第一ピリオド-4 浮き彫りになる影
「宮井! ディフェンスの時はもっとボールの位置を意識しなさい! そのポジション取りじゃあ逆サイドからの攻撃をカバーできないわ!」
「はい!」
「菜々美はもっと積極的に攻めていかなきゃダメよ! フォワードは点取ってナンボなんだから! パスコースばかり探さないで自分でシュートまで行く!」
「わかりました! 次、もう一回ボールください!」
その日の練習も凪を中心として活気あるものとなっていた。
凪が後輩たちの一つ一つのプレーに対し、アドバイス、激励、称賛等の言葉を張り上げる。
後輩たちは凪の言葉に煽られ奮起し、チャレンジを繰り返す。
今行っているメニューはハーフコートの三対三。
試合前のアップ時に採用されることも多い、より実践的な練習だ。
オフェンス側がシュートを決めるか、ディフェンス側にボールが渡るとその組は終了。それまでオフェンスをしていた三人がディフェンスに入り、待機していた者がオフェンスに入るというローテーションを繰り返す。
再び二年の才木 菜々美がオフェンスに入った。菜々美のマークには灯湖が付く。
右サイド45°の位置で菜々美にボールが渡った。菜々美はトリプルスレットの構えをとりつつ、ボールを奪われないように右腰付近に持ち、前を見据える。
灯湖は右足を前に出した半身で構え、右手を菜々美の目の前に突き出す。
絶妙な間合いだ。これでは菜々美がその場でシュートを撃つのは容易ではない。
「菜々美!」
そこへ逆サイドから走って来た晶が右ローポストへポジションをとった。
菜々美はすかさず右手でバウンドパスを出そうとする。
しかし実際には菜々美の手からボールが離れることはなかった。
菜々美はパスフェイントの直後、灯湖の隙を突き右足を踏み込んで左手でドリブルを開始する。
フリースローラインを割るようにゴールに向かってドライブする菜々美だったが、横から灯湖が付いて来る。
灯湖はフェイントで僅かながらドライブに反応が遅れていたが、瞬発力が菜々美より勝っているため完全に抜き去ることができなかったのだ。
菜々美は最短距離でゴールまで向かいたかったはずだが、灯湖に阻まれゴールよりも左側に押しやられて行く。
それでも菜々美はシュートを諦めず左手を目一杯伸ばしてレイアップを放った。
しかし残念ながらそのシュートはリングに弾かれリバウンドに入ったディフェンスの星羅の手に収まった。
「くっ! すみません!」
「オッケー! それで良いの! 攻める姿勢を常に見せなさい!」
顔を歪めて悔しがる菜々美に、凪は手を叩きながら励ます。
菜々美は元気よく返事を返した後、今度はディフェンスとして汐莉をマークする。
修はそんな練習風景を見ながら凪に心底感心していた。
凪のアドバイスは的確であり、修が思ったことのほぼすべてを代弁してくれる。
また、手を抜いたプレーには厳しく叱責するが、良いプレーには賛辞を、ミスをしても積極的にチャレンジした結果なら励まして奮起を促す。
そして何より凪本人が一番一生懸命だ。
自分のプレーを全力で行いながら、他の部員のプレーにまで気を配るその姿は下級生にとってとても立派に映り、彼女が言うならばと指摘を素直に聞き入れる。
おかげで栄城高校バスケ部の練習は先週までとは見違える程のものとなっていた。
一人の上級生の心境の変化が、チームにとってこれほどまでに好影響を与えるとは。
(さすがは中学県ベスト4のキャプテンにして県優秀選手。凪先輩が栄城にいたのはかなりラッキーなことだぞ)
そんな凪をここまで本気にさせたのは修だったのだが、当の本人はそのことをまったく理解していなかった。
「渕上、今伊藤がフリーになってたわよ。もっとパス回してあげて」
「……あぁ、すまない」
「伊藤もフリーなら声出してパスを要求しなさい」
「はい……!」
しかし良い雰囲気が広まれば広まる程、影の部分が浮き彫りになってきたのも事実だ。
影というのは言うまでもなく灯湖と晶の二人である。
他の部員のやる気がここまで上がっているのに、二人は依然としてどこか他人事のようなのだ。
実のところ二人の態度は先週までとはほとんど変わらない。
だが凪の改心とそれに伴う下級生のやる気の上昇により、相対的に二人がより消極的に感じてしまうようになったのだろう。
今はまだ部員の間でそこに意識がいっていないから大丈夫だが、両者のモチベーションの開きをチーム全員が把握してしまえば、チームが崩壊してしまう恐れがある。
(なぜここまで頑ななんだろう……。何か理由があるんだろうけど……。でもまだ判断するには早い、か……。二人がこの空気に当てられて、段々モチベーションを上げて行くのを期待しよう)
少々楽観的なようにも思えたが、焦って状況を悪化させてしまえば取り返しがつかなくなる。
修は灯湖と晶への不信感をできるだけ抑えることにした。
そんなことを考えているとタイマーからメニュー終了のブザーが鳴った。
「二分休憩です!」
修が叫ぶと部員達はぞろぞろとコートサイドに移動し水分補給をしたりタオルで汗を拭ったりし始めた。
凪は菜々美に近付き何かを話し、菜々美はそれを真剣な表情で頷きながら聴いている。
修は入部当初から書き続けている日誌にペンを走らせた。
練習メニューや気付いたこと、改善点等を書き連ねたノートだが、現状汐莉以外にそれを活用することはほとんどない。
修は自分があくまでマネージャーでありコーチではないと割り切っていた。
しかも一年生という立場で、上級生にあれこれ言ってもいいものかという不安もあるため、日誌はほとんど自己満足のものに過ぎなかった。
「ねぇ永瀬くん、ちょっといい?」
そんな中不意に汐莉が声をかけてきたので、修はペンを持つ手を止めた。
「どうしたの?」
「さっき凪先輩が菜々美先輩には自分でシュートまで行けって言ってたのに、灯湖先輩にはパスを出せって言ってたのはどうしてなのか気になって……」
汐莉の質問の内容に修は思わず舌を巻いた。
汐莉はこういった通常ならあまり気にならないような点にも疑問を抱き、すぐさま質問してくる。
汐莉の上達が速いのはこの探究心と行動力、運動神経とセンスといった要素が揃っているからなのだろうなと、修は内心で唸った。
凪本人ではなく修に尋ねてきたのは凪が菜々美と話し込んでいるからだろう。
あとから訊いても良いようにも思えるが、疑問はすぐに解消したいというのが汐莉の性格であるということは段々とわかってきた。
「俺は言った本人じゃないから推測というか可能性の話になるけど……。凪先輩も言ってたけど、才木先輩はSFだから点取るのが主な仕事なんだよ。だからゲーム中は常にゴールを狙わなきゃいけない。でも才木先輩は性格的にちょっと消極的というか、自信がないのか自分であまり攻めないでしょ? だから凪先輩は才木先輩の積極性を促すためにああ言ったんだと思う」
「なるほど、じゃあ灯湖先輩の方は?」
「逆に渕上先輩はゴールに向かってしかけた時にほとんどパスを出さないよね。シュートをある程度決められるから試合ではそれでも良いんだけど、今は練習だからね。フリーの選手がいるならそこに撃たせた方がいいし、何より渕上先輩は三年で、フリーだった伊藤さんは一年。せっかくなんだし伊藤さんの練習になるようにパスを出してあげるべきだったと思った……んだと思う」
「なるほど~そういうことだったんだ!」
汐莉が感心したように何度も頷いた。
「あくまで推測だよ。俺が同じ言葉をかけた場合そういう思考になるかなってだけ」
「ううん、すごく納得した! そういうのもあるんだね」
ニコッと笑う汐莉を見て、修もつられて顔がほころぶ。
毎回こんな反応が反ってくるので教える甲斐があるというものだ。
すると休憩の終わりを告げるブザーが鳴った。
「ありがとね!」
「うん、またなんでも訊いて」
二年生には凪が精力的に指導してくれている。
なら自分は汐莉を中心に一年生にアドバイスをして全体的な戦力の底上げを目指そうと修は思った。
(三年二人はもう少し様子見だな)
しかしそうは言ってもやはり二人の姿は目についてしまう。
そのことが修の心の中にどんどんネガティブな感情を溜めていっていることには、修自身まだ気付いていなかった。