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第25話  ゴミ部屋

 トウゴは、散乱したゴミをなるべく踏まないように歩く。


 弁当殻の他に、お菓子の袋や、ジュースの容器も混ざっている。


 逆に酒やつまみの類のゴミは一切ない。


「……」


 前を進むイチはガシガシとゴミを踏みつけて、奥へ続く引き戸に手を掛けた。


「っ! ……な、何で」


 そこには、赤いレインコートの少女……【忌不様】のレビィが居た。


 いつの間にか、【忌不様】独特の不気味な声色では無くなっている。


 イチにあの足枷を押し付けた時点で、何らかの変化が生じたのだろうか。


「……」


「ひっ」


 ズンズン近づいてくるイチに怯えまくっている。


 そして不憫にも首根っこを掴まれて、トウゴの前に放り出された。


「な、なぁぅ……?」


 まだ状況を理解していないようで、イチと自分の足首を交互に見て、そのどちらにも足枷が嵌まっていないことを何度も確かめている。


 可哀想ではあるが、この【忌不様】がトウゴ達をあの赤い部屋の世界へ閉じ込めようとしたのは事実なので、事情も聞かずにこのまま解放というわけにもいかないだろう。


 トウゴは膝を曲げて、目線の高さをレビィに合わせた。


「えっと、レビィさん。どうしてこんなことしたか、理由を聞かせてくれるかな?」


「う、ぅ」


 今にも泣き出しそうだ。


 どちらかと言えばこちらが被害者なのに、何だか申し訳ない気持ちになってくる。


「ね、ねえイチさん。何だか反省してるみたいだし、見逃してあげても」


 そうして、レビィから一瞬目を離した隙に、


「あっ!?」


 一目散に逃げ出した。


 細い脚を懸命に動かし、錆の目立つ玄関ドアへ向かっている。


 まずい。


(またイチさんに怒られるっ!)


 過度な暴力や暴言は無いものの、あのジリジリと責めるような無言の視線は、なかなか精神にこたえるものがある。それがそんなに嫌ではなく、何だか変な快感に目覚めてしまいそうな自分が逆に怖い。


 トウゴは慌ててレビィを追いかけようと腰を上げたが、


「っ!」


 カチャン、と。


 レビィが到着する前に、玄関のドアが解錠される音がした。


「え」


 トウゴとイチは、何もしていない。


 レビィも戸惑ったように足を止めた。


 ドアの向こう側に、誰かが居るようだ。


 ……こんな深夜に?


 ギギギ、と。


 軋みながら、ドアが開いた。



「――あぁ、驚いたな」



 月明かりを背に、大柄な男が立っていた。


 野太い声だが、優しい響きがある。


 彼は固まるレビィを見下ろすと、丸いメガネを掛け直した。


 そんな何気ない動作にも、その穏やかな性格が滲み出ている。


 しかし、


「……」


 トウゴとレビィは、示し合わせるまでもなく数歩退いた。


 後方に居たイチは、いつもより険しい表情でトウゴの前に出る。


「……ツかれてる」


 そして右手のストレッチをしながら、呟いた。


 そう。


 この男は明らかに、ヤバめの【忌不様】に取り憑かれている。


「ん。他にも誰か居るのかい? ……しかも子供か。参ったね」


 3メートル程の黒い影が、長身の男に後ろから抱き付いている。


 当の本人はそれに気づいていないのか、トウゴ達の警戒にたじろぐ。


「大丈夫だよ。別に不法侵入がどうこう言うつもりは無いからさ。元々僕の母親が住んでいたんだけど、今は御覧の通り――」


 突然。


「えっ?」


 どぷん、と。


 まるで水面に手を入れるかのように、【忌不様】が、その大きな腕を男の頬に突っ込んだ。


「――誰も使ってない部屋だししし し しし しし し」


 すると男はまるでゲームのバグ映像のように妙な動きを始める。


 そして、



『けはぃ がす リュ 思た ラ お まぇか  レビ ィ』




【忌不様】が、口を開いた。


 しわがれてキーの高い、老婆のような声だ。


「……ノートル」



『ギ ギ  ギ』



 レビィが呻くように言うと、ノートルと呼ばれた【忌不様】は、錆び付いたような笑い声を上げた。



『ヤ と  出 テ 来   た ナァァ ァ?』



 彼女を揶揄するように、テレビを顎でしゃくる。


(……なるほど)


 どうやらレビィは昔、このノートルとかいう【忌不様】にあの足枷を押し付けられたのだろう。


(よく分からないけど、レビィさんと因縁がありそうだな)


 ノートルは、人間の腕と脚が生えた鶏のような姿をしていた。


 翼は見当たらないから飛ぶようなことはなさそうだが、頭には紫色のトサカがあり、顔には鋭いクチバシ。身体は真っ黒な羽毛で覆われている。


「っぶはっ!? またか……ごめんね。何か数年前から、時々意識が飛んじゃうんだ」


 ノートルが頬から手を抜くと、男は慣れた様子で、頭を左右に振ってトウゴ達に謝った。


「えっと、何の話だったかな。確か、家で寝てたら急にこの部屋に行かなきゃいけない気がして、そしたらキミ達が居て、それからららららら ら」


 再び、男の頭にノートルの左腕が貫通した。


 レビィは憎しみを込めた目で、その黒い【忌不様】を睨んだ。


「あの子、にも、同じこと、をっ!」


 ギ、ギ、ギと、ノートルが笑う。



『く ヤし、ぃ? クヤシ? ギ! ギギギギギギギギギギギギギギギ!』



「むぅ。何かあの【忌不様】、カンに障るなぁ。イチさん、どうにかできない?」


「……デキル」


「お」


「……ただし」


「う……はい。おれに買えるものなら、何なりと」


「ウム」


 イチは満足そうに、ふんぞり返った。


 この夜だけで、イチへの借りがどんどん増えていく。


「でもどうするの? あの【忌不様】、何か善人っぽい男の人を人質にしてるし」


「コレに、マカス」


 イチは、レビィの肩をぽんと叩いた。


「……」


 それだけで自分の役割を理解したのか、レビィはこくりと頷いた。


 トウゴ達とノートルの距離は、約3m。


『 ン  ンン?           ゲ』 


 イチとレビィの雰囲気の変化を察知したノートルが、顔色を変えた。



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