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第一ピリオド-9 困惑する汐莉

「ううん、私なんて全然。入学してから一度もそんな経験ないよ」


 汐莉は苦笑しながら言った。

 その様子からは嘘を言っているようには感じられない。


「えぇ~? 嘘でしょ~?」

「ほんとにほんとだよ」

「確かに、誰かがしおちゃんに告白したって話、聴いたことないなぁ」

「夏休み前って、結構そういう話多いっすもんね」


 あの後寺島は汐莉に告白するのを止めたのだろうか。

 しかし寺島は気合い充分であったのでそれは考えにくい。

 だからと言って汐莉が嘘をつくとも思えない。


(どういうことだ……?)


 修の頭の中に困惑が広がるが、この場で汐莉に追及する度胸はなかった。


「夏休みを彼女と過ごすために皆必死なわけか……。バカだねぇ男って」

「そうかなぁ? 好きな子と休みの間も一緒にいたいって思う気持ち、すごく素敵だと思うけど」


 低俗な世の男共を小馬鹿にするめぐみに優理がうっとりした顔で反論する。


「優理は乙女だねぇ。そんなら、優理はどうなのさ? 浮いた話はあるのかい?」


 話題の中心地が今度は優理に移る。


「えっとねぇ、わたしはねぇ……。告白したりされたりってのはないけど、好きな人なら……いるよ」


 優理のカミングアウトに笹西の五人が興奮の声を上げた。

 自分のそういう話をするのにあまり抵抗がないのであろう優理も、さすがに皆から注目されて赤面している。


「ど、どんな人なの?」


 引っ込み思案と評された有紀でさえも、好奇心に満ちた顔で身を乗り出していた。


「同じクラスの人なんだけどね。すごく優しくて面白いんだぁ。でも、その人のこと好きだって子が結構多くて……」

「ライバルが多いのねぇ……」


 愛美奈が心配そうな顔で頬に手を当てる。


(それって多分、平田のことだよな……?)


 さすがに修でもなんとなく察しが付いた。

 修と優理のクラスで、優しくて面白くてモテている男子といえば平田しか思い当たらなかった。


「私、ウリちゃんに好きな人がいるなんて知らなかった……」


 親友の秘め事を聞いていなかったことに軽くショックを受けたのか、汐莉が肩を落として呟く。


「だってしおちゃん、そういう話興味ないでしょお?」

「う! いや、興味ないって程でもないよ!」

「汐莉ちゃん、もうバレてるっすから取り繕わなくていいっすよ」


 栄城の三人の会話に皆が笑った。


「夏休み中に、勇気出してデートに誘おうと思ってるんだぁ! みんな、上手く行くよう応援してねぇ」

「もちろんだよ」


 陽子が返事をし、他の皆も頷いた。

 修は恋愛に勤しむ女子たちに対し、何故かはわからないが少し尊敬の念を抱いた。





 ひとしきりお喋りした後、誰かの合図で解散となった。

 笹西の五人は学校の方向、優理と星羅は駅へ向かったので、修は途中まで汐莉と二人で帰ることとなる。


 夏真っ盛りのこの時期、昼下がりの時間帯は最も気温が高くなる。

 自転車を漕いでいれば多少風を感じられるが、涼をとれる程のものではなく、むしろ漕ぐ運動によりなおさら汗がしたたり落ちてくる。


「暑いな……」

「そうだね。でも、中学の時は屋外スポーツだったから、私的にはもう慣れっこって感じかな」


 うんざりした顔で愚痴をこぼす修に、汐莉は同意しつつも余裕のある表情で笑った。

 元陸上部の汐莉にとって、夏の炎天下は日常茶飯事だったのだろう。


「俺はずっとバスケだったから、屋内のもわっとした暑さは平気なんだけどなぁ……」

「私逆だ。これって結構部活あるあるだよね!」

「そうだな」


 互いのキツさがわからない屋内部活と屋外部活が互いを羨ましがったりすごいと思ったりするのは良くあることだ。


「そのわりには体育館で宮井さんがキツそうな姿をしてるのを見たことがないけどね」

「そうかな? うーん、でもそうかも。今は『疲れた~!』とか、『しんどい~!』って気持ちよりも、『バスケが楽しい!』って気持ちが先に来てるから、あんまり気にならないね」

「そっか」


 そういえば自分もそうだったな、と修は昔を思い出した。

 暑い、疲れたと弱音を吐くチームメイトを余所に、自分は元気に走り回っていた。

 バスケをしている間は、暑さも寒さもまったく気にならなかった。


「でもね、宮井さん」


 修は少しだけ声のトーンを低くした。


「気持ちはわかるけど、絶対無理は禁物だよ。テンションがハイになると、疲れとか、痛みとか、感じ取れなくなって、結果オーバーワークで体を壊すってのはよくある話だ」


 これも修が昔、実際に経験したことだ。

 そのときはコーチと親にとてつもなく怒られた。


「俺もマネージャーとして気を配るつもりでいるけど、そういうのを一番管理できるのは、できなきゃいけないのは自分自身だから。だから、くれぐれも気をつけてほしい」


 以前凪が倒れたときも修はとても辛い思いをしたし、責任も感じた。

 これから暑い日が続く。凪にやる気が入ったことによる相乗効果で練習も激しさを増すだろう。

 そうなれば怪我人や病人が出るリスクは高まる。

 しかしそれは「仕方がない」と割り切っていいものではない。


 無理をせず、それらをケアして、離脱せず練習を続けることが大事なのだ。


「うん、もちろん。わかってる」


 汐莉は微笑みながらも真剣な眼差しで言った。

 それを見た修は満足して微笑み返した。


 さらに進んでいくと、信号が赤になったので二人は自転車を停止させた。


「渕上先輩と大山先輩のことは凪先輩も動いてくれてるし、俺もサポートするつもりでいるから、宮井さんは今はそのことを気にせず自分のレベルアップに集中してくれていいよ」


 と、汐莉のためを思って発言した修だったが、その瞬間汐莉の顔から笑みが消えた。

 今まで見たことのないような、感情がすべて消え失せてしまったのかと思える顔に修はビクッとしてしまった。


「永瀬くん、最近凪先輩と仲良いよね」


 いつものような朗らかな声……なのだが、どこかトゲを感じるような気がする。


「そ、そうかな……? まぁ、人間的にも尊敬できるし、意外と気も合うから話し易いってのはあるけど……」


 修はうろたえながらも本心を口にした。


「ふーん、そうなんだ。そういえば、いつの間にか呼び方も変わってるよね。()先輩って」

「それは、その、凪先輩がそう呼べって……」


 別にそんな必要もないのだが、修は何故か言い訳がましく答えてしまう。

 じっとりと背中を伝う汗は、暑いからか、それとも冷や汗だろうか。


「凪先輩だって、誰にでもそんなこと言わないよ」


 やはり汐莉の様子はおかしい。

 なおもつっけんどんな態度を取る汐莉に、修は恐る恐る尋ねた。


「あの、宮井さん、もしかして、怒ってるの……?」


 すると汐莉は何故かとても驚いたような表情になったので、修はさらに困惑した。


「え……私、怒ってるように見えた……?」


 そう話す汐莉の方が、修よりも困惑の色が濃くなっていく。


「そ、そうなのかなって思っただけ、だけど……」


 修がそう答えると、汐莉はものすごい勢いで修から顔を背け、


「ご、ごめん!」


 と叫んだ。

 修は汐莉の態度の急変にどういうことなのかわからず言葉がでない。


「全然怒ってるつもりなんかなくて……無意識というか、私もよくわからないというか……。とにかくごめん! 嫌な思いさせたよね……?」


 顔を背けたままの汐莉が早口で言った。

 しかしその横顔が真っ赤に染まっていたのが修の目からも確認できたので、汐莉が言っていることは本当なのだろうと判断した。


「いや、大丈夫! 俺の勘違いだったかも!」

「ほんとに……ごめんね……」

「大丈夫だって! もうこの話終わりね!」


 汐莉も謝っているし、修自身も状況がよくわからなかったので、無理矢理話を切り上げた。

 ちょうど信号も青に変わったので、修は汐莉を促して共に再び自転車を発進させた。


 その後は修が話を振っても汐莉はどこか上の空で、会話が成立しているのかすら疑問だった。

 いつもの交差点で別れの挨拶を交わした際も、汐莉は何やら複雑な表情をしていたので、修は一人になってから大いに首を傾げたのだった。

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