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第13話 悪魔よりも狡猾なのはいつも人間の方だ

――ようやく帝国と魔界の間で、講和条約が締結されようとしていた。調印式に魔界からの大使として派遣されたのは、やはりサムエルであり、その護衛を任されたのは言うまでもなくハーレークイン小隊だった。しかし、ヨハンはサムエルの直衛をミリアムに押しつける。副官に何を狙っているのか訊かれた彼は〝掃除〟をしに行くと答えるのだった。

「うーん……」

 (めずら)しく真面目に机に向かっているヨハンが、うめき声を()らした。

 その手元には新聞がある。

「……?」

 いつになく真剣な眼差(まなざ)しで新聞を読む上官の姿を(いぶか)しむように、ソフィアは(かか)えていたペンを立てて、飛び上がるとヨハンの背後にまわった。

 肩の上に立って下を見て、

求人欄(きゅうじんらん)――ヨハン、軍隊を()めるの?」とソフィアは()いた。

「えっ!?」

 ()()きを横目に、自分の仕事をしていたミリアムも顔をあげた。

「そろそろクビになるかもしれないからなあ」

 (つくえ)を立ったミリアムが、

「こんどは一体なにをなさったのですかっ!?」と声をあげた。

()()なにもしちゃいねえって――というか、お前さんたちも他人事(ひとごと)じゃねえぞ」

 そう言いながら、彼は新聞をめくって一面が見えるようにした。

 見出しには〝帝国と魔界の講和(こうわ)なる〟とあった。

 数ヶ月に(およ)んだ講和交渉(こうわこうしょう)が、ようやく一段落(いちだんらく)したらしい。

 新しい条約(じょうやく)締結(ていけつ)のために、近々、両国の大使が(つど)って調印式(ちょういんしき)()り行われる。

「帝国と魔界の講和と私たちになんの関係があるの?」

「大アリだ――これで帝国と魔界が()()()()()()()完全に和解なんてしてみろよ――そしたら軍縮(ぐんしゅく)が進んで、軍事予算(ぐんじよさん)削減(さくげん)()()()()が真っ先に来るのは〝得体の知れない、問題ばかり起こす小隊〟だろ。部隊は解散、人員の再編成(さいへんせい)で俺のクビが飛ぶってわけだ」

「……」

 ミリアムは無言でうつむいた。

 ヨハンの考えは珍しく()()()で、仮に魔界連邦(れんぽう)との講和でこの国に久しぶりの平和が(おとず)れたら、帝国政府は財政緊縮(ざいせいきんしゅく)政策(せいさく)の一環として軍縮を進めるだろう。

 その場合、帝国軍は彼のような士官(しかん)罷免(ひめん)する可能性が高い。

「ってのは冗談(じょうだん)として」

「は?」

 ミリアムが()き返すと、ヨハンは細巻きを取り出して火をつける。

「いやほら、こういう条約ってのは本音(ほんね)と建前ってやつがあるから――握手(あくしゅ)を片手で交わすのは、もう片方の手で銃を持つためだろ? お互いにな」

「……つまり?」

 ソフィアに(うなが)されるまで煙を味わっていた彼は話を先に進める。

「これからは不正規戦(ふせいきせん)突発的(とっぱつてき)武力衝突(ぶりょくしょうとつ)、対ゲリラ戦闘やテロへの即応(そくおう)対処(たいしょ)が必要になってくる――さてここで次の問題だ。現状の帝国軍で、即応展開と不正規戦に最も特化(とっか)した部隊はどこでしょう? 北部の永久凍土(えいきゅうとうど)捕虜労役(ほりょろうえき)従事(じゅうじ)するより(いそが)しくなっちまったら、俺は()めるぞマジで」

「……」

「……」

 部下の乙女(おとめ)たちは(そろ)って答えなかった。

「しかしこれ、新聞ってのはろくな求人が()ってねえな――別に欲張るつもりはないが、ほどよく殺伐(さつばつ)とした()()()()()()()職場で、給料が今より高いのがいいんだが。年俸(ねんぽう)は一万シリングでいいや」

「そんなの載っているわけないでしょう」

 ミリアムが(あき)れたのを聞き、

強襲(きょうしゅう)上陸作戦(じょうりくさくせん)時の艦砲射撃(かんぽうしゃげき)より役に立たねえな」とヨハンは必要もなく海軍を引き合いに出して悪態(あくたい)をついた。

 それから彼は机の上に広げた新聞の上で拳銃(けんじゅう)の整備をはじめた。

 弾倉(だんそう)を抜いてスライドとフレームを分離(ぶんり)させて銃身(じゅうしん)を抜きとる。

「これはなに?」

 ソフィアが机にあった小さい箱の上に立って()いた。

「新しい照準(しょうじゅん)だ――拳銃のな」

 工具を使ってスライドから照星(しょうせい)照門(しょうもん)を取り外す。

 ソフィアに箱からどいてもらい、新しい部品を取り出して元と同じように組み込む。

 その様子を(なが)めていたミリアムが言う。

支給品(しきゅうひん)()()()()()のは、後で問題になりませんか?」

「外装だから問題ないって――大佐に許可(きょか)はとってきた。装備(そうび)点検(てんけん)のときには、素のスライドに戻すしな。シリアルはフレーム側に彫ってあるから、絶対バレないぜ」

「そういうとき()手際(てぎわ)がいいんですね……」

 元通り組み立てた拳銃に弾丸が入っていないことを念入りに確かめてから、ヨハンは拳銃を構えてみる。

 新しい照準は元々の部品よりも大きめで背が高く、照門と照星には発光管(はっこうかん)が埋め込んである。

 構えてみると照星は視野(しや)の中でかなり大きく目立つようになった。

「この前、()()にもサイレンサーが入ってきただろ? 銃口の先っちょにある(つつ)に照準が隠れちまうんだよな――至近距離(しきんきょり)なら別にいいが、七ヤード離れた人間の頭を(ねら)うなら、照準が使えないと(こま)る」

「そう」

 その説明をソフィアは聞き流した。

 彼は照準の調整用の工具と私物の弾薬を手提(てさ)げバッグに詰めて、

「ちょっと試射と精度を出しに行ってくるから――なにかあれば来てくれ」と言って出ていった。

 しばらく()った頃、射撃場で照準の調整をしていたヨハンをソフィアが呼びに来た。

 どうやら昼食の時間らしい。

「前より点数が()がってる――調整が不十分?」

 標的の(あな)(かぞ)えたソフィアが訊いた。

「フロントサイトが大きくなったせいだろうな――単純な精度は前よりけっこう落ちてる。両手持ちの二五ヤードで、前までの三インチから五インチに散らばってる。その代わり、近距離でのスピードが格段に速くなった。二発目以降(いこう)のコンマ二秒は撃ち合いでは大きな差だぜ」

 ヨハンは目に見えて上機嫌(じょうきげん)な様子で銃と無縁(むえん)妖精(ようせい)の少女に語った。

 ソフィアはソフィアで、それを黙って聞いている――以前の彼女ならば〝興味(きょうみ)ない〟と返していたはずだ。

「精度より速度をとったの?」

「ああ――速射(そくしゃ)したときに()ね上がった照準を見つけやすくなった」

 軍隊では拳銃を使う場面は限られるため、これまではあまり重要視されていなかった。

 そもそも拳銃の弾丸は小銃用(しょうじゅうよう)に比べて射程(しゃてい)威力(いりょく)桁違(けたちが)いに低く、上級指揮官(しきかん)高級将校(こうきゅうしょうこう)護身用(ごしんよう)といった、消極的(しょうきょくてき)用途(ようと)にしか運用されていないのが実情だ。

 ところがハーレークイン小隊(しょうたい)のような不正規戦(ふせいきせん)特化(とっか)した部隊となると、話は別だ。

 拳銃は小さい武器であり隠匿(いんとく)しやすく、民間人を(よそお)っての諜報活動(ちょうほうかつどう)や通行人に(まぎ)れての要人警護(ようじんけいご)といった任務(にんむ)(てき)している。

 また市街戦(しがいせん)では(せま)い場所での戦いも()いられるため、限られた遮蔽物(しゃへいぶつ)を有効に活用しなくては生き残れない。

 そのためにも小さく(かま)えられる拳銃を積極的に使用する必要が(しょう)じてくるだろう。

 これらのことから、ヨハンは自分の小隊がより積極的に拳銃を使用するために、基本性能を見直す必要があると判断したらしい。

 当初は銃身をはじめとした内部の大幅な改良を(ほどこ)そうしたのだが、市販されている高精度な部品と帝国陸軍の制式弾薬(せいしきだんやく)に使われている雷管(らいかん)との相性が悪く、不発(ふはつ)装填(そうてん)閉鎖不良(へいさふりょう)頻発(ひんぱつ)した。

 市販の競技用に使われる高信頼性弾薬(ファクトリーロード)(もち)いたときには、それらの諸問題(しょもんだい)は発生しなかったのだが、軍隊という組織は弾薬の管理に特に厳格(げんかく)だ。

 ヨハンは自分だけの責任に収まる範囲ならば、軍規や法を犯すことに躊躇(ちゅうちょ)しない人間だが――それを部下たちに押しつけることには消極的(しょうきょくてき)だった。


 

 ヨハンとソフィアが昼食の後で執務室(しつむしつ)に戻ると、シニアから統合参謀(さんぼう)本部に出頭(しゅっとう)するように通達(つうたつ)が来たことを伝えられた。

 ミリアムとソフィアに留守(るす)を任せて、彼はシニアとともに統合参謀本部に出向いた。

 そこでハーレークイン小隊に新しい任務が与えられる――内容は要人(ようじん)警護(けいご)だった。

 帝国の代表と魔界連邦(れんぽう)の大使が、六週間後に洋上の艦上(かんじょう)にて調印式(ちょういんしき)を行う。

 また、その日の夕刻には晩餐会(ばんさんかい)(もよお)されるそうだ。

 ヨハンたちに(まか)されるのは例によって、誰もやりたがらない魔界側の大使の警護だ。

「これは先方からの希望でもあるのだが――ぜひ貴官らに身辺警護(しんぺんけいご)を頼みたいと大使閣下(たいしかっか)(おお)せがよせられたそうだ」

 統合参謀本部の陸軍次席幕僚(ばくりょう)の一人である、スヴェンソン准将(じゅんしょう)が言った。

「まさか……」

 ヨハンは(いや)な予感がした。

「大使閣下はサムエル王太子殿下(おうたいしでんか)ですな」

 シニアが言うとスヴェンソン准将は(うなず)いた。

「その通りだ――では」

 翌日、ヨハンは小隊の幹部(かんぶ)と各班長を召集して、警備計画の基礎方針(きそほうしん)を決める。

「王太子殿下の移動手段に飛竜を運用するのですか」

異論(いろん)があるか? 上級曹長(そうちょう)

「いいえ――しかし、飛竜も万能ではありません。ましてや帝都を飛行するとなると、発着地点(LZ)は限られてきます。民間の飛行場を徴発(ちょうはつ)するとしても、晩餐会の会場までは結局、馬車で移動するのでは飛竜を使う意味が半減(はんげん)してしまいます」

 いつもながらシニアの懸念(けねん)妥当(だとう)だった。

 しかし、この解決策をヨハンはすでに考えていたようだ。

「会場に(じか)()りればいい――そのために、()()()()()()()()()貴族の屋敷(やしき)で晩餐会を開くよう、ボーマン大佐の名前で上申(じょうしん)した」

 ヨハンはミリアムを見た。

「……? 小官になにか? 大尉」

「お前さんの実家にも、なかなか広い庭がありそうだな」

唐突(とうとつ)になにを(おっしゃ)る……」

「ほーら、こんなに広いじゃないか」

 ミリアムの言葉を(さえぎ)って、ヨハンは帝都の外苑(がいえん)のとある伯爵家(はくしゃくけ)の図面をテーブルに広げた。

 地権者(ちけんしゃ)(らん)には〝シメオン伯爵〟とある。

「まさかっ!?」

「ピンポーン――その()()()だ。任務(にんむ)とはいえ里帰(さとがえ)りができるし、おとっつぁんに元気な顔を見せてやれよ。少しなら時間もとれるし」

 ミリアムは嘆息(たんそく)した。

 彼女は(くちびる)(とが)らせてヨハンに言う。

「エフライム閣下(かっか)御用邸(ごようてい)拝借(はいしゃく)されたら、()んだのではありませんか?」

「俺もそれ()いたんだ――でも、なんか人間と魔族の政治に竜族がでしゃばるのは良くないって、ババアが(のたま)ったらしい。というわけで、次だ次。なんだっけ?」

近接航空支援きんせつこうくうしえん体制(たいせい)についてであります」

 シニアが補足(ほそく)した。

「当基地より空軍から与力(よりき)として派遣(はけん)される、バンジョウ大尉とは別のハーキュリーズが狙撃班の半数を乗せて出撃する予定となっておりますが」

 ミリアムの言葉にヨハンは首を振った。

「ランサーを呼ぶ――モアブ(MOAB)搭載(とうさい)させてな」

「なっ!?」

「それは無茶です――大尉」

 ミリアムが(おどろ)き、シニアは憮然(ぶぜん)としたような顔で首を振った。

 ランサーは帝国空軍の戦略爆撃(せんりゃくばくげき)飛竜だ。

 先日のリーベルラントの動乱で投入された際には、敵の対空監視網(たいくうかんしもう)隙間(すきま)突破(とっぱ)して空爆(くうばく)を成功させている。

 その打撃力(だげきりょく)凄絶(せいぜつ)の一言では生ぬるく、わずか一度の攻撃で敵の司令部は灰燼(かいじん)()した。

 空爆と並行して敢行(かんこう)された空軍と協同した陸軍の空挺(くうてい)作戦と、海軍が独力で行なった陸戦隊(りくせんたい)による強襲(きょうしゅう)上陸(じょうりく)に敵は組織的な抵抗(ていこう)が出来ずに制圧された。

 そして〝モアブ〟とは、帝国の航空(こうくう)戦力が投射(とうしゃ)できる中でも最大の爆弾だ。

 重量だけでも二〇〇〇ポンド爆弾の十倍を超える代物(しろもの)で、加害範囲(かがいはんい)は数クリックに及び、一発で街ひとつをまるごと吹き飛ばすことができる、燃料気化爆弾(FAE)が爆竹に見えてしまいそうなほど凶悪な兵器だ。

 ()()()()()を一体、なにに使おうというのか――部下たちの視線を集めたヨハンは言う。

「モアブは保険だ――万が一、あのクロンボのガキが()()()()()ときに、確実に仕留(しと)めるためのな。以前の作戦で、俺は何度かあの野郎に(たま)()らわせたのに、(はず)れちまったことがある」

 ヨハンはソフィアを見た。

「私もその場にいた――彼の一族は天候(てんこう)にある程度干渉(かんしょう)する魔術を得意(とくい)としている」

「どういうことでしょう?」

 ミリアムが首をかしげた。

「あの野郎は空気の壁に真空の隙間(すきま)を、()()()()()()()()()()()()()()()()()張り巡らせて、気流を乱して弾道を()らせるってことらしい――もしくは俺の射撃が下手(へた)か。おい、()()笑うとこだぞ?」

「面白くない」

「なんだよ今畜生め」

 そう言って、ヨハンはソフィアのスカートを狙って指をはじいて、八つ当たりした。

「なるほど――()()()モアブというわけですか」

 シニアが神妙(しんみょう)に頷いた。

「天候を操作できる能力を上回るだけのエネルギーを、爆風として彼にぶつけようというわけですか――大尉」

 ミリアムが確認するように()くとヨハンは(うなず)いた。

「マーク八四でもいいんだが――(やっこ)さんの底力(そこじから)がわからない以上、半端(はんぱ)なのを使っても意味ないからな。(たた)くなら出し()しみは()()だ」

「ちょっとお待ち下さい――大尉、我々の任務はサムエル王太子殿下の身辺警護(PSD)のはずです。その我々が、なぜ殿下の攻略法(こうりゃくほう)検討(けんとう)しているのですか」

 ヨハンは(またた)いた。

「そういやそうだ」

「ちょっと、大尉! ()()()()なさってください」

 ミリアムは上官の態度に我慢(がまん)できなくなったのか、声を上げて(たしな)めた。

「いやいや、これでも真面目にやってる方なんだって――警護の話に戻るが、お前さんはクロンボのガキに張り付いてもらう。礼服はあるよな? シャツにはきっちり(のり)()かせておけよ」

 ミリアムは意外そうな顔をした。

 通常の要人を相手の任務ならばいざしらず、王侯貴族(おうこうきぞく)護衛(ごえい)ともなれば、責任者であり部隊の最高階級の人間が対象の(そば)()くものだ。

 その慣例を()えて破るとヨハンが言う――こういうとき彼には必ず何か別の(ねら)いがあるはずだ。

「では、大尉は?」

「俺は別働隊(べつどうたい)(ひき)いて〝掃除(そうじ)〟だ――前回はドタバタして、放っておくしかなかったが、この機会に暗殺犯どもは()りずに攻めてくるだろう? 一人残らず、ぶっ殺してくる♪」

 彼は笑みを浮かべて親指を立てた。

 平時や普段はまったく頼りない上官だったが、事に及んだ時に限ってこの指揮官(しきかん)は信用できる。

 それに、訓練はしているものの、ミリアムにはまだ市街地戦闘(MOUT)経験(けいけん)がない。

 それを踏まえての采配(さいはい)なのだろう。

「わかりました――大尉の名代(みょうだい)として、サムエル王太子殿下の直衛(ちょくえい)に付きます」

 ヨハンは頷いた。

「頼んだ――シニア、あんたは前と同じくハーキュリーズに乗り込んで、全体の統制(とうせい)をしてくれ。ついでに狙撃(シエラ)チームの指揮(しき)も任せる」

「了解」

「私は?」

 ソフィアがヨハンの耳を引っ張って()いた。

「通信の管制(かんせい)だ――シニアに同行して、随時(ずいじ)状況を俺に報告しろ――同時に、周辺部隊の通信の傍受(ぼうじゅ)もやってくれ」

「ん――わかった」

「では次に――暗殺者の動向と前回の襲撃(しゅうげき)()まえた上での、警備計画ですが……」



 三週間後。

 帝国海軍連合艦隊(れんごうかんたい)旗艦(きかん)〝ギャルリー・デス・グレース〟は艦隊の陣形を保ちながら大河を遡上(そじょう)した。

 ()()()()は数日かけて、事前に通告のあった大河の中間地点で魔界連邦(れんぽう)の最大海竜、レヴィアタンとの邂逅(かいこう)を果たした。

 それから彼らは、ともに大河を下って帝国の領海内(りょうかいない)を進みながら、帝都から最も近い(わん)を目指す。

 帝国と魔界の海軍が艦隊を組むのは、言うまでもなくこれが初めてのことだ。

 それからさらに三週間後に帝都の湾に艦隊の陰が見えた。

 上陸用舟艇(しゅうてい)に礼服を身に着けたミリアムが乗り込んで、(むか)えに現れるとサムエルは少しだけ意外そうな顔をしたものの、すぐに笑みを見せて彼女との再会を喜んだ。

 サムエルをはじめとした魔界側の代表団は舟艇に分乗、ギャルリー・デス・グレースに接舷(せつげん)した。

 ミリアムが間に立ち、旗艦の艦長(かんちょう)連合艦隊(れんごうかんたい)指揮(しき)する提督(ていとく)をサムエルに紹介し、海軍の重鎮(じゅうちん)たちは魔界の王太子を自分の(ふね)に迎えられた栄誉(えいよ)に感謝と歓迎(かんげい)社交辞令(しゃこうじれい)()べた。

「それで、()は?」

 調印式(ちょういんしき)が始まる前に着替(きか)えをしていたサムエルが衝立越(ついたてご)しに()いてきた。

「は――殿下(でんか)に申しあげます。スミス大尉は、殿下のご親近(しんきん)(さわ)がせうる(ぞく)討伐(とうばつ)するため、本日未明より出撃されました。大尉からは、殿下におかれましてはご無礼(ぶれい)をご容赦(ようしゃ)(たまわ)りたいとの(よし)です」

「うん――わかったよ」

 サムエルは人懐(ひとなつ)こさを(にお)わせるような、柔らかな笑い声を(まじ)えながら言った。

「ところで、彼が人に無礼を(ゆる)してもらうことって――あるのかな?」

 付添(つきそい)侍従(じじゅう)たちに頭にターバンを巻きつけてもらいながらサムエルが言った。

 ミリアムは答えに(きゅう)した。



 数時間前。

「シエラへ――シックスだ。ピクチャー(観測情報)をくれ」

《シックスへ――こちらワン。標的(エックスレイ)(とら)えました、いつでも撃てます》

《ツー、同じく》

「シックス了解――合図を待て」

 狙撃班(そげきはん)の報告を聞いたヨハンは、小銃(しょうじゅう)安全装置(あんぜんそうち)をはずした。

 彼はヘルメットを拳で二度叩きながら、

ブリーチャー(爆破担当)、前へ」と命じた。

 爆破(ばくは)得意(とくい)とするシュミットが前に出て建物の(とびら)を調べる。

 その素材、錠前(じょうまえ)の種類や蝶番(ちょうつがい)の仕組みなどで、それぞれ破壊の方法が異なるためだ。

 シュミットが扉を調べる間、ヨハンをはじめとした他の隊員たちは全周を警戒(けいかい)することになる。

 彼らの周囲は狙撃班(シエラチーム)とは別の位置に軽機関銃(けいきかんじゅう)重武装(じゅうぶそう)した援護班(えんごはん)陣取(じんど)って、周りの監視(かんし)をしている。

 ヨハンたち、ハーレークイン小隊(しょうたい)別働隊(べつどうたい)はサムエルを(ねら)っているという暗殺犯の情報を得て、その(かく)()強襲(きょうしゅう)をかけるところだった。

 場所は帝都の郊外(こうがい)にある断絶(だんぜつ)した貴族の屋敷(やしき)で、持ち主が転々とした後に民間の海運会社が税金対策の一環で保養施設(ほようしせつ)として購入(こうにゅう)したものだった。

 シュミットが扉を爆破する、専用の爆薬を仕掛けて(うなず)いた。

「ブリーチ・クリア」

 ヨハンの命令でシュミットが起爆装置を二回叩くように点火した。

 轟音(ごうおん)がして扉が奥に向かって吹き飛ぶ。

「全隊へ――シックスだ。任意発砲(にんいはっぽう)交戦(こうせん)を許可する。ブレイク、ブラボーチームは建物への発砲(はっぽう)は|控《ひかえろ」

《シエラ、発砲開始――仕留(しと)めました》

《シックスへ――ブラボーは裏口(うらぐち)から出る敵を叩きます》

「行くぞ野郎ども!」

 衝撃波で巻き上げられた(ほこり)と爆炎が収まらないうちに、ヨハンは先陣を切って突入した。

 玄関ホールで突入班は二手に分かれて、ヨハンの班が二階へ向かう。

 一階はローガン一等軍曹(ぐんそう)が率いる班が制圧する手はずだ。

「コンタクト!」

 廊下(ろうか)の先に、小銃の銃身が突き出ているのをヨハンは見つけた。

「ハイ・ロー!」

 その合図とともに彼は中腰(ちゅうごし)になりながら、後続の部下の射界(しゃかい)を確保した。

 野戦(やせん)とは(ちが)い、市街地における戦闘(MOUT)では(せま)い場所を一列に進むことが多いため、人数に関わらず正面に対して充分(じゅうぶん)な火力が発揮(はっき)できない。

 先頭が意図的(いとてき)姿勢(しせい)()げて、後続のもう一人が歩調を合わせながら小銃を構えることで、移動中でも火力を維持(いじ)できるようにすべきだと、彼らはシニアに指導(しどう)されていた。

 ヨハンは左手を突き出す独特の構え方で銃を保持して、敵の胸から(のど)の高さに合わせて照準を予め定めた。

「!」

 侵入者(しんにゅうしゃ)迎撃(げいげき)しようとした敵が銃を構えたときには、もうヨハンと後続の部下は引き金を(しぼ)っていた。

 ほとんど同時に発砲(はっぽう)し、敵が瞠目(どうもく)しながら倒れていく。

 先頭のヨハンたちが敵のとり落とした小銃を蹴飛(けと)ばしたとき、背後で味方の銃声がした。

 おそらく、倒した敵に後続の部下が(とど)めを()したのだろう。

 今回の出撃に(さい)して、ヨハンが()した交戦規則(ROE)は標的全員の殺害だった。

 この点については賛否(さんぴ)あると思われるが、少ない兵力では主犯を悠長(ゆうちょう)(さが)して逮捕(たいほ)していられない、と彼は判断(はんだん)したようだ。

〝テロリストの()()()()()()()尊重(そんちょう)して、危ない橋を渡るのはゴメンだ〟

 後日の彼は臆面(おくめん)もなくそう答え、

〝俺はこれでも敬虔(けいけん)信徒(しんと)なんだぜ――どうせ天罰(てんばつ)を受ける奴らなら、俺が(エル)の手間を(はぶ)いて()()()()方がいいだろ? な? なっ!?〟と真顔で同意を求めてきた。

 こうして、ヨハンたちは次々に二階の部屋を制圧(せいあつ)していく。

 事前に充分な訓練(くんれん)青写真(ブループリント)(もち)いた細かい手順がなくても、彼らは今の自分が何をすべきか、身体に()み込むまで練度(れんど)を高めている。

 (たが)いに目配(めくば)せもせずに、必要に応じて前後左右に位置を変えながら、(たく)みに死角(しかく)援護(えんご)し合う。

 右の曲がり角に()()かるときは、自然と銃床(じゅうしょう)左肩(ひだりかた)(すべ)り込ませながら、両手の位置を()えるといったことも、彼らにとっては()()()()()()()()()()だった。

 ヨハンは廊下(ろうか)の角につま先を沿()わせて、背後の部下の合図を待った。

 態勢を整えた部下に(かた)を軽く(たた)かれると、つま先を(じく)に曲がった。

「!」

 廊下の先で、敵が軽機関銃(けいきかんじゅう)の設置をしているのが見えた。

 ヨハンと部下は同時に速射(そくしゃ)した。

 一瞬(いっしゅん)だけ(おく)れて、軽機関銃(LMG)が火を吹く。

「大尉!」

 背後の部下がヨハンを突き飛ばしながら、銃火を逃れるために自分もその場に()せる。

 軽機関銃の射撃手(しゃげきしゅ)は最初の銃撃で仕留めたものの、銃撃が続いているのは引き金が何かに引っかかったのだろうか。

 反動で軽機関銃は無茶苦茶に撃ちまくってくるが、すぐに天井に着弾が集まりだす。

 ヨハンは拳銃に持ち替えて、伏せたまま発砲して射手の隣にいた弾薬手を撃った。

「フラグアウト!」

 背後の部下が、手榴弾(しゅりゅうだん)投擲(とうてき)した。

 先頭にいたヨハンたちは両腕(りょううで)を交差して顔面を守りながら、ヘルメットを突き出して破片(はへん)に備えた。

 爆発が起きて、軽機関銃の周囲が制圧されると彼らは再び前進を進める。

 ヨハンは嫌な予感がしていた。

 この施設は間違いなく敵の拠点(きょてん)だが――それにしては防衛兵力(ぼうえいへいりょく)が少なすぎる。

 敷地(しきち)を考えると、複数の小隊規模の部隊が待ち構えていると思えたが、これまでに倒した敵は数人だけで、いずれも軽装だった。

 また、軽機関銃の設置位置にしてもより効果的に配置できる場所があったはずだ。

 まるで、この場所に不慣れな敵が襲撃(しゅうげき)を受けて(あわ)てて対応しているようだった。

 これまでの〝道化師たち(クラウンズ)〟による犯行を(かんが)みると、このお粗末(そまつ)な対応に違和感(いわかん)を禁じえない。

《シックスへ――アルファ・ツーは一階を制圧(クリア)。設計図にない地下へのトンネルを発見しました。ブレイク、トンネルは北に伸びています》

「シニア! トンネルの出口を特定しろ! ブレイク、ブラボーは移動用意! ブレイク、シエラは全員、ブラボーの位置で合流しろ!」

 ヨハンは悪態(あくたい)をつきたい衝動(しょうどう)(おさ)えて、部下に新しい命令を下した。

 おそらく、ここにいた敵は(すで)撤退(てったい)したのだろう。

 (わず)かに残した兵力は、監視(かんし)と時間(かせ)ぎのためだと思われた。

 最後の部屋にヨハンたちは突入した。

 そこもやはり無人だった。

 というより、最初に狙撃班(シエラチーム)仕留(しと)めた敵の死体が転がっているだけだった。

大尉(たいい)、こちらへ」

 主寝室(しゅしんしつ)にいたヨハンを部下が呼んだ。

 隣室(りんしつ)に入ると、そこは作戦指揮所(CP)のようになっていた。

「……」

 広げられていた帝国の地図を見る――その下には別の図面があった。

 橋の橋脚(きょうきゃく)のものだが桁違(けたちが)いに大きい。

 これほど大きな橋は帝国にもそう多くはない。

不味(まず)い……」

 ヨハンは図面を丸めて部下に渡し地図に戻った。

「全隊へ――シックスだ。敵の(ねら)いは横断鉄道の橋だと思われる。橋を爆破して、運行中の列車を落とすつもりだ。ブレイク、おそらく、調印式(ちょういんしき)最中(さなか)起爆(きばく)して、両国の関係に水を差すつもりなんだろう」

 ヨハンは端末水晶(SINCGARS)()げた。

《ファイブよりシックスへ――ハーキュリーズを正面に()ろします。ブレイク、屋敷の確保はいかがなさいますか?》

 予定では、この拠点(きょてん)を制圧してから、近くに駐屯(ちゅうとん)する陸軍の第二五師団(しだん)から中隊が派遣(はけん)され、引き()ぐことになっている。

 ハーレークイン小隊は最低限の歩哨(ほしょう)を残して、サムエルの護衛(ごえい)復帰(ふっき)する手はずだった。

「アルファは全員、玄関(げんかん)ホールに集合。ブレイク、ブラボーとシエラは正面の噴水(ふんすい)に展開して、ハーキュリーズの着陸を援護(えんご)。ブレイク、ファイブへ。宝探(たからさが)しと後始末(あとしまつ)後詰(ごづ)めに丸投(まるな)げだ。連中にも仕事をしてもらわなきゃな」



 帝都防空(ぼうくう)司令部(しれいぶ)にいたマイアのもとに急報が届いた。

 先日、ランサーに搭載(とうさい)されていた爆弾を〝モアブ〟に換装(かんそう)した(さい)に、元々とりつけてあった二〇〇〇ポンド爆弾(マーク八四)紛失(ふんしつ)したというのだ。

「なんという失態(しったい)じゃ――兵器(へいき)管理部(かんりぶ)はなにをしておった!?」

 マイアは狼狽(ろうばい)した様子はなく憮然(ぶぜん)として言った。

 またそれにともなって、何者かがリーベルランドにかかる横断鉄道の橋を爆破する可能性があるという報告がよせられる。

 警告(けいこく)(はっ)した部隊はハーレークイン小隊で、彼らはすでにリーベルラントに不法越境(ふほうえっきょう)しているという。

「坊や――また無茶をしおって」

 マイアは(あき)れつつも、ただちに対応策(たいおうさく)を立てる。

 まずは稼働可能(かどうかのう)航空戦力(こうくうせんりょく)の動員だ――しかし、近接航空支援(CAS)として議会の承認を()ずに他国領(たこくりょう)出撃(しゅつげき)するのは違法(いほう)だ。

「いかがなされますか? ()()()()()

「……出撃じゃ――よいか、これは捜索救難(そうさくきゅうなん)である。救難飛竜(HR)の援護のために()()()護衛竜(ごえいりゅう)出撃(しゅつげき)を許可すると、伝えるがよい。海軍にも捜索救難(SAR)の出動を要請(ようせい)せよ。(わらわ)はこれより陛下(へいか)勅命(ちょくめい)(たまわ)る。馬を引けい!」



「今すぐ横断鉄道の列車を止めるよう言え――スヴェンソン准将(じゅんしょう)()け合ってもらうんだ」

 ヨハンは端末水晶(SINCGARS)を通じて、鉄道局と交渉(こうしょう)しようとしたが、証拠(しょうこ)と情報に(とぼ)しい状況下(じょうきょうか)では鉄道局の協力は()られそうもない。

 また、大陸横断鉄道は帝国と魔界連邦(れんぽう)が共同で出資(しゅっし)して、リーベルラントの鉄道公社に経営と運営を委託(いたく)している。

 正面からの交渉(こうしょう)では時間がかかりすぎた。

「ヨハン――大河を渡る横断鉄道の橋脚(きょうきゃく)は無数にある。どこに的を(しぼ)るの?」

 ハーキュリーズで合流したソフィアが()いた。

「これは示威行動(じいこうどう)だ――帝国と魔界を分断(ぶんだん)するためのな。なら、橋をぶっ壊す場所は二箇所(にかしょ)に限られる」

「つまり?」

 ソフィアが(うなが)すと、彼はハーキュリーズのキャビンにあるハッチを開いた。

「見ろ――大河の両岸を結ぶ軸線(じくせん)にはなにがある?」

 上空を飛ぶハーキュリーズからは大河の様子がよくわかる。

 ヨハンが身を乗り出すとその肩に乗ったソフィアは目を細める。

「リーベルラント?」

 彼は敵が帝国と魔界の分断を画策(かくさく)するならば、その(ねら)いはリーベルラントを挟んだ二箇所の橋脚(きょうきゃく)を破壊するだろうと推測(すいそく)した。

 シニアもその考えに同調した。

 さらにヨハンは言う。

「こいつは嫌がらせなんだ――だから俺にはよくわかる。俺の特技は()()()()()()()()()()()()()ことだ」

「ん――知ってる」

《ハーレークインたちよ――これより我は低空飛行に移る。五〇フィート以下まで一気に降下(こうか)する》

 ハーキュリーズ(バンジョウ大尉)()げるとヨハンはキャビンに戻った。

「お前さんはキャビンに残れ」

 ヨハンが言うとソフィアは首を振った。

「絶対に(いや)

「あのなあ――俺たちはこれから自治領(じちりょう)不法越境(ふほうえっきょう)すんだぞ? おまけに、やるのは殺しと爆弾処理(ばくだんしょり)だぜ」

「起爆方法が端末水晶の遠隔装置(えんかくそうち)だったら? 私なら妨害(ぼうがい)できる――それに」

「それに?」

「あなたのそばを離れたくない――と言ったら、(うれ)しい?」

 ヨハンの双眸(そうぼう)が見開かれた。

()()()()()

 即答(そくとう)したヨハンの耳を引っ張って、ソフィアが小さい声で(ささや)く。

(うそ)つき!」

 ハーキュリーズというより、飛竜という種全体に言えることだが、彼らは空中に留まること(ホバリング)得意(とくい)としない。

 不可能ではないが、それは単独で行う場合に限られる。

 仮に兵員輸送用(へいいんゆそうよう)のキャビンを(かか)えた状態で行えば、(はげ)しい振動で中にいる兵士は地雷(じらい)()んだ車両に乗っていたときのように、()()()()()()()()

 低空飛行から上昇しようとする一瞬(いっしゅん)だけ、相対的(そうたいてき)にハーキュリーズは空中で制止する。

 その瞬間に、ヨハンたちは飛び出した。

《まったく無茶を思いつくものよ――幸運を(いの)る、ハーレークインの勇士たち》

 彼らの降下(こうか)を見届けたハーキュリーズはそう告げて、帝国領方面に再び低空飛行で引き上げていった。

「敵だ!」

 ヨハンたちは線路上で交戦(こうせん)をはじめた。

 降下地点(LZ)に敵がいるということは、ヨハンの推測は正しかったことになる。

「ブラボーはシニアと展開して敵の(ふね)を探せ! アルファは俺に続いてピールムーブ! ブラボーを援護(えんご)しろ!」

《シックスへ――ブラボー了解!》

 ヨハンは片膝(かたひざ)をついて小銃を速射した。

「今だ! 行け!」

《大尉! 後方から列車です!》

 シニアが警告した。

 線路を振り返るとヨハンたちの背後、帝国側から進発した横断鉄道の列車が警笛(けいてき)()らしながら(せま)ってくるのが見えた。

「はー、()()()|え――頼りにならねえ連中だな」

「それどころじゃない」

 そう言って、ソフィアが〝猫じゃらし〟の光線で敵の位置をヨハンに知らせた。

「アルファ全隊! ピールムーブは中止! ブレイク、通り過ぎる列車を遮蔽(しゃへい)にして、一気に前進するぞ! シックス、アウト!」



 ギャルリー・デス・グレースの甲板上(かんぱんじょう)(しつら)えられた会場で、調印式(ちょういんしき)(とどこお)りなく()り行われていた。

 そのとき、ミリアムたちは地鳴(じな)りか遠雷(えんらい)のような轟音(ごうおん)彼方(かなた)に聞いた。

 出席者たちは騒然(そうぜん)となって煙を上げるリーベルラントの方を見た。

諸君(しょくん)! 静粛(せいしゅく)にしたまえ!」

 不意にサムエルが凛然(りんぜん)とした声を張った。

何事(なにごと)が起きたか僕にも知るすべはない――しかし、何が起きようとも両国の講和(こうわ)()すべしと僕は国王陛下(へいか)より勅命(ちょくめい)(たまわ)っている。内務尚書(ないむしょうしょ)閣下(かっか)、こちらにお()しを願えますか」

「は――失礼をお()び申し上げます。殿下(でんか)

 正装した内務尚書(ないむしょうしょ)が再びサムエルに向き合った。

 (さわ)ぎで中断した楽隊の指揮者(しきしゃ)に軍の高官が(うなず)いて、もう一度最初から両国の国歌の演奏(えんそう)をはじめた。

 こうして帝国と魔界の講和(こうわ)は正式に締結(ていけつ)されたものの、彼らが本土に上陸する頃になると、被害の甚大(じんだい)さが(つまび)らかとなった。

 リーベルラントの魔界側の橋脚(きょうきゃく)が爆破されたものの、帝国側は現地に急行した帝国軍の小隊が起爆装置と信管の解体に成功したらしい。

 爆破の直前に帝国側から発車した列車は貨物列車で、乗り込んでいた乗務員と技術者、(あわ)せて六人の死亡が報告された。

 これによって帝国と魔界連邦(れんぽう)、そして両大国にはさまれたリーベルラントの間にはさらなる暗雲(あんうん)が立ち込めることとなる。

 爆破に使用された爆弾が帝国空軍の基地より盗難(とうなん)された兵器だったこと、そして都合よく帝国側の橋脚の爆破が阻止(そし)されたために、魔界の政府とリーベルランド自治領府(じちりょうふ)は協同して真相究明を帝国政府に求めてくるだろう。

 また、リーベルラント領内に事前の通告や許可を取らず、帝国軍の小隊が多数の国際法(こくさいほう)条約(じょうやく)を無視して不法越境(ふほうえっきょう)したことに対して、帝国外務省(がいむしょう)には正式な抗議(こうぎ)が届いた。

 その上、不法越境したにもかかわらず、帝国陸軍の小隊はすんでのところで実行犯たちを取り逃がしていた。

 外務省は統合参謀(さんぼう)本部と陸軍省に、状況説明と釈明(しゃくめい)を求めることになる。

 こうして()()()()()()(くず)れたことで、帝国は上から下に次第(しだい)に騒ぎが大きくなっていくのだった。



 空軍から派遣(はけん)された捜索救難飛竜(SARHR)収容(しゅうよう)されたヨハンたちは、帝都方面に帰投してギャルリー・デス・グレースに向かうように頼んだ。

 予定外の飛竜の着艦は意外にもあっさりと承認された。

 船上にいたミリアムと、通信を通してマイアが船長の大佐にかけあってくれたらしい。

「ご無事でなによりです、大尉(たいい)

 礼服を身に着けたミリアムは、芸術家が生涯(しょうがい)()して大理石から(けず)り出した彫像(ちょうぞう)のように、()()()()()()だった。

 階級章(かいきゅうしょう)略綬(りゃくじゅ)のリボンの数に目をやらなければ、一国の王太子(おうたいし)近衛(このえ)としては彼女ほど見栄(みば)えのする人物はいないだろう。

「お前さんにしては気の()いた嫌味(いやみ)だな」

 そう答えながらヨハンは飛竜のキャビンから()りてくる。

 (かわ)いた(どろ)(ほこり)が服や髪を汚し、顔や手などの露出(ろしゅつ)している場所には、()()()()生傷がいくつもある。

 いかにも前線から帰ってきた兵士といった様相を(てい)していた。

「そんなつもりじゃありませんっ」

「ヨハンはもっと素直になったほうがいい」

 ミリアムの弁解(べんかい)とソフィアの小言を無視して、ヨハンは装具(そうぐ)のベルトから一クォートの水筒(すいとう)を取り出して、浄水剤(じょうすいざい)()かした()()()()()の水で(のど)を鳴らした。

「状況は? 少尉(しょうい)

 ソフィアが()いた。

 彼女の方は無傷だったが、服や肌には上官と同じく汚れに(まみ)れている。

調印(ちょういん)式典(しきてん)は無事終了――殿下(でんか)には、晩餐会(ばんさんかい)まで貴賓室(きひんしつ)でご休息をとっていただいております」

「よし、案内しろ!」

「しかし……」

「構わん!」

 細巻きを取り出しながらヨハンは言った。

「大尉、まずはお()()えを――お歴々の前を()()()()()通るのは、さすがに不味(まず)いです」

 背後に現れたシニアがミリアムと同じ考えで上官に諫言(かんげん)した。

「……わかった」

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