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第14話  フィッシュ&バイオレンス

 夏の太陽が照りつける湖は、とても暑い。


 麦わら帽子を被ったトウゴは、手にも同じ帽子を持って、その(ほとり)を歩いていた。


「あ、イチさん、居た居た。帽子、借りてきたよ」


「……」


 黒い半袖ワンピースを着たイチは、長い黒髪を後ろで結んでいる。


 いつも通り猫背でジト目にもかかわらず可憐な外見だが、その表情は苦悶に満ちていた。


「……ゲキアツ」


「うんうん。暑いね~。てかずっと気になってるんだけど、イチさん誰かに日本の言葉とか文化とか、教え込まれた?」


「……」


 イチは理解不能といった様子で、首を傾げた。


 そして物欲しそうに、トウゴが手に持つ帽子を眺める。


「あ、ごめんごめん。はいこれ」


 鍔の広い麦わら帽子を受け取ったイチは、興味深げに匂いをクンクンと嗅いで、くるくる回して観察してから、頭に被った。


「おお、似合う似合う。可愛いよ! イチさん」


「……もむん」


 褒められたのがむず痒かったのか、イチは小さく呻くと、てててっとトウゴが来た方向へ走って行ってしまった。


「褒めすぎたかな? まあいっか」


 そしてトウゴもイチを追いかけるように、本日の仕事場へと戻る。




 ここは【事故物件都市】モリタリタの郊外にある、大きな湖だ。


 直径は約1kmもあり、かなり広い。


 岸には10本もの桟橋が一定間隔で並び、それぞれ50mほど中心に向けて伸びていた。桟橋の横には小さな手漕ぎボートが何(そう)か停まっていた。


 いつもどんより曇っていたり霧が出たりするこの都市にしては珍しく本日は快晴で、太陽光がジリジリと肌と精神力を焼く。


 畔には、短パンTシャツやウェットスーツ姿の男女が20人ほど集まっていて、それぞれの手には釣竿や、何故か木刀のような木の棒を握っていた。


「おほん。さて、今回加勢してくれるバイト2人も揃ったことだし、そろそろ始めようか」


 その中で、リーダーらしき若い女性が咳払いをして、言った。


「じゃーみんなは毎年と同じように、3人1組で別れて、持ち場についてね。トウゴくんとイチちゃんは、私と一緒に来て。仕事は簡単だけど、一応ちゃんと説明してあげる」


 キャップを被った女性は20代後半くらいの見た目で、上はセパレートタイプの青い水着姿。下はデニム生地のショートパンツを穿いていた。


 日に焼けて健康的な小麦色をした顔は生き生きとしていて、美しい。


 その手には皆と同じく、釣竿と、2本の木剣を抱えていた。


「やー、ニーナちゃんからの紹介なんて珍しいからさ、ビックリしちゃったよ。あの子、元気?」


 ニーナとは、身分証も何も無いトウゴに激安家賃のアパートを紹介してくれた不動産屋であり、この都市にある色々なバイトを紹介してくれたりもしている、ヤンキーな見た目のお姉さんである。


「あ、はい。この前も、退屈すぎて死にそうだって愚痴ってました」


「あはは、言いそうだなあ」


「えっと……リールアーさんは、ニーナさんのお友達、なんすか?」


「ま、そんな感じかな? 腐れ縁ってやつだね。でもあの子、このバイト好きで毎年喜んで参戦してたのに、君達に譲るなんて、相当気に入られてるみたいだね?」


 そう言って今回の上司、リールアーは、にこっと笑った。


「そ、そうなんでしょうか……」


 笑顔が眩しい。


 イチも隣で、太陽でも直視するかのように目を細めていた。


「それにしてもおれ達、とりあえずこの場所と、『濡れても良い格好で』としか聞かされずに来たんですけど、このバイトって一体……」


「んー。これは、見た方が早いから、こっちに来て! ちょうど、あの組が始めるみたいだから」


 そうして連れて来られた桟橋の上には、釣竿を持つ男が1人と、木剣を持つ男女が1人ずつ。


 和気あいあいとした雰囲気で針に餌を付けたり、木剣を素振りしたりしていた。


「フライさん、ちょっとこの子達に、お手本見せてよ!」


 リールアーが釣竿を持った男、フライにそう言うと、ちょうど釣針に巨大な芋虫を突き刺した終えた彼は、目を輝かせた。


「よしきた。新人ども、よーく見とけよお! ……それっ!」


 そして気合いを入れて、餌と浮きの付いた釣り糸を、湖面へ放る。


「あれって……やっぱり釣り……ですよね? 一体何を」


 と、トウゴが質問しようとした横で、


「おっ! おおっ、来たぞ! 構えろ!」


 フライの竿が大きくしなり、場が沸き立った。


 木剣を構える2人は緊張の面持ちで、湖面を右に左に暴れる糸の先を見つめる。


 フライが現在格闘しているのは、けっこう巨大な魚影だ。1メートル以上はあるだろう。


 糸が切れないように竿を動かし、糸を巻き取るタイミングを測り、そして、


「だーっ!」


 勢い良く、竿を上げた。


 水面の下で蠢いていた魚影が、ついに空中へ引っ張り出されて、その姿を現す。


 硬質な鱗に覆われた、紫の巨体。


 尾ビレが大きく、逞しい。


 エラが水を求めて、ペクペクと開閉している。


 そしてその頭部には、




『……(サツ)




 人間の顔面が、ついていた。




 しかも、前方と左右に、計3つも。


 瞳孔の濁った細い目に、団子のように丸い鼻。そして鋭い牙が何本も生えた大きな口。




 ()()()だ。




 フライが釣り上げたのは、紛れもなく、人面魚だった。


 正面の口には、見事に釣針が食い込んでいて、


『殺殺殺殺殺殺』


 と、残る2つの口が、恨めしそうに呟いている。


「ええええちょこれ人面魚! 人面魚じゃないですか!」


「……ぉー」


 トウゴはその気味悪過ぎる怪物に悲鳴を上げて、イチが口を半開きにして見守る中。


「よぉーしお前ら! そら行け!」


 フライが合図をして、


「うおーっ!」


「それーっ!」


 木剣を持っていた2人が、勢い良く飛びかかり、


『殺……サ、殺……ブベッ』




 桟橋に横たわった人面魚を、ボコボコに殴り始めた。

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