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第15話 決闘の狂詩曲を奏でるボヘミアンな青年将校

――偽貴族と正当なる貴族の真剣勝負の開催は、娯楽に貪欲なマスメディアによって大々的に報じられてしまう。しかし、その変則的なルールは明らかにヨハンに不利であり、これは決闘の形だけを借りた〝リンチ〟だった。一週間後の正午に〝偽貴族〟とされたヨハンと門閥貴族の青年、ルートヴィヒは決闘場で向かい合い、両者は武器を手に火花を散らせる。

 サムエルは帰国の予定を()ばしていた。

 自分も関わった計略(けいりゃく)()で始まった(いさか)いの決着を見届けたいということだった。

 しかし、その建前(たてまえ)を右耳から左耳に()()()させて、

「そんなに俺があのバカボンを殺すところが見たいのかよ?」と、ヨハンは魔界の王太子の口から本音を引き出そうとした。

「もちろん――だって、僕たちは()()したじゃないか。さあ、早く彼を殺してくれたまえ」

 サムエルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()屈託(くったく)のない笑顔で言った。

 二人はマイアの私邸(してい)のサロンにいた。

 そこがヨハンに割り当てられた控室(ひかえしつ)になっている。

「君のことだ、勝負は一撃かな――大口径の対戦車(たいせんしゃ)ライフルを使うと思っていたんだが、()が小さすぎないかね?」

 樹脂(じゅし)でできた銃のコンテナを開けるヨハンの肩越(かたご)しに、サムエルが(のぞ)き込んだ。

()()は私の席」

 ソフィアの指摘(してき)に、

「おっと失敬(しっけい)」とサムエルは()がった

 コンテナの中身はポンプアクション式の散弾銃(さんだんじゅう)だった。

()()()()規定(きてい)でな――小銃(しょうじゅう)、というよりライフル、つまり旋条(せんじょう)のある銃器(じゅうき)は禁止なんだよ。だから、対戦車ライフルなんていう()()()()()は使えないんだ。オマケに単発銃しか持ち込めない、念の入りようだ。()()()のチューブマガジンには、中に詰め物をして使えないようにした」

 その説明にサムエルとソフィアは(そろ)って同じ方向に首をかしげた。

 このたびの決闘において、マイアは日時と場所以外にもいくつかの規則を(さだ)めた。

 まず、自動小銃(じどうしょうじゅう)軽機関銃(けいきかんじゅう)といった、継続(けいぞく)して連発できる火器の使用は禁止されている。

 そしてヨハンが最初に()げた通り、単発であろうが対戦車ライフルも()()()()()として扱われるために使用できない。

 これは立会人や見物客の安全を確保するためでもあるという、()()があった。

 それ以外の銃器の選択は比較的自由を認められているものの、種類を問わず弾倉(だんそう)(もち)いることを禁じるという規定(きてい)もあった。

 つまり、ヨハンは銃で戦うかぎり発砲(はっぽう)するたびに再装填(さいそうてん)をするか、()()()()()()()()()()()、撃つごとに新しい銃に持ち()えるなどしなければならない。

 ところが、銃器の()にも制限が()されており、決闘場に持ち込めるのは二挺(にちょう)までだ。

 シニアはヨハンに銃身が二本並列している、狩猟用(しゅりょうよう)に使われる散弾銃を改造(かいぞう)して持ち込むことを献策(けんさく)したが本人に却下(きゃっか)された。

 その時に彼は、

「なーに、弾切れになったら――抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)()()で、あのバカボンを笑い死にさせてやるから、大丈夫だって」と言い、心配する部下たちを(あき)れさせた。

 その他に(もう)けられた規定としては、爆発物(ばくはつぶつ)設置型(せっちがた)(わな)や、(どくぜつ)といった非人道的(ひじんどうてき)殺傷具(さっしょうぐ)も同様に禁じられていた。

 一方で、防具や近接専用(きんせつせんよう)の武器に関しては、安全上の支障(ししょう)がないかぎり、それほど(きび)しい制限は(もう)けられていない。

 傍目(はため)には、射撃(しゃげき)(もっと)得意(とくい)とするヨハンに対しては明らかに不利になるように仕向けられた()()()()()()規定であり、貴族たちの噂話(うわさばなし)ではルートヴィヒが一方的に勝利するだろうと言われていた。



 数日前。

 ヨハンは()()を間近に(のぞ)んでいるため、貴重(きちょう)な休日を射撃訓練(しゃげきくんれん)(つい)やしていた。

 彼が射撃場に持ち込んだのは、世界大戦の初期に塹壕(ざんごう)火炎放射器(かえんほうしゃき)()()()()とともに猛威(もうい)()るったポンプアクション式の散弾銃(ショットガン)だった。

 昨今(さっこん)の軍隊では有効射程(ゆうこうしゃてい)の短い散弾銃は、その(あつか)いにくさから敬遠(けいえん)されている。

 一方で、短い有効射程であれば流れ弾の二次被害(にじひがい)()らせるということで、市街地で警察活動(けいさつかつどう)を行う憲兵隊(けんぺいたい)には多く支給されている。

()()()()(しぼ)っても、こんなもんか」

 ヨハンは先ほど撃った標的の弾痕(だんこん)(あな)(はし)から端までの距離(きょり)(はか)った。

「別の弾ならもうちっと()()だといいな」

 散弾銃には同じ口径であれば様々な種類の弾を装填できる。

 対人戦闘(たいじんせんとう)でよく使われるのは、(つぶ)の直径が拳銃(けんじゅう)の弾丸と同じくらいのものが九発詰まった〝ダブルオーバック〟という種類のものだ。

 さらに殺傷力(さっしょうりょく)の高めるため粒の大きさを一回り大きくし、六発の鉛玉を飛ばす〝トリプルオーバック〟という弾もあるが、こちらはたたでさえ短い有効射程がさらに短くなる傾向(けいこう)がある。

 バックとは文字通り鹿(しか)のことで、散弾銃は民間において猟銃(りょうじゅう)として親しまれていた。

 その殺傷力や、一度に複数の銃弾を()びせる制圧力(せいあつりょく)を、塹壕(ざんごう)では対人戦闘に利用された経緯(けいい)がある。

 散弾以外で使われるもので有名なのは一粒弾――〝スラッグ〟と呼ばれる種類の弾薬だ。

 通常のライフルの銃弾は、弾道をジャイロ効果で安定させるために銃身に旋条(せんじょう)(きざ)んである。

 しかし、散弾銃には旋条というものはなく、古式のマスケット銃のように銃身の内部はほぼ平面に加工されている。

 そのためスラッグ弾は弾道を安定させるために、弾頭(だんとう)()()()()旋条(せんじょう)(きざ)んである。

 ヨハンが散弾銃を使おうとしている理由は、状況に応じて複数の種類の弾薬を射手(しゃしゅ)任意(にんい)で選べる点だった。

 とはいえ、これだけでは完全防弾のフルプレートメイルを着込んでくる、ルートヴィヒに対しては()()()()だろう。

 普段のヨハンなら――これが軍事作戦であれば、後日のサムエルが指摘(してき)したように、対戦車ライフルを持ち込んで一撃(いちげき)で勝負を決めるだろう。

 部下たちの命と、任務の達成(たっせい)を預かる指揮官(しきかん)としては、そうする義務(ぎむ)がある。

 しかし、今回は〝決闘〟の(おきて)(したが)わねばならない。

 普段どおり〝結果を出せばそれで良い〟というわけではなかった。

 互角(ごかく)の勝負を演じた上で、正々堂々(せいせいどうどう)と勝利しなければ、マイアの顔にも(どろ)()ってしまうし、決着を見届けに来る他の貴族たちも納得(なっとく)しないはずだ。

 (ちまた)流布(るふ)する(うわさ)では、連射を(ふう)じられるヨハンの勝率は、かなり低いだろうと見積もられている。

「あの、大尉」

 射撃場にミリアムが現れた。

「一体、なにをお考えなのでしょうか?」

「なにって――どの弾を使うか迷ってるくらいだな。距離が短いから、逆にちょっとやりづらいが」

「そういうことを()いたのではありません――なぜ、小官(しょうかん)のために大尉(たいい)はそこまでなさってくれるのかと、そうお(たず)ねしているのです」

「んん?」

 ヨハンは散弾銃(さんだんじゅう)銃把(じゅうは)と一体化している遊底(ゆうてい)を引いて、薬室から赤いシェルを抜き取った。

 遊底を戻して標的に向かって空撃(からう)ちし、撃針(げきしん)を戻すとミリアムに向き直る。

「いやいやいや――お前さん、なにか勘違(かんちが)いしてるぞ。この問題は、すでにすり()わったんだよ。あの()()()のせいでな。いいか? あらすじは〝増長(ぞうちょう)した偽者(にせもん)の貴族に正当な門閥(もんばつ)貴族が制裁(せいさい)をくわえる〟ってな。まあ、俺が()()()()()()()に負けたら、あの()()()()()野郎は()りずにお前さんにすり寄ってくるだろうが」

「しかし、エフライム閣下(かっか)公示(こうじ)された決闘の規定をご(らん)になりましたか? あれでは、あまりにも大尉(あなた)が不利です」

 ミリアムは言った。

「まあそこは()()()()()()からさ――俺が勝てば、とりあえずお前さんの厄介事(やっかいごと)はひとつ()るだろ? そしたらうちの部隊は安泰(あんたい)だ。そのために貴族を一人ぶっ殺せばいいんだから、サンドイッチ屋のパンの耳より安い買い物だ」

「しかし……」

 ミリアムは言葉を飲み込んだ。

 ヨハンはいつもの調子で軽口を(まじ)えながら大丈夫だと()け合った。

 しかし、彼女を納得(なっとく)させるためには、口先だけでは不十分らしい。

 思えばいつもそうだった。

 そのことに気がついたヨハンは散弾銃の遊底(ゆうてい)を引きながら言う。

「んじゃ、見てろ」

 彼は空の散弾銃を構えて射撃(しゃげき)秘技(ひぎ)を見せた。

 薬室(やくしつ)(から)にしていたはずの散弾銃が火を吹いた。

「っ!?」

 これまで、散弾銃にほとんど触れたことがないミリアムは明らかに瞠目(どうもく)していた。

 いったい、ヨハンは()()()()()弾を装填(そうてん)したのだろう。


 ヨハンとルートヴィヒの決闘、それも真剣勝負が開催(かいさい)される――この情報に娯楽(ごらく)嗅覚(きゅうかく)(するど)い、新聞各紙は飛びついた。

 しかし、その記事の内容はひどく偏向(へんこう)しており、貴族の名誉(めいよ)()けて立ちあがったルートヴィヒを持ちあげるものだった。

 一方で、ヨハンのことにも記事では()れられていたが、その中身は彼のこれまでの不品行(ふひんこう)(あげつら)うものが中心で、その中にはハーレークイン小隊が行ってきた作戦の内容も含まれている。

 記事の資料として添付(てんぷ)されている文書には墨塗(すみぬ)りで機密(きみつ)(たも)たれていたものの、軍の内部から流出したとしか思えないものまであった。

〝下着を盗まれた被害者(ひがいしゃ)〟として紹介(しょうかい)されたミリアムが、激高(げっこう)して新聞社に抗議(こうぎ)しにいこうとするものの、記事を一読したヨハンはといえばまったく気にしていない。

「名前の(つづり)間違(まちが)ってたのを指摘(してき)すんのならともかく――()()()()()文句(もんく)をつけるのは筋違(すじちが)いってもんだろ? 健康のために下着を身に着けなくて有名な、世界一バーボンが似合(にあ)往年(おうねん)舞台女優(レディ・バンクヘッド)がそう言ってたぜ」

()()()私も賛成(さんせい)――自分から彼らの見世物(みせもの)になる必要はない」

 ヨハンは瞬いて、()()()()()()()()()()()顔で妖精(ようせい)の少女を一瞥(いちべつ)した。



大義(たいぎ)でした――エフライム(きょう)

 後宮(こうきゅう)()がったマイアから、ヴィクトリアは事の次第(しだい)(たてまつ)られると、御簾(みす)の中に座したまま言った。

 ヨハンたちの決闘を預かると宣言したマイアは、この数日のうちに諸々(もろもろ)の法的手続きに(のっと)って、彼らの決闘を合法的なものに仕立(した)てていた。

 その報告を奏上(そうじょう)するため()()に、マイアは朝服(ちょうふく)(まと)ってこの日は後宮に参内(さんだい)したのだった。

闇賭博(やみとばく)の配当率は、()けが中止される寸前という下馬評(げばひょう)のようじゃ――なれば(わらわ)にとっては良き投資(とうし)()でごさいまする。この()に貴族の子弟どもより()を取り立て、その資金を戦災孤児(せんさいこじ)育英施設(いくえいしせつ)にまわすがよろしいと存じまする」

「ヴィクトリアは小母様のお考えに賛同(さんどう)いたします――ところで、ルートヴィヒ様は無差別格闘技の学生大会で、優勝してらしたと記憶しています。それに、この()()()便乗(びんじょう)する者へも気を配りませんといけません。内閣府(ないかくふ)では内務尚書(ないむしょうしょ)統帥(とうすい)本部総長(ほんぶそうちょう)統合参謀(とうごうさんぼう)本部議長(ほんぶぎちょう)、各軍長官より(くだん)の海運会社に関する報告を受けている頃です」

 ヴィクトリアが言っているのは、いまだに実体が(つか)めない――サムエルの暗殺未遂(あんさつみすい)でホテルを爆破したり、横断鉄道の橋脚(きょうきゃく)を爆破した勢力(せいりょく)が、この()に乗じて蠢動(しゅんどう)することを危惧(きぐ)してのものだった。

 その勢力が何者なのか依然(いぜん)として不明だったが、状況から見て海運会社が何らかの形で関わっているという見方が現在のところは濃厚(のうこう)だ。

 問題はそれが、強要されたものなのか自発的なものなのか、あるいは()()()()()()()巧妙(こうみょう)偽装(ぎそう)なのか――現時点の情報では、ヴィクトリアも全貌(ぜんぼう)把握(はあく)していないのが実情だ。

 そして公人としては()()()()()ことだが、目下(もっか)のところヴィクトリアの関心は、唯一の肉親であるヨハンが、圧倒的に不利な条件で真剣勝負の決闘に(のぞ)むことだった。

「会場には(しん)私邸(してい)(もち)います(ゆえ)に、何人たりとも狼藉(ろうぜき)には及ばせませぬ――それに坊やの隊は副官殿(ふくかんどの)指揮(しき)のもと、サムエル王太子(おうたいし)身辺(しんぺん)を固めるそうでございます」

 ヴィクトリアは(うなず)いた。

 この竜族の長が()け合ったからには安心していいはずだ。

「ところで小母様――わたくしに招聘(しょうへい)頂戴(ちょうだい)することは(かな)いませんの?」

神姫(しんき)〟は冗談めかして()いた。

「お許しあれ、陛下(へいか)――平時であらば()()()、神姫ともあろう(たっと)御方(おんかた)が、()()()()()()決闘の場に玉体(ぎょくたい)降臨(こうりん)されてはなりませぬ。ましてやそれが臣民の()()()一個人を応援するためと明らかになれば、帝国の御柱(みはしら)であらせられる陛下の(かなえ)軽重(けいちょう)()われることになろう」

「……」

〝神姫〟は御簾(みす)の中の玉座にて()()()をかきはじめた。

()()もおやめなされ――はしたないですぞ」

 ヴィクトリアは威儀(いぎ)を正して座り直したものの、マイアに(さと)されたことで露骨(ろこつ)(ほお)(ふく)らませた。

()()()でございまする――もう、よい()()()ですぞ。さておき、(しん)としましては尋常(じんじょう)の勝負に打ち勝った者に褒美(ほうび)として詔勅(しょうちょく)(つか)わし、後宮への参内(さんだい)という栄誉(えいよ)をご下賜(かし)なさると、()()()()()()()()()異論(いろん)を持ちませぬ。坊やの好物を陛下(へいか)御手(おんて)によりてご用意めされるのがよろしいと存ずる」

 ヨハンの勝利を信じて疑わないマイアはそう言って、遠回しに決闘の後で彼を後宮(こうきゅう)招待(しょうたい)することを提案(ていあん)した。

「小母様のそういうところが、わたくしは大好きですわ」

 ヴィクトリアは拍手(はくしゅ)を打ってようやく笑みを(のぞ)かせた。



 決闘の日が(おとず)れた――もうじき正午(しょうご)だ。

 歓声(かんせい)罵倒(ばとう)は、それぞれルートヴィヒとヨハンに(おく)られるものだった。

 マイアの私邸(してい)には一部の報道陣を(のぞ)けば貴族家の子息たちが多く見物に詰めかけ、誰もが()()()にルートヴィヒが制裁(せいさい)鉄槌(てっつい)を下すことを期待しているようだった。

 サムエルは警護上(けいごじょう)の理由をもとに屋敷の一室で待たされることになっていた。

 ヨハンが決闘に出るため、その護衛の指揮(しき)は一時的にミリアムが()っているため、彼女もこの場にはいなかった。

静粛(せいしゅく)に!》

 臙脂(えんじ)色のビロードで()られた外套(がいとう)を肩から羽織(はお)ったマイアが、軍配(ぐんばい)の代わりに剣を抜いて呼びかけた。

 余談(よだん)だが、彼女の声は端末水晶(SINCGARS)経由(けいゆ)して、会場に設置された電気的な増幅器(アンプ)磁石(じしゃく)を利用した振動板を使って、普通の声でも会場の隅々(すみずみ)まで通るように工夫がされている。

 構造の設計と機器の調整はサムエルの助言を受けながらソフィアが行った。

《これより、ルートヴィヒ・フォン・ゼブルンとヨハン・ユージン・スミスの尋常(じんじょう)の決闘を行う! 両者、前へ()()()!》

 マイアの私邸にある庭は突貫工事(とっかんこうじ)で決闘場に作り変えられていた。

 広さはテニスのコートを四つ使用したものと同じくらいだ。

 ルートヴィヒから申し込まれた、決闘の()()はいつのまにか〝名誉挽回(めいよばんかい)〟にすり()えられていた。

 彼が勝った場合、ヨハンは爵位(しゃくい)軍籍(ぐんせき)を返上することになっている。

 対するヨハンが提示した条件は〝金銭(きんせん)〟でその金額はこの場で明かされる。

「スミス()()()()()――条件(じょうけん)を申し()べるがいい」

 決闘の相手に(うなが)されて、ヨハンは上着のポケットから硬貨を一枚だけ取り出した。

 それは古いギニー金貨だった――金額に換算(かんさん)すると()()()二一シリングにしかならない。

 もちろん、ヨハンは()()()()()()()、たかが二一シリングのために命をかける男ではない。

 かつてポンドが通貨(つうか)の単位として普及(ふきゅう)する以前、貴族の社会ではシリングではなく〝ギニー〟という単位を商取引の決済(けっさい)(もち)いていたことがある。

 それが転じて、現代では()()()()()()()()()()()では、互いの名誉(めいよ)をかけて、()えてギニーを(もっ)契約(けいやく)()わす習慣が残されている。

「本当に払えるのか?」

 その嫌味(いやみ)――〝本気で貴族の(ほこ)りを()けられるのか〟という問いかけを理解したルートヴィヒの()()()が変わった。

(まが)い者の分際(ぶんざい)で、よくも」

 今までの彼は制裁(せいさい)をくわえる強者の立場だったが、ここに来て貴族制度の風習をあえて持ち出し、あまつさえそれを挑発の()()()に利用したヨハンに対して、明らかに(にく)しみを(いだ)くようになっていた。

 事前の予想通り、ルートヴィヒは防弾のフルプレートメイルを身に着けていた。

 一方で、ヨハンは野戦服(BDU)を着ているようだったが、(たけ)の短いトレンチコートを羽織(はお)っているために、どのような防具を身に着けているのかはわからない。

 ヘルメットすら(かぶ)っていないことから、おそらく軽装なのだろうとは推測(すいそく)できた。

 ヨハンは随伴(ずいはん)するシニアを立会人に指名していた。

《これより五分間、互いの得物(えもの)を調べる機会を与える!》

「いい、いい――そんな()鹿()()()()戦斧(せんふ)なんて、持ち上げられねえもん」

大尉(たいい)――もう少し、威厳(いげん)をお保ちください」

 シニアがこの場にいないミリアムに代わるように、上官の不真面目な態度を(たしな)めた。

 (かたわ)らに(ひか)えている小隊軍曹は銃器を収めたコンテナをルートヴィヒの立会人に渡した。

 ヨハンが反則に及ばないように、ルートヴィヒの指名した立会人は銃の専門家だった。

 しばらく、ルートヴィヒ本人と立会人がヨハンの散弾銃や拳銃を調べた。

 彼らは特に、散弾銃のチューブ型弾倉(だんそう)不審(ふしん)な点がないかを調べているようだ。

 さきほどサムエルに見せた、銃身下のチューブ型弾倉に接着剤を詰めた散弾銃と同じものをヨハンは渡してある。

 彼はこの決闘で不正をはたらくつもりはなかった。

 誰に言われるまでもなく、正々堂々と戦い勝つ気でいる。

 そしてこの場でルートヴィヒを必ず殺すつもりだ。

 コンテナの中の二挺(にちょう)めは先日、新しい照準(しょうじゅん)に付け替えた拳銃で、こちらも弾倉(だんそう)に手をくわえて、連発ができないようにしてある。

「時間」

 制限時間を知らせるベルをソフィアが鳴らすまで、ルートヴィヒたちはヨハンの銃を調べていたが、ようやく納得したのか樹脂(じゅし)のコンテナに銃を戻して返してきた。

「再度、各々は得物を点検せよ! 自らの命を()す武具に、敬意を(もっ)て入念な整備を行うがよい!」

 ヨハンはいつもどおりの手順の慣れた手付きで、拳銃や散弾銃を分解し、銃身や薬室をはじめとして薬莢(やっきょう)雷管(らいかん)を発火させる撃針(げきしん)まで入念に調べた。

《これが最後の通告である! 両者ともに心して聞け! 勝敗は一方の戦闘不能、または死を以て決着とする。例外的に、一方が敗北を認め一方がそれを()れたときもまた、戦闘不能とみなして決着とする。決着にあっては、その経緯のいかんに関わらず、当事者と双方の関係者はともに相手の条件を受諾(じゅだく)するものとする。異論はあるまいな!》

 ヨハンは()()()とわらず不遜(ふそん)な態度で片手をあげて応えただけだが、

「異議無し!」とルートヴィヒは声をあげた。

 さらに彼は既に勝敗が決したかのように、拳を振り上げて見物人たちの歓声を(あお)るととに、ヨハンを指差して親指を下に向けた。

 ルートヴィヒの挑発を黙殺して、ヨハンはコートのポケットから端末水晶(SINCGARS)を取り出した。

「音楽スタート」

 彼の合図で、ソフィアが会場内に設置した立体音響装置(ステレオ)を操作した。

 大音量で往年(おうねん)の流行曲にして、大河の両岸を問わず文字通り世界を熱狂(ねっきょう)とともに席巻(せっけん)した、最も偉大(いだい)な現代音楽のグループが(かな)でる、ピアノのイントロから始まるメロディが鳴らされる。

 まるで戦勝を祝う席で国歌が流れてきたように、会場の盛り上がりに反してヨハンが(さわ)いだ。

「ストップ! ストップ! よりにもよって〝女王陛下〟の〝ジプシー狂詩曲(ラプソディ)〟かよっ!? 誰がヒゲを生やしたまま女装する変態の()()なんて()くもんか! しかもノーカット版っ!? 歌詞にピエロが出てくる()は駄目だって言っただろっ!? それと(しゃく)を考えろって! こんな()()を六分も引き()ばせねえよ! 他にもっとあるだろ、この(さい)〝女王陛下〟でなければ、なんでもいい! あ、やっぱ訂正(ていせい)。〝気狂(きちが)いアル〟の()()()だけは絶対やめろよマジで。いいな、絶対だぞ!」

能書(のうが)きが長い――注文が無駄にうるさい》

 ソフィアは文句を言いつつ音源を差し替える。

 流れてきたのは、ヨハンが〝絶対にやめろ〟と言った替え歌のほうだった。

「あーもう――ほんと、マジでお前さんは俺の()()()()()だな。おいルートビア坊っちゃん! 妖精(ようせい)のメスガキが選んだ曲の()()で、お前さんの寿命は残り三分ジャストだぜ!」

 ヨハンは端末水晶を放り投げて、羽織っていたコートの裾を(ひるがえ)すように脱いだ。

 その下には任務中に身に着けていたのは弾帯用(だんたいよう)のではなく、散弾を保持するための装具だった。

 右の腰にはいつもどおり、拳銃を収めてある。

〝お目々をあけて、お空を見上げてごらん♪ オイラはコジキ♪ でもそんなの関係ねえ♪ 同情すんなら金をくれ♪ 浮き草みたに、ちょいアゲ? ちょいサゲ? やっぱそんなのどうでもいい♪ みたいな♪〟

 音楽が前奏(ぜんそう)からポルカ調のメロディに入ったところで、両者は同時に動き出す。

 ルートヴィヒは戦斧(せんふ)をありあまる膂力(りょりょく)で持ち上げると、ヘルムのバイザーを閉じた。

 さきほどの大騒ぎから一転して、無言となったヨハンも目を細めると、

「状況開始」と小声でつぶやいた。

 そして正午を告げる鐘楼(しょうろう)(かね)が鳴り響いた。

《はじめ!》

 マイアの合図でヨハンは散弾銃を構えると同時に()()()()

「!?っ」

 今回の決闘の規定では〝弾倉を用いての連射は禁止〟とされており、ルートヴィヒはもちろん、決闘を見物している誰もが油断していた。

 白銀に輝く甲冑(かっちゅう)には、矢継早(やつぎはや)に放たれるスラッグ弾による大きな弾痕(だんこん)穿(うが)たれた。

「くっ!」

 意表(いひょう)()かれたルートヴィヒは明らかに動揺(どうよう)している。

 しかし、散弾銃から撃ち込まれているスラッグ弾の直撃(ちょくげき)を受けても、特注のフルプレートメイルの装甲(そうこう)貫徹(かんてつ)することはなかった。

反則行為(はんそくこうい)だ――早く抗議(こうぎ)せよっ」

 彼はヘルムの中で(わめ)いて、自分の立会人を一瞥(いちべつ)した。

 予想に反して、散弾銃でいきなり速射(そくしゃ)してきたヨハンの行いに、ルートヴィヒの立会人が軍配(ぐんばい)(つかさど)るマイアに抗議したが、竜族の(おさ)は取り合わずに決闘を続行させた。

「反則だ!」

「スミス(きょう)卑怯(ひきょう)な手を(もち)いている!」

「神聖な決闘を汚す行為だ!」

 観客たちも騒ぎはじめたため、彼女はやむを得ず、ヨハンが行っている()の説明をはじめる。

《坊や――スミス(きょう)の手元をよく見るがいい。彼奴(きゃつ)は一発ごとに、排莢(はいきょう)再装填(さいそうてん)とを()り返している()()である。したがって、規定に(のっと)っており、反則行為との抗議(こうぎ)棄却(ききゃく)せざるをえん。そもそも弾倉(だんそう)は使ってはおらぬではないか。例えるならば手練(てだれ)が弓を連発しているようなものじゃ》

 マイアが言った通り、ヨハンの手元を注意深く見てみる。

 彼は一発撃つ度に装具から次弾(じだん)を取り出して、装填口(そうてんこう)()()()()排莢口(はいきょうこう)から装填(そうてん)していた。

 細かくその動作を観察すると、撃った瞬間に反動を押さえながら、素早く排莢(はいきょう)している。

 そのときには既に右手を銃把(じゅうは)から離して、次の弾を装具から取り出す。

 そして、わずかに(かたむ)けた散弾銃の排莢口(はいきょうこう)に次弾を(すべ)り込ませた直後に銃把(じゅうは)()ねる遊底(ゆうてい)を戻しつつ、再び右手でグリップを(つか)んで引き金を(しぼ)る。

 これらの一連の動作を()り返しているヨハンは規定通り弾倉を用いず、散弾銃(さんだんじゅう)速射(そくしゃ)していたのだ。

 言葉にすると簡単だが、実際に行うのは難しい――標的と相対(あいたい)すると、目の焦点(しょうてん)の関係で手元の像が()()()()()()()()再装填(さいそうてん)をする必要があり、熟練(じゅくれん)(よう)することがわかるだろう。

「っち!」

 彼の連射が反則(チート)ではないと知ったルートヴィヒは舌打ちをした。

 散弾銃は近年の軍用銃とは(こと)なり、手動で排莢と次弾の装填を行う。

 火薬の燃焼速度や、弾丸と薬莢(やっきょう)の大きさなど、さまざまな理由で半自動(セミオート)にするのが難しいと言われている。

 小銃のように発砲時(はっぽうじ)の燃焼ガスを利用して、その圧力でピストンを押す方式も試されているものの、どうしても圧力が足りずに排莢・装填不良が起きやすくなってしまう。

 それ以外にも、発砲時に起きる()()()()()()を利用して、振り子の力で次弾を装填する方式も提案されたのだが、上級の射手になるほど散弾銃の強烈な反動を押さえ込んでしまうため、これもまた実用には(いた)っていない。

 散弾銃は自動小銃(じどうしょうじゅう)が歩兵の主武器になった時代においては、有効射程(ゆうこうしゃてい)威力(いりょく)装弾数(そうだんすう)や精度の点でも見劣(みおと)りする。

 しかし、散弾銃には小銃にはない利点があるのも確かだった。

 そのひとつが射手の任意(にんい)で、複数の種類の弾薬を(もち)いることが可能な点だ。

 これは同じく単発で撃つ、擲弾筒(てきだんとう)と運用が少し似ている。

「なんのこの程度! 我が(よろい)を貫くものではない!」

 当初は一方的に銃撃(じゅうげき)()びせられたルートヴィヒではあるものの、彼は次第に冷静さを取り戻しはじめた。

 ヨハンの放つ散弾銃の威力ではフルプレートメイルを貫通することはないとようやく理解したようだ。

 彼は徐々(じょじょ)に間合いを詰めて、獲物(えもの)仕留(しと)めるために戦斧(せんふ)()りかぶる。

「お? えたーなるなんとかって技か?」

 ヨハンは咄嗟(とっさ)に散弾銃を横に向けて頭上に(かか)げ、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような動作を見せた。

(すき)あり!」

 仮にヨハンが散弾銃で防御したとしても、ルートヴィヒの振るう戦斧は超重量の得物(えもの)だった。

 戦斧の刃を受けたとしても、ヨハンの腕力ではそのまま押しつぶされてしまうだろう。

「エターナル・バトルアックス!」

()()(りき)んでどうすんだ!」

 ヨハンは戦斧(せんふ)を受け止める寸前(すんぜん)で半身になるように動いて攻撃を(かわ)し、(ひざ)から体重を抜いて(くず)れおちるように転がった。

「見よ! これが(まが)い者の正体だ! ()()()下賤(げせん)な出自にふさわしい!」

 一見して無様(ぶざま)()(かた)をしたヨハンに、()()()()けられたルートヴィヒと観客たちは嘲笑(ちょうしょう)を浴びせた。

 しかし、ヨハンの耳には音楽しか聴こえていない。

 ルートヴィヒの(また)の間に仰向(あおむ)けで(すべ)り込むと、ヨハンは拳銃を抜いて撃った。

 弾丸はルートヴィヒの甲冑(かっちゅう)に命中して貫通はしなかった。

 しかし、当たったのは彼の臀部(でんぶ)()()()()()

《っぶ!》

 ルートヴィヒの後ろ姿を見たマイアが思わず失笑を()らした。

 その笑い声は、

〝石を投げるわ、人を痰壷(たんつぼ)(あつか)い♪ おいおい、こんなのってアリかい♪ その上、オイラを見殺しかーい♪ こんなのアリかい♪〟とアウトロに差し掛かろうとした音楽にかき消された。

 ルートヴィヒと彼の(ほこ)る鎧を全力(ぜんりょく)()くして虚仮(こけ)にする――このためだけに、ヨハンはわざわざ競技用の拳銃弾を調達(ちょうたつ)して、拳銃に込めていた。

 競技用に使われる〝ワッドカッター〟という種類の弾頭は、的に命中すると綺麗(きれい)な真円の弾痕(だんこん)(きざ)むものだ。

「これはひどい……」

 ルートヴィヒの甲冑の(しり)に刻まれた弾痕を一瞥(いちべつ)して、シニアはうなだれた。

 ヨハンは立ちあがりながらルートヴィヒに挑発(ちょうはつ)を仕掛けた。

「ほら来いよ――あと三〇秒しかないぞ?」

 そう言って、さらに散弾銃にスラッグ弾を込めて、撃ち続けるが、やはりルートヴィヒの甲冑(かっちゅう)(つらぬ)くには威力(いりょく)が足りない。

「無駄なことを! 賤民(せんみん)が真の貴族に逆らえぬことを、思い知るがいい!」

 今までは一方的にヨハンが攻めているようにも見えるが、ルートヴィヒや観客には違う姿に映っていた。

 事実として、ヨハンはルートヴィヒに()()()()()()()()()()()()()()()にすぎない。

 そのことを理解したルートヴィヒは、恐れずに間合いを詰めてヨハンを仕留めようとする。

 そのたびに、ヨハンは転がるようにして(どろ)だらけになりながら、大ぶりの一撃をかいくぐって(かわ)す。

「おのれ!」

 拮抗(きっこう)しているかのようだが、ヨハンの持ち込んだ銃弾には限りがある。

 それが尽きれば、もう彼に(あらが)うすべはなくなるのだと、決闘を見守る人々は理解していた。

 ヨハンは機敏(きびん)に動き回って、ルートヴィヒの攻撃を(かわ)し続けているが、やがては体力も尽きてしまうだろう。

「さあ潮時(しおどき)だ」

 ヨハンの残弾がニ発になった。

 彼は装具からシェルの色が()()()()()(つか)んだ。



 決闘に(さい)して、ヨハンは慎重(しんちょう)にルートヴィヒの着用しているフルプレートメイルについて調べを進めていた。

 彼の着用しているものは完全(かんぜん)閉鎖式(へいさしき)のもので、近接攻撃(きんせつこうげき)や銃弾をはじめとしたあらゆる攻撃から、着用者を守るように設計されている。

 また、毒ガスや神経ガスといった生化学(せいかがく)兵器(へいき)に対しても、専用の空気清浄機構(せいじょうきこう)内蔵(ないぞう)されており、対応できるようだった。

 さらに、着用者の運動を助けるために内部には補助用(ほじょよう)人工筋肉(じんこうきんにく)も張り巡らされており、同時にそれは銃弾や破片(はへん)などの直撃を受けたときには衝撃(しょうげき)吸収剤(きゅうしゅうざい)としても機能する。

 動作は空気圧の過給(かきゅう)によって行われており、それらを機能させる外気の取り込みは、背部の換気口(かんきこう)を通して行っている。

〝まるで()()()()()()()()完全無欠ってわけだ〟

 ヨハンは調べ物を手伝ってくれたソフィアに言った。

 妖精の少女は、

〝アキレスは完全無欠じゃない――足首が彼の弱点なのを知らないの?〟と有名な故事を知っているかと()いた。

()()()()()()()()()()

 ソフィアはこのやりとりで、彼は完全無欠を標榜(ひょうぼう)する甲冑(かっちゅう)の弱点を見抜いたようだと気づいた。

 そして彼女は、

「終わったら()()ちょうだい」と言った。

 机においてある、決闘の小道具に使うために用意したギニー金貨が陽射(ひざ)しを受けて(かがや)いていた。



 ルートヴィヒの一撃(いちげき)(かわ)して散弾銃を構えたヨハンは、

()らえ! エターナル・ドラゴンブレス!」とルートヴィヒの真似(まね)をしながら言って、引き金を(しぼ)った。

「!?」

 ルートヴィヒの視界に映ったのは巨大な炎の(かたまり)だった。

 そのとき、ヨハンの散弾銃からは(まさ)しく竜の息吹(いぶ)きのような、火をまとった散弾の嵐だった。

 燃える散弾はこれまでと同じように、ルートヴィヒの甲冑を(つらぬ)くことはできなかった。

「ヒャッハー! こいつは()()()だ!」

 ヨハンはもう一度、同じく火を吹く散弾を浴びせると、散弾銃を投げ捨てて拳銃に持ち替える。

 後退したままの遊底の横にあいた排莢口(はいきょうこう)から薬室(やくしつ)へと(たま)装填(そうてん)した。

 その間もルートヴィヒの甲冑(かっちゅう)は燃え続けている。

「ヨハンの勝ち」

 観客やルートヴィヒ――というよりも、ヨハンとソフィア以外の全員が異変に気がついたのはこの頃だった。

 先ほど撃った〝ドラゴンブレス〟は、散弾の一粒一粒に夜間の戦闘で、銃弾の軌跡(きせき)を目視するために(もち)いられる曳光弾(えいこうだん)に使われるような燃焼剤(ねんしょうざい)を定着させたものだった。

 しかし、()()()()ではルートヴィヒの全身を燃えあがらせることは不可能なはずだ。

 にもかかわらず、実際には〝ドラゴンブレス〟が()()()()()()()()()()()()出火している。

《説明しよう!》

 いつのまにか、地面から端末水晶(SINCGARS)を拾ったヨハンが声をあげた。

《その一! 俺が最初に撃ちまくってたのは、ただのスラッグ弾じゃない――()()()()()()()の特注品です。その二! この馬鹿は、全身が防弾だから調子こいて、()()()()マグネシウムの弾を()らいました。その三! (くだ)け散ったマグネシウムはとっても燃えやすいでーす!》

 そう言うと、ヨハンは燃え上がるルートヴィヒの(そば)無造作(むぞうさ)に歩み寄っていく。

 多少の熱や火炎では甲冑や、中にいるルートヴィッヒに損傷(そんしょう)を与えることはできないはずだった。

 しかし、

「……!」

 ルートヴィヒは戦斧(せんふ)をとり落とすと、急に苦しみだし、その場で(くる)ったように(あば)れはじめた。

 それを見届けたヨハンは解説を続ける。

《その四! 閉鎖式(へいさしき)甲冑(かっちゅう)は、背中の換気口(かんきこう)で空気を取り込むが――今、そこにある空気は、()()()猛烈(もうれつ)な勢いで()()()()()()真っ最中だ! その五! わからない阿呆(アホ)は小学校で理科の勉強をしてこい! その六! このままだと酸欠で死ぬぞ!》

 ヨハンは再び端末水晶を放りだして、拳銃を構えた。

 ルートヴィヒは両手で頭にあるバイザーを開けるレバーを必死で(さぐ)りはじめる。

「……」

 誰も何も言わず、決闘の場でヨハンは先ほどの音楽の歌詞を口ずさむ。

「お母ちゃーん♪ オイラ人を殺しちまったよ♪ 頭に銃を突きつけて、引き金カチャカチャした()()なのに♪ そいつ()()()死んじまったんだ♪」

 倒れたルートヴィヒとそれを見おろしながら、拳銃を構えるヨハン――勝敗はすでに明らかだった。

 ルートヴィヒは観念(かんねん)したのか、バイザーを開いて、()き込みながら(あえ)いで呼吸を取り戻そうとした。

 しばらくして落ち着いた彼は言う。

「わたしの負けだ――こうなっては、(いさぎよ)く敗北を認めてやるのが、正当なる帝国貴族というものだ。しかし、貴公は善戦(ぜんせん)したが、それは実力ではなく弾丸の力に()るところが大きい」

 ルートヴィヒが敗北を認める口上(こうじょう)を聞かされている間、ヨハンは欠伸(あくび)をしていた。

「待て! 貴族の私が(はじ)を忍んでいるのだ――その不遜(ふそん)態度(たいど)を改めて、我が降伏(こうふく)を受け()れるがいい!」

()なこった」

 ヨハンは引き金を(しぼ)って、むき出しのルートヴィヒの顔面を撃った。

 弾丸はまっすぐ彼の口に吸い込まれていき、防弾ヘルムを血と脳髄(のうずい)(くだ)けた頭蓋骨(ずがいこつ)容器(ようき)に変えた。

「状況終了――いやー()()()()()()()()()()()()()()な」

 周囲を見渡しながらヨハンは言った。

《勝負あり!》

 マイアの宣言は、ルートヴィヒの死亡宣告(しぼうせんこく)と同義だった。

「……卑怯(ひきょう)だ!」

 観客の中にいた一人が立ちあがって(さけ)んだ。

「ヘル・ゼブルンは降伏(こうふく)の意を示していたはずだ! にも関わらず、スミス(きょう)は不必要な(とど)めを刺した! これは騎士道の精神に()()()行為(こうい)だ!」

 声をあげているのは、ルートヴィヒと同世代の貴族の子弟と(おぼ)しい若者だった。

静粛(せいしゅく)にせよ!》

 増幅されたマイアの大音声(だいおんじょう)が決闘場を(つつ)んだ。

 しかし、興奮した観客たちはそれぞれ武器を手に席を()りはじめる。

 まるで怨嗟(えんさ)()()()()だった。

「まったく近頃の若者は――下がりあれ、坊や。これ、坊や……?」

 剣を片手に、ヨハンを守ろうと前に出たマイアだが、彼女の思惑(おもわく)を無視してヨハンはシニアから上着を受け取って、悠長に細巻きに火をつけていた。

 あっという間に、ヨハンは殺到(さっとう)した貴族の若者たちに取り囲まれる。

「どうか、お通し願います――エフライム(こう)

「ならぬわ! ()れ者め――これは尋常(じんじょう)の決闘であった。その結果の如何(いかん)に関わらず、決着に異を(とな)えることなど、まかりならん! いわんや観客のどこにその資格があるっ!? これ以上の狼藉(ろうぜき)に出るとなれば、そなたらに騒乱罪(そうらんざい)適用(てきよう)する!」

「しかし……」

降伏(こうふく)した相手に止めを刺すような、騎士道精神を()みにじる行為を容認(ようにん)など、できません!」

 押し問答(もんどう)をはじめるマイアたちを見て、ヨハンは端末水晶(SINCGARS)に向かって言う。

「ブレイク、ブレイク、ブレイク――全隊へ。シックスだ。暴動が起きて殿下(でんか)が危険だ。()()()()()()()()()()

《アルファ、突入(チャージ)!》

 その瞬間、完全武装したハーレークイン小隊が闘技場(とうぎじょう)に突入してきた。

 その中心にいたミリアムが前に出て、剣を抜いて言う。

「サムエル王太子(おうたいし)殿下(でんか)仮御座所(かりござしょ)である、エフライム侯爵邸(こうしゃくてい)を騒がせた不届(ふとど)者共(ものども)を制圧せよ! 抵抗(ていこう)があれば実力で排除(はいじょ)! 交戦(こうせん)を許可する!」

《シエラ、発砲(はっぽう)開始》

《ブラボーはいつでも援護(えんご)できます》

 ヨハンたちを囲んでいた貴族の子弟たちは、突入してきたミリアムたちによって、(くさび)を打ち込まれた丸太のように二分された。

大尉(たいい)! 指揮権(しきけん)をお返し申し上げます!」

 ミリアムが拳銃の予備弾倉(よびだんそう)()げてよこしてきた。

 それを受け取ったヨハンは手際(てぎわ)よく、弾倉を交換すると言う。

「お祭りの()()()()()()()ぞ! お嬢さんたち!」

 彼は迷わず、マイアに詰め寄っていた貴族の若者を撃った――胸に二発、頭に一発の銃弾を受けた()はその場に倒れていく。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! わかったかっ!? 馬鹿ども!」

 ヨハンは古典の引用をしたが、

(つづり)が違う――正しくは〝撃って〟のはず」とソフィアに間違(まちが)いを指摘(してき)された。



 翌日の新聞各紙は一面で、エフライム(てい)騒乱未遂(そうらんみすい)(ほう)じた。

 内容は一部分をぼかしており、あくまで〝決闘の場で興奮(こうふん)した貴族の若者たちが()らしめられた〟という体裁(ていさい)で記事は書かれている。

 決闘がヨハンとゼブルン侯爵(こうしゃく)の直系の(おい)である、ルートヴィヒによるものだったことは()せられていたものの、訃報欄(ふほうらん)にはルートヴィヒをはじめとして、貴族の若者が〝偶然(ぐうぜん)相次(あいつ)いで急死した〟ことが()せられた。

 報道管制(ほうどうかんせい)()かれたとしても、人の口に戸は立てられるものではない。

 また、先日の報道と合わせて読めば、決闘の結果は明らかだった。

 後日のことだが、決闘を(いど)んだルートヴィヒをヨハンが部下とともに待ち伏せして()()()()()という(うわさ)が〝実は……だった〟と貴族社会の中では流布(るふ)するようになっていった。

 これに関して真相を知る当事者であり、決して嘘をつかないマイアに貴族の誰かが質問をしたらしい。

 彼女は〝尋常の決闘だった〟と答えるにとどめていた。

 新聞を(たた)みながらサムエルは言う。

「見事だったよ――しかし、こんどの()()で君は貴族社会を()()()()敵に回したよ。いいのかい?」

 サムエルは決闘の後もマイアの屋敷にそのまま逗留(とうりゅう)していた。

 警備の計画にはなかったが、ここならば飛竜の発着にも不都合がないし、なにより帝国で()()()()()()()場所でもあった。

「このくらい派手(はで)にやれば、部下に変なちょっかいを出す馬鹿は、二度と現れないだろ? 俺は貴族どもの()()でいた方が、色々と都合がいいんだ――()()()()()()()な」

 サムエルは微笑(びしょう)した。

 そして、彼の帰国は当初の横断鉄道での帰国を変更して、いつかのように洋上でレヴィアタンと合流して行うこととなった。

「おかげで(めい)っ子への愉快(ゆかい)土産話(みやげばなし)ができたよ――それにほら、君のおかげで(もう)かった」

 別れ(ぎわ)に、サムエルは小切手(こぎって)を見せびらかしてくる。

 どうやったのかはわからないが、サムエルはあの決闘の闇賭博(やみとばく)に参加して〝小銭(こぜに)〟を()けていたらしい。

 小切手に並んでいる()()()()に気がついたヨハンは目の色を変えた。

「あ、ずるいぞ! 半分寄越(よこ)せ!」

「欲しければ君が魔界まで取りにきたまえ!」

 そう言って、サムエルと彼の従者たちを乗せたレヴィアタンは海中深くに(もぐ)っていった。



「小官に見合いを申し込んでいた他の候補者(こうほしゃ)たちが、(そろ)いも揃って辞退(じたい)したとの知らせが父上より届きました――まったく、それもこれも()()()()()()()()()

 任務を終えて第九九連隊基地(ノーマッド)に彼らが戻った数日後にミリアムは言った。

 口調には(とげ)があったものの、彼女の顔を見れば()()()()()()使()()()()()()()ことがよくわかった。

「おめでとう――少尉(しょうい)

 いつもの感情と抑揚(よくよう)(とぼ)しい口調で、ソフィアが拍手(はくしゅ)を送りながら言った。

 彼らの机の上に仕切りで(もう)けられた〝ソフィアの場所〟には、保養地で手に入れた拓本(たくほん)巻物(スクロール)の他に、一枚のギニー金貨が(かざ)ってあった。

 その持ち主は机の上で昼寝をしている〝ジェネラル〟の上に寝そべっていた。

「なにもめでたくはないが――貴官(きかん)尽力(じんりょく)に礼を申し()べよう。特務准尉(とくむじゅんい)

「ん」

「大尉――聞いてます? ちゃんとしていただかないと、(こま)ります」

「へいへい――そう、俺のせいにしたらいいさ。大気汚染(たいきおせん)も、()()()()()()貧乏人(びんぼうにん)に貸しつけて破綻(はたん)した住宅ローン問題も、ぜーんぶ俺のせいだ。外の騒ぎと、俺たちの謹慎処分(きんしんしょぶん)もな」

 ハーレークイン小隊には八週間の謹慎処分が下されていた。

 その根拠(こんきょ)は、帝国軍規定に定めてある〝私闘禁止〟をヨハンが公然(こうぜん)(やぶ)ったことにある。

 マイアによって、ヨハンが個人で行った決闘は貴族社会の慣例(かんれい)(のっと)った、()()()()()()()()()()()()()()いた。

 しかし帝国軍としては現役の士官が、任務中に決闘を行うことを容認(ようにん)できないということだった。

 議論の余地(よち)のない正論(せいろん)だと思われる。

 具体的な処分は謹慎(きんしん)にくわえて、ヨハンには戒告(かいこく)減俸(げんぽう)()され、連帯責任(れんたいせきにん)として、副官以下の幹部(かんぶ)たちにも軍歴には残されないが、譴責(けんせき)が下された。

()()()()()ヨハンのせい」

 猫の上で寝そべったまま、ソフィアが窓の外を指差した。

 あの決闘の決着と、その後に起きた一方的な殺戮(さつりく)納得(なっとく)しない、ルートヴィヒと親しい門閥貴族(もんばつきぞく)子弟(してい)たちが復讐心(ふくしゅうしん)に燃えて、連日この基地に押しかけている。

 そして〝真実〟を追求したいマスメディアの取材もそれに便乗(びんじょう)しており、基地の正門は(さわ)がしかった。

 空軍中将(ちゅうじょう)にして、軍においても数々の肩書(かたがき)を頂くマイアの権限(けんげん)権勢(けんせい)をもってすれば、軍においても、おそらくヨハンたちに処分を下されないような処置(しょち)がとれたであろう――にも関わらず、()()()()()()()()()()可能性がある。

 余談(よだん)だが、マイアは空軍元帥に面会した(さい)に、自分に対してもヨハンと同じ処分を下すよう()()したという――彼女らしい逸話(いつわ)がまた増えた。

 結果的に彼らは〝謹慎中(きんしんちゅう)〟という名目で、外の騒ぎに巻き込まれないで済んでいる。

 おそらく、竜族の長は決闘のあとで()()()()とわかっていたのだろう。

 ソフィアの()()を聞いたミリアムは感心したように言う。

「さすがは、エフライム閣下(かっか)――全てあのお(かた)(てのひら)の上だったということか」

「そうじゃなきゃ、ヨハンを育てられない」

 妖精(ようせい)の少女が真顔で言うとミリアムが失笑を()らした。

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