第20話 テレビのある生活
夏も終わりが近づき、だんだんと涼しくなってきたある夜。
トウゴは大きな箱を抱えて、鼻歌交じりにボロアパート『青苺荘』の102号室へ帰った。
「イチさん。ただいま~」
木製の頼りないドアを開けると、リビングの畳の上に、黒いジャージと短パン姿のイチが寝転がっていた。
いつも通り綺麗な黒髪で、気怠そうな表情をしている。
「……えり」
イチは首だけ動かしてこちらを見ると、ぼそりと言った。
今のはたぶん、『おかえり』という意味なのだろう。
転生前の、日本に住んでいた頃は長い間独り暮らしだったので、こうした適当な返事でも、迎えてくれる人が居るというのは良いものだ。
しかもそれが美少女なら、尚更である。
まあイチは友達であり、それ以上の何かがあるわけではないのだが、それでも十分だ。
「……それ」
イチがトウゴの抱えている箱に気づき、指差した。
「お、これね。実は、家賃振り込みの帰りにニーナさんに呼ばれてさ」
ニーナとは、転生当初、金も身分証も無いトウゴにこのボロアパートを仲介してくれた、不動産屋のヤンキーお姉さんのことだ。
「倉庫の手伝いとかさせられたんだけど、そのお礼に……コレ、貰っちゃったんだよねえ」
トウゴは内心うきうきしながら、箱をちゃぶ台の上に置いた。
「何でも、新しいのに買い替えるから、もう要らないらしくて」
イチは興味深そうな顔で、のそりと起き上がる。
『JKBT-22T』
直訳するとそういう羅列に読めるイユタリス文字が書かれた箱には、薄型テレビの写真が印刷されていた。
「……てれび」
「そう、テレビ! うち、ずっと無かったからさ! 必要なケーブルとかも貰って来たから、今日から見られるよ!」
「……ほう」
無表情のイチだが、鼻孔が少し膨らんでいる。
これは、喜んでいる証拠だ。
箱を空けて中身を取り出して見せると、イチは顔を近づけて眺めた。
「少し古いみたいだけど、性能はちゃんとしてるはずだよ」
しかし、いくら地球の文化や技術が流れているとはいえ、やはり異世界は異世界だ。端子の形や操作方法が慣れ親しんだものと微妙に違うので、接続に手間取った。
「ふぅ……これでよし。テレビ台はまだないから、段ボールの上に乗せて……っと」
完成だ。
トウゴの悪戦苦闘を観察していたイチが、ぐぐいと身を乗り出した。
「みれる?」
「みれるよー。はいこれ」
リモコンを渡すと、イチはそれをまじまじと観察した。
もしかして、どれを押して良いのか分からないのだろうか。
「これこれ。最初は、この赤いボタンを押すんだよ」
「……」
イチがトウゴに言われた通りのボタンを押すと、テレビの画面が点いた。
「……おぉ」
流れ始めた賑やかな番組に、イチが仰け反った。
煌びやかなセットの中で美男美女が小粋なトークを繰り広げている様子を見て、眉をひそめている。
「……」
既にリモコンの操作を覚えたらしいイチが、ピッ、ピッとザッピングを始めた。
男女のすれ違いがいじらしい恋愛映画に、芸人がリアル魔物から逃げ続ける賞金獲得系バラエティ番組に、世界の色々なニュースを届ける情報番組と、チャンネルは豊富だ。
そんな中で、イチがようやく止めた番組は、
「え……何だこれ、時代劇? ……とは少し違うけど、それっぽい……」
袴(のような服)を着て、ちょんまげ(のような髪型)を引っ提げた男達が、和風の刀や洋風の剣を振り回して戦っている、時代劇っぽいドラマだ。
渋い高齢男性が主人公らしく、剣の達人として格好良く立ち回っていた。
「これも、先輩達が広めた文化……なのかな」
「……」
イチは目を輝かせて、テレビ画面に夢中だ。
(もしかして、ああいう人がタイプなのか……)
何だか、複雑な心境である。
それから1時間半、イチは夕食のサンドイッチ定食(近くのコンビニに売ってあった)を食べつつ時代劇もどきを最後まで視聴すると、満足そうに畳に寝転がった。
「あ、イチさん。寝るなら布団出すよ。その間に、歯磨きしてきてね」
「……」
イチは面倒くさそうにしながらも、のそのそと洗面台へと向かった。
時代劇の放送が終わったテレビ画面では、怪しげなショッピング番組が流れている。
(まあ、ともあれ、イチさん気に入ってくれたみたいで良かったな)
思えばトウゴも、この世界に来てからゲームやネットの類は一切できていなかった。
毎日生きるのに必死で、娯楽に手を出す暇が無かったのだ。
しかし、この前成功した仕事のおかげで、少し生活が楽になってきたのも事実。
これを機に、何か新しい趣味でも始めてみるのも良いかもしれない。
そんなことを考えながら、自分とイチの布団を、ちゃぶ台を挟んで敷く。
S級の【忌不様】だとしても、イチは紛れもない美少女である。自制はしているつもりだが、何か間違いが起きてはトウゴとしても嫌なので、こうして布団はちゃんと離しているのだ。
(うーん。明日もオフだし、この世界のゲーム機でも見てこようかな。イチさんもきっと喜ぶぞ……)
歯磨きと、寝る前の用を足したトウゴとイチは、それぞれの布団に潜り込む。
時間はいつも通り、深夜0時前だ。
「それじゃイチさん。電気消すよー」
「……すみ」
「はい。おやすみ~」
壁のスイッチを押して、蛍光灯の明かりを消す。
今日も無事に、生き延びることができた。
イチの布団からは、もう寝息が聞こえてくる。
(イチさん……相変わらず寝るの早っ)
とはいえ、こちらも結構寝つきは良い方だ。
10分も布団でゴロゴロしていると、トウゴの瞼も、だんだんと重くなってきた。
そんなとき、
ザザザザ。
そんな音が聞こえた気がした。
(……ん?)
しかし、確認する気は起きない。
もうすぐ、心地よい眠りに落ちるのだ。
今身体を起こしてしまうと、せっかく舞い込んできた眠気がリセットされてしまう。
それなのに、
ザザザザザ。
と、続けて雑音がした。
(うー、ん? 何の音だ……テレビの方から……?)
電源は消したはずだ。
昔のブラウン管テレビの砂嵐に似た音だが……
まあたぶん、気のせいだろう。
そう思って布団を被ったが。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザ。
トウゴを呼ぶかのように、雑音がさらにうるさくなった。
どうやら、気のせいではなさそうだ。
というか、嫌な予感しかしない。
このところイチに守られ過ぎて忘れていたが、この身には、変な現象や存在に好かれるという、厄介な呪いが付与されているのだ。
(うぅ……イチさんを、起こすべきかな……いや、ずっと頼りっぱなしだし、確認くらいは自分1人でしないとな……)
そう決心し、トウゴは恐る恐る布団から顔を出した。
――赤い。
部屋が、いつの間にか赤い光に染まっている。
その光はもちろん、テレビ画面から。
(な、何か映ってる……?)
赤い光の中に、人影のようなものが見える。
テレビ画面が小さいため、トウゴは身を乗り出して画面を見つめると、
『た ス ケ て 』
機械音のような不気味な声が、そう言った。




