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第16話 古城を見学する時の入館料を踏み倒した結果

――謹慎中にも関わらず、ヨハンは統合参謀本部の次席幕僚、スヴェンソン准将に呼び出される。彼は謹慎中という表向きの立場を利用して、ハーレークイン小隊に危険な暗殺任務を課してきた。大陸横断鉄道のテロを阻止できなかった雪辱を果たすために、ヨハンは部下を率いて強敵の待ち受ける古城を攻める。

「!」

 気絶(きぜつ)していたヨハンは起き上がって、咄嗟(とっさ)(むね)のポケットを見た。

 そこにいたはずのソフィアの姿がなく、彼の背中を冷たい(あせ)(つた)っていく。

「私が生きてて(うれ)しい?」

 不意に背後から言われて、ヨハンの(かた)馴染(なじ)みのある体重がかかった。

 彼は妖精(ようせい)の少女の問いかけには答えず、大きく嘆息(たんそく)して、

「現状を報告」と言った。

ハーキュリーズ(バンジョウ大尉)対空砲(AA)直撃(ちょくげき)即死(そくし)。それから、分隊(ぶんたい)のラング三等軍曹(ぐんそう)とウィリアムズ伍長(ごちょう)墜落(ついらく)で戦死」

「今畜生め――目標は?」

 ヨハンは足元を一瞥(いちべつ)して()いた。

「無事――それと、ホーキンス二等軍曹が偵察(ていさつ)に出た。二分で戻る」

 彼らが生死の境目(さかいめ)に立っているのと同じ頃、ミリアムとシニアを始めとした他の部下たちもまた窮地(きゅうち)(おちい)っていた。



  帝国と魔界の歴史的な講和(こうわ)がもたらした影響は広範(こうはん)に渡る。

 それを受けたのは、当事国ではなく両国に挟まれた大河の中洲(なかす)に浮かぶ都市国家郡(としこっかぐん)だった。

 まず、帝国と魔界はそれぞれ、()()()()()()()()()十年の不可侵条約(ふかしんじょうやく)を結んだ。

 これによって両国は事実上、相手国に攻め込むのが(むずか)しくなった。

 また、その中心であり、横断鉄道が走るリーベルラント共和国には帝国と魔界の高等弁務官(こうとうべんむかん)事務所が設置され、魔界と帝国の本土にはそれぞれに両国の大使館が置かれることが決められた。

 問題は、どこに弁務官事務所を設置するか――だったのだが、

〝同じ建物にしてはいかがか〟とサムエルは提案をした。

 外交の場に(つど)った中で、帝国軍の代表と外務次官の(まゆ)が動いた。

〝旧郵便局が適している――違うかね? 次官殿〟

 褐色(かっしょく)の美少年はそう言って、(なま)めかしい微笑を浮かべた。

 リーベルラントの首都にある旧郵便局は、大戦が始まる以前に帝国の()()()()が買い取っていた。

 しかし、その実態(じったい)諜報機関(ちょうほうきかん)前線基地(FOB)だった。

 この件に関しては帝国と魔界というより、帝国の()()()議論が紛糾(ふんきゅう)した。

 軍事機密が()れた責任の所在を、外務省と陸軍省が互いになすりつけあったためだ。

 諜報活動の拠点(きょてん)であることを示す証拠を隠滅(いんめつ)するため、時間と労力が必要となった。

 この間に帝国は、防火法を改正しそれに基づく()()をリーベルラント政府に承認してもらうことで、魔界からの追求を逃れることに成功した。

 こうしてサムエルの提案を受け入れることができた。

 帝国の譲歩(じょうほ)と引き換えに、魔界の王太子は旧郵便局の改装にかかる費用(ひよう)の半額を、金貨立てで負担(ふたん)することに同意した。

 それ以外にも帝都と魔界連邦(れんぽう)の首都府の大使館には治外法権を適用すること、大使以下の職員と駐在武官(ちゅうざいぶかん)には外交官特権を付与(ふよ)することなどが決まった。

 領海(りょうかい)はこれまでの十二海里のままとする一方で、交易(こうえき)(にな)う民間船舶や飛竜の航行、排他的(はいたてき)経済水域内での漁船の操業(そうぎょう)といった経済活動に関しては規制を緩和(かんわ)する。

 市民生活においてはこれが最も重要なことだが、この講和によって魔界と帝国の市民は国家の発行する旅券(パスポート)申請(しんせい)が受理されれば交付(こうふ)される。

 これによって入国審査を通過した者は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようになる。

 しかし、その適用範囲(ていようはんい)について帝国の首脳(しゅのう)たちは頭を(なや)ませた。

 これは〝神姫(しんき)〟の安全保障に(から)んでくる問題だったためだ。

 宮内尚書(くないしょうしょ)筆頭(ひっとう)にした関係各機関の長たちと各軍の元帥たちが謁見の間に集っていた。

 整列して彼らの拝謁(はいえつ)を受けている、ヴィクトリアが聖断を下す場で経緯(けいい)を聞いた彼女は即決した。

 玉座の(かたわ)らには剣を(こし)に差し、軍装のマイアが(ひか)えている。

〝神姫〟は(きぬ)御簾(みす)の内側で玉座にあり、(あお)いでいた扇子(せんす)を閉じて言う。

()()()()()()()()()()()――両国が対等な立場にならねばなりません。そのように(はか)らいなさい」

 その場にいた内務尚書はしかし(たず)ねずにはいられなかった――安全保障はどうするのかと。

 例えば祭祀(さいし)や行事といった、宮殿の外で()り行なわれる国事行為(こくじこうい)(さい)に、観光客に(ふん)したテロリスト、または外国の破壊工作員が弑逆(しいぎゃく)(くわだ)てる可能性は否定できない。

 内務尚書は帝都を例外に含むように諫言(かんげん)した。

 これにヴィクトリアは(おだ)やかな口調で応じる。

「内務尚書の言に、わたくしは少なからず(おどろ)いています――まず、帝都憲兵総監(けんぺいそうかん)に問います。数年前の弑逆未遂(しいぎゃくみすい)事件は、魔界連邦(れんぽう)によって引き起こされたことが明らかでしょうか。お答えを」

「いいえ――陛下。そのような事実は現在のところ、確認されてございませぬ」

 元帥(げんすい)はそう言って(こうべ)()れた。

「次に統帥(とうすい)本部総長、統合参謀(さんぼう)本部議長、各軍の長官方に問います――我が軍の存在意義は帝国の臣民と版図(はんと)、そして我が身を鎮守(ちんじゅ)するために万全を尽くすと記憶しています。これに異議はありますか。統帥本部総長に発言を許します」

「ございませぬ――陛下(へいか)

 回答を受けて、御簾(みす)の中のヴィクトリアは(うなず)いた。

「ヴィクトリアは各方(おのおのがた)忠誠(ちゅうせい)を疑いません――されど、さきほどの内務尚書の(べん)には遺憾(いかん)を表明せざるを()ません。(けい)はなにを(もっ)て、これまで事実が確認されていない、魔界よりの刺客(しかく)が〝神姫〟を害する脅威(きょうい)のみをことさらに(うった)えるのですか。将来に生じ()るという曖昧(あいまい)憶測(おくそく)()って(まつりごと)を進めようとすることには感心しません。ましてや、我が身を()()()()()()()()のは心外です」

 ヴィクトリアは内務尚書の懸念(けねん)に頭上から剣を振り下ろすように言った。

 さらに彼女は今度は宮内尚書に告げる。

「来年の収穫祭(しゅうかくさい)――秋の園遊会(えんゆうかい)にはサムエル殿下(でんか)をご招待(しょうたい)します。以後、同様の行事や国事行為、公務には魔界の要人を(まね)くこと。同時に、()()()からのご招待にも応じなさい。必要があれば、わたくしも魔界の土を()みましょう。両国の友好関係を構築(こうちく)し、一刻(いっこく)も早い戦後からの脱却に()くしなさい」

 帝国の重鎮(じゅうちん)たちが(こうべ)を垂れていると、ヴィクトリアは()()()()()

「以上を〝神託〟として授けます」



 いつもの統合参謀(さんぼう)本部ではなく陸軍省に召喚(しょうかん)されたヨハンは、そこで次席幕僚(じせきばくりょう)の一人であるスヴェンソン准将(じゅんしょう)から新しい任務を命じられた。

 ハーレークイン小隊が謹慎処分(きんしんしょぶん)を受けている間、陸軍は秘密裏(ひみつり)に情報を集めていた。

 二つの大陸を横断する鉄道、リーベルラントの魔界側の橋脚(きょうきゃく)が爆破された件で浮上した海運会社と、帝国海軍の一部の将校(しょうこう)が内通している疑いが濃厚(のうこう)となったのだった。

 そこで、陸軍省は内密で動くため統合参謀本部を介さず、謹慎中のヨハンたちを使って、その海運会社の拠点(きょてん)急襲(きゅうしゅう)して事件の首謀者を確保するつもりらしい。

 その(さい)、標的の抹殺(まっさつ)をスヴェンソン准将は厳命(げんめい)した。

 ハーレークイン小隊を()()()として現地に派遣(はけん)、非合法の暗殺――これはつまり超法規的(ちょうほうきてき)な作戦だった。

 民間人を装った少数部隊による()()()()()()()()()がどれほど危険なのかを即座(そくざ)に理解したシニアは、上官に返答まで数日の猶予(ゆうよ)をもらうように助言したのだが、

〝なにをやってもいいですね?〟とスヴェンソン准将に念を押した。

 基地に戻ったヨハンは、ミリアムとソフィアを含めて自主訓練中だったり休憩(きゅうけい)していた下士官たちをはじめ、小隊の全員を談話室に集める。

 謹慎処分(きんしんしょぶん)が予定よりも早く()けたのかと期待した彼らにヨハンは言う。

「秘密の任務でテロの主犯を暗殺しに行く作戦、はーじまーるよー」

 兵舎の談話室に現れるなり、ヨハンは言った。

「難易度は特A級、味方の支援は一切なし、ついでに俺たちは()()()()()()()()()に化けるぞ」

「はい?」

「なにそれ面白そう」

 ミリアムとソフィアはそれぞれに違う表情を見せた。

「いやー、頭の固い役人根性丸出しの()()()かと思ったら――スヴェンソン准将(じゅんしょう)って、けっこう話のわかる人だったわ」

 作戦の概要(がいよう)を語るヨハンの口調は(ほが)らかで明るい――上官がこういう調子のときは、決まって()()()()()()()()()()()とミリアムも理解していた。

「あの――大尉(たいい)?」

()()派手(はで)()さぶりをかけ、混乱に乗じて警備を皆殺しにして目標を叩く――で、一気に撤収(てっしゅう)。こういうのは単純な手を使うのが一番手っ取り早いだろ?」

 副官の言葉を(さえぎ)ってヨハンは言った。

「民間人を装う以上――いくつかの問題が生じることが懸念(けねん)されます」

 (となり)にいたシニアが見かねて補足(ほそく)した。

「まず第一に、これは秘匿(ひとく)作戦です――よって、大尉が(おっしゃ)った通り、公式な支援は一切受けられません。第二に、我々は()()()()()()()()()()ため、万が一当局に逮捕(たいほ)されれば、処罰(しょばつ)(まぬが)()ません。そして軍法会議ではなく、公開の場で裁判にかけられます。また、騒ぎが大きくなるほど、近辺に駐屯(ちゅうとん)している()()()()()()()()()()交戦(こうせん)する場面も出てくるでしょう」

「その通り!」

 ミリアムは大きく(うなず)いた。

 一方で、ヨハンはそうした危険や懸念などまるで眼中にないかのように言う。

「テロリストに勝つ方法――それは、自分たちがテロリストになることだ」

「わたしも目出し(ぼう)が欲しい」

特務准尉(とくむじゅんい)まで……」

「問題はそれだけではありません――こちらを御覧(ごらん)ください」

 シニアはスヴェンソン准将(じゅんしょう)から預かってきた、陸軍情報部の集めた現時点でわかっている、海運会社に関する情報をまとめた資料を広げた。

(くだん)の海運会社は独自に警備(けいび)部門を保有しています――要するに私兵集団ですが、彼らは元海軍の陸戦隊、それも戦闘教導(きょうどう)団の第六連隊(れんたい)の出身です」

「うーわ、マジかよ――あ、マジだわ。やっべえなこれ」

「戦闘教導団……」

 ヨハンとミリアムはそれぞれに戦慄(せんりつ)したような顔をしていた。

 二人だけではなく、談話室に集まった歴戦の下士官たちも、表情を硬くしていた。

 帝国海軍は発足(ほっそく)当初から陸軍と任務の受領を巡って対立してきた歴史がある。

 そこで彼らは、陸軍に匹敵する陸戦隊を組織することにした。

 そのために創設されたのが海軍陸戦教導団だった。

 その戦闘要員は全員が上級空挺(くうてい)記章を持ち、指揮官(しきかん)を始めとした実働部隊には各分野の専門家が(つど)っている。

 その中でも強襲(きょうしゅう)上陸(じょうりく)先遣偵察(せんけんていさつ)、工作活動を専門とするのが第六連隊(れんたい)(しょう)される部隊だ。

 彼らが帝国にもたらした戦果(せんか)は、ハーレークイン小隊の戦歴とは比較(ひかく)にならない。

 ()()()()彼らは魔界連邦(れんぽう)との大戦が勃発(ぼっぱつ)したその日から、実戦に投入されたことになっている。

 しかし、それ以前の軍事衝突(ぐんじしょうとつ)や突発的な事象(じしょう)への対処(たいしょ)に、秘密裏(ひみつり)()り出されていた形跡(けいせき)がある。

 構成される隊員の選抜(せんばつ)方法の詳細(しょうさい)は不明なものの、()()()が開かれるたびに参加者の一割が()()()()()という過酷(かこく)さで知られていた。

 その実力は陸軍の最精鋭(さいせいえい)を集めた近衛(このえ)連隊をも凌駕(りょうが)するという。

神姫(しんき)〟を鎮護(ちんご)する近衛連隊の衛士(えいし)たちは、陸軍大学の試算では並みの兵の三倍に相当(そうとう)する戦闘能力を有しているとの結果が出ている。

 シニアが見たところ二人の要注意人物がいるようだ。

「アルヴィン・ヘンドリクセン――元海軍中佐(ちゅうさ)、専門は医療(いりょう)尋問(じんもん)。ケヴィン・ランバート元上級上等兵曹(へいそう)、専門は通信と語学。拷問(ごうもん)マニアのサイコ野郎と凄腕(すごうで)のスパイ、こいつらが一番厄介(やっかい)だ」

 資料を一読したヨハンが即座に言った。

(おっしゃ)るとおりです――優先目標(HVT)は彼らの(ひき)いる部隊によって、二四時間態勢で警備(けいび)されています」

 護衛の中核(ちゅうかく)(にな)っているのは、彼ら要注意人物が指揮(しき)する、十五人の第六連隊出身者だった。

 その他にも、小隊規模(しょうたいきぼ)の歩兵が警備員(けいびいん)として確認されている。

「時間をかけて敵の戦力を()いではいかがでしょう?」

 ミリアムが言った。

 彼女の意見は順当で的を()たものであったものの、

「その時間がないそうだ」と指揮官は首を振った。

「少尉の献策(けんさく)は理にかなっているかと――が、今回に限っては猶予(ゆうよ)が限られています。時間を与えれば、それだけ敵は次の行動に打って出るかもしれませんし、証拠(しょうこ)隠滅(いんめつ)や別の工作を図ることでしょう」

「なるほど……」

「次に陽動(ようどう)作戦ですが――大尉に妙案(みょうあん)があるとのことです」

 シニアに(うなが)されると、ヨハンは談話室のテーブルに、陸軍省の帰りに国土交通省から取り寄せた資料を広げた。

 ヨハンはソフィアを見た。

「ん」

「お前さんは現地の通信をハイジャックして、盛大(せいだい)誤報(ごほう)を流せ――目的は、ヘンドリクセン一派を城から釣り出すことだ。突入部隊は奴らの居ない(すき)を突く」

「わかった」

「シュミット、ベイツ――お前さんたちは陽動班(エコーチーム)を仕切れ。この変電所と通信塔を爆破しろ。目標の周辺地域を停電させて、混乱をさらに(あお)るために情報統制(じょうほうとうせい)を同時に行う。下に四人つけるから、必要な梱包爆薬(TNT)の量と工作にかかる時間を算出(さんしゅつ)して、シニアに報告しろ」

「そんなことしていいんですか!」

(うで)が鳴りますねえ」

 爆破担当の下士官二人は(そろ)って上機嫌になった。

「それから、標的の位置が(しぼ)りきれていないから、チームは二分する――アルファは俺と特務准尉、ブラボーは少尉とシニアが仕切る。さて、城の青写真と()()()()()しようか」

 シニアが古城の見取り図と設計図を広げた。

 作戦の舞台となるノイエ・シュタイン城が建てられたのは政治的な理由だった。

 一つは帝国の権威(けんい)と武力を誇示(ぶりょく)するためだが、しかし、それは表向きの理由である。

 帝国は〝神姫(しんき)〟を(よう)(たてまつ)り、貴族制度による中央集権の政治体制を維持(いじ)しつづけていた。

 すなわち、権力の中枢(ちゅうすう)に預かるためには帝都に()()()()()近い地域に居を構える必要がある。

 歴史上の〝神姫〟たちは、()()()()()()()()()力のある貴族が巨大な拠点と軍事力を持つことを忌避(きひ)しており、()えて自分の近くに過密に貴族の館を置かせた。

 これは、〝神姫〟のそばに(つか)えるという栄誉(えいよ)を与えるという名目で、彼らが独自の軍事拠点を築くことを制限する(ねら)いもあったのではないかと見られている。

 これらは律令制(りつりょうせい)の古い時代の話で、少し前までのノイエ・シュタイン城は政治闘争に破れた貴族の流刑地(るけいち)という(あつか)いだった。

 そして百年ほど前、ついに受け継ぐ者のいなくなった城はかつての暗鬱(あんうつ)たる雰囲気から一転して、改装を重ねた。

 その間に、その地域は保養地から近いこともあり、貴族たちが夏を過ごす別荘地(べっそうち)として(さか)えていった。

 結果、ノイエ・シュタイン城は近隣の別荘群を(はる)かな高みから見おろす、豪華(ごうか)な保養所に装いを新たにしている。



《ナインへ――シックスだ。ピクチャー(観測情報)を再度送れ》

《ブレイク、ブレイク、ブレイク――こちらセブン。その情報をこちらにも頼む。どうぞ》

 樹林帯(じゅりんたい)の上を風にのって飛ぶソフィアの眼前には、夜陰(やいん)にノイエ・シュタイン城の陰がそびえているのがよく見えた。

 数分前の報告では、複数の車両が城から出ていくのが確認されている。

 予定通り、ソフィアの流した()()に、ヘンドリクセンたちが出動したのだろう。

 周りには谷筋とそれに沿うように流れる川、それから少し離れた場所には貴族の使う別荘群の(あか)りが点在している。

 人間はどうしてこんな豊かな森を壊して、身の(たけ)にそぐわない不必要に大きな建物を造るのだろうか――ソフィアには不思議だった。

 彼女の知っている人間はわずかしかないため、理解できないのも無理はない。

 また、

〝ヨハンなら()()()()()ほしがらない〟と彼女が価値観を重ねようとする人間はもっと少ない。

「アルファとブラボーへ――こちらナイン。周辺地域には異常なし。ブレイク、城の灯りが消えている。電力が落ちている可能性あり」

 妖精(ようせい)の少女は見たままの様子を報告した。

《ナインへ――シックスだ。了解した、さっきの場所まで戻れ。アウト》

 ソフィアは螺旋状(らせんじょう)旋回(せんかい)しながら、速度がつきすぎないように高度を()げた。

 ヨハンに合流を果たし、

「次は?」と彼女は()いた。

 指揮官は地図を出して、一等軍曹のローガンと現在地を確認しているところだった。

「北側にまわる――ちょっと急いだ方がいいな、お前さんは休んでろ」

 彼は上着の胸ポケットを叩きながら言った。

「あと二時間で夜が明ける――北側にまわるのは不利」

 未明から明け方にかけての奇襲(きしゅう)では、陽光を背に受けながら攻撃するのが定石(じょうせき)だ。

 敵が()()()()()、それを見()して南側の防衛に主力をおいている。

「俺ならそうする――()()()北が手薄になるはずだ」

 決断を下した指揮官はそう言って端末水晶(SINCGARS)で部下に呼びかける。

「ブラボーへ――シックスだ。五‐六(待ち伏せ)の可能性あり。再度()げる、五‐六の可能性あり。ブレイク、アルファは潜入(せんにゅう)計画を予備に変更する。ブレイク、ブラボーは第一フェーズライン(PL)で待機せよ。ブレイク、シエラとエコーは現状維持(いじ)。確認したら送れ」

《……シエラ、了解――待機します》

《エコー、同じく》

《シックスへ――ブラボーは指示内容を了解。移動開始します》とミリアムからも応答があった。

(もぐ)るぞ――アルファ、マスク装着」

 ヨハンはそう言って、簡易潜水具(かんいせんすいぐ)のマスクとゴーグルを身につけた。

 ソフィアは()()()の肩から上着の胸ポケットに(すべ)り込むと、その中で両手を組みながら呪文を(とな)えて、自分の周囲を包む(あわ)のような防水(まく)を形成した。

 彼女が後日に語ったことだが、サムエルはこれと同じことを行うことで、深海まで潜航(せんこう)するレヴィアタンの背中に乗っていられるそうだ。

 ヨハンの(ひき)いるアルファ・チームは、城の取水口(しゅすいこう)から潜入(せんにゅう)を始める。

「……?」

 取水口の金網(かなあみ)を工具で破壊(はかい)しようとしたところ、なぜか(すで)に外れているのを彼らは見つけた。

 経年劣化(けいねんれっか)で壊れた設備をそのままにしていたのか、あるいは別の可能性も考慮(こうりょ)する必要がある。

 水路を少し進んだところで、水面の上に立つ歩哨(ほしょう)が見えた。

 そこからヨハンたちは上陸する予定だった。

「……」

 ヨハンは手信号で後続の部下たちに敵がいることを伝えるとともに、端末水晶の送信ボタンを短く押した。

 短音と長音の組み合わせで、狙撃態勢(そげきたいせい)に入っているシエラチームに指示を出す。

 ヨハンとローガンが、水中から手を出して構えていると、シエラチームが撃った。

「!」

 二発の銃弾が二人の歩哨を同時に仕留(しと)めて、彼らは水路に落ちてくる死体を受け止める。

 死体が立てる水音を連携(れんけい)で防いだのだ。

 その間に、後続の部下たちが水路から足場に()い上がっており、手を差し伸べてきた。

「行くぞ――次は変電室だ。ローガン、三人連れて跳ね橋に()()を仕掛けに行け。ホーキンス、ラング、ウィリアムズは俺に続け。シックスより全隊へ、これより交戦を許可する。ただし武器はサプレスドのみだ」

「了解です、大尉(たいい)

「では、あとで」

 潜水具を捨てて、アルファチームは分散して足早に次の目標へ移動を始める。

 その間に、ヨハンは別働隊の状況を訊く。

「シックスよりエコーへ――そっちの状況を送れ」

《エコーです――いつでもいけます》

「了解――待機してろ。シックス、アウト」

 城への送電はいつでも停止できるものの、こうした施設には必ず非常用の発電機が備えられている。

 現在のノイエ・シュタイン城は、表向きは民間の施設だった。

 そこを軍事拠点にしている以上、電気設備には過負荷(かふか)がかかっているはずだと、ソフィアが分析(ぶんせき)した。

 ミリアムたちブラボーチームが突入するためには、城の搬入口(はんにゅうこう)を開ける必要がある。

 防災上の理由から、非常口にもなる搬入口は停電時には自動的に開く仕組みになっていた。

 しかし、非常用の発電機が動き出せば、中央管制室の手動操作で開閉できてしまう。

 ミリアムたちを突入させるには、外部から城への送電を断つとともに、内部の発電機が供給する電気を止めるために、変電設備を破壊する必要があった。

「……」

 角から人影が伸びてくるのをヨハンは見つけた。

 彼は咄嗟(とっさ)に、減音器(げんおんき)(あらかじ)め装着した拳銃を抜いて慎重(しんちょう)に近づく。

 人影が現れた瞬間に拳銃を突き出して構える。

 背を高くした照準(しょうじゅん)のおかげで、正確に(ねら)いを定めることができた。

 ヘルメットや防具で身を固めた相手を仕留めるためには、弱点を一撃で突くべきだ。

「!」

 武装した警備員の(のど)射抜(いぬ)いた――さらに飛びつくようにして、片手で相手の口を(ふさ)ぎながら、(のど)の下から銃口を脳天に向けて撃つ。

「……誰だ、この馬鹿は」

 彼は憮然(ぶぜん)として言った。

 海運会社の武装警備員の兵装は、どう見ても()()()()()()()だった。

 顔を見ても、事前に得た元第六連隊(れんたい)の出身者とも特徴(とくちょう)一致(いっち)しない。

 ホーキンスが死体の向きを変えて、肩に()い付けてある部隊章を確かめる。

インシグニア(部隊章)を見るに、第二五歩兵師団ですね――本物ならですが」

「あとで身元を確認しろ」

「ん」

 ヨハンは短い指示を下して先に進むことにした。

 先頭を行く彼は減音器(サイレンサー)つきの拳銃をなるべく身体に引きつけるように中腰で構えて、背後のホーキンスはその肩に自分の(ひじ)を密着させるようにして自動小銃(しょうじゅう)を構えて前進する。

 目的の扉の前で、ヨハンたちは突入態勢(とつにゅうたいせい)を整える。

 扉を破る際には、施錠(せじょう)有無(うむ)や扉の材質を見極めて、必要ならば破壊担当と位置を代わる。

 建物の平面図は全員が把握(はあく)し、前後が入れ替わったり不測の事態に遭遇(そうぐう)しても、即座(そくざ)に対応できるようにする。

 こうしたことは、ハーレークイン小隊が発足(ほっそく)した当初から、シニアが(きび)しく訓練してきたことだった。

 その中で彼は、

〝ドア・エントリーの瞬間が最も危険です〟と()り返し()べてきた。

 その理由はいくつかある――まず、防衛側(ぼうえいがわ)の立場からすると、扉を破って突入してくる攻撃側に対しては出入り口に注意を払ってさえいれば、迎撃(げいげき)することができる。

 一方で、攻撃側は閉じた(とびら)の奥に、防衛側がどのように陣取(じんど)っているのか見通すことはできないし、そこに何人の敵がいるのか、人質や非戦闘員の有無なども不明なことがほとんどだろう。

 さらに攻撃側が不利な点としては、突入の際に扉をくぐる人数がごく限られているという点だ。

 また、左右に分かれた二人が(たが)い違いに部屋の中に進むため、突入した瞬間には先頭の一人に必ず死角(しかく)ができる。

 そのため、先頭が突入した瞬間に二番手が死角を(おぎな)いながら突入しなければならない。

 言葉にすると単純なようだが、一連の連携(れんけい)を身体で覚えるまでは、嫌というほど訓練を積み重ねば身につかないものだった。

 そうして、連携が身についた頃に、シニアは訓練所のある部屋に模擬爆弾(もぎばくだん)を仕掛けて、突入した彼らを()()()()()()こともある。

 ヨハンは錠前(じょうまえ)蝶番(ちょうつがい)を素早く確認して(うなず)いた。

 彼の背中のポーチから、背後の部下が閃光(せんこう)音響弾(おんきょうだん)を取り出す気配がするとともに、手を突き出して、閃光音響弾(フラッシュバン)を見せてくる。

 扉の左右に張り付いたヨハンとホーキンスが頷きあい、ホーキンスが()()()を扉の隙間(すきま)に差し込んだ。

「!」

 ホーキンスが勢いよく扉を破って、ヨハンの背後にいる部下が閃光音響弾を室内に投げ込んだ。

 爆発から数瞬遅れて、ヨハンが一番手として突入する。

 そして背後にいたラングが二番手として、ヨハンと反対側の壁に沿()って室内に踏み込む。

 そして三番手のウィリアムズが続き、室内の中央を進む。

 扉を破ったホーキンスはそのまま通路の見張りについている。

「右クリア」

「左同じく」

「ラング、お前さんはホーキンスの横に付け――敵が来たら丁重(ていちょう)()()()()

「了解!」

 無人の室内を確保したヨハンたちは、持ち込んだ爆弾を変電設備に(つな)がった中継機(ちゅうけいき)に仕掛ける。

「シックスよりエコー」

 ヨハンは別働隊として、城の周辺地域に電力を供給する設備を爆破しようとしている部下を呼びだした。

《エコーです――どうぞ、大尉》

「こちらも位置についた――爆破用意。ブレイク、ブラボーへ。そっちの合図で()()()()()()()()(とな)えるぞ」

《ブラボーは突入準備完了》

「エコー、()()

《エコー、ファイアインザホール》

 やや(おく)れて、ノイエシュ・タイン城の照明が落ちた。

 赤い非常灯に切り替わると同時に、

《ブラボー突入開始》

 ミリアムの言葉に合わせて、ヨハンたちは部屋から通路に出ると、移動を再開した。

《今です!》

「爆破しろ」

 その合図で、部下が起爆装置を叩くように作動させた。

 テルミットと硝酸(しょうさん)バリウム、硫黄(いおう)の詰まった手榴弾(しゅりゅうだん)を連結させた――即席(そくせき)焼夷弾(しょういだん)から炸裂音(さくれつおん)がして、発火装置は華氏(かし)九〇〇〇度の高熱を発して設備を焼いた。

 熱によってあっというまに被覆(ひふく)の溶けた導線(どうせん)は火花を散らし、次の瞬間には基盤(きばん)はもちろん、その外殻(がいかく)の箱ごと溶けていく。

「シックスより全隊に()ぐ――これより作戦地域(AO)の通信帯域(たいいき)強制遮断(きょうせいしゃだん)する。武器の使用制限を解除。シックス、アウト」

 ヨハンがソフィアを見た。

「付近一帯の通信を掌握(しょうあく)――全て遮断した」

 妖精の少女が言うと、端末水晶(SINCGARS)に浮かんでいる記号の形が変わり、通信状態が不良となったことを知らせる。

 彼女は、いつかサムエルが行っていたものと同じ魔術形式に(のっと)って、全神経を(そそ)いでこの地域全体の通信に干渉(かんしょう)している。

 もっとも、強大な魔力を有するサムエルと違い、ソフィア一人では十分間という制限時間がある。

「続け!」

 離れた場所――搬入口(はんにゅうこう)のある方向が一気に騒がしくなった。

 おそらくブラボーチームが会敵して、戦闘が始まったのだろう。

 銃声と怒号、ヨハンたちの近くにも足音が近づいてくる。

「敵です!」

()()()()()しながら前進を継続(けいぞく)! 返り()ちにしろ!」

「了解!」

 先頭を進みながら、ヨハンは自動小銃(しょうじゅう)を構えて引き金を(しぼ)る。

 アルファチームの第一班は、事前に決めた通りの道順で回廊(かいろう)を進み、敵が防衛態勢(ぼうえいたいせい)を整える前に、城の中にある主寝室に続く通路にたどり着いた。

「近くに味方」

 廊下(ろうか)の角を曲がる前に、近くの端末水晶(SINCGARS)()()識別(しきべつ)したソフィアが言った。

 ヨハンは両膝(りょうひざ)をついて、小銃を横に(かたむ)けながら(ゆか)(ほお)ずりするような低い姿勢で、曲がり角の先を狙いながら言う。

「ブルー・オン・ブルー!」

「大尉ですか!」

 廊下の先でローガンが答えた。

首尾(しゅび)は? 一等軍曹(ぐんそう)

「予定の場所に梱包爆薬(こんぽうばくやく)を設置――ついでに、余った焼夷弾(しょういだん)で敵の通信塔(コムタワー)をぶっ壊しておきました」

 合流したアルファチームは、そのまま八人で交互(こうご)援護(えんご)と前進を()り返し、敵を掃討(そうとう)しながら目的の部屋を目指す。

「目標を見つけたらその場でぶっ殺すぞ」

「情報の()を取らなくていいんですか?」

「時間がない――城をまるごと制圧できたら、地下にある()()()()()()()()()()()()()()()()()を試してもいいんだがな」

 アルファチームは閃光音響弾を投げ込み、炸裂(さくれつ)と同時に主寝室に突入した。

 三番手として突入したヨハンは、室内をそのまま直進する。

 先行した二人の部下が、それぞれ速射しており、その閃光が室内で光を点滅させている。

「!」

 寝室の奥にいた人影が拳銃を手にしていた。

 照準を合わせてヨハンは小銃の引き金を絞った。

 銃声と同時に女性の悲鳴がした。

「動くな! 銃に(さわ)るな!」

 看護婦(かんごふ)らしき女性が恐慌(きょうこう)状態になったのか、倒れた男の銃に手を伸ばそうとした瞬間、ホーキンスが彼女を撃った。

室内制圧(オールクリア)!」

 ローガンが言った。

「よくやったぞ、お嬢さんたち――死体の顔を確認しろ。目標を仕留めたかどうか確実にな。第六連隊のやつら(バーバヤーガ)が戻って来る前に引き上げようぜ」

 ヨハンが次の指示を(くだ)した直後、

「まだ一人残ってる」とソフィアが不意に言った。

 その瞬間、室内にいたアルファチームの全員が緊張(きんちょう)を取り戻して銃を構え直す。

「どこだ?」

「そっち――ベッドの下」

 ソフィアは天蓋(てんがい)付きの寝台を指して言った。

「……」

 ヨハンは小銃を背後にまわして、拳銃を抜く――その様子を一瞥(いちべつ)したローガンが、

「ホーキンス、大尉を援護(えんご)しろ」と言った。

「……」

 しかし、小銃を(たずさ)えたホーキンスの反応が(にぶ)い。

「ホーキンス! 大尉の援護だ!」

「!? 了解!」

 もう一度大声で命じられて、ホーキンスは銃を構え直した。

 懐中電灯と拳銃を、それぞれの手で交差するように構えながら寝台の下を確認すると、

「っ!?」(おび)えた目の瞳孔(どうこう)が小さくなるのが見えた。

「ガキかよ――()()()()情報になかったぞ――おら、出てこい」

 寝台の下に(かく)れていたのは、十歳くらいの少年だった。

「嫌だ! 来るな!」

「ふっざけんな! ()()()()()()()()、ぶっ殺して引きずり出すぞ!」

 ヨハンは立ちあがってブーツで寝台を()った。

「大尉……」

「大人げないですねえ」

「これ見て」

 寝台のサイドボードにいたソフィアが言った。

「ガキを引っ張り出して拘束(こうそく)しとけ――()()()()から、気絶(きぜつ)させちまえ」

「了解――それから大尉、この部屋に優先目標(HVT)はいませんでした。ブラボーの方でしょう」

 少年への対応を部下に(まか)せると、妖精(ようせい)の少女が立つファイルや、薬瓶(くすりびん)、使用済みの注射器がトレイに捨てられたサイドボードに歩み寄った。

医療記録(カルテ)は専門用語が多くて、すぐに詳細(しょうさい)把握(はあく)できない――でも、彼には何か秘密(ひみつ)がある」

「……」

 ヨハンも記録や薬瓶を一瞥したが、これらが何のためのものなのか、なぜこの少年がノイエ・シュタイン城にいるのか、見当もつかない。

「彼を連れ帰って、調べるべき――事前情報(ブリーフィング)と現状が乖離(はくり)しすぎている」

「……」

 ヨハンが善後策(ぜんごさく)を検討していると、ノイエ・シュタイン城に落雷のような轟音(ごうおん)地響(じひび)きが複数回に渡って(とどろ)いた。

迫撃砲(はくげきほう)だ!」

 砲撃(ほうげき)はしばらく続き、城壁(じょうへき)や城内に弾着(だんちゃく)が集まり始めるなか、ヨハンたちアルファチームは脱出点に移動を始める。

「間もなく通信が回復」

 ソフィアが告げた直後、

《……ちらブラボーチーム! アルファへ――ブラボーは地点ロメオで釘付(くぎづ)けに()っています! 敵は帝国陸軍! もう一度言います、敵は帝国陸軍の第二五歩兵師団! 正規軍です! 大尉、聞こえますかっ!?》というミリアムの悲鳴のような通信が届いた。

 それを裏付(うらづ)ける情報をソフィアが補足(ほそく)する。

「ヨハン――敵が()()()()帯域(たいいき)で、投降(とうこう)を呼びかけてきた。敵は帝国陸軍を名乗ってる」

 彼女が確認したところ、帝国陸軍第二五歩兵師団の第三六連隊を名乗る()は指揮官の名前や使っている端末水晶(SINCGARS)の帯域、使用している兵器の管理番号も一致(いっち)しているという。

 彼らはノイエ・シュタイン城に(かくま)われている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()派遣(はけん)されてきたらしい。

 さらに、ソフィアの調べたところ、第二五歩兵師団を派遣(はけん)する作戦計画書(OPORD)を承認した、陸軍省の担当者がスヴェンソン准将(じゅんしょう)だということがわかった。

 ここに来て、ヨハンは彼の(わな)()められていたことにようやく気がついた。

 おそらく、彼はハーレークイン小隊を何らかの証拠隠滅(しょうこいんめつ)に利用するとともに、その口封(くちふう)じをするつもりなのだ。

 なぜそんなことをするのか、それは彼が一連のテロに深く関わっているからに他ならない。

 味方の裏切りや、罠に落ちたことよりも、ヨハンはそれに気づかなかった自分の無能に激しい怒りを(あらわ)にした。

「ローガン! 特務准尉(とくむじゅんい)と三人を連れて、ガキと先に行け! 第一LZを確保しろ!」

 そう言って通路から出ようとした上官を、ローガンが止めた。

「大尉! 駄目ですよ! ブラボーチームには自分らが合流します。指揮官(しきかん)として、まずは作戦を進めてください」

「私も一等軍曹に賛成(さんせい)――ヨハンは指揮に専念すべき」

 肩の上に立ったソフィアが言った。

「……わかった」

 一度だけ大きく肩を()らして、ヨハンは深呼吸すると、端末水晶(SINCGARS)を取って言う。

「シックスよりシエラへ――ブラボーチームの周辺にいる、敵の指揮官と通信手を撃て。確認したか?」

《……》

 シエラからの応答は返ってこなかった。

「ハインツ、コワルスキー、聞こえるか?」

 ヨハンはもう一度、シエラチームの観測手(かんそくしゅ)たちを呼び出したが、やはり答えは返ってこなかった。



 ミリアムが指揮(しき)するブラボーチームは、ヨハンたちと同じように警備を排除しながら、目標がいると思しい部屋を制圧した。

 しかし、目標の人物はいなかった。

 その直後、敵の大規模な攻撃に()って身動きが取れなくなってしまった。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()絶妙(ぜつみょう)奇襲(きしゅう)だった。

「少尉! 頭をお()げください!」

 遠くの敵に発砲(はっぽう)していたミリアムに、別の場所を(ねら)うシニアが警告(けいこく)した。

 さらに彼は、

「メイソン! 距離、七五! 五〇で狙え!」と言って、擲弾筒(てきだんとう)を構える部下に目測(もくそく)の距離を伝えた。

 残弾を消費しつつ反撃している中、敵の戦車が城壁(じょうへき)の外を囲う(ほり)()ね橋を渡ってくるのが見えた。

「戦車だ!」

(まど)から離れろ! 同軸機銃(どうじくきじゅう)に狙われる!」

 その砲塔(ほうとう)がこちらを向いた瞬間、橋脚(きょうきゃく)の一部が爆発した。

 城に潜入(せんにゅう)した(さい)に、ローガンたちが仕掛けた爆弾だった。

 元々は敵の追っ手を(ふう)じるためのものだったが、この判断にミリアムたちは救われる。

「!」

 吹き飛ばされた橋の上にいた戦車の後部が深く沈み込むとともに、わずかに遅れて主砲が光った。

 その瞬間、(またた)く間もなく飛翔(ひしょう)してきた砲弾が、ミリアムたちのいる上の階に着弾した。

 姿勢(しせい)を崩したまま主砲を撃った戦車は、そのまま堀に転落していく。

 天井から(ほこり)()ってくる中、

《ブラボーへ――シックスだ。ローガンたちがそっちに向かった! ()()()!》とヨハンから通信が入った。

 それとともに、部屋につづく通路で交戦する音がして、その場にいた敵が次々に倒される気配がした。

 ミリアムたちの立てこもった部屋を攻めていた敵が、ローガンたちの横槍(よこやり)を受けたのだろう。

少尉(しょうい)! ブラボーチーム、みんなどこだ!」

「ブルー・オン・ブルー!」

 ローガンの声が聞こえたところで、ミリアムは声を張った。

「少尉! ご無事でなによりです――こっちの通路は確保しました!」

「今のうちです、援護します!」

「アルファに合流しましょう」

「全隊! 第一LZへ移動する! 移動用意!」

 シニアが言って、ミリアムは(うなず)いて、部下に命じた。

「ローガン一等軍曹、大尉はどうされたか?」

 走りながら味方に合流したミリアムは()いた。

「先行して、脱出地点の確保に行かれました――急げば間に合うはずです」

「わかった!」



 同じ頃、ノイエ・シュタイン城を見おろす(おか)の中腹に人影があった。

 その足元には、武装を没収(ぼっしゅう)されて、手足を(しば)られたシエラチームの四人がいた。

「予定通りですね――お手並み拝見(はいけん)といきましょう」

「機を見て、こちらも打って出よう――仕掛けるタイミングが全てを決するぞ。現在、()()()()()()()()()()だ」

 彼らの位置からは、城の中で散る火花や閃光(せんこう)のような発砲炎(はっぽうえん)がよく見えた。



「ハーキュリーズを呼べ! ホーキンスとラング、お前さんたちは回収バルーンを展開しろ! ウィリアムズは俺とここを確保だ!」

「了解!」

「前に出ます!」

 ヨハンが言うと、上空で待機している飛竜にソフィアが通信を(つな)ぐとともに、ホーキンスはラングと脱出に使う機材を背嚢(はいのう)から取り出して設置を始める。

 ノイエ・シュタイン城からの脱出手段として、ヨハンたちはハーキュリーズを使うことにしていたが、ここで一つ問題が浮上した。

 それは、飛竜の発着場をどのように確保するか――という点だった。

 ノイエシュタイン城は山の中腹にあるため、飛竜の発着が不可能なのだ。

 しかし、これについてハーキュリーズ(バンジョウ大尉)に相談したところ、最近になって考案された特殊な方法で、着陸せずに地上部隊を回収できるということだった。

「大尉! もうガスを出していいですかっ!?」

 ホーキンスが()いた。

「やれ!」

 彼らが持ち込んだ機材は、端的(たんてき)にいえば大きな風船にロープを(つな)いだものだ。

 これに弾帯を身体に固定している装具を接続、低空で侵入した飛竜がロープを(つか)むように確保し、地上部隊は宙吊(ちゅうづ)りになって脱出を(はか)るというものだ。

「ハーキュリーズが南に待機中――間もなく下降(かこう)を開始」

 ソフィアが言うとヨハンは端末水晶(SINCGARS)に呼びかける。

「ブラボー! 急げ!」

《もうじきです!》

 ミリアムの声がした瞬間だった。

 再び、敵の迫撃砲がノイエ・シュタイン城に()(そそ)いできた。

弾着(だんちゃく)来るぞ! ()せろ!」

 ヨハンは咄嗟(とっさ)にソフィアを自分の下にして身を守った。

 その背後で、ホーキンスが連れてきた少年の上に覆いかぶさっている。

「今畜生!」

 砲撃を受けながらヨハンは(わめ)いた。

 彼の視線の先で、ノイエ・シュタイン城の渡り廊下が砲弾の直撃(ちょくげき)を受けて(くず)れていく。

 その向こう側で立ち止まったミリアムが声を張る。

「大尉! 先に脱出してください!」

「ブラボー全隊、アルファの脱出を援護! 死守せよ! (しか)るのち、地点ノベンバーへ迂回(うかい)する!」

「待て!」

 ヨハンの制止を振り切るように、シニアの指示を聞いたブラボーチームは(きびす)を返すように、その場で遮蔽物(しゃへいぶつ)分散(ぶんさん)しながら背後に(せま)ってくる敵と交戦をはじめた。

「時間がない――もうハーキュリーズを降下態勢(こうかたいせい)に入らせた」

 ソフィアが言った。

 彼女が小さな手で南の空を指でさすと、背後から低空で進入してくるハーキュリーズの影が見えた。

「城を出たら東に撤退(てったい)しろ! 第一フェーズライン(PL)まで、エコーを向かわせる!」

「わかりました!」

「それから、お前さんたちブラボーチームは、命令不服従(ふふくじゅう)だ! 抗命罪(こうめいざい)厳罰(げんばつ)で、全員にビールを飲ませるから覚悟しておけ! アルファ! フック装着!」

 装具(そうぐ)とロープを(つな)ぎながら、上官は理不尽(りふじん)な命令を(くだ)した。

 ミリアムが振り返り、

「必ず(ばつ)を受けます!」と言った。

 その直後、ヨハンたちの身体は宙吊(ちゅうづ)りになった。

「!」

 ハーキュリーズがロープを(つか)むと、装具を身体に固定している肩や腰に衝撃(しょうげき)がはしり、ヨハンたちの息が詰まった。

 みるみるうちに、ミリアムの微笑が見えなくなり、ついさっきまで戦場にしていたノイエ・シュタイン城はあっという間に点景のように遠ざかる。

 その周りには(あか)りの消えた別荘地帯(べっそうちたい)と、それらを囲む森が広がっているのが見える。

 キャビンに入ると、ヨハンはエコーチームを呼び出して、ブラボーチームの救援(きゅうえん)に向かうように命じた。

 目の前で部下たちを戦場に置き去りにした若者は、キャビンの扉を閉める気になれないのか、そのまま細巻きをつけていた。

 その時、

「おいおい――ふざけんなよ」と彼は気の抜けたような声を()らした。

 地上の街道から、()()()()()()()()が立ち(のぼ)ってくるのを目撃したのだ。

 戦場で何度も見たことがある――対空砲(たいくうほう)曳光弾(えいこうだん)の閃光だった。

「対ショック姿勢(しせい)! 対空砲火(AAA)! くるぞ!」

 ヨハンが部下たちを振り向いた瞬間、キャビンは大きく()れた。

 同時に、キャビンを貫通した砲弾の破片(はへん)が火花を散らし、曳光弾の熱がベンチシートのキャンバス生地に火をつける光景が、コマ送りのように目に映った。

「お前さんは脱出しろ!」

 ヨハンはソフィアに怒鳴(どな)った。

 妖精(ようせい)族の彼女だけなら、空を飛んで墜落(ついらく)から(のが)れることができるはずだ。

「嫌――私もビールを()みたい」

(うそ)つけ! ()()()なんか呑まないくせに!」

 運良く被弾(ひだん)(まぬが)れたヨハンがキャビンから身を乗り出すと、飛竜が首をうなだれているのが見えた。

「バンジョウ大尉! 起きろ!」

 その急所から鮮血(せんけつ)がほとばしっている――ひと目で即死(そくし)だとわかった。

()ちるぞ!」

 ハーキュリーズは姿勢(しせい)(くず)しながら、森の中に落ちていく。



大尉(たいい)!」

 城の中を移動しながら、窓の外で落ちていく飛竜を見たミリアムが(さけ)んだ。

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