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第二ピリオド-4 イルハーム

 凪はベンチの上に置いてあった自分のペットボトルからスポーツドリンクを一口飲み、ふーっと軽く息を吐いた。


「自主練なんて珍しいですね。しかも先生に早く帰れって言われた日に」

「そりゃ、今日の練習があのザマじゃね」

「確かに、今日はらしくなかったですね。単純なミスが多かったと思います。何かありましたか?」


 修は何気なくそう尋ねた。

 深く推理したわけではなく、単純にプレーの調子が悪い時は体調か精神に何らかの問題があるのだろうと推察しての言葉だ。


 ところが凪は視線を床に落としたまま黙ってしまう。

 修は何かまずいことを言ってしまっただろうかと少しうろたえた。


「……別に。なんとなく感覚がおかしかっただけよ」


 沈黙を破って凪が答えたが、その歯切れの悪さからは何かを隠しているようにも感じ取れた。


「でも今見てた感じだとかなり修正できたんじゃないですか? 凄かったですよ! まるでディフェンスが本当にいるように見えました。クロスオーバーで抜き去った時は見てるこっちまでガッツポーズしそうになりましたよ!」


 修は改めて先程のシャドー練習で見せた美技に賛辞を送った。

 凪は興奮して語気を荒げる修に驚いて目を丸くしたが、称賛されたことが嬉しかったのかまた頬を赤く染めて目を逸らして「ありがと……」と呟いた。


「先輩って正直かなり上手いですよね。中学では結構強い学校(とこ)にいたんじゃないですか?」

「まぁ、一応ね。県大会では大抵ベスト4には入ってたわ」

「やっぱり! 当然スタメンだったんですよね」

「そうね。自慢じゃないけどキャプテンだったし、県の優秀選手の一人に選ばれたこともあるわ」

「へぇ~!! すごいですね!」


 修が興味津々で聞いてくるのに気を良くしたのか、凪は少し胸を張りながら答えてくれる。

 しかも自慢じゃないとは言っていたが、かなりの自慢だ。

 だが人に言いたくなるレベルの実績である上、聞いている修も県ベスト4のキャプテンで優秀選手に選ばれたことがあるのであるので、嫌味っぽく聞こえることもなかった。


「先輩の上手さに納得しました。でもなんでそんなすごい選手が栄城なんかに……? スカウトとか推薦とかなかったんですか?」


 修は前々から思っていた疑問を口にした。凪の実力と実績なら強い高校からの誘いもあっただろう。


「スカウトなんてなかったわよ。まぁ多少は期待してたけど……。やっぱり身長が低すぎるのがネックだったんじゃないかしら」


 そう話す凪の表情は特に悔しさや悲しさといったものは感じられず、ただ事実を淡々と述べているようだった。

 確かに凪の身長は女子ということを加味してもかなり小さい。

 具体的な数字を聞いたことはないが、おそらく150㎝に満たないのではないだろうか。


 バスケにおいて身長の高さが重要な要素になるのは間違いない。だが、それですべてが決まるわけではないと修は思っていたので、凪にスカウトがなかったことにはあまり納得できなかった。


「でもそれで良かったのよ。元々高校ではバスケするつもりなかったし」

「え、そうなんですか? じゃあなんで……」

「それは別にいいのよ」


 質問を凪に無理矢理遮られた。そのことについては訊くな、ということらしい。


「でもそれにしても高校のコーチは見る目がないですね。俺が同じ立場ならこんな良いガード放って置きませんよ」

「何、さっきからあんたやたら褒めるじゃない……。何か企んでるわけ?」


 凪が不審そうな視線を修に向けてきた。


「? いえ、純粋にそう思ってるだけですけど……」


 ぽかんとして答える修に凪はうろたえた表情になった。


「あんた……変わってるわね。調子狂うわ……」


 凪は左手で頭を抱えて呟いた。

 修は他人から「変わってる」などと言われたのは久し振りだった。

 中学時代はバスケの話になると止まらない、それどころかバスケ以外にほとんど興味がなかったので、バスケ馬鹿として変人扱いされることも少なくなかったが。


「俺、先輩のプレースタイル好きなんですよね。レッグスルーとかビハインドバックとか使わないじゃないですか。フロントチェンジとかクロスオーバーとか、シンプルな技を極めてる感じ、良いですよね。誰か手本になった選手とかいるんですか?」


 もちろん技はたくさん使えた方が選択肢が増えてより良い。

 しかし、シンプルな技でディフェンスを抜けるなら、無駄な技は削ぎ落としてそれらを使った方がより洗練された動きになる。

 それが修にとって格好いいと感じられたのだ。


「別に、できることが少ないから、それでやってるだけよ。まぁ、一応手本というか、こういうプレースタイルになったきっかけの選手はいるけど……」

「誰なんですか?」

「身近な人ではないけど、多分言っても分からないわよ」

「プロの選手ですか? 言ってみてくださいよ。最近の選手なら分からないですけど……」


 修のバスケの知識は一年程止まっているが、それ以前ならオタクやマニアと呼ばれるレベルには詳しい。

 有名選手でなくとも分かる自信があったので、修は凪にせがんでみた。


「絶対知らないわよ。五年前くらいにT県でアジアカップが開催された時のクウェート代表のガードなんだけど……」


 そこまで聞いて修はピンときた。


「アイディン・イルハームですか?」

「!! そ、そう! なんで知ってるの!?」

「日本でアジアカップがあったのって2013年ですよね? その時のクウェート代表のガードで、先輩のプレースタイルに似てる選手と言えばイルハームしかいないでしょ!」

「す、すごい……! この話をして選手の名前がわかったの、あんたが初めてよ……!」


 凪は驚きと嬉しさが混ざったような表情で興奮気味に呟いた。

 その反応が修にとっても嬉しくて、照れ臭くて、思わず後頭部を右手でカリカリと掻いた。


「バスケ馬鹿と呼ばれた時代もありましたので……」

「ちょっと感動してるわ……。当時は現地で見てたの?」

「そうですね。クウェートは日本と同じグループでしたから、日本戦で生で見てました」

「私も現地にいたのよ! へぇ~、じゃあ私達あの時一緒の場所にいたのね」

「そういうことになりますね! 確かにイルハームはほとんどフロントチェンジ主体のドリブルでしたね。それに背も小さいけど、スピードが凄まじかった」

「そうなのよ! クウェートは全体的に背の小さい選手が多くてあまり強くなかったけど、それでもスピードで果敢に攻めていく姿が格好良くて」

「それ、俺も印象あります! 当時は小学生で背も小さかったですから、背の低い選手が頑張ってることに親近感が湧いて」


 お互い共通の話題、しかもかなりマニアックな話ができるとわかり、(せき)を切ったように喋り出した。

 その後もアジアカップについての話題で盛り上がり、気付けば30分近く話込んでいた。


「驚いたわ。あんた、なかなかの『通』ね」

「いや、市ノ瀬先輩こそ。恐れ入りました」


 恭しく頭を下げる修に凪は「何それ?」と言い楽しそうに笑ったので、修も笑顔になる。


 中学時代でもここまで修の話に付いてこられる友人はいなかったので、凪との会話はとても楽しかった。

 それに、凪はとてもバスケが好きなのだと感じた。


 そうでなければこんなに楽しそうに話せない。それに先程高校ではバスケをやるつもりがなかったと言っていたが、今バスケ部に所属しているのもバスケが好きだからではないかと修は思った。


 だがだからこそ腑に落ちない。

 何故もっと汐莉たち一年にバスケを教えてあげないのか。


 修は楽しい雰囲気に水を差してしまうことを承知で、改めて凪に尋ねることにした。


「先輩、どうして後輩にもっとアドバイスしてあげないんですか? 市ノ瀬先輩からなら教わることも多いし、その方が絶対チームとしても良くなりますよ」


 修がそう言うと、案の定凪の表情が曇ってしまった。


「……前にも言ったでしょ。私には教える資格がないのよ。三年なのに部に残ってるのは自分のためだし、予備校で練習も休みがちだしね」


 資格がない。

 確かに以前も言っていた言葉だ。


「そんなの気にしませんよ。他のメンツは知りませんが、少なくとも宮井さんはバスケに対してひたむきで、上手くなりたいって強く思ってます。市ノ瀬先輩がさっきみたいに、熱心に教えてくれたら絶対喜ぶし、もっと上手くなるはずですよ」

「そう? 私ならろくに練習も来ない先輩からあれこれ言われたらムカつくわ。それに……いつこの部を離れることになるかも分からないし」

「えっ、それってどういう……」


 凪は「しまった」といった表情をした。喋るつもりのなかったことを言ってしまったようだ。


「……家庭の事情ってやつよ。さすがに教えられないわ」

「家庭の? それはどういうことです?」

「教えないって言ったでしょ。さぁ話はおしまい。帰りましょ。先生に見つかると面倒だわ」


 凪が無理矢理話を切り上げ、私物を持って出口に向かって歩き出した。

 修はもっと詳しく聴きたかったが、凪からもうこれ以上話さないという強い意思を感じたため、それ以上踏み込むことはできなかった。

ちなみに現実において2013年に日本でバスケのアジアカップは行われておりません!

イルハームも架空の人物です!

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