常連客A 「よ、大将! 今日も 『婚約破棄』 やってる?」
ここはとある王国の舞踏会会場。
国の王子が、美少女の肩を優しく抱きながら、悪役令嬢っぽい女の子に向かって、ちょうど、お約束の台詞を吐きだしていたところであった。
「ナッツクラッカー令嬢!
貴方にはほとほと愛想が尽きた!
私は、私の愛する……この、ネトラ令嬢と婚約することを、ここに宣言する!」
悪役令嬢っぽい少女は、驚きの表情を浮かべた後。
「ブルーツ王子……。
今の言葉はつまり……私との……婚約を破棄する……と。
そういう風に受け取って、よろしいのでしょうか?」
そんな言葉を、王子に投げかけたのであった。
「よ、大将! 今日も『婚約破棄』やってる?
とりあえずナマを1つ!」
「お、旦那、いらっしゃい、ナマ1つよろこんでー!
今始まったばかりの、生きの良い『婚約破棄モノ』ありますよ~」
「たいしょー!
こっちはハイボール1つ!」
「はいよハイボール1つよろこんでー!」
「こっちには日本酒……大将のおススメで!」
「はいよ『婚約破棄』に合わせるなら山口の純米大吟醸『断罪』がおススメですね!
胸にスッキリ落ちるところなんかは、磨きは3割9分でも値段の割に十分に『断罪』として楽しめますよ!」
「よっしゃ、んじゃそれ頂戴!」
「はいよ『断罪』1つよろこんでー!」
「私は、ネトラ令嬢と出会い、そして、愛を知ったのだ!
ナッツクラッカー令嬢……貴女とのような、政略でもなんでもない、真実の愛をな!」
王子は、ネトラ令嬢を強く抱きしめながら、そんな言葉を叫ぶ。
「良いぞ、王子様!
大将、コハダ、タイ、あとおススメの白身をちょうだい!」
「よ! 真実の愛!
こっちは光り物、適当に握ってくれー!」
「身分より、真実の愛、か。
大事だよねェー。
ところで、たいしょー!
サーモンないの?」
「はいよ、コハダ1、タイ1、白身1に、光り物いくつかですね、よろこんでー!
ウチは一応江戸前なんで、サーモンは無いんですよー!
あ、でも、刺身でなら出せますよ!」
「やだやだ、刺身より、たいしょーの握った寿司のほうが良いや!
んじゃ、ハマチとマグロ、あとハイボール、ちょーだい!」
「はいよハマチ1、マグロ1、ハイボール1つですね、よろこんでー!」
悪役令嬢っぽい少女は、そんな王子と、少女に向かって、手を叩いた。
「なるほど、真実の、愛、ですか。
この国の教会の巫女であるこの私が、真実の愛を、どうして妨げられましょうか?
お二人の門出を、祝福させていただきます」
どうやら悪役令嬢っぽい少女は、2人の真実の愛を、祝福しているようであった。
「ところで……この国の法律では、『巫女の血族の女子と結婚した国王の血族の男子のみ、国王の位につける』というものがありますが。
……当然ブルーツ王子は、国王の位を放棄し、市井に下る、と。
そういうことで、よろしいのですよ、ね?」
悪役令嬢っぽい少女は、至極当たり前のことを聞くかのように、王子へ問いかけた。
「おおっと、そうきたか!
真実の愛が試されるぞ王子様~!
うわなんだこのタイ旨すぎる!」
「国の法律なら仕方ないね、当然ここは市井に下る、一択でしょう!
大将!
サバの〆具合、最高っす!」
「はいよありがとうございますー!」
「……大将……し、真実の愛って……なんでしょうね……グス……」
「……お、お客、サン……。
……そうですか、真実の、愛。
……そうですねえ。
……あっしは、寿司を握るしか能がない男なんで、解りかねますがねぇ……」
「グス……」
「そうやって、ずっと気にかけてしまうくらい、心の中を占拠している。
これはお客さん……いわゆる1つの、真実の愛……って、ヤツじゃあないですかい?」
「た、大将……!
……ん、コレは?」
「サービスの赤出汁ですよ。
酒覚ましです。
熱いですけど、さっさと飲んでくださいね。
そうでないと……」
「そ、そうでないと?」
「……奥様の実家への終電、間に合いませんよ?」
「た……大将……!」
「はい真実の愛1つ、よろこんでー!」
「い……いや、それは、ナッツクラッカー令嬢、お前を、側室に迎えて……」
「ウチの国は側室を認めておりません。
認めたところで、私は拒否します」
王子の言葉を、悪役令嬢っぽい少女は、当然の様に切り捨てる。
「……え?
なにそれ、ブルーツは、王様になれないの?」
王子に肩を抱かれた少女が、ここで初めて声を上げた。
「えーっと、簡単に言いますと。
私と王子が結婚したら、王子は王になれますが。
貴女と王子が結婚したら、王子は王になれません」
「なにそれずるい」
悪役令嬢っぽい少女の言葉に、少女は素直な感想を口にする。
「まあ、気持ちはわかりますが。
それは私にではなく、国とか、王とかに言ってください。
……そして、ネトラ令嬢。
貴女は、真実の愛とやらで、平民となったブルーツ王子と永遠の愛を誓う……と。
そういうことで、よろしいんですよね?」
「あ、いや、よろしくないです」
悪役令嬢っぽい少女の言葉を、少女はすかさず拒否した。
「ざまあああああ!
ビールおかわりー!」
「めしがうまいわああああ!
いやマジでメシは美味いんだけど!」
「はいナマ1つよろこんでー!」
「真実の愛を口にするなら、王子は市井に下って、少女も身分関係なく愛しないとダメでしょ~。
あ、たいしょー、ハイボール、も1つ!」
「はいよハイボール1つよろこんでー!
……お客さん、大丈夫ですか?
飲み過ぎですよー?」
「え、飲みすぎィ?
全然だよ、こんなァ、まだまだ全然酔ってないィよ。
あ、ありがとォ、頂きまァす。
んー、美味い!」
悪役令嬢っぽい少女は、笑顔を浮かべたまま、王子に語りかける。
「そしてもう1つ。
『巫女に対する誹謗中傷は、これを許さない』という法律がありまして。
王子と言えど、これに背けば、最悪の場合死罪も免れません。
今回の場合、万座の席で、私に恥をかかすおつもりでの、婚約破棄。
これは、非常に悪質な部類に入ると思われます。
つまり。
……最悪の場合も、考える程度の、罪になると、思われます」
「いやあ、今回の悪役令嬢は、大分追い詰めてくるなぁ!
大将、おススメの貝、ある?」
「これは王子の断末魔が心地良いタイプのヤツだね多分!
よっしゃ、大将!
イクラと、ウニと、大トロ頂戴!」
「たいしょー!
ハイボール、も1つ!」
「はいよ貝1、イクラ1、ウニ1、大トロ1、ですね!
はいよろこんでー!」
「あ、あれ?
ハイボールは?
……ねー! たいしょー!」
すっかり冷え切った、舞踏会会場。
すっかり冷え切った、『真実の愛』の前で、王子が、無様な姿をさらしていた。
「な、ナッツクラッカー令嬢……。
……そ、そうだな、そうだ。
わ、私も、悪いところは、あった。
ど、どうやら、今回のは。
し、真実の愛ではなく。
……一時の、気の迷いであった。
一部、謝罪することも、まあ、や、やぶさかでは、ないな。
ゆ、許せよ」
王子の、謝罪になっていない謝罪に対して、悪役令嬢っぽい少女は。
「それで、許されるとでも?」
と、まあ、当たり前の言葉を、返すのであった。
「だけれども」
悪役令嬢っぽい少女は、言葉を、続ける。
「男性の方は、あちこちに気が行く生き物だと、聞いております。
下半身で物を考えたり、行き当たりばったりで行動したりする、とも」
悪役令嬢っぽい少女の言葉に、一縷の希望を見出した王子は、その言葉に同意をした。
「ま、まあ、そういうところはあるよな、男というものは。
だから」
「だから、命までは取りません。
私も、理解ある、妻を、目指したい、ですからね」
悪役令嬢っぽい少女の言葉に、王子は、安堵のため息を吐く。
「だから、潰す『きんたま』は、ひとつで、勘弁してあげます」
「待ってましたああああああああああ!ビール追加!」
「きんたまつぶされろおおおおおおお!こっちもナマ1つ!」
「わたしにも、ハイボール1つね!」
「はいよナマ2つよろこんでー!」
「こっちには日本酒……大将のおススメで!」
「はいよ『金玉潰し』に合わせるなら新潟のどぶろく『落っ玉消』がおススメですね!
喉につかえる『濁り』は、まるで口の中で『金玉潰し』が行われたような気持ちを味わえますよ!」
「よっしゃ、んじゃそれ頂戴!」
「はいよ『落っ玉消』1つよろこんでー!」
「…」
「…」
「……あれれ、ハイボールは?」
遠くで、王子の声が聞こえた。
ヒエエ、オタスケー!
遠くで、悪役令嬢っぽい少女の声が聞こえた。
ハジケテ、マザリアソバセー!
そして、クルミが割れるような音が、聞こえた。
グシャー!
そして舞踏会会場は、より、静かになった。
「ひええ、くわばらくわばら。
玉ヒュンというヤツだわ」
「恐ろしや恐ろしや。
俺もそろそろ、かみさんに潰される前に帰るとするわ」
「はいよ、こちらはサービスのお鮨詰め合わせになります!」
「おお。
え、あれ?
そんなサービス、あったっけ?」
「フフフ、今日だけですよ!
これがあれば奥様から金玉潰されることはないと思います!
奥様を、大切に、って、ね!」
「……た、大将……!」
「全く……。
これだから大将んとこに通うのがやめられないんだよ!」
「たいしょー!
ハイボール1つ……」
「ありがとうございましたまたお越しくださいませ~!」
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数時間後
「……たいしょー……ハイボール……ぐぅ、ぐぅ……zzz」
「す、すまん、店主よ。
少し、飲みたい気分なのだが、良いか?
ちょっと、たまたま、玉を潰されて、な……」
「あ、すみません、旦那ぁ。
今日は店じまいなんですよ。
またお越しくださいませ~!」
おしまい。
仕事で2日徹夜、60時間働いた後に、お酒を飲んだら、こんな小説が書けます!(すごいテンションで)
他にも、悪役令嬢もの、書いてます~
トキ様のパーフェクト悪役令嬢教室
https://ncode.syosetu.com/n1020cx/
豚公爵と猛毒姫
https://ncode.syosetu.com/n8014ci/
###朝起きて、シラフの状態で再読中###
NIOさん「なんだこのヒドイ作品は」