第1話 残念な異世界転生
(注意)本作品は基本的にフザけていますが、ホラーやグロ要素も多少含まれます。
苦手な方はご注意ください。
とても、アホな死に方をしてしまった。
第一発見者の誰かさんはきっと、あの醜態を見て呆れかえっているだろう。
我ながら、どうかしていた。
普段は、静かにアニメや漫画やラノベを嗜む善良なオタクだったのに。
あの日は、完全に狂っていた。
全ては、金のせいだ。
ちょうど28歳の誕生日で死んだあの時まで、咲崎藤吾は、ずっと慎ましやかな貧乏フリーター生活を続けていた。
しかし、その数か月前に何となく買っていた宝くじが、1等に当たってしまったのだ。
その額、4億円である。
トウゴは、狂喜乱舞した。
それまで無遅刻無欠勤で続けてきた工場ラインのバイトを即辞め、銀行口座に増えた異常な桁数の預金をほとんど現金で下ろして、高級シャンパンを買った。
そして強くもないのに1人で全部ガブ飲みして、ベロベロに酔っぱらったところで、ボロアパートの浴槽に、千円札(1万円札だともったいなかったので)を大量に敷き詰めた。
いわゆる『札束風呂』である。
トウゴはもう1本高級シャンパンを開けて、その夢の風呂に飛び込んだ。
――――そして、死んだ。
死因は『大量の千円札を喉に詰まらせての窒息死』……である。
どうやら、酔っぱらって寝ぼけている間に、千円札をムシャムシャ食べてしまったらしい。
万札ならまだしも、ケチって千円札を敷き詰めてる辺りが、とても恥ずかしい。
そんなこんなで猛烈な羞恥と後悔に悶えながら昇天したトウゴは、いつの間にか可愛い女神様の前に立っていた。
彼女曰く、何だか可哀想(笑)な死に方をしたので、元居た地球の日本とは別次元の異世界へ転生させてくれるということだった。
しかし、
「あー……でも一応、凄くイイコトがあった後に死んでいるので、マイナス補正かかっちゃいますね」
女神様は何かマニュアルのようなブ厚い本を見ながら、事務的に言った。
「え」
「特別なスキルも、限界突破の魔力も付与できません。むしろ――――」
「むしろ?」
「ちょっと呪われた状態で、転生しちゃいますねえ」
「ちょっとの呪いって…………何!?」
「さぁー? あ、じゃあ『まあまあヤバい奴らに好かれる呪い』とかにしときますね」
「えちょっと適当過ぎないすか女神様!?」
「それじゃあ異世界生活、れっつえんじょい~」
「可愛らしいガッツポーズで誤魔化さないでくれますかねっ?」
「うっさいな~(ホジホジ)………………はい次の方~」
「ええええええちょ――――――」
そうしてトウゴは天使らしきイカツイおじさんに無理矢理引きずられて放り投げられ、無事(?)に異世界転生を果たしたのだった。
◆◆◆
――――それから、色々あった。
転生初日から強盗に狙われたり、詐欺に引っかかったり、ヤンキー魔術師からケンカを売られたり。
とにかく色々あったが、キリがないので割愛する。
本当に魔法もスキルも超絶身体能力も何も与えられなかったトウゴは、剣や魔法が跋扈しているくせに割と現代日本と同等の科学技術も普及している異世界『イユタリス』で1週間、公園や川の水と街外れに生っていた野イチゴのような果物のみを摂取して、生き抜いた。
当然、こんな何の取柄もない28歳がどこか王室に呼ばれて勇者の任を受けるわけもなく、ツンデレで金持ちのヒロインが現れて下僕にしてくれたり……ということもなく、ただただ丸腰で割と危険めな世界に放り出されて、毎日を生きるのに必死だった。
「――――いかん。このままじゃ転生して10日も経たずに…………餓死る!」
とにかく、簡単な職と安い部屋を見つけよう。
というわけで、トウゴは街の職業安定所……いわゆるハローワークに来ていた。
だが。
「え? 戸籍も身分証ないのキミ? それじゃあ駄目だよ」
「住所が書けない? ダメダメ」
「バカそうだからダメ」
……散々な結果だった。
「そりゃそうか……こんな洋風なファンタジー世界で、何もないおれを雇ってくれるところなんて……」
そうして、1日脚を棒にして街という街の職安を回っていると、
「あるよ?」
「え」
ついに、首を縦に振る職員に出会えた。
「ま……マジっ……すか?」
四角いメガネを掛けたスキンヘッドのおじさん職員は、朗らかに頷く。
「マジマジ。むしろキミみたいな『崖っぷち』って感じのコにぴったりだと思うよ。ここから少し離れた街でのバイトなんだけど、面接も書類もナシですぐ採用されるはずさ」
その後ろで別の職員達が「あの街のバイト紹介してるよ……ヤバくない?」「アイツ、本当に行くのかな」「絶対死ぬだろ」とか不穏なことを小声で話しているが、トウゴは聞こえないふりをした。
「仕事内容は……まあ、現地で説明を受けた方が早いな。とにかく、引き受けるだけでその日のうちに前金貰えるし、街にあるどの物件もびっくりするほど安くて『即日入居可』な部屋ばかりだから」
「…………嫌な予感しかしないけど、えり好みしてる場合じゃないんで、紹介お願いしますっ!」
「よしきた。それじゃあ私が街まで送ってあげよう」
トウゴのバイト紹介が決定した瞬間、所内全体がざわつく。
(気にしない。気にしないぞぉ……)
「ほらほら、善は急げだ。もうすぐ日も暮れるし、さっさと行こう」
「……うす」
促されるままに外へ出ると、巨大な黒い翼がトウゴの視界を覆った。
四角メガネにスキンヘッドのおじさんの、翼だった。
「さあ、掴まりなさい」
おじさんは夕日にメガネを輝かせながら、トウゴに手を差し伸べた。
「……………………………………うっす」
それから約1時間。
もの凄い速度で、トウゴはおじさんの加齢臭と整髪料の匂いに包まれながら、イユタリスの空を飛んだ。
「おぼろろろろろろ」
そして当然、着地した瞬間にリバースした。
「はははは楽しかったね。それじゃあ私はこれで」
「あ、ちょ、待っ」
「なあに心配ない。今日は不動産屋にでも行って部屋を見つけて、明日はこの街の職安で『サイモンに紹介された』と言えば、全て上手く行くさ」
「さささサイモンっ?」
まだ心の整理がついていないトウゴを余所に、おじさんは翼をはためかせて、
「それじゃ、頑張って生きろよ~」
飛んで行ってしまった。
「おじさん…………」
いい人だったのか、ヤバい人だったのか。
とりあえず、黄昏の空に翼を広げて飛び去るおじさんの後ろ姿は、とても神秘的だった。
「………………」
そして問題の街へ、向き直る。
『神秘の街、モリタリタへようこそ!』
錆び付いて倒れかけた看板には、イユタリス語でそう書かれていた。
「モリタリタって街なのか……てかおれ、この世界の言葉喋れるし、字も読めるんだな」
あのテキトーな女神さまも、それくらいのサービスはしてくれたということだろう。
このモリタリタという街は空から見た限り、広大な荒野の中にポツンと独立した、それなりに大きな街のようだ。
道路はアスファルトで舗装され、木製や鉄筋コンクリート製の建物が乱立している。
さっきまで居たレンガ造りの建物に石畳の道路というオシャレな洋風都市とは違って、こちらの都市は現代の日本っぽい雰囲気だった。
街灯はちらほらあるが、点滅していたり電球が切れていたり、そもそも光量が少なかったりして、全体的に暗い。
通行人はまばらで、皆パーカーのフードを目深に被っていたり、頭を紙袋ですっぽり覆っていたり、異様に周囲を気にしながら突然全力で走り出したりと、普通ではない。
ごくり、と唾を飲み込む。
こんな見るからにヤバそうな街で、やっていけるのだろうか。
ひょっとすると、さっきまで居た街の公園や河原でサバイバル生活をしていた方が、安全だったのではなかろうか。
「ひぃ?」
何か黒い影がもぞもぞと蠢きながら、足元を這いずり去って行った。
異世界、コワい。
「とととととにかく、部屋を見つけなきゃ」
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
続きは順次投稿していきます。
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