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第21話  レインコート

「ギャーッ!?」


 トウゴが叫ぶと、布団を被っていたイチがもぞもぞと身体を起こした。


「……なにごと」


「いやイチさんテレビテレビ! 何か赤い光出て変な声が」


 眠そうに目を擦りながら、テレビ画面に顔を向けたイチだったが。


「……」


 不満そうな顔で、トウゴに視線を戻した。


「聞こえた……はず、なん、だけど」


 おかしい。


 いつの間にか、赤い光も変な声も消えている。


 真っ暗なテレビ画面は、カーテンの隙間から差し込む月明かりを鈍く反射しているだけだ。


「……」


 イチの視線が、だんだんと可哀想なものを見るような色に変わっていく。


「ほ、ホントなんだって! たぶんまた新手の【忌不様】か何かの仕業で……」


「……」


 イチは面倒くさそうに、すんすんと鼻を鳴らしたが、


「におい、しない」


 肩を竦めて、ごろんと横になってしまった。


「えぇ……おれ、夢でも見てたのかな……」


 イチは既に、寝息を立て始めている。


 いつもながら、恐るべき入眠スピードだ。


「うーん」


 納得いかないが、イチが他の【忌不様】の気配を感じないということは、本当に近くには居ないということだろう。


 トウゴは溜息をついて、最後にもう一度テレビ画面を確認すると、


「あ」


 何か、赤い。


 そして人影のようなものが映り込んで。


『 タ す    け ――』


「イチさんイチさんイチさん! 今! 今見て今!」


 トウゴはちゃぶ台を飛び越え、イチの細い肩を掴んで揺り起こした。


「もむん」


 声に、不機嫌が滲み出ている。


 しかし流石はイチ。トウゴに促されてテレビの方を見るが、


「……」


 テレビは再び、元の暗い画面に戻っていた。


「あ、あれぇ? お、おかしいなぁ……」


 2度目となると、流石に気まずい。


 イチの視線が痛い。


「い、いやあのついさっきまで確かに赤い画面になっててイチさんが起きた瞬間に――」


 トウゴは額に脂汗を浮かべながら、必死に説明しようとするが、


「――わっぷ!?」


 ぐい、とイチの細腕がトウゴの首に巻き付いた。


 そしてそのまま、イチの布団へと引きずり込まれる。


「いいいいいイチさん!? 一体何を」


 イチは腕でトウゴの首をロックしたまま、横向きに倒れ込んで、


「すぅ」


 そして寝息を立て始めた。


 トウゴがうるさいから、無理矢理抱え込んで大人しくさせようと思ったのだろうか。


 実にイチらしい強引さだ。


 しかし、これはまずい。


 イチは美少女であり、トウゴは立派な成人男性なのである。


 そんな2人がこの体勢でいるのは、かなりイケナイ気がする。


 密着した細身の体からイチの体温が伝わってきて、トウゴの頬は上気し始めた。


 健康的な柔らかさが、腕に押し付けられる。


「イチさん、ちょっ、困るよ……うわ力強っ」


 しかしイチは、まがりなりにもS級【忌不様】なのだ。


 トウゴの腕力では、ちょっと本気を出した彼女の腕から抜け出すことはできない。


 いや確かにこの天国のような状況のまま眠りに落ちたい気持ちは無くもないのだが、このまま何もし

ないと、紳士としての何かを失ってしまうような気がする。


(どうしよう? 脇腹とか、くすぐってみようか? いやでも、イチさんには効かなさそうだ……)


 八方塞がりだ。


 トウゴが頭を悩ませていると、


『た  す ケ    テ  』


 はっきり聞こえた。


 トウゴの気持ちを代弁してくれたかのような切実な声に、さすがのイチも身体を起こした。


「む……」


「聞こえた? 聞こえた今!? 今の声!」


 イチは眠そうな目を擦りながら、渋々頷く。


 テレビの画面も今度こそ、イチの目の前で赤く発光していた。


「でも……におい、しない」


 イチは不思議そうに、鼻をひくつかせる。


「でもほら! 画面にも、あんなにはっきり人影が……あれ」


 トウゴはテレビを指差して、違和感に気づいた。


「なんか、映ってる人影が最初より大きくなってるよう、な――」


 ズズズッ、と。


「――ひぃっ!?」


 言ったそばから大きくなった人影に、トウゴは悲鳴を上げた。


 レインコートを着た、子供のように見える。


 フードを深く被っているため、顔はよく見えない。


 肩より長い髪が、無造作に垂れている。


「ああああれって、【忌不様】!?」


「……んむぅ」


 イチは首を傾げたまま、肯定とも否定ともつかない声を出した。


 ズズズズズッ、と。


 レインコートの子供が、画面の中でだんだん大きくなっていく。


 そして、こちらへ向けて手を伸ばした。


「ま、まさか」


 テレビに映る怪異とくれば、次に起こることは容易に予想できる。


 ズルゥ。


「やっぱり出たーっ!?」


 子供の手が、テレビ画面から飛び出してきたのだ。


 しかも、やはりというか何というか、普通の肉体ではない。


 五本指の人間型の手をしているが、赤いレインコートの裾からは、赤色のぬめぬめした触手が何本も伸びていて、まるで蛇のようにうねっている。



『き  て』



 そして、その触手が突然、ニョッと伸びた。


「え」


 ぐるん、と。


 トウゴの手首と首に、生暖かい触手が巻き付く。


 粘液のようなものがベトベトしていて、キモチワルイ。


 振り解こうとしたが、凄い力で、抜け出せない。


「え、やばっ、ちょっ」


 これは、非情にマズイ。


 異世界らしくゴツイ剣や刀やナイフでもあれば叩き斬りたいところだが、この部屋には包丁すら無い。


ぐい、と。


「あ」


 強い力で、引っ張られた。


 腕が痛み、脚が宙に浮く。


 このままでは、テレビの中に引きずり込まれる。


「もっ」


 がしっと、イチがトウゴの脚を掴んだ。


「ナイス、イチさん! そのまま踏ん張って助け――――」


 ずるん、と。


「……」


 追加で伸ばされた触手が、イチの両足首を払った。


「あ」


 イチの身体も、見事に宙へ浮く。


 トウゴを掴むことに一瞬だけ集中した隙を、突かれたのだろう。


「…………」


 そして、トウゴとイチは、赤いテレビ画面の中へ。


「ああああああああああ」


 引きずり込まれた。

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