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第一ピリオド-5 スポンジ

 体育館のアリーナに入り、バスケ部が使用しているステージ側のコートに行くと、優理が小走りで寄ってきた。


「どうだった!?」


 不安と期待の入り交じった表情で尋ねてくる。


「うん、約束は取り付けた。学祭当日一緒に回ってくれるって」


 そう告げると優理の顔がぱぁっと明るくなった。


「やったぁ! ありがとう永瀬くん!」


 そして優理は修の手を両手で包み、ぶんぶんと勢いよく上下に降った。

 予想外の衝撃だったので、修は腕だけでなく体ごとその波に飲まれ、面食らってしまった。


「ちょっ、伊藤さんストップ! ストップ!」


 慌てて修が叫ぶと、優理が今度はいきなりピタッ、と腕を振るのをやめたので、修は慣性で床の方へとバランスを崩した。


「あ、ご、ごめんごめん! 嬉しくってつい……。だいじょうぶ?」


 幸い転ぶ手前で持ち直すことができた。

 男子である自分が女子――しかもその中でも小柄な優理に力で転ばされたとなれば恥ずかしすぎる。

 修は筋力トレーニングをしていて良かったと心の中で思った。

 以前の貧弱な体だったなら、今頃床に這いつくばっていたかもしれない。


「だ、大丈夫……。気にしないで……」

「あ、そうだ! さっき誘ったら、しおちゃんもOKしてくれたよぉ~。だから、当日は四人でダブルデートだねぇ」

「ダブ……あ、あぁ、そうなんだ」


 ダブルデートという言葉に少々引っ掛かりを覚えたが、優理はきっと今後もこういったノリだろう。

 もう訂正するのも面倒だと思い、修はスルーすることに決めた。


「わぁ……楽しみだなぁ……! どんなふうに回ろうかな? 平田くんて何が好きなんだろう……」


 優理は学祭に思いを馳せているのか、ぶつぶつと一人言を始めた。

 その顔がとても幸せそうだったので、修は力になれてよかったと思った。

 すると現実世界に帰って来た優理が修に向き直り、ふわっと笑う。


「やっぱり永瀬くんに頼んで正解だったよぉ。ありがと~」

「うん。どういたしまして」


 優理との話を終え、次に修は汐莉の元へと向かった。

 ダブルデート、という気はないものの、学祭を一緒に回ることになったのだから一応挨拶はしておきたい。


 汐莉は反対側のゴールで黙々と自主練習をしていた。

 修が近付いても気づく様子はない程の凄まじい集中力だ。


「宮井さん」


 声をかけると、汐莉は驚いたようにこちらに振り向いた。

 そして修の姿を確認すると、ひまわりが咲いたように朗らかな笑顔を見せる。


「永瀬くん、お疲れ様! ねぇねぇ、これ見て!」

「え?」


 修が学祭の話を切り出す暇もなく、汐莉が嬉しそうにはしゃぎながら言った。

 そして汐莉はゴールに対面すると、自分の前方にボールをバックスピンをかけながら放り投げ、それをキャッチするとシュートを撃った。


「!」


 スパンッ、とゴールネットが乾いた音を立てる。

 それを確認すると汐莉がまた修の方に向き直り、ニコッと笑った。


「どう? 良い感じでしょ?」

「……すごいな、もうものにしたのか」


 修は思わず感嘆の息を漏らした。

 汐莉が今撃ったのは普通のジャンプシュートではない。

 クイックリリースと言われる技術で、ボールを構えてから撃つまでの動作を極端に速くしたものだ。


 そうすることによってディフェンスのタイミングをずらし、ブロックされずにシュートを撃つことができる。

 しかしもちろんデメリットもあり、撃つ側も普段とは違うタイミング、フォームでシュートすることになるので、精度は下がってしまうという難しいテクニックだ。


「えへへ……。まだまだものにした、なんて言える程じゃないけど、手応えはあるよ」


 嬉しそうにはにかむ汐莉を見て、修も頬が緩む。

 そして同時に、汐莉の熱意や吸収力に改めて感心させられた。


(元々すごかったけど、交流大会以降更に顕著になったよな……)


 恐らく栄城の先輩でありエースの灯湖と、東明大付属名瀬高校の一年にして準レギュラーの相馬凛の戦いに触発されたのだろう。

 二人の一対一はとてもハイレベルで、修も興奮を抑えきれなかった程だ。


 あれ以降汐莉はそれまで以上に積極的に灯湖からアドバイスを求めるようになった。

 試合の時に実際に目の前で見たプレーについて「あれはどうやるんですか?」「あれってどういう意図があったんですか?」などと質問をし、具体的なことを教えてもらう。


 視覚情報だけで理解することは極端に苦手だが、そこに理論的な説明が加わると、途端にスポンジのような吸収力を見せる汐莉だ。

 灯湖というこれ以上ないお手本がいて、上達しないはずがなかった。


 灯湖も覚醒した――本人は勘を取り戻したと言っていた――自分のプレーに手応えを感じたのか、後輩たちに惜しみ無くスキルを伝授している。

 今の栄城バスケ部の雰囲気はとても良い。


「何よ、また上手くなってるじゃない」


 声がした方を見ると、凪が感心した様子で立っていた。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です、凪先輩!」

「お疲れ様。宮井、あんたそれ教えてもらったの一昨日でしょ? それでそこまでできるなんて、はっきり言って異常よ。あんた実は極秘に開発されたバスケロボットかなんかなんじゃないの?」


 ニヤリと笑って凪が冗談を言った。


「えへへ~! そうなんです! 実は私はバスケットボール研究所、通称BBKで極秘開発されたロボット、バスケウーマン3号なのです!」


 立て続けに褒められて気分がよくなったのか、汐莉はふんぞり返ってノリノリだ。

 すると凪はふふっと笑った。


「極秘ならそれ言わない方がいいんじゃないの?」

「あっ、えーと……い、いいんです! 二人はチームメイトなので!」

「それにバスケットボール研究所ならBasketBall LaboratoryでBBLなんじゃないの?」

「それは……。うう……」


 凪に意地悪く攻められ、汐莉は顔を赤くしてうなだれる。

 それを見て凪は堪えきれずといった様子で吹き出した。


「ごめんなさい、あんたが可愛かったからついいじめちゃった」

「うぅ、酷いです、凪先輩……」


 ジト目で睨む汐莉の頭を、凪が「ごめんってば」と言いながら撫でた。

 先輩が後輩の頭を撫でている構図なのだが、背の低い凪が懸命に腕を伸ばし、反対に汐莉が頭を撫でられやすいように少し屈んでいる姿がなんだかおかしくて、修は思わず笑いそうになってしまった。


「凪先輩、学祭の準備は大丈夫なんですか?」

「言ったでしょ。E組は出し物がないから準備もない。だから部活にも普通に出られるって」

「あ……そういえばそうでしたね」


 凪が所属する三年E組は特別進学クラスと言って、レベルの高い大学を目指す勉強に特化したクラスなのだ。

 よって学祭も出席が免除されるらしい。


「それより、練習メニューは考えてきたの? 私、宮井、伊藤。あんたを入れてもメンバーはたったの四人よ」

「はい。一応色々と考えてはきました」


 その考えを話そうとしたとき、汐莉が何かに気づいて「あれ?」と呟いた。

 修と凪も汐莉が見ている方に視線を向ける。

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