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第一ピリオド-4 トラウマと発作

 学校での1日が終わり、いつものように修は寄り道することなくまっすぐ帰宅した。

 明子に声をかけてから自室に入り、鞄を投げるように床に置いて自分はそのままベッドに倒れこんむ。


 昼休みの出来事以降、修は上の空で授業にも集中できなかった。

  平田にも「お前昼からなんか変だぞ?」と訝しげな目で見られたが、適当にあしらっておいた。

 だが平田の言うように、なんだか変だ、と自分でも感じている。

 あの後今に至るまで、頭の中で繰り返されるのはあの美しいシュートと彼女が最後に発した言葉だ。


 "私、昼休みは毎日ここで練習してるんだ!"


 何故あんな言葉を去り際の自分にかけてきたのだろうか。修はそのことがとても気になっていた。


(毎日練習してるから……なんだ? また来てパス出ししてくれってことか? いやいや、ほぼ初対面の男子にそんなこと頼まないだろ! 単純に自己アピールだったのかも……。私はバスケ頑張ってる系女子です的な。いやいやそれなら言うタイミングがおかしい……)


 修は訳がわからなくなって深いため息を吐いた。なんだか頬が熱くなっているようにも感じる。

 考えても仕方がないのだから忘れよう。そう思ってもやはり気になってしょうがなかった。


(それにしても綺麗だったな……)


 思わず見とれてしまったあの美しいワンハンドシュート。

 インパクトは絶大で、今でも鮮明に思い出せる。

 相当練習しないとあのフォームは作り出せないだろう。


(ていうか俺……バスケやってるとこ見たのに、なんならボールに触ってパスまで出したのに……気持ち悪くなったりしなかったな)


  修は()()()から肉体的な障害だけでなく、精神的な障害にも苦しめられていた。

 一時期心療内科やカウンセラーに通っていたこともあったが、まったく改善しなかった。

 だから今修は、バスケを避けるという道を選んでいたのだが、何故か今回の件では発作は起きなかった。


(もしかして、いつの間にか治ったのか……?)


 もしそうなら、今のバスケから逃げ続ける生活を改めることができる。

 それは修にとって日常的なストレスからの解放を意味していた。


 修はポケットからスマートフォンを取りだし、動画サイトを開いた。

 少し考えてから、検索窓に「2017 ウィンターカップ」と入力する。

 ウィンターカップとは高校バスケにおける全国大会の一つだ。


 これまで実際にその目で見ることはおろか、動画でも発作は起こっていた。

 もし動画を見ても発作が起きなくなっていれば、修の状態は良くなっていると判断することができる。

 

 修は心臓の鼓動が少し速くなったのを感じた。


(大丈夫……。久しぶりだから緊張してるんだ)


 ゆっくりと指を画面に近づけ「検索」をタップする。

 すぐさま検索結果が表示され、ウィンターカップの動画のサムネイルがいくつも並んだ画面が写し出された。

 修は深く息を吐いてから、一番上にある男子決勝の動画を恐る恐るタップした。


 動画が再生され始めた。両チームのスターティングメンバーがコート中央で向かい合い、ホイッスルと同時に挨拶を交わした。

 ジャンプボールを担当する二人の選手がセンターサークルの中央で構えをとる。

 他の選手もサークルの外側でそれぞれ陣取った。

 全員が静止したことを確認した主審がサークル中央でボールを高く放り上げた。


(……!)


 その瞬間修は自分のみぞおちあたりが痙攣し出したのを感じた。

 停止ボタンをタップすることもせず、スマートフォンをベッドに放り投げて一階にあるトイレへと走り、ドアを開けるなり跪いて激しく嘔吐する。


 胃液の逆流自体は一度だけだったが、胸のムカつきは治まらず、修はその場から動けなくなってしまった。

 みぞおちが痛み、喉は焼けるような感覚だ。自分が出した吐瀉物の異臭に、気持ち悪さがぶり返す。


 息を整えながら一旦水を流した修は、トイレのドアが開いたままであることに気づき、慌てて閉めた。

  明子に気づかれたらまた心配をかけてしまう。

 どうか気づいていないでくれと願いながら耳を澄ましたが、明子が向かってくる様子はなさそうだ。

  それに少し安心はしたものの呼吸と鼓動は依然荒いままだった。


 修は便座に腰掛け目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をした。

 10回を数えた頃にはかなりマシになってきたが、今度は(えず)いた時に潤んでいた瞳からさらに涙が溢れてきた。


 治ってなどいなかった。動画内ではまだ試合の時間が動き出してもいないのに、体は拒絶反応を示してしまった。

 そんな自分に怒りを覚え、嫌気がさし、また淡い期待を抱いたことが情けなかった。




 どのくらいトイレにこもっていただろうか。頬は乾いた涙でぱりぱりになっている。

 気分もだいぶ落ち着いてきたので、修はトイレから出て自室に戻ることにした。重い足を懸命に動かして階段を上る。


 自室に入るとかすかに音が聞こえてきた。

 ベッド上に伏せられたスマートフォンからのようだ。動画の再生が止まっていない。

 修は苛つきを覚えながら足早にベッドに近づき、スマートフォンの画面を見ないようにしながら素早く画面を消した。


 結局期待は外れ、日常にバスケを取り戻すことはまだまだ難しそうだと修はうんざりした。

 しかしそうなると疑問が残る。


(なんで宮井さんのときは大丈夫だったんだろう)


 汐莉がミドルシュートとレイアップシュートを撃つところを見た上に、ワンプレーではあったが、あの時確かに修はバスケをした。

 しかしまったく発作は起こらなかった。


(あの子が鍵なのかもしれない……。俺がバスケを取り戻すための)


 今朝明子が言っていたように晩ごはんは焼肉だった。

 修は食欲がなかったが、できるだけそれを感じさせないように喜んで食べた。余ってしまった肉は明日の弁当に入れると明子は笑って言ったが、修は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

暗いエピソードですみません。

修のトラウマについてはこれまで軽く触れる程度で、正直深刻さが伝わってなかっただろうと思います。

今回で修のおかれている状況が分かりやすくなればな、と思います。

次話も頑張って書きます!

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