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第二ピリオド-5 司令塔

「ふぅ、なんか見てるだけで疲れちゃいましたね……」

「うん……。見応えのある試合だった……」


 ハンカチで汗を拭きながら呟いた菜々美に、興奮しているのだろうか、いつもよりも少しだけ大きな声で涼が同意した。


「さすがは全国レベルの試合って感じね。山羽は全体的に後手に回ってしまっていたのが悔やまれるわね。作戦自体は間違ってなかったと思うし」

「はい……。前半は妹の方の若月さんを抑えることには成功してましたし、後半は菱川さんに3Pを一本しか決められてない。インサイドは山羽の方に()があったと思うので、トータルで見ればもう少し競られたんじゃないかと」


 凪と修は早速試合の分析を話し合い始めた。

 こういうことは記憶が新しい内にフィードバックしておいた方が良い。


「それでも最終的には19点差。それは何故だったか、涼、わかる?」


 質問を投げ掛けられた涼は一瞬ビクッとしてから、視線を宙に泳がせて考えるそぶりを見せた。


「それは……やっぱり、前半で3Pを決められ過ぎた……のと、若月姉が後半ノってきたのを、止められなかった、から……?」

「私もそう思います」


 恐る恐る自分の推測を語る涼に、菜々美が手を挙げて同意したので、涼はほっとした顔を見せた。


「永瀬は?」


 今度は自分に振ってきたので修も思考を巡らせる。

 もちろん直接的な得点は今涼が言った二人だが、得点を取れるシチュエーションを間接的に作り出していた者がいた。


「……ガードの若月玲奈さんですね」

「やっぱりそう思う?」


 どうやら凪も修と同じく、この試合のキーマンは一試合フルで司令塔を務めたキャプテンの若月玲奈だと思っているようだ。


「ガード、ですか?」


 菜々美が解せないといった表情で首を傾げる。


「もちろん二人の考えも間違ってはいないわ。でもその若月妹と菱川を活かしたのは若月姉だってことよ」


 菜々美、涼、汐莉が頭に疑問符を浮かべる。

 この場で凪が言っていることを理解しているのは修だけらしい。


「前半山羽は若月妹に対してのカバーディフェンスを徹底していたわ。それはもちろん、名瀬高で最も点を取ることに長けているプレイヤーが彼女だからよ。でも名瀬高はそれを見て即座に若月妹で攻めるプランを選択肢から排除した」

「あの時、遠巻きからしか見えませんでしたけど、ベンチの指示はなかったように見えました。恐らく選手がその瞬間瞬間で判断してるんだと思います」

「そうね。そしてその指示を出して常にゲームをコントロールしていたのが若月姉、玲奈よ」


 そう話す凪の顔は少しだけ悔しそうな、それでいて称賛しているようなものであった。


「名瀬高のオフェンスは必ずと言っていい程、トップの位置でガードの若月姉がボールを持った状態から始まる。そして彼女からのパスはほとんど得点に繋がっているわ」


 さらに言えば外一辺倒ではなく、適度にインサイドにもボールを供給してリズムを作っていた。


「視野が広いのはもちろん、得点に対する嗅覚がすごいんですよね。どこに出せばより高確率で得点に結びつくのかがわかっているみたいだった」


 修も凪に続けて言葉を繋げた。


「あと周りを活かすだけじゃなくて、要所では自分で攻めていく力もあるのが大きいわね。多分撃った本数はそこまで多くないけど、成功率はかなり良いはずよ」


 凪の言う通りだ。

 恐らく玲奈は自ら点を取る能力も高い。しかし試合中はその能力をほとんど見せることなくゲームメイクに徹している。

 だがそう思わせて大事な場面では突然ゴールに向かいシュートを決めるのだ。


 特に第四ピリオドの序盤、勢いをつけて追い上げたい山羽を突き放すような冷徹無比の3Pを沈めた時は、山羽の選手の目には玲奈が悪魔に見えただろう。

 対戦相手の気持ちを折るには充分な三点だった。


「なんか、すごいですね……。次元が違うというか……」


 凪と修が玲奈を称賛する言葉ばかりを並べるので、菜々美は圧倒されてしまったようで、不安そうに苦笑いを浮かべる。

 隣の涼はうつむいて自分の指先を見つめていた。


 しかしそれも無理はない。

 中学時代県内トップレベルのガードだった凪がここまで手放しで褒めるとは相当なことだろう。


 菜々美たちも凪の実力を知っているからこそ、玲奈の異常さがより際立つのだ。


「……凪先輩、あの人を止められますか?」


 修が凪に質問をすると、凪は一瞬驚いたあとジロリと目を細めて睨んできた。


「……あんた、嫌な質問をするのね」

「すみません、でも、ポジション的にマッチアップは凪先輩ですし、勝つならまずあの人に自由にやらせないことは大前提ですから」


 玲奈が名瀬高のオフェンスの鍵ならば、そこを潰せば栄城に有利に試合を運べる。

 逆にそれができなければ蹂躙されて終わるだけだ。


 凪はため息をついたあと目を伏せて言った。


「多分、止められないわ。()()、ね」

「今は?」

「冬には止められるようになってみせる。必ずよ」


 凪は修の方に身を乗り出し、人差し指を修の顔に突き付けながら不敵に笑った。

 その表情はとてつもなく頼もしく、この人ならやってくれると期待させるものであったので、修も思わず笑みをこぼした。


「宮井、あんたも全国レベルの試合を見るのは初めてだったでしょ? どう? 何か印象に残ったことはあった?」


 修と凪の会話には初心者の汐莉はさすがに入ってこれなかったのか、ほとんど黙って聴いていた。

 そんな汐莉に気を遣ったのか、凪が先輩らしく話を振る。


「そうですね……。やっぱり菱川さんの3P。端から見てても撃った瞬間入るってわかるような、すっごく綺麗なシュートでした」


 余程感動したのか、汐莉はうっとりと顔を綻ばせた。

 汐莉と違って嘉音は両手での(ボウスハンド)シュートだったが、確かにとても綺麗なフォームだった。


「あ、あと一つ。最後の方で途中出場した子がいたじゃないですか。名瀬高の一年生で唯一出場してた」

「あぁ、いたね」


 出場時間も短く、この試合ではあまりインパクトを残せていなかったが、一年生が一人交代で出てきた場面があった。


「こんなすごい舞台に同じ一年生が出てるなんてすごいじゃないですか! だから私も、もっと頑張ろうっていう気持ちがさらに大きくなりました! 私もこんな場所で試合に出たいです!」


 汐莉が両手で握りこぶしを作りながら元気よく言い放った。

 それを見て凪がふふっと微笑む。


「あんたならあのくらいできるようになるわ。一緒に頑張りましょう」

「はい!」


 ハイレベルな試合を見ても怖じ気づくことなくこんなことが言えるとは大したものだ。

 修も汐莉ならいつか全国の舞台で戦える日が来る可能性は大いにあるだろうと感じた。

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