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第三ピリオド-6 特訓 3P

「3Pが撃てるシチュエーションは限られてるから、今回はディフェンスを剥がすことは無視して、フリーの状態でボールを持つことを想定してやろうか」


 修はボールを拾って汐莉とゴールのちょうど中間の位置に立った。


「3Pに限らずなんだけど、シューターが一番撃ちやすいパスってどこからのパスだと思う?」

「それは……ゴールに向かって正面からのパス?」

「そう思う理由は?」

「えーと、ゴールに向くっていう動作が省略できる、から?」

「その通り」


 汐莉は修の質問に大抵すぐに回答してくれて、さらにだいたい正解だ。汐莉はかなり察しが良いか、状況判断力に優れているのだろう。


「付け加えるならボールを貰う前にも視界にゴールが入ってるから、シュートの狙いもつけやすいってのもある」


 熟練者なら動きながらでも常に自分とゴールの位置関係を把握できるが、そうでなければいざパスを貰ってゴールに向いても想定していた距離とずれていた、ということもあり得る。そうなってしまうとその後のシュートの成功確率はガクッと下がるものだ。


「つまり今宮井さんのポジションから最も撃ちやすいパスは、ここからのパスってこと」


 修は自分が立っている場所――制限区域の中心部を指差した。

 制限区域とはゴール前の長方形に囲まれたエリアで、オフェンス側の選手はこの中に三秒以上留まると審判に違反をとられてしまう。体育館によってはこのエリアが何らかの色で塗りつぶされていることもあるので、ペイントエリアとも呼ばれる。


 この制限区域内は基本的には背の高いインサイドプレイヤーの戦場だ。また、ゴールに近いエリアなので必然的にディフェンスが集中しやすい。


「まず宮井さんから俺にパスを入れる。そうすれば宮井さんのマークマンも含めてディフェンスはボールを持ってる俺の方に少し寄ってくる。そこから俺が宮井さんにリターンパスをすれば、シチュエーションによってはほぼノーマークでスリーが撃てる」


 汐莉は真剣に頷きながら修の説明に聞き入っていた。


「これを『インサイドアウト』って言う。アウトサイドシュートの連係プレーの基本だね」

「インサイドアウト……」


 汐莉は脳内にメモをするかのように呟いた。

 紛らわしい用語に「インサイドアウトドリブル」というドリブルテクニックの一つがあるのだが、修は今それに触れる必要はないと判断した。バスケに限らずスポーツにはこういった紛らわしい似た用語が多い。


「どういう流れで撃つかは今言った通り。じゃあ今度は宮井さんがどうやって撃つかだね。これもまずはミートからだ」

「ミート……基本だね!」


 汐莉はバスケにおいてミートが重要な基礎であることを理解してくれているようだ。

 パス、ドリブル、シュート。ボールを保持したプレイヤーが取れる選択肢はこの三つだが、どの動きを選択するにしてもボールの貰い方次第で良くも悪くもなる。


「今回はこれまで教えてきたストライドストップじゃダメだ。あれは動きながらボールを貰って、スピードをしっかり吸収して止まるためのステップだけど、この場合は3Pラインの外で立ち止まってる状態でミートするわけだからね。

 そんな場合のミートの仕方を今から二つ教える。一つ目はその場でジャンプして両足で着地するやり方だ。合図したらパス出してくれる?」


 修は汐莉に軽くボールを投げ渡した。


「ジャンプと言っても高く跳ぶ必要はない。肩幅くらいにスタンスをとって、膝を軽く曲げて爪先に重心をかける。ボールを貰う瞬間に少しだけ爪先を浮かす。ジャンプというよりホップかな。パスお願い」


 汐莉が修の合図に反応してパスを供給する。先程の練習の甲斐あって力強い良いパスだ。

 修は自分で説明した通りの動きをやって見せた。


「わかった?」

「うん、わかった!」

「じゃあやってみよう。シュートは撃たなくていいから、ミートしてジャンプまでやってみて」

「はい!」


 汐莉は膝を曲げて両手を前に出し、ボールを受けとる構えをとった。出会ったばかりの頃はこの構えが酷いものだったが、今では様になっている。

 修は汐莉にパスを出した。ホップしてキャッチしジャンプ。汐莉は修の教えた通りに動く。


「うん、いいね。もう一度」


 汐莉が修にパスを出す。汐莉にリターンし、ホップしてキャッチしジャンプ。問題はなさそうだ。


「OK! じゃあ二つ目を教えるね。宮井さんは右利きだから、今の構えから右足を少し引く。ボールをキャッチすると同時に右足を踏み込んでジャンプって感じ」

「ホップはせずに、左足は床に着けたままってことだね」

「そういうこと。やってみるね」


 今度もまずは修がやって見せる。汐莉は食い入るようにそれを見ていた。


「はい、じゃあ宮井さんやってみよう」


 右足を踏み込むミートを汐莉も実行した。


「それだとちょっと右足を出すのが遅いかな。ボールに触れた時には既に右足を踏み込んでる位が良いよ」

「わかった」


 汐莉は頷き、もう一度パスを要求した。修もそれに応えてパスを出す。今度はタイミングばっちりだ。


「もう何回かやってみよう」


 五回ほど同じ動きを繰り返す。こちらも問題はなさそうだ。


「OK! 今の二つが止まってる時のミートの仕方だよ。次はシュートで気を付けることを教えるね」

「はい!」


 待ってましたと言わんばかりの返事だ。

 3Pの練習なのにミートの練習が続き、お預け状態の汐莉はシュートが撃ちたくてウズウズしているようだ。

 その幼子のような姿に笑いを堪えながら、修は続きを話す。


「さっきの一本を見てもそうなんだけど、宮井さんはあれほど綺麗なミドルシュートが撃てるのに、スリーになると普段のフォームじゃなくなってる。それはどうしてだと思う?」

「それは……距離が遠い分、より腕に力を込めなくちゃって思って……」

「そうだろうね。スリーを練習し始めの初心者が最初に陥るのは、だいたい『遠くへ飛ばそう』という意識による力みが生じさせるフォームの崩れだ。でもそれは勘違いだよ」

「勘違い? どういうこと?」


 汐莉は修が言っていることがわからず困惑した表情で首をかしげた。


「スリーを撃つのに腕の力はいらない(本当はいるけど)。大事なのはミドルのときとあまり変わらないんだ。全身の力をボールに伝達することができれば、自然とボールは長い距離を飛んでいくものなんだ」


 修は少しだけ嘘を混ぜた。誰しもゴールとの距離が遠くなると力んでしまうものだ。わざとはっきり言い切ることで、できるだけ力みへの意識を逸らせるのが狙いだった。


「腕の力は、いらない……」

「一つずつ解説するよ。まずはミート時に膝を曲げることで溜めを作る。もちろんこれは一瞬だけだ。悠長にやってるとすぐにディフェンスが間合いを詰めてくるからね。

 そしてその溜めを太もも、胴、肩、肘、手首って感じに、体内を伝達させるイメージでボールまで持っていく。これは言葉だけじゃピンとこないと思うから後で確認しよう。

 あとは真っ直ぐ上に跳ぶこと。前後左右にジャンプの軸がずれてしまうと、溜めた力はボールに伝わらないからね。

 最後に、肘の屈伸と手首のスナップを『力強く』じゃなくて『速く』を意識すること。以上のことがタイミング良くスムーズにいけば、綺麗なフォームで撃てると思う。今のでわかった?」


 修は汐莉が付いてこれるようにできるだけゆっくり説明したつもりだが、一度に沢山のことを言ってしまったので理解できたか心配になった。


「ちょっと待ってね。ええと、膝の溜めをボールに伝達、真っ直ぐジャンプ、肘と手首は速く……」


 汐莉は該当する体の部位を手で触れながら呟き確認する。


「うん、わかった! ……気がする」


 歯切れの悪い返事に修は笑ってしまった。


「大丈夫、実際にやりながら理解していこう。ちなみに今の話を聞いて、さっき教えた二つのミート、どっちがやり易そうと思った?」

「うーん、右足を踏み込む力を利用できる分、二つ目の方がいけそうって思ったかな」

「なるほど、じゃあそっちでやってみよう」


 選択肢の幅を広げるために二つ教えたが、実は修も二つ目のミートがおすすめだった。汐莉もその利点を理解しているようで修は感心した。


「宮井さん。念押ししておくけど、最初は絶っっ対に決めようとか、届かせようとか、そういうことは考えないで。今教えたことだけを意識して」

「わ、わかった!」


 無駄な力みを出して欲しくなかったので、修は強めに釘を刺した。

 汐莉は修に圧力を感じたのか、半歩後ずさって返事をした。


「じゃ、いくよ!」


 3Pラインの外側で構える汐莉に向かって、修は強めのパスを出した。

 汐莉はボールをキャッチするとすかさずシュートを撃つ。しかしそのシュートをはゴールの右に逸れ、リングに触れることなく地面に落下した。


「あ~!」


 汐莉が落胆の声を上げ天を仰いだ。


「最初からそう上手くはいかないよ。てか、やっぱり力んでるっぽかったね」


 修の念押しが逆に力みを意識させてしまったのかもしれない。

 失敗したかなとも思ったが、一度で成功させればそれこそ天才中の天才だ。3Pはそれほど簡単なことではない。一流選手でさえ三割そこそこの成功率なのだ。


「もう一度さっき教えたことをしっかりイメージしてみて」


 汐莉はぶつぶつと呟き始めた。先程の修の言葉を反芻しているようだ。


「うん! もう一回お願いします!」


 汐莉がもう一度シュートを撃つ。しかしこれも外れた。


「真っ直ぐ跳べてないよ! 真っ直ぐ真っ直ぐ!」


 またシュート。これは距離が足りない。


「届かなくても力んじゃダメだよ! もう一本!」


 修のパスを受け取り汐莉は四本目のシュートを撃った。

(お……!)

 良いフォームだ。ボールは弧を描きながらゴールに近づいていく。

 しかしリングの奥側に当たってしまい、大きく手前に弾かれて入らなかった。


「今のかなり良い感じだったよ」

「うん! 自分でもそう思った!」


 汐莉は自分の指先を見て嬉しそうに言った。


「感覚を忘れない内にどんどんいこう!」


 一本かなり綺麗に撃てたことで以降のシュートにはかなり期待がかかった。

 しかし五本目、六本目と撃っても上手くいかず、十五本撃ってもシュートが入らないのはおろか、綺麗なフォームで撃てたと修が感じられるものはなかった。

 汐莉もそれを実感しているのだろう。次第に表情が固くなっていく。


「……うん。宮井さん、ここまでにしよう。元々スリーは難しいものだし、今日初めて教えた上に長時間の練習で疲れてるんだ。これ以上は意味ないよ」

「うん……そうみたい」


 修の終了宣告に汐莉はがっくり肩を落としたもののすんなりと受け入れた。

 時間も約束の30分を過ぎたくらいだ。


「じゃあ今日の練習は終わりだね」

「うん。ダウンして帰ろう」

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