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第11話 海――小隊の夏休みと帝国の溜めたツケ

――サムエルの護衛と国外脱出を「何事もなく」完了させたハーレークイン小隊には、少し早い夏休みが与えられた。南洋のリゾートで、ヨハンたちは休暇を満喫する。今回は特別な許可を得たために、ソフィアから見たヨハンとの一日も送り届けたい。一方で、二人の休暇の楽しみ方が不健全だとミリアムは言い出し、彼らに「正しいツアー」をさせようとする。

 ハーレークイン小隊(しょうたい)には、少し早い夏季休暇(かききゅうか)(あた)えられた。

 ジョージック号が保養地(ほようち)停泊(ていはく)している間に彼らは下船し、南国の街の中に()り出していく。

 帝国の中でも、この保養地は最も戦場から遠い街であり、海軍にとっては重要な拠点(きょてん)でもある。

 半島から()()のように突出(とっしゅつ)した小さな島が、まるごと海軍の基地として使われていた。

 そこはかつて交易(こうえき)の一大拠点として(さか)えていたらしい。

 ホテルのロビーでハーレークイン小隊の面々は部屋の鍵を受け取って、以降(いこう)は一週間後の再編成(さいへんせい)まで、いっさいの軍務(ぐんむ)から解放された。



《今さら、こんなことを言いたくはないんだが――貴官(きかん)は頭がどうかしてるのか?》

 ヨハンはホテルの端末水晶(SINCGARS)()りて、第九九連隊基地に口頭(こうとう)で報告を行った。

 ()()()()()ことだったが、彼は基地司令であり直属の上官であるボーマン大佐(たいさ)から叱責(しっせき)を受けている。

「しかし任務(にんむ)は無事にこなしましたから」

《無事っ!? いま無事と(もう)したか? おかしいのは私の耳か? やはり貴官の頭か!》

「頭です――大佐殿」

茶化(ちゃか)すな! ()()()もの! 勝手に統合参謀(さんぼう)本部の警備(けいび)計画を無視した結果、どれだけ多くの同僚(どうりょう)友軍(ゆうぐん)、関係各機関に迷惑(めいわく)をかけたと思っている! メイ中佐が、話のわかる人だったからよかったものの、門閥貴族(もんばつきぞく)のお歴々(れきれき)であったなら、小隊はおろかこの基地の全員が更迭(こうてつ)されているところだ》

 ジョージック号がハーレークイン小隊によって武装占拠(ハイジャック)された件は、統合参謀本部が帝国政府を通じて、海運会社と話をつけたらしい。

 また、被害総額(ひがいそうがく)を上回る寄付(きふ)を受け取ったこともあり、海運会社は〝なかったことにしたい〟という、統合参謀本部の意向(いこう)納得(なっとく)したようだ。

 これによって、公的(こうてき)にはハーレークイン小隊ならびにその指揮官(しきかん)であるヨハンは、幸運にも処分(しょぶん)沙汰(さた)(まぬが)れることができた。

 ボーマン大佐から、それらのことを訓戒(くんかい)(まじ)えて、数時間ほどかけて聞かされると、ヨハンはようやく解放(かいほう)された。

 部屋に戻って、彼は花柄の悪趣味(あくしゅみ)半袖(はんそで)シャツと膝丈(ひざだけ)のズボンに着替(きか)えて、麦わら帽子(ぼうし)を首からかけるとホテルのロビーに()りてきた。

「夏休みってどうすればいいの?」

 ロビーにいたソフィアが()いた。

「お前さん、まだいたのかよ――他の連中と一緒に(まち)に出たんじゃなかったのか」

「待ってた」

「誰を?」

 ソフィアは無言でヨハンを指差(ゆびさ)す。

 それを受けた彼は茶化(ちゃか)すように妖精(ようせい)の少女の真似(まね)をして、自分を指差す。

「……」

 無言で自分を見つめてくるルビーの(ひとみ)から目を()らして、ヨハンは言う。

「夏休みなんてのはな――ビーチのパラソルの下で、マイタイでも()りながらヤシの木を見る()()をして、水着のプレイメイツを(なが)めてりゃ、あっという間に終わるもんだ」

「それだけ? 眺めて終わり?」

「メインディッシュは水着の中身の方だが、()()の前に鮮度(せんど)を見たり()()()()あるんだよ」

「そう――それで、どこに行くの?」

 行くあてがないのか、以後もソフィアはヨハンに同行する。

「ついてくんなよぉお」

駄目(だめ)――私はヨハンに隷属(れいぞく)しているのだから、あなたは私を常に従えているべき」

休暇(きゅうか)は例外だろ!」

「そんな規約(きやく)はない」

 妖精族(ようせいぞく)は自分の身の回りで起きた出来事(できごと)細大(さいだい)()らさず、暗号化(あんごうか)して記録(レコード)していると言われている。

 今回は、特別に()()()()()()()()()()()ため――彼女の記録に忠実(ちゅうじつ)沿()いたい。



 十一時十二分。

 私たちは乗合(のりあい)牽引車(けんいんしゃ)で、ホテルから繁華街(はんかがい)へ移動をはじめる。

 同、二六分。

 繁華街の入り口で牽引車を()りる。

 ()()()相場(そうば)が帝都の乗合馬車(のりあいばしゃ)(ちが)ったことで運転手と()める。

 運転手が手を出してきたので、拳銃で(おど)して()(はら)う。

 同、時二九分。

 ヨハンは目についた屋台(やたい)氷菓子(こおりがし)を食べはじめる。

 冷たくて美味(おい)しかった。

 イチゴのシロップで食べて、舌が赤くなったことをからかわれた。

 でも〝キティちゃんみたいな色〟とはどういう意味だろう。

 きっと辞書(じしょ)()っていない下品な慣用表現(かんようひょうげん)だと思うから、調べる気にもならない。

 彼は私が残した分を食べてから、ラム酒味というのを見つけて、()()()()を頼んだ。

 そしてお(なか)を壊した。

 同、四三分。

 トイレから出てくる。

 同、四四分。

 喫茶店(きっさてん)に入るが、カプチーノがないことに憤慨(ふんがい)して店を出る。

 ()()()看板(かんばん)蹴飛(けと)ばしていた。

 いつもの彼よりかなり()()()()対応だ。

 十二時〇三分。

 郷土(エスニック)料理の店で昼食を食べる。

 妖精族用の献立(こんだて)がないが、帝都の外に()()()が出ることは(まれ)なので仕方(しかた)ない。

 ヨハンに定食のサラダと果物(くだもの)()けてもらう。

 同、五五分。

 店の向かいにあるカジノへ。

 十三時三六分。

 彼は私の選んだスロットマシンで、ジャックポット(大当たり)を出す。

 五〇〇ポンドのチップを()る。

 彼の年収の倍近い大金だ。

 十三時五九分。

 ホールデムの台で、ヨハンは()()()に負ける。

 五と七のスペードでストレートフラッシュを(ねら)ったらしい。

 一対一の勝負(ヘッズアップ)

 おそらくフルハウスを(そろ)えている相手に、最後の一枚に期待して(いど)むのは無謀(むぼう)だと助言したのに、なぜか彼は強気(つよき)に出た。

 五と七のスペードが手元にあるときは()()()()()()で勝負に出るものらしい。

 それが〝カジノ・ロワイヤル〟だそうだ。

 意味がわからない。

 きっと()()()()()()みすぎたせいだと思う。

 私も味見したが、ほろ苦い後味が()()()()だった。

 十四時〇六分。

 大金を(うしな)ったヨハンはカジノの向かいの通りを歩く観光客(かんこうきゃく)らしき女性に目をつける。

 傷ついた硝子細工(がらすざいく)の心を、()きずりの美女に(みが)いてもらうのだという。

 彼はもっと広い視野(しや)を持つべきだ。

 行き()う自動車に警笛(けいてき)()らされながら、強引に道を渡って彼女に近づこうとする。

 その女性は帽子(ぼうし)目深(まぶか)(かぶ)った、サマードレスに着替えた()()だった。

 同、〇七分。

 ヨハンは少尉(しょうい)に声をかけず、()げるように来た道を引き返そうとする。

 しかし、唐突(とうとつ)に振り返って少尉を尾行しようと言い出す。

 また彼の露悪趣味(ろあくしゅみ)の始まりだ。

 同、十五分。

 街外(まちはず)れの断崖(だんがい)に近い、貴族御用達(きぞくごようたし)の温泉施設に少尉が入っていく。

 ヨハンは何かを(ひらめ)いたのか、急いでホテルに引き返す。

 同、五二分。ヨハンは登攀(とはん)用装具と、偵察(ていさつ)用の装備(そうび)を用意して戻ってくる。

 道を(くだ)って崖下の浜辺(はまべ)に出ると、地図を確認してから断崖を登りはじめる。

 十五時〇四分。

 登頂に成功。

 日頃の(きび)しい訓練の成果(せいか)だと自賛(じさん)していた。

 そこで偵察用機材を設置して監視(かんし)につこうとする。

 というより、女湯を(のぞ)こうとしていた。

 馬鹿馬鹿(ばかばか)しい。

 裸が見たいのなら少尉にそう(たの)めばいいのに。

 同、〇九分。

 巡回中(じゅんかいちゅう)警備員(けいびいん)に見つかって、(がけ)から落ちる。

 確保をとっていたため、大怪我(おおけが)には(いた)らない。

 だが、一歩間違えれば死んでいただろう。

 (おろ)かにもほどがある。

 同、一二分。

 浜辺に()()りてきた温泉施設の警備員を、潜水(せんすい)装備を活用して、海に(もぐ)って追跡(ついせき)を振り切る。

 無駄に用意がいいのはいつものことだ。

 同五九分。

 ホテルのロビーに戻ってくる。

 先に帰っていた少尉と鉢合(はちあ)わせる。

 ヨハンの憔悴(しょうすい)しきった様子に、少尉は心配して何があったのか()いてくる。

 ()()()はぐらかすので、彼に代わって少尉に経緯(いきさつ)を話す。

 少尉は怒って、ホテルの外までヨハンを追いかけ回した。

 人間の女性は、裸を見られることに抵抗(ていこう)があるらしい。

 奇妙(きみょう)なところがあるものの、彼らと一緒にいると退屈(たいくつ)とは無縁(むえん)でいられる。

 だから私はこれからもヨハンのそばにいようと思う。



 ハーレークイン小隊(しょうたい)が、夏休みを満喫(まんきつ)している頃、統合参謀(さんぼう)本部では定例の軍議(ぐんぎ)が開かれていた。

 出席しているのは陸海空、並びに憲兵隊(けんぺいたい)といった各軍の長官である元帥(げんすい)たちとその幕僚(ばくりょう)、全軍の指揮(しき)()統帥(とうすい)本部総長と次官、また軍事作戦を立案、管理する統合参謀本部議長と次官(じかん)、それから彼らを補佐(ほさ)し、助言を与える幕僚と参謀たちだ。

 また、帝国政府からも国防省や情報省といった機関から、背広を着た高官や彼らを補佐(ほさ)する官僚(かんりょう)たちが席を()めている。

 まずは、懸案(けんあん)だったサムエルの電撃訪問(でんげきほうもん)()()()()()日程(にってい)を消化し、彼が帰国の()についたことが報告された。

 それに(ともな)い、帝都のホテル爆破事件が、状況から見て〝道化師たち(クラウンズ)〟による犯行が濃厚(のうこう)だという分析結果(ぶんせきけっか)もあがってくる。

〝道化師たち〟については、数年前から調査委員会が設けられ、正体や規模(きぼ)、そしてその目的について情報収集が進められているものの、遅々(ちち)として成果はあがっていなかった。

 制服組と背広組と言われる、組織間においての連携(れんけい)がとれていないのではないかという声があがった。

 その原因と責任の所在がどこにあるのか、軍議の場は紛糾(ふんきゅう)したものの、ある参謀(さんぼう)が、

「そういえば、()()()()()()()()処遇(しょぐう)はいかがしましょう」と強引に話題を切り替えた。

 言うまでもなくハーレークイン小隊のことだ。

当該(とうがい)部隊について、内部の者からの報告書があがっています」

「ああ、フォン・シメオン少尉(しょうい)執筆(しっぴつ)したという」

「はい」

 ミリアムの報告書は、これまでのハーレークイン小隊が作戦にどう従事(じゅうじ)してきたか、細部に渡って克明(こくめい)に記されていた。

 彼女はハーレークイン小隊の規律(きりつ)(ゆる)みや規則違反が多いことを(あげつら)い、その原因(げんいん)が上官の不品行(ふひんこう)な言動にあるという、()()(しる)していた。

「まったくもって彼女に同意します――()()()は、どうも身内(みうち)に甘い」

 海軍の幕僚(ばくりょう)の一人が言った。

 他に居並(いなら)ぶ高級将校(しょうこう)たちも、同じ意見のようで、(うなず)いたり互いに顔を見合わせている。

 しかし、報告書の続きを読んでいくと、ミリアムはハーレークイン小隊やその指揮官とは〝劇薬(げきやく)だが必要悪(ひつようあく)〟だと結論づけていた。

 彼女が見たところ、この部隊は平時においては軍の〝()(もの)〟に間違いないものの、戦時下や困難(こんなん)(きわ)める作戦においては、必ず帝国に戦果(せんか)をもたらすとも書かれていた。

「どうにも、二度目の作戦以降(いこう)――フォン・シメオン少尉は、スミス大尉に丸め込まれてしまっているようですね」

「やはり、()()()()処断(しょだん)すればよかったのでは」

 憲兵(けんぺい)側の幕僚(ばくりょう)が言った。

 彼の言う〝あのとき〟とは、おそらくスラム街でヨハンが強盗(ごうとう)射殺(しゃさつ)した一件だろう。

 たまたま、助けたのが魔界連邦(れんぽう)の関係者だったため、政治的な理由で放免(ほうめん)となったものの、それがなければ彼は憲兵隊の拘置所(こうちしょ)に今も収監(しゅうかん)されていただろう。

「それは私怨(しえん)では? ゼブルン(きょう)

 現在の憲兵総監の(おい)に、ルートヴィヒという名の〝白金級(プラチナクラス)冒険者(ぼうけんしゃ)〟の青年がいる。

 彼はハーレークイン小隊の最初の任務(にんむ)()()されたのだが、その(さい)無礼(ぶれい)不当(ふとう)(あつか)いを受けたと伯父(おじ)である帝都憲兵(けんぺい)総監(そうかん)に相談したという(うわさ)があった。

「そのようなことはない――我々は、あくまで法に(のっと)って行動したにすぎん」

 帝都憲兵総監、ゼブルン元帥はただちに否認(ひにん)した。

 この場は彼を弾劾(だんがい)する場ではないため、それ以上は追求されることはなかった。

 問題はあくまで、ハーレークイン小隊をこのまま継続(けいぞく)して運用してよいのかという点だ。

 小隊長(ヨハン)を何らかの理由で解任し、後任としてより有能な青年将校(しょうこう)()えるか、または小隊をまるごと解散し、現在訓練中の空挺(くうてい)部隊を中核(ちゅうかく)とした部隊を新たに編成するか、他にも案はいくつか出てくるものの、決定打(けっていだ)()けていた。

「しかし、彼らの独断専行(どくだんせんこう)がなかった場合、サムエル殿下(でんか)は例のホテルで〝道化師たち(クラウンズ)〟の手にかかったかもしれません」

「まったく、厄介(やっかい)な連中だ」

 陸軍参謀(さんぼう)の一人が()()てるように言った。

「しかし()せないのは――政府というより、内閣(ないかく)からの強い要請(ようせい)で彼ら、というよりスミス大尉に新設の部隊を(まか)せたことですね。彼には、それほど強い政治的な後ろ盾はないはずですが」

「いや――あの御方(おかた)がおわす」

「……エフライム中将か! そうか、あの御方がスミス大尉の後見(こうけん)(つと)められていらっしゃったか」

「お気まぐれに人間の庶子(しょし)(ひろ)ってみたら――思いの(ほか)(じょう)()いたのでしょうか」

 ここまで()()きを見守っていた空軍の元帥――飛竜の長老が言う。

諸侯(しょこう)、それまでに――然らざれば、()()()()()への誹謗(ひぼう)とみなす」

「あ……」

「そんなつもりでは――非礼をお()(もう)し上げる」

謝意(しゃい)を受け()れよう」

 帝国軍の歴史の中で、空を(つかさど)る空軍は例外的に竜族が支配している。

 なにしろ、人間の力や現代の技術で発明できる機械では、空を飛べたとしても飛竜のように自由自在な飛行はできなかったのだから、無理もない。

 その飛竜だが、マイアに言わせると一族の中でも()()らしい。

 今の時代の人間で、マイアのような()()()が実体を(あらわ)したところを見たことがある者はいないが、竜族の(おさ)を務める彼女は、全ての竜族はもちろんとして、魔族からも畏敬(いけい)を集めるほど強大で手のつけられない存在だった。

 もしも(いにしえ)の〝神姫(しんき)〟と()わした盟約(めいやく)がなければ、マイアは間違いなく()一柱(ひとはしら)として、地上の半分を睥睨(へいげい)していただろう。

 彼女が最後にその力を振るった痕跡(こんせき)を、北部の山脈に行くと見ることができる。

 雲を突き抜けて、はるか天上の世界に(つら)なる山脈の中で、一箇所(いっかしょ)連峰(れんほう)()()()平地になっている地形がある。

 元々そこには、世界の最高峰(さいこうほう)が連なっていたのだが、千年前の大戦中に、巨大だが()()()兵器を、人間界から(はな)れた場所で安全に〝処理〟するために、マイアが対処した結果なのだという。

 その威力(いりょく)高性能爆薬(TNT)換算(かんさん)した数値は百メガトンと推定(すいてい)され、その衝撃波(しょうげきは)は世界を三周したと伝説には残されている。

 有史以来、これほどの大きな爆発は六十年ほど前にあった、大陸の北端(ほくたん)巨大隕石(きょだいいんせき)が飛来したときの〝神の杖〟を(のぞ)けば、一度もないだろう。

〝神の杖〟は自然現象であるため、例外としても――それほどの大きな力をたった一人の意志で意のままに操れることが、なによりも問題だった。

 マイアがもしもその気になれば、帝都は一撃で()に帰ってしまうのだ。

 そしてヨハンを誹謗(ひぼう)すれば、マイアの不興(ふきょう)をいたずらに買うことになってしまう。彼を処断(しょだん)するためには、法や軍規(ぐんき)()らして、()るぎのない正当性が必要だった。

〝危険な任務を与えた結果、戦死報告が届く〟彼らは口にこそ出さないものの、ヨハンが将来的にそうなってくれることを期待(きたい)しているようだ。

 ハーレークイン小隊の処遇(しょぐう)について、統合参謀本部に集った元帥と幕僚たちが決めかねているところに急報が届いた。

 伝令によれば、緩衝地帯(BZ)であり大河の中洲(なかす)にある都市国家郡に(ぞく)する、とある城塞(じょうさい)都市の過激(かげき)な民主共和主義者たちが突如(とつじょ)として武装蜂起(ぶそうほうき)、バスチュ防衛要塞(ぼうえいようさい)陥落(かんらく)させて独立を宣言(せんげん)したとのことだった。

 彼らは(みずか)らを〝リーベルラント解放戦線(かいほうせんせん)〟と名乗(なの)ったという。

 対策(たいさく)()られ、軍議はさらに紛糾(ふんきゅう)しながら善後策(ぜんごさく)(さぐ)る。

 都市国家郡はすでに帝国に対して恭順(きょうじゅん)の意を示しており、政治的には、帝国の属国とみなしても問題はないはずだが、大河とその沿岸が緩衝(かんしょう)地帯に(ふく)まれているのが問題点だった。

 魔界との間ではまだ具体的な講和条約(こうわじょうやく)妥結(だけつ)しておらず、停戦合意が暫定(ざんてい)的に維持(いじ)されている。

 これに(もとづ)くと、帝国は武装蜂起した都市国家軍の一都市をただちに制圧したくても軍を派兵(はへい)することは不可能となる。

 戦争の正当化をせねば、帝国軍は大規模(だいきぼ)な軍事行動を(ふう)じられたまま、この変事に対応しなければいけなくなる。

 両手を(しば)って目隠(めかく)しをしたまま、家に不法侵入(ふほうしんにゅう)してきた強盗を(つか)まえるよりも困難(こんなん)(おろ)かな行為(こうい)だと言える。

 高度に政治的な判断を要する事態(じたい)であり、軍としてはいつでも派兵(はへい)対処(たいしょ)できるように準備を整えておくことしか、できることはないだろう。

秘密裏(ひみつり)偵察(ていさつ)部隊を送り込んでは、いかがでしょう――空挺降下(くうていこうか)得手(えて)とする部隊に。(さいわ)いにして、我が陸軍にはそうした活動を専門にしている、遊撃(ゆうげき)小隊がおりますので」

 陸軍参謀(さんぼう)の提案が採択(さいたく)されるまでそれほど時間はかからなかった。



 数日後。

 自分たちにこれから、よりいっそう過酷(かこく)な任務が命じられることになるとは知らずに、ハーレークイン小隊は夏休みを満喫(まんきつ)していた。

 休暇中(きゅうかちゅう)、ヨハンは好き勝手にソフィアを連れ回していたのだが、事情を聞いたミリアムが〝それではいけない〟と言い出した。

「なんでだよ?」

「そもそも、これまで大尉(たいい)()()()行かれましたかっ!?」

「そりゃあ、もちろん楽しいとこに……」

 答えに(きゅう)したヨハンに()わって、ソフィアが答える。

「お昼はカジノや競馬場と闘牛の見物――夜は風俗店(ふうぞくてん)とキャバレーとストリップ小屋と酒場を何軒(なんけん)か。〝アダムの失楽園〟っていう、同性愛者用の()()()が面白かった」

 どこの店も、妖精族の少女を連れて行くような店ではない。

「不健全です! というか、後半にいたっては完全にセクハラではありませんか!」

「ええっ!? そんな、まるで世間知(せけんし)らずの()()()をエロい店に連れてって、困惑(こんわく)するリアクションを見たがってたなんて、そんなこと全然(ぜんぜん)思ってなかったぞ」

 わざとらしい口調で弁明(べんめい)すると、ソフィアが瞠目(どうもく)して言う。

「だからヨハンはずっと変な顔してたの? やっと理解した」

「とにかく! 特務准尉(とくむじゅんい)には、これから健全(けんぜん)な旅行をしてもらいます! 小官が、ちゃんとした観光案内(ツアー)をしてご(らん)にいれましょう。大尉には、上官としてそれをきちんと監督(かんとく)していただきますから、そのおつもりで」

「マジで学級委員長じゃん……」

 それから、ミリアムは手際(てぎわ)よく貸し出し車(レンタカー)をチャーターして、三人は保養地(ほようち)(めぐ)ることになった。

「どんな羞恥(しゅうち)プレイだよ! ピンクの空冷〝カブト虫(ビートル)〟って! しかもカブリオレのっ!? 保養地ならビーチバギーにしろよ――もしくは水陸両用のアレ(シュビムワーゲン)とか。こんな()()()()()()()()に乗るのは〝ラブアンドピース〟とか(のたま)って、たった四人しかいないバンドを()()()()()()()()が引き()くような、間抜け共を(うやま)うキチガイだけだぜ! もしくは大麻(たいま)阿片(アヘン)でラリってるか」

 ミリアムが用意した貸し出し車が気に入らないヨハンが(わめ)いていた。

 車体の後部でエンジンが空冷特有の(かわ)いた音を立てて暖気(だんき)をしていると、運転席にいるミリアムに(うなが)され、ソフィアに耳を引っ張られ、彼は渋々(しぶしぶ)ながら貸し出し車に乗り込んだ。

「今でこそ、この保養地は貴族や中産階級の人々が余暇(よか)を過ごす観光地(かんこうち)として知られていますが――元々は大聖堂(だいせいどう)を中心にそれを(よう)する寺院と信徒たちによる開拓地でした。また、中世期以降(いこう)は海運の要所(ようしょ)として、近代に入ってロコナード海軍基地が建設されて以降は、海軍の最重要拠点(きょてん)という側面も持ち合わせるようになり……」

 貸し出し車は保養地というより、南部では定番の屋根を(おお)(ほろ)を開閉できる(つく)りとなっていた。

 ステアリングを(あやつ)りながら、ミリアムはツアーの添乗員(てんじょういん)のように保養地の()り立ちについて講釈(こうしゃく)を続けている。

 ソフィアは興味深そうに聞いていたが、助手席のヨハンは、

「ギブアップ!」と言って、走っている車から飛び()りようとする。

 そのたびにミリアムに(つか)まり〝もうすぐ着く〟と彼女に(たしな)められることを、()きもせずに()たび()り返したところで、大聖堂に到着した。

「本日はこちらにお(つと)めの司祭(しさい)様から、保養地の(くわ)しい歴史について(うかが)えるよう、話を通しておきました」

 ミリアムは副官として非常に有能(ゆうのう)で、先陣を切る古式()()()()騎士(きし)の側面と、英才教育の(たまもの)である現代的な参謀(さんぼう)としての能力を(あわ)せ持っている。

 弱冠(じゃっかん)一七歳でこれほどの手腕を振るう彼女なら、いずれは将軍やそれ以上の地位に()いてもおかしくはない。

 ヨハンは司祭からの自己紹介もそこそこに、(すき)をみて逃げ出そうとした。

 ソフィアには先回りをされ、引き返せば殺気をたたえたミリアムが待ち構えている。

()()ほしい」

 妖精の少女が指差す方を見ると、自由研究で(おとず)れている子どもたちが大聖堂の石版をカーボン紙を使って、拓本(たくほん)にしている。

「あんなもん、売店で経典(きょうてん)縮刷版(しゅくさつばん)を買えば()むだろ」

「ほしい」

 ソフィアがこんなふうに物をねだることは(はじ)めてだった。

「では、大尉にお(まか)せします――小官たちは、その間に司祭様に聖堂(せいどう)の中をご案内をいただいてきますので」

 こうして、ヨハンは〝坊主(ぼうず)の説教より()()〟という理由で、大聖堂の中にある石版の拓本を写し取る作業を任されることになった。

 石版の大きさは、縦に十六フィート、横に九フィートはある。

「ちなみに、当院は全部で九九枚の聖典の写本が所蔵(しょぞう)しております」

「は……?」

 こうして、ヨハンは丸一日近くを拓本とりに(つい)やす羽目になった。

「おいガキども――小遣(こづか)いやるから、あっちの拓本もとってこい! 一人あたま一シリング出すぞ! 一番早いやつには十シリング出してやる! 行け!」

 彼は迷わず、修学旅行に来ていた寄宿学校(パブリックスクール)の生徒を買収(ばいしゅう)することにした。

 それをミリアムに見つかり、引率(いんそつ)の教師に彼女が()びる間も、ヨハンは汗を流して拓本をとっていた。

「そろそろ帰る?」

 戻ってきたソフィアが、彼の(ひたい)から(したた)る汗を()きながら()いた。

「お前さんが欲しいって言ったんだろ」

「ん――言った。でも、今日で全部を写す必要はない」

「また次の休みに来るなんて、ごめんだ――いまやっちまおうぜ」

「なら手伝う」

 ソフィアはそう言って、人間用の道具の上に立って紙の上を(すべ)らすようにして石版を写しはじめた。

 それを一瞥(いちべつ)して、

「お、今日は黒のレースじゃん――保養地の開放的な気分に毒されたか?」とヨハンは言った。

「最低です! 大尉」

 ミリアムも上官を手伝おうとして屈んだが、しかしヨハンの前で無防備な姿勢(しせい)をとることを危惧(きぐ)したのか、(あわ)てて立ち上がった。

「あの――恐縮(きょうしゅく)ですが、間もなく閉館時間でして。それから、どうか聖堂ではご静粛(せいしゅく)に願います」



「おや――()()()()とは(うらや)ましい限りですな」

綺麗(きれい)どころに見えて、片方は(どく)、もう片方は(とげ)がキツいがな」

 ホテルのロビーに三人が戻ってくると、象牙色(ぞうげいろ)の綿地のサマースーツを身に着けて、淡い青の開襟(かいきん)シャツを身に着けたシニアがバーカウンターにいた。

 (となり)椅子(いす)には、(ひん)のいいツバの短い帽子(ぼうし)が置いてある。

「俺にも()便()をくれよ――お前さんたちもなにか飲んどけ」

 シニアが(うなず)いて指を鳴らすとバーマンを呼んだ。

小瓶(こびん)の冷たいところを二本と、レモネードのモヒート、氷はフローズンで――それから(アンズ)のシロップ()けがありますよね? 発泡(はっぽう)ワインで割ったものを妖精用のグラスにお願いします」

 シニアは外から戻ってきたばかりの上官たちのために、彼らの好みに忠実(ちゅうじつ)な飲み物を注文した。

「お前さんのが一番贅沢(ぜいたく)だぜ」

 ヨハンはカウンターに背中でもたれかかりながら、妖精族用のグラスを両手で(かか)えるソフィアに耳打ちした。

「どうして?」

「発泡ワインってのは、(ふう)を切っちゃったらもう終わりなんだよ――つまり、それで一杯カクテルを頼むってのは、ボトルを丸ごと注文するのと変わらねえんだ」

「お金かかる? 私、お財布(さいふ)は持ち歩いてない」

「ホテルからのサービスですよ――特務准尉(とくむじゅんい)、ご心配なく。さあ、少尉(しょうい)もご遠慮(えんりょ)なさらずにどうぞ」

(いただ)くが――これはアルコールは?」

「入っておりません――では、休暇の終わりと新たな任務の受領にスランジバール。ご唱和(しょうわ)は無用です」

 シニアはそう言って、ヨハンに頼んだビールの小瓶と同じものを(かか)げてみせた。

 (のど)(うるお)すと、

「夕食をご一緒にいかがですか」とシニアが提案(ていあん)した。

 指定されたのは、ホテルの中にあるレストランで、ドレスコードを守る必要があった。

「いいやこれで」

 ヨハンはサムエルを護衛(ごえい)するときに着ていた礼服(れいふく)(そで)を通した。

 同じ考えだったのか、同じフロアに部屋をとっているミリアムと廊下(ろうか)で出会ったが、彼女も礼服ではないものの帝国陸軍の制服を身に着けていた。

 いつの間にか基地から送ってもらったのかと聞けば、どのような任務に()いても対応できるように、制服も持ち込んでいたらしい。

()()サマードレスもか?」

「あれは、その――ジョージック号で調達(ちょうたつ)しました」

「どこの()()()かと思ったぜ」

「はいはい――特務准尉に聞きました。最初は、小官を観光客かと思って、声をかけようとしていたと」

「よく言うだろ――美人には二種類あるって。近くで見ても別嬪(べっぴん)なのと、五十ヤード離れたところから(なが)めてた方がいいのとって」

「どういう意味ですかっ!?」

 ミリアムが詰問(きつもん)してくると、ヨハンは降参(こうさん)するように両手をあげて()がった。

「だって律儀(りちぎ)武装(ぶそう)してんじゃん――今だって腰に短銃身(スナブノーズ)のぶらさげてるし。どんな(かく)し方したって、俺はお前さんの()()()()()()みんな知ってんだから、一目瞭然(いちもくりょうぜん)ってこった」

「いいかげん、()りてください――そんなことより、タイをちゃんと()めてくださいませ」

 そう指摘(してき)されたヨハンは、エレベータの(みが)き込まれた真鍮(しんちゅう)支柱(しちゅう)を鏡の代わりにして言う。

「結んだぞ?」

 しかし、ミリアムは首を振った。

(むす)び目の形が(ちが)います――礼服のときは、ウィンザーノットでディンプルを深くするのが、正しい将校(しょうこう)の着こなしです――ああ、もう。動かないでくださいませ」

 ミリアムはヨハンのタイをほどいて、手早く結び直した。

「次からはご自分で仕度(したく)をなさってくださいね」

「へいへい」

 エレベータから二人が()りると、シニアたちが待っていた。

 ソフィアはいつもの服装だったが()()()()ということで、支配人に話を通したらしい。

「パンツ丸出しも民族衣装(みんぞくいしょう)に入るのかよ――それとも()清楚(せいそ)なら認められんのか?」

「白だから大丈夫ってこと?」

「やっぱ白だったか――レースか?」

「ん」

特務少尉(とくむしょうい)っ! 大尉(たいい)誘導(ゆうどう)に引っかからない」

「席のご用意は出来ているそうですから、中に入りましょう」

 シニアもまた着替えていたが、今度は明るい紺のモヘアで、靴は保養地によく合う、白い(ひも)の茶のデッキシューズを()いていた。

 クリーム色のシャツに無地のタイを結び、(えり)には金属の支柱(しちゅう)を通してあった――タイの結び目を立体的にみせるピンホールカラーと呼ばれるものだ。

「他の連中はどうしてる?」

 ヨハンはテーブルの上座(かみざ)に案内されると、シニアに()いた。

「は――多少の()(ごと)はあったようですが、問題はないとメイソン、ローガン両名から報告を受けています」

 衝立(ついたて)仕切(しき)られたテーブル席に小隊(しょうたい)幹部(かんぶ)たちが(つど)って、食事会が始まった。

 献立(こんだて)は保養地らしく、古典的なフルコースのアレンジで、最初はアミューズから始まった。

 食前酒はヨハンとシニアが発泡ワイン、ソフィアはシニアの(すす)めでベリーニ、ミリアムは炭酸水を頼んだ。

 ソムリエがワインリストを持ってきた。

 ホストを(つと)めるシニアが、

主菜(しゅさい)仔牛(こうし)とのことですが、ソースの強さもありますし――モンラッシュの()ではいかがでしょう」とソムリエに提案(ていあん)した。

「大変に結構(けっこう)な選択かと」

 ソムリエにしては珍しく、あまり薀蓄(うんちく)()れないワインの専門家は(またた)いて、シニアに同意した。

 そのまま前菜、スープ、魚料理、口直し、肉料理と続き、順調に食事が進んでいく。

 保養地ではあるが、大聖堂のある寺院の関係者も利用する店ということもあり、菜食主義者(ビーガン)用の献立にも対応しているとのことだった。

 そのため、肉類を口にしないソフィアには、肉の代わりにグルテンミートを使ったものが用意された。

「この夏休みで意外なものをひとつ見つけた」

 ソフィアが言った。

「なんだそれ」

「ヨハンの食べ方が綺麗(きれい)だったこと」

 妖精(ようせい)の少女が指摘(してき)したとおり、ヨハンは魚の骨を丁寧(ていねい)()けてフォークとナイフを器用に使っていたし、()()()()()()(きび)しいはずのミリアムから見ても、作法にきちんと(のっと)っていた。

 普段の粗野(そや)野蛮(やばん)な言動とは裏腹に、こういった部分だけを見れば、彼は()()()()()()()()だった。

 デザートを選ぶ段階になって、ヨハンは菓子(かし)よりもカプチーノを望み、シニアはコーヒーとウイスキーのカクテルを、ミリアムとソフィアはそれぞれに好みの菓子と紅茶を頼んでいた。

「そりゃあ、もう――ババアには(いや)ってほど仕込(しこ)まれたからな。食い()らかすと、物凄(ものすご)い怒るんだぜ。〝(わらわ)丹精(たんせい)こめた手料理を粗末(そまつ)にしてはならぬ〟とかなんとか」

 ミリアムはマイアに(しか)られるヨハンの絵面(えづら)が目に浮かんで失笑を()らした。

 こうして、夏休みの最後の夜を彼らは平穏(へいおん)()ごした。

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