「なら、お前さんにこの艦はピッタリじゃないか」
「どうして?」
「だって、艦名がヴァージニアだぜ」
「下品」
ヨハンたちは将校用の食堂に案内された。
そこで、ヘンドリクセン中佐からこのたびの〝作戦〟の裏事情を聞かされることになっている。
その少し前、ヨハンはミリアムたちと再編成を果たした。
憔悴しきった彼女から認識票の束を差し出された。
休息をとるよう頭ごなしに命じて、ヨハンはシニアから小隊の被害報告を受けた。
部隊はほぼ壊滅状態だった。
ハーキュリーズ輸送飛竜、バンジョウ大尉を含めて、戦死者は十一名、重軽傷者は多数あり――生き残った半数が戦闘不能だ。
シニアですら数箇所に軽傷を負っている――彼の態度には、まったくそんな様子は窺えないが。
ノイエシュタイン城の中に展開した戦闘要員のなかで無傷だったのは、ヨハンとソフィア、ホーキンスくらいのものだった。
「……あんたは、まだ暴れ足りないだろ? 上級曹長」
「ええ――まったく。大尉も聞くまでもなさそうですね」
「当ったり前だ――このままじゃ、済まさねえぞ。スヴェンソン准将の睾丸を引きちぎって、抉り出したあの野郎の目玉と入れ替えてやる。途中で死んだら生き返らせて、もう一度ぶっ殺すぞ。うちじゃツケは利かないんだ」
部下に多くの犠牲を出したにもかかわらず、小隊の中核を担う彼らは揃って余裕を醸し出した。
これは虚勢ではない――また、決して仲間の死を軽んじているわけでもないはずだ。
職業軍人である彼らにとって〝作戦〟が終わるまでは、個人の気持ちや感情を、心の壁の向こうに追いやっているらしい。
「では、ヘンドリクセン中佐殿からお話を聞くとしましょう――その上で、大尉のなさりたいようにすればよろしいかと」
「まずはなんといっても、カプチーノを飲まなきゃな」
「海軍のコーヒーは不味いんですよね」
「マジかよ……」
ヨハンとシニア、ソフィアは将校用の食堂に入室を許された。
そこには、ヘンドリクセン中佐と彼の副官である、ランバート上級上等兵曹をはじめとして、十五人の第六連隊の水兵たちが集っていた。
「歓迎しよう――ルテナン・スミス」
「前置きはいいから、はじめてくれ――コマンダー」
潜水艦の中にいる二人はあえて海軍の方式で互いの階級を呼び合った。
食堂の照明が落ちると、白く塗った壁に映写装置を利用した資料が投影される。
状況説明はランバートが行っている。
それによると、ヘンドリクセンたちの属していた第六連隊から精鋭を集めた、通称〝アルレッキーノ分遣隊〟が海軍省独自の極秘作戦に召集されたのは、魔界との大戦が膠着しはじめた頃だった。
その目的は帝国軍の中枢で企てられている、いくつかの暴走を止めることだった。
一部の権力者たちは秘密裏に魔界への再侵攻への大義名分を得るために、ある計画を進めていた。
その小道具として新種の化学兵器を開発したらしい――それは水を媒介として拡散する厄介なものだった。
その生物兵器を辺境にあるダム湖を通じて、意図的に下流地域の街に広める――魔界の軍が展開した時に合わせて。
これを魔界による破壊活動だと喧伝する予定だった。
ところが、肝心のダム湖が空軍の誤爆によって破壊され、研究拠点とともに計画は濁流の下に沈んだはずだった。
兵器とともに開発されていた治療薬の被検体は一人を除いて全員処理され、それがノイエシュタイン城に軟禁されていた少年だった。
彼は不測の事態が生じたときのための保険であり――つまるところ、生きた治療薬の保管庫だった。
それ以外にも、講和会議を進めるために帝国に派遣された魔界の王太子、サムエルの暗殺を企図していたものの、それらは全てヨハンたちに阻止された。
そして今回、ハーレークイン小隊が最大の障害だと認識をあらためた彼らは、ヨハンたちを抹殺するためだけに、大掛かりな芝居を打つことにしたのだという。
「じゃあ、講和調印の日に橋脚を爆破したのも、連中の工作か?」
これにヘンドリクセンは首を振った。
「いいや――あれは我々がやったことだ」
「どうして?」
ソフィアが訊くと、ヘンドリクセンは先ほどの水を媒介とする化学兵器の話に戻す。
「あの列車の積荷がその兵器だった――傍目にはただの水にしか見えないが。格納容器はすでに、連隊の潜水艇部隊が回収した。もし、魔界にあれが持ち込まれていたら、死者は七桁を超えただろう。そしてその報復に、魔界は魔族が先陣をきって、こんどこそ本気で侵攻してくる。そうなれば、帝国は竜族に頼らざるを得ない。神話の最終戦争を、今の時代に復刻されてはたまらん。それを阻止するために、あの作戦はやむを得なかった」
「ん」
ソフィアはその説明に納得したのか頷いた。
「連中は一体、なにがしたいんだ? 内乱の誘導――じゃなさそうだが」
「君だよ――ルテナン」
「ん?」
「元々、彼らは君を盟主に帝国を軍事政権化しようと目論んでいた――もっとも、担ぎ出そうとしてた君自身に、最初の最初で計画を破綻させられたのは皮肉としか言いようがないが。しかし、今も彼らは機会を待っている。陛下を弑逆し奉る機会を」
ヨハンは瞬いた。
「……知ってたのか」
「君たちの父上と私は同期だ――彼が死ぬ前に教えてくれた」
「……俺の家族はババアだけだ」
彼は会ったこともない父親の存在を否定した――ヘンドリクセン中佐はそちらの追求はせずに次の問題点に移る。
「そう、陛下がおわす帝都において弑逆を企てるならば、あの御方が最大にして最後の障害だ。そこで、君を作戦中の生死不明にすれば、あの御方はどう出る? 空軍の総力を結集してでも君を見つけ出そうとなさるはずだ。そして陣頭指揮をとらずにはおれないだろう」
ヨハンには事態を把握したマイアが何をしているか手にとるように想像できた。
それはヘンドリクセンの推測とほぼ同じだろうとも。
彼女は後宮に参内し、いずれかの名分を以て〝神姫〟から勅命を引き出す。
その権限で動員可能な空軍を全て、ノイエシュタイン城の戦闘捜索救難に当たらせるだろう。
そしてマイアに勅命を授ける〝神姫〟ヴィクトリアは、自らの身の危険が増大することなど思慮の外において、ヨハンを助けるために最善を尽くす。
その結果、帝都と〝神姫〟を守護する帝国最大の軍事力が、間もなく帝都を離れてしまう。
ヘンドリクセンの話が事実ならば、弑逆を企てている〝道化師たち〟は間違いなく動き出す――そのとき、ヴィクトリアの身に危険が迫る。
つまり、このまま座して傍観すれば、ヨハンはたった一人の肉親を――帝国の臣民は、国家の象徴と心の拠り所を失ってしまう。
「待って」
指揮官たちだけが状況と事の重大さを認識したところで、ソフィアが割り込んだ。
「陛下を弑逆したくらいで、どうしてヨハンが軍事政権を担うの?」
妖精の少女の視線が、ヨハンとヘンドリクセン中佐の間を交互に行き交う。
「なんで?」
「……彼女は知らないのか? シメオン少尉も?」
ヨハンは首を振った。
自分の肩の上に腰かけて、親指よりも小さな頭を傾けている妖精の少女を一瞥してから、彼はシニアに声をかける。
「上級曹長」
「はっ」
「少尉を呼べ――話したいことがある」
「かしこまりました――大尉」
シニアが離席してミリアムが戻ってくるまで、沈黙のなかヨハンは前評判通りの不味いコーヒーを味わった。
口直しの甘いもの代わりに細巻きが吸いたいところだったが、潜水艦は水中にある間、禁煙が強いられる。
海軍に入らなかった最大の理由がこれだそうだ。
ミリアムが将校用食堂に現れ、
「傷はどうだ?」とヨハンは訊いた。
「小官は大丈夫です――お気づかいに感謝を申しあげます、大尉」
彼女は気丈に答えたが、顔色にはいつもの覇気がない。
実戦に参加して、目の前で部下を何人も失ったのが初めてなのだから、無理からぬことだった。
どれほど優秀で有能でも彼女はあまりにも若すぎた。
ヨハンはまず、ヘンドリクセン中佐から聞いた話をかいつまんで要約して、軍の高官の一部が〝神姫〟を弑逆しようと画策していると語った。
また、以前にも〝道化師たち〟と呼ばれる過激派組織を捏造して、同じことを企んだことがあるとも。
その目的は、自分たちに都合のいい人物を担ぎ上げて、帝国全隊を軍事独裁政権に仕立てることだ。
「……一体、誰を担ぎ上げようというのですか? 仮に門閥貴族のどなたであっても、帝国臣民はもちろん、他の貴族の方々がそれに恭順とすると思えませんが」
「俺だ」
「は……? あの、なぜそんな馬鹿げた話になるのか、小官にはまったく理解できません」
ミリアムはさきほどのソフィアと同じ疑問を口にした。
妖精の少女に向かって、ヨハンは訊く。
「お前さんを軍隊に誘ったときのことを覚えてるか?」
「ん――あなたに脅迫されことを、私が忘れるなんて絶対にない」
「初対面で、俺はなんて言った? たしか、俺の誕生日を当てろとかなんとか、話したと思うんだが」
「それが今までの話と、なにか関係ある?」
彼は肩を上下させて嘆息すると言う。
「俺が生まれた一分後に、実は同じ母親から妹が生まれたらしい――双子ってやつだ。で、その妹が住んでるのは後宮の奥の院だ」
そこで言葉を区切ったところで、ヘンドリクセン中佐が引き継ぐように補足する。
「ルテナン・スミスは今上〝神姫〟ヴィクトリア陛下の実兄――ヨハナン親王であらせられる。軍事独裁政権の盟主に担ぐには、大義としてだけならば、申し分ない」
ヨハンは舌打ちした。
「その名前は嫌いなんだよ――なんか弱そうだから」
それとともに、彼らの言葉を裏付ける証拠――ヨハンの出生記録の先代の宮内尚書の指示で改竄される以前の複写が、白い壁に映し出されていた。
ミリアムとソフィアが、上官の秘密を知った時の反応は、それぞれ彼の予想した通りのものとなる。
「……なっ!」
「だから、あの書簡は御親筆だったの――私を軍隊に入れるためだけに、あなたは陛下に頼んで、妖精族に帝国市民権を与えるように進言した?」
「そうだ」
そこまで聞いて、シニアは感慨を味わうように言う。
「なるほど――今まで、大尉に随分と都合の良いことが起きてきた背景がわかりました。しかし、お人の悪い。それに、事実を知った以上、これから大尉をなんとお呼びすべきか、判断に迷うところですな」
「いい年して、はしゃぐなよ――爺さん」
「帝国軍人たるもの、一度は夢に見ることでございます――やんごとなきお方にお仕えするのは」
「やめろっつうの」
「親王殿下!」
ミリアムは傷の痛みも忘れたかのように、ボルトで固定された椅子を蹴飛ばす勢いで、ヨハンの足元に跪いた。
「このミリアム・フォン・シメオンより、親王殿下に対し奉り心よりのお詫びを言上することをお許し願います。臣の不肖により、これまでの数々のご無礼を重ねてしまいました。ご処罰は何なりと甘んじてお受けする所存ですが、なにとぞ御慈悲を賜りたく存じます」
この生真面目さが、ミリアムの最大の美点と数少ない弱点だ。
彼女は軍人であると同時に貴族でもある――そして貴族は制度の序列に従うことと、皇族に対して絶対の忠誠を尽くすことを自らの存在意義にしている。
とはいえ、その建前はほぼ形骸化している――はずだった。
もっとも、公の場においては古い習慣と伝統はまだ生きていた。
あの傍若無人なマイアですら〝神姫〟に対しては敬意と礼節を尽くしているのだから当然といえば当然かもしれないが。
「面をあげるがいい――少尉」
ヨハンもまた椅子から立つと腕を組んだまま、自分に傅こうとする女騎士を睥睨して言った。
彼はミリアムが顔を上げるのを待ってから先を続ける。
「卿の忠誠心を疑う者がいないことは、余の身命を賭して保証しよう。されど、それで卿の気がすまぬのであれば、裁定を賜ることに異論あるまいな」
「……親王殿下のよきように」
そう答えたミリアムは再び顔を伏せた。
彼はこれまでに見たことがないほど、威厳と非の打ち所のない立ち居振る舞いをしていた。
本人の声を聞かなければ別人の物言いだとしか思えなかったと、この場に立ち会った誰もが証言した。
しかし、それも彼の次の言葉を聞くまでだ。
「されば余に〝く〟で始まる真言を、唱えてみせるがいい――それを以て、忠誠の儀と認めん」
「……はい?」
ミリアムが顔をあげると、彼は屈んでミリアムの腕を掴みながら、強引に立ち上がらせる。
「いいから立てよ――お前さんにはいつもツンツン尖っててくれないと、俺も調子でないからさあ」
「あの――あ……」
ミリアムはその両手が離れていく様子を、戸惑ったように目で追った。
その両手が拳銃の形になり彼はさらに言う。
「ほーら――せっかくだから、俺がもっと尖らせてやるよ」
撃鉄に見立てた親指をヨハンは曲げると同時に、その人差し指がミリアムの胸の二点を突いた。
「バキューン」
「っ!?」
「さすが大尉!」
「絶対やると思ってました」
「ずるいですよ!」
「みんなうるさい」
後ろで成り行きを見守っていた下士官たちが口笛と合わせて嬌声を上げ、ソフィアが注意した。
ミリアムは顔を紅潮させて、不埒な真似に及んだ上官に掌底を見舞って突き飛ばした。
彼女はいまだ痛みのような感触が残っている胸の急所を庇いながら、
「なにをなさるんですかっ!? 大尉!」と上官に大声で抗議した。
無様に転んだ指揮官の前に、腰に手を当てて胸を反らした妖精の少女が浮いている。
「今のはヨハンが悪い――いつもヨハンが悪い」
ソフィアが自分の発言を訂正した。
「大尉――そろそろ本題に戻りましょう」
シニアが窘めるように促したが、
「なんだっけ?」とヨハンはとぼけた。
「下らない寸劇のせいで脱線しすぎ――ヨハンが皇族だと知っている人物が、この陰謀の主犯、そういう文脈を組み立ててたはず」
代わってソフィアが言った。
「あー、そうそう――物事はなんでも、白黒はっきりさせるべきだもんな」
ひっくり返ったままのヨハンは、ソフィアの下着を眺めながら頷く。
「そう多くはないはずだ」
ヘンドリクセンが言って、ミリアムが目を伏せて補足する。
「……大尉の出生の秘密をご存知で、数年前の慰霊祭における陛下の御神輿の移動経路を事前に知っていなければ、あの計画は立案できません」
「それでいて、直前に前線で問題を起こした彼を政治的に擁護できる権力者だ」
「よっこらせ」
ようやくヨハンが起き上がった。
「いや、もっと単純に消去法で考えようぜ――俺の生まれを知ってて、今でも生きてるやつは、この部屋にいるのを除いて三人しかいないんだ」
「陛下とエフライム中将以外の、その一人が首謀者?」
「他にいないだろ――ってわけで、次の目標は決まりだ。三つとも同時に攻め落とすぞ」
ヘンドリクセンの眉が動いた。
「一箇所は首謀者、もう一箇所は当然、君たちを罠に陥れ、陛下の弑逆を企む統合参謀本部の主戦派だな。残りは?」
訊かれたヨハンは妖精の少女を見た。
「……?」
帝都に到着するまでの一週間、ヨハンたちは作戦を煮詰めていく。
計画は三段階に渡って展開する――陽動、強襲、目標確保が主な目的で、それに合わせてハーレークイン小隊の残存兵力と、アルレッキーノ分遣隊は三つに分けて運用される。
ヘンドリクセン中佐の部隊は、陽動を兼ねて帝都の重要施設を武装占拠、然るのちに情報戦を優位に運びつつ、帝都の主要な駐屯軍の連携をと即応体制を崩す。
その最大の目的は帝都の駐屯軍が敵によって誘導され、後宮に集められることを防ぐためだ。
ヨハンたちは小隊の戦闘可能な十二名を二分する。
ミリアムとシニアの下に部下を二人つけて首謀者の逮捕に向かわせる。
そしてヨハンは残りの六人を率いて統合参謀本部への強襲を担う。
「たった七人で強襲など不可能です! 危険すぎます!」
例によって、ミリアムが異議を唱えた。
「絶対駄目――少尉、副官権限の行使を私は支持する」
いつになくソフィアも強硬に反対した。
「小官もお二人に賛成いたします――大尉、ご再考を」
シニアもヨハンに翻意を促した。
「人手不足なんだから、仕方ないだろ! あるもので我慢しなさい!」
「なりませんっ!」
「ん――駄目」
騒ぐ彼らの横で、ヘンドリクセンが帝都の地図をテーブルに広げている。
「ルテナン、スミス――統合参謀本部がどういう建物か、君も知っているはずだ。あそこは都市部にあっては、並の要塞よりも堅固な構造をしている。正面からの突破は不可能だ」
ヘンドリクセンはそれから、統合参謀本部の具体的な防衛兵力について説明する――それを聞いたヨハンは、
「俺たちの特技はなんだ?」と訊いた。
ソフィアが即答する。
「人殺し」
「そりゃ〝好きなこと〟だろ――俺たちは空挺専門の、遊撃小隊だ。空挺のいいとこはな、敵の裏にまわれるとこだ。だから、今回もそうする」
彼の周りに集う人たちは、ヨハンが何を言い出すのかわからないようだった。
「ここに直に降りる――落下傘でな」
銃剣を抜いた彼は、統合参謀本部の真ん中にそれを突き立てた。
「また無茶を申しましたね――あのときより、もっと無謀になっていますよ、大尉」
シニアは憮然としていた――あのときとは、大戦末期に彼らが敵の野戦砲台を破壊しにいった時のことを指しているのだろう。
「どうやって、落下傘をピンポイントで誘導するかを聞かせてもらおうか――ルテナン。神の奇跡を、君たちは本当に起こせるとでも、言うのかね?」
ヨハンは首を振った。
「神の阿呆ったれは、今週は保養地でバカンスだ――代わりに、悪魔と取引をする。似たようなもんだし」
「まさか……」
ミリアムは瞬いた。
彼女がその名前を口にする前に、ヨハンは具体策を披露する。
「俺の知り合いに、天候に干渉する程度の魔術が得意なのがいるんだが――そいつにちょっとだけ、手伝ってもらう。風を操って、俺たちのパラシュートが〝偶然〟ここに降りられるようにな」
そう言って、ヨハンはソフィアを見た。
「暗号鍵の権限を、あの野郎に渡してたよな」
「ん――舞踏会の日に付与した」
妖精の少女は頷いた。
「呼べ――敵の敵は味方だろ?」
「……珍しい――ヨハンが諺を間違わないなんて」
彼は任務を達成するためだけならば、手段を選ばない指揮官だ。
これから、彼らはそのことをあらためて思い知らされる。