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第一ピリオド-1 全然駄目!

 コートにホイッスルの高い音が鳴り響く。


 彼女は倒れ込んだ状態のまま、魂が抜け落ちてしまったような表情で俯いていた。


 コート上には同じ色のユニフォームを着ている人間は他にも四人いる。

 それなのに、コート外から見るあたしの目には、彼女がまるでそこに一人ぼっちでいるように思えた。


 その時あたしは誓ったんだ。もう彼女を一人にはさせない。ずっと隣に居続けるんだと。






「全っ然駄目ね!」


 向かいに座る三年の先輩・市ノ瀬 凪はオレンジジュースをストローで一口すすった後、開口一番でそう言い放った。

 永瀬 修は突然のことに面食らい、ポテトに伸ばした手を止めて、おそるおそる上目で凪の顔を覗く。


 その表情は呆れているような、怒っているような、とにかくこの後あまり感じの良い話にはつながらなそうなものであった。


「全然駄目、ですか……?」


 修はこの小さな先輩に何か粗相をしてしまっただろうかと不安になりながら、両こぶしを太ももの上に置き、背筋を伸ばして努めて丁寧に聞き返した。


 そもそもなぜこんなファストフード店に二人でいるのかと言えば、部活終わりに突然「話があるから一緒に来て」と誘われたからだ。

 その流れで考えると、修が危機感を抱くのは当然と言える。修は中学三年間で培った体育会系スキルを駆使し、何とか凪の怒りを鎮めようと身構えた。しかし


「なんであんたがかしこまってんのよ。別にあんたには文句はないわ」


 と凪が言うので、修はほっと安堵して姿勢を少し崩した。どうやら凪の機嫌を損ねている原因は自分ではないらしい。


「何が駄目なんですか?」

「決まってるでしょ。うちのチームのことよ」

(まぁそうだよな……)


 当然ながら修にも思い当たる節はある。しかも修にとっては、ついこの前まで凪もその「節」であったのだが、それをわざわざ蒸し返すのは野暮なことであろう。


「お前のせいでもあるだろって顔してるわね」

「ええっ!? いっ、いや、そんなこと思ってないですよ!?」


 凪にジト目で睨まれ、修は思わず慌ててしまった。

 さすがにそこまでは思っていなかったのだが、似たようなことを考えていたことは間違いない。


「カマかけただけだったんだけど、今の反応見る限り確定ね」


 凪は暗い顔で自嘲気味に笑った。その表情を見て修はたじろいでしまった。

 凪は以前、ただ淡々と練習をこなすだけで、後輩への指導やアドバイスといった先輩としての役割を放棄していた。

 しかしそれは進学を巡る親とのトラブルで、精神的な余裕がなかったからと、休みがちでいつ辞めるかわからない自分が、後輩に偉そうに指導できないという考えがあったから、という理由があった。


 とは言え自身の都合でチームに迷惑をかけたことを、凪はよしとしていないのであろう。

 現在凪は、空白を埋めるように練習中は精力的に後輩に声をかけ続けている。


「皆には本当に申し訳ないと思っているわ……」

「でも凪先輩、今はチームのために頑張ってくれてるじゃないですか。過去のことはもう誰も気にしてませんよ。大事なのはこれからです」


 言ってから修は少し偉そうだったかなと思ったが、俯いていた凪が上目遣いで「ありがと……」と呟いたのでドキッとしてしまった。


「じゃあお言葉に甘えて……。私が今日話したいのは、チームの現状と未来についてよ」


 そう話す凪の目には、先程までの暗さなど微塵もない。むしろ火が灯っているのではないかと思える程真剣な瞳だった。


「チームの現状と未来、ですか」

「あんた、今のうちのチームについてどう思う?」

「ど、どう思う、ですか……?」


 とても抽象的な質問に一瞬困惑したが、凪が何を聴きたがっているのかは少し考えればわかることだった。

 修は顎に手をやり少し間を開けたあと口を開いた。


「凪先輩のおかげでこの二日間の練習は、前と比べて明らかに内容のあるものになってます。一、二年も活気づいてきてるし、良い感じ……なんじゃないかと……」


 歯切れの悪い返答になってしまった修に対し、凪は「永瀬」と名を呼んだ。


「私とあんたしかいないんだから、はっきり言いなさい。あんたから見てうちのチームは強い? 弱い?」


 凪は「気を遣う必要はない」と言っている。当人たちがいないとは言え、先輩たちをけなす言葉を口にするのは気が引けたが、気を遣っていては話が進まない。


「……弱い、と思います」


 修は意を決してゆっくりと言った。


 修は栄城が笹岡西以外のチームと対外試合をしているところを未だ見たことがない。従って相対的なチームの実力を測れたことはないと言える。

 しかしそれでも修は栄城が弱いと言い切った。もちろんそれには理由がある。


「その根拠は?」

「まず一つ目はメンバー不足です。スタメンて二、三年の五人で組みますよね? 元・県優秀選手のガードに180㎝オーバーのセンター、あとの三人も平均的な力はあると思いますが、控えが一年生しかいない上に試合に出られる力もない」


 汐莉は着実にレベルアップしているがやはりまだ初心者、優理と星羅は経験者だが中学時代は補欠だったらしい。


「二つ目はそこに関係してくるんですが、全体的にスタミナ不足ですね。うちの練習はそんなにキツくないと思うんですけど、それでも終わる頃には皆疲れた顔してる。例外は凪先輩と宮井さん……。あと、渕上先輩もそれなりに余裕がありそうな感じですね。スタメン五人が40分走り切れるならまぁ問題ないんですけど、現状かなり厳しいかと」


「ふむふむ。他には?」


「これが一番問題だと思うんですけど、やっぱりチームがまとまってないのはまずいと思います」

「……やっぱそうよねぇ」


 修の言葉を聴いた凪が天井に向かってため息をついた。

 凪も修と同じことを思っていたのだろう。


 バスケはチームスポーツだ。余程突出した実力を持った者がいない限り、チームとしての力が勝敗を左右する。

 そしてそれは練習の時点から重要な意味を持ってくる。


 チームとして意識や方針を統一していかなければ、個々のやる気も変わってくるし、練習の中身も違ってくる。


 しかし栄城はチームとして統一されていない。そしてその原因はやはり三年生にあるといっても過言ではない。


「このチームがどこを目指すのか。それをはっきりしておいた方が良いと思います」

「……ちなみにあんたならどこを目指す?」

「現実的に……なんてくだらないことを考えなければ、全国大会ですね」


 修は至って真面目に答えた。凪はそれを聴いて感心するように目を見開いた。


「やっぱり高校で部活をやる以上、目指すところはそこでしょう。凪先輩はどうなんですか?」

「さすがに全国出場なんて大それたことを言うつもりはなかったわ……。『現実的』に考えて、ギリギリ狙えるところなら県ベスト4ってとこだと思ったけど」


 そこまで言って凪はテーブルに右肘をつき、手のひらに顎を乗せてニヤリと笑った。


「後輩のあんたがそこまで言うなら私も乗ったわ! とりあえず二人の共通認識として設定しておきましょう。それに、うちの県は他県に比べても全国へのハードルは低い方だしね」

「? どうしてですか?」

「出場校が圧倒的に少ないのよ。地区予選なしで県大会に出られるし、組み合わせにもよるけど多くても五回勝てば優勝よ」

「へぇ~そうなんですね」


 それは修には初耳だった。通常県大会というのは各地区予選を勝ち抜いた上位チームが出場できる、というのが一般的だが、県によっては地区予選がないところもあるのだ。


「それにここ数年決勝の顔触れは変わってないわ。東明大(とうめいだい)名瀬(なぜ)誠進(せいしん)学園。去年の総体からウィンターも含めて名瀬が三連覇中よ。三位から八強までは入れ替わりが激しいけど、正直他県のベスト8と比べるとかなり見劣りするわ。つまりそれ以下は弱小校って感じね」

「さすが、詳しいですね」

「こんなの誰でも知ってるわ」

「俺は知らなかったです。勉強になります」


 修は急いでスマホのメモ機能に名瀬と誠進学園の名前を入力した。


「特筆して強いのは上位二校……。なるほど、だから現実的に狙えるのはベスト4なわけですね」

「そういうことよ」


 準々決勝で二強に当たらなければランクの落ちる八強と当たれてチャンスは増大するというわけだ。

 そしてどうにかして二強を連続で下せば、晴れて県優勝を飾れる。


「こう話してると、なんだか行けそうな気がしますね」

「ま、現実はそう優しくはないけどね。まずはチームをどうにかしなきゃ」

「凪先輩から渕上先輩と大山先輩に言ってくださいよ。言いたくはないですけど、原因はあの二人ですよ」


 先程も話したように、凪が戻ってきてから一、二年は良い雰囲気で練習できているが、三年二人はどうもやる気が感じられない。

 別に不真面目というわけではないのだが、どうしても「最低限」感が拭えないのだ。


「そうしたいのは山々なんだけど……。退部だのなんだのでチームを散々振り回した手前、ちょっと言いにくいのよねぇ……」

「え、凪先輩そういうの気にするんですか?」

「そりゃそうでしょ失礼ね! 私をなんだと思ってるわけ?」


 凪のことだから気にせず我が道を()くのかと思ったが、意外にもそうではないらしい。

 しかしそう思ったとしても口に出すべきではなかった。不機嫌に眉をひそめる凪に、修は慌てて謝罪の言葉を口にした。


「……それに、正直あんまりあの二人と仲良くないのよね」

「え!? そうなんですか?」

「別に仲悪いわけじゃないんだけど……。特に大山、あいつは渕上にべったりだから、なんかあの二人の間に入り辛いというか」


 修は凪の言葉に驚きを隠せなかった。二年以上一緒に部活をやってきて、尚且つたった三人の同級生である。

 当然三人で酸いも甘いも経験してそれなりの絆を持っているものだと思っていたが、どうやら違うらしい。


「まぁ、私の方からも徐々に話してみるわ」

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