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第24話  身代わり

「……」


「……」


 何度見ても、イチの足首に、重そうな金属の足枷が嵌っていた。

 

 太い鎖と、大きな鉄球もセットになっている。

 

 ついさっきまで、この異空間の【忌不様】レビィの足首に嵌っていたものだ。


 そして、


 ジジッ、と。


 電子的な雑音がして、赤いレインコートがひらりと揺れた。


「あ」


 レビィがテレビの中へと、飛び込んだのだ。


 足枷が消えて自由になった彼女は軽やかに、画面の向こうの、散らかった部屋へと転がり出る。


「ちょ、ちょっと待――」


『……』


 レビィは一瞬こちらへ視線を向けたが、テレビの映し出す範囲の外へ、急ぐように去った。


「むん」


 そしてすぐに、イチが追いかけようとテレビに飛び込むが、


『――――っ?』


 ガキン、と。


 大きさ的には余裕があるはずなのに、イチの足首から伸びる重りの鉄球が、テレビ画面に引っかかった。


 結果的に、イチは向こうの部屋に身体を乗り出すことはできるが、足枷のせいで完全に降り立つことはできなくなってしまったようだ。


「……」


 ズズズ、と。


 こちらの部屋に戻って来たイチから、非難がましい視線を向けられる。


「も、申し訳ない……」


「……」


 イチはわざとらしくジャラジャラと、足枷の鎖を鳴らす。


 ……これは相当、ご機嫌ナナメだ。


 まあ、当然である。トウゴが無駄にお人好しだったが故に、この奇妙な結界の世界から出られなくなってしまったのだから。


「ごめん! ごめん! おれが悪かった! イチさん嫌がったのにね! ごめんね!」


 トウゴは流れるように地に伏してイチに謝罪すると、とりあえず鎖の音が止んだ。


「……もむん」


 少しは機嫌が回復したようだ。


 ちらりと顔を上げると、イチはぷいとテレビの方を向いた。


「たぶん、ニダンカイギシキ」


 一瞬、イチの言葉が理解できず、トウゴは思考を巡らす。


「ええと……2段階の『儀式』?」


 イチは、首肯する。


「2段階、2段階……あ、そうか。最初に『テレビを観る』とか『テレビを部屋に置く』って行為が第1段階の『儀式』で……さっきみたいに、他人が『助けようとする』ことが第2段階なんだ」


「もむん」


 イチの反応からして、どうやら正解のようだ。


「うーん。そこまでして……レビィさん、どうしてもあの部屋へ行きたい理由があったのかな」


 しかし、それが何であれ、こちらが被害に遭っていることは間違いない。


「でもどのみち、その足枷はどうにかしないとだよね。力づく……じゃ無理?」


 イチは鎖を両手で掴んで、捻ったり引っ張ったり床に叩き付けたりした。


「ムズイ」


「むずいかぁ」


 困った。


「イチさんの力でも壊せないとなると、さっきレビィさんがやったみたいに、2段階の『儀式』を成立させるしか手段が……でもなぁ。そんなことして許してくれそうな相手なんてどこにも――――……あ」


 居た。


「……」


 無表情だが心なしかワクワクしているように見えるイチと、顔を見合わせた。


 たぶん彼女もトウゴと同じく、あの2人の顔を思い浮かべているのだろう。



          ◆◆◆



 マツリは、温かい腕の中で目を覚ました。


「お、おい大丈夫かマツリ!」


「クマ……さん?」


 精悍な顔の女性……クマが、心配そうにマツリの瞳を除き込んでいる。


「あ、そうだ。私、気絶しちゃって……」


「ああ。何か急に、ホラーな映像流れたよな」


 何か、とても怖いものを見た気がするが、記憶が曖昧で上手く思い出せない。


「しかしあの女……どっかで見た気がするんだよなぁ」


 クマも何かを思い出そうとするように、首を捻る。


「……まあ何だ。お前が無事で良かったぜ」


 クマは頬をぽりぽり掻きながら、ソファに座り直した。


「ほら。料理は冷めちまったけど、映画は録画しといたからよ、今から観ようぜ」


「あ、はい。ありがとうございます……ふふっ」


「な、なんだよ」


「クマさんは、やっぱり優しいですねっ」


「な――――」


 こんなに格好いいのに、面食らったように口をパクパクするクマは何だか可愛い。


 マツリは口元を隠して笑いながら、テレビのリモコンを取った。


 そして、


「……」


「……」


 画面が、再び真っ赤に染まっていた。



          ◆◆◆



 数分後。


 トウゴとイチは、レビィが逃げた先、つまり散らかったアパートの部屋らしき場所に立っていた。


 イチの細い足首からは、枷は消えている。


 部屋はカビ臭く、畳に転がった古いコンビニ弁当の殻には、青や黒の変色した食べカスがこびり付いていた。


(この弁当のゴミ……この辺のコンビニじゃ見かけないデザインだよな)


 とりあえず、ナニかの死体的な腐臭はしないのが唯一の救いだ。


 部屋は暗く、蛍光灯の明かりは点いていないが、唯一トウゴ達の背後にあるブラウン管テレビの電源は入っており、



『てめえええええコラマジでヤリやがったなこらこの×××××!』



 そこから、凄まじい罵声が聞こえてきた。


 テレビ画面の向こう……例の赤い部屋で、クマが大いに荒れているのだ。

 

 赤い部屋の壁を殴り、()()()()()()()()()()()()()をぶんぶん振り回している。


 簡単に言うと、イチがクマとマツリを、さっきレビィがやった要領であの赤い部屋の世界へ引き摺り込んだのだ。

 

 そしてトウゴの熱弁によって(事情を何となく察したマツリのアイコンタクトより、クマに対しては重要な事実を伏せながら)大まかな事情を説明し、クマにはイチの身代わりとして協力(※詐欺)してもらった次第である。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 トウゴは祈るように謝罪の言葉を繰り返し呟く。


「……」


 対してイチは、何かと仲のよろしくないクマを陥れることができて、とても満足そうだ。


『と、トウゴさん! 信じてますからっ! 絶対、原因の【忌不様】やっつけてくださいね!』


 一応事情を話して理解してくれたマツリの、懇願するような声も聞こえる。


「も、もちろんですマツリさん! 2人を、置き去りにはしませんから……!」


「クマだけオキザル」


「イチさん!?」


 冗談であって欲しいが、イチならやりかねない。


「ま、まあ、あの2人には、後で全力土下座するとして」


 今集中すべきは、この部屋だろう。


 見るからに、普通じゃない。


 がさり、と。


「イチさん、聞こえた?」


「……」


 奥の部屋で物音がして、トウゴとイチは視線を交わした。

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