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第四ピリオド-17 凛、車中にて想いを馳せる

一つ前のエピソード、少し加筆してます(汐莉が修に話しかけた直後の部分)。

時間があればそちらを先にお読みくださいm(__)m

 まだクーラーが効ききっておらず、じんわりと暑い車中。

 凛は窓の外を高速で流れていく景色をぼんやり眺めていた。


「充分反省してるみたいだな」


 そう声をかけられ、凛は顔を反対側の運転席にぐるりと向けた。


「……はい。すみませんでした」


 もう何度目になるかわからない言葉を口にし、車を運転する男性――東明大付属名瀬高校バスケ部コーチ・坂上慎吾(さかがみしんご)に向かって頭を下げる。


「ん。もういいよ」


 坂上が穏やかな表情で言った。

 先程までの怒りは別人だったのではないかと思える程の落差である。


 だが怒りをいつまでも引きずらないのは坂上の美点だ。

 怒るときはとてつもなく厳しいが、本気で反省しているのが伝わるとすぐに優しくなる。

 だから部員たちからの人気も高い。


「知り合いから電話がかかってきたときはびっくりしたぞ。『おたくのルーキーが市の交流大会に出てますよ』って」


 どうやら現地の誰かからたれ込みがあったせいでバレてしまったようだ。

 もちろんそうなる可能性も考えていなかったわけではないが、まだ自分の顔は知れ渡ってはいないだろうと思っていた。

 意外に(つう)もいるものだ。


「……で、目的はなんだったんだ? いくら普段から奔放なお前でも、ルールを破ってまで強行したんだ。何か目あてがあったんだろう?」


 坂上が進行方向を真っ直ぐ見つめたまま尋ねてきたが、凛はそれにどう答えるべきか迷い言葉を詰まらせる。

 そもそもの大きな目的は、修に自分のプレーを見せたいという、とても子供じみた恥ずかしいものだ。

 もちろんこれをそのまま話すことはできない。


 もう一つは修が率いる栄城というチームを見ておきたかったというものだ。

 これは前の一つと比べればそれほど大きな目的ではないが、一応本心である。


 それに灯湖や凪といった油断ならない選手もいたため、理由としては信憑性も高いだろう。

 凛はこちらの方を話してお茶を濁そうと決めた。


「実はある高校に面白い選手がいるって聞いたので……確かめてみたくなっちゃいました」

「面白い選手? さっきの高校……ええと、栄城、だっけか。へぇ、そんな話聞いたことなかったな。で、どうだったんだ」

「それが……」


 正直に話そうとして、すぐに凛は思い留まった。

 チームのことを考えるなら、弱小校の一流プレイヤーのことをコーチに話しておいて損はないだろう。

 情報がないままもし試合で当たったときに、足元を掬われる可能性もゼロではないからだ。


 しかし凛は数秒思案し、やがて


「……いえ、期待外れでした。普通の選手ばかりの普通の高校です」


 と答えた。


「そうか? なんだ、ちょっと楽しみだったのにな。栄城って、めちゃくちゃでかい子がいるってので有名だけど、二回戦止まりの学校だろ? もしそこが頭角を現してきたとしたら、うちと中村学園の二強時代に楔を打ち込む新星あらわる! って感じで面白いと思ったんだけどなぁ」


 坂上は残念そうに唇を尖らせる。

 子供っぽい言動に思わず吹き出しそうになるが、先程まで怒られていた手前、そんな態度を表に出すわけにはいかずになんとか我慢した。


(一つ貸しよ、シュウくん)


 県優勝校の名瀬にマークされてしまえば、さすがの修もどうしようもなくなってしまうだろう。

 それでは面白くないと思ったため、凛は本当のことを坂上に隠すことにした。


「ところでお前、体は大丈夫か?」

「? どういうことですか?」

「いや、朝早くからレギュラーのメニューこなして、しかもやらなくていいって言ってるのに一年のラントレと筋トレも全部やったんだろ? そんな状態でよく試合なんてできたな」

「ああ、そういう……」


 凛は同じ一年生に僻まれるのが嫌で、ベンチ入りメンバーは免除されている一年生のメニューも毎日欠かさず行っていた。

 確かにそのおかげで試合中ずっと体が重かったが、さほどプレーに影響はないと思っていたし、相手も既に一試合終えたあとであったので言い訳にはならない。


「大丈夫ですよ。いつも監督とコーチにしごかれてますし、これくらいどうってことないです」

「そうか。俺も監督もお前には期待してるんだから、変な理由で怪我なんかしたら困る。頼むから、あまり無茶はしてくれるなよ」


 優しい言い方だが、明らかに釘を刺されているとわかった。


「はい、すみま……いえ、ありがとうございます」


 すみませんと言いかけると坂上が嫌そうな顔をしたので、急いでお礼に言い換えた。


「自分の意思とはいえ疲れただろ。着いたら起こしてやるから寝てていいぞ」

「……わかりました。ありがとうございます」


 別に眠くはなかったが、今は坂上と話すよりも考えたいことが山ほどあったので、その申し出をありがたく受けることにした。


「正式なペナルティは監督が決める。後日課されるはずだから覚悟しておけよ」


 シートを倒して目をつぶった凛に、坂上は意地悪な声色で言った。

 わかっていたことだが、実際意識させられると嫌でも表情が歪む。


(今から寝ようとしてる人にヤなこと言わないでよね……。ま、自業自得なんだけど……)


 これから課されるペナルティについて考えても気持ちが沈むだけだ。

 凛はそれを振り払って今日の試合のことについて思い返した。


 栄城高校背番号6番、三年生渕上灯湖。


 前半までは一瞬だけの錯覚だと思っていた。

 しかし第三ピリオドで現実だと強く思い知らされ、認めるしかなくなった。

 圧倒的な敗北感と、自分がまだ到達できていない高みへの憧れ。

 信じたくはないが彼女から感じたものは、県内トップのスコアラー若月玲央から毎日当てられているオーラと同等のものだった。


(トータルで見ればもちろんレオ先輩の方が遥かに上……。だけど……)


 灯湖はこう言っていた。

 凛のおかげで勘が戻ってきた、と。


 もしかすると今日の姿が万全ではないのかもしれない。

 そう思うと灯湖から計り知れない恐ろしさを感じてしまう。


(考えすぎ、かな)


 凛は灯湖のことを考えるのはやめて、次に汐莉について思いを巡らせる。

 修がマンツーマンで指導している、今はまだ素人レベルの凡庸なプレーヤー。


 だが以前一対一をしたときの最後のワンプレー。

 そして今日の試合の最後のワンプレー。


 どちらも完全に出し抜かれた。

 汐莉は必ず最後にこちらが驚くようなことをしてくる。

 やはりただ者ではない、そう思わざるをえない。


(ほんとうにシュウくんが目をかけるだけはあるわね。でも、驚異になるのは二年後か……早くて一年後ってところかしら)


 まだまだ自分の相手にはなり得ない。

 そう思って凛は汐莉への思考を閉じた。


 そして脳内は、六年ぶりに再会した、凛にとって特別な少年のことでいっぱいになる。


(あーあ……。結局、シュウくんに良いところ見せられなかったな……)


 前半は調子が良かったが、第三ピリオドは灯湖にこてんぱんにされ、最終ピリオドは汐莉相手に感情に任せた荒々しいプレーをしてしまった。

 その上最後の最後に汐莉に出し抜かれ、コーチに怒られてしょんぼりしている姿を見られてしまった。


(もっとカッコいいところを見せたかったのに……)


 栄城の選手が良いプレーをすれば、修は頬を緩めて喜んでいた。

 しかし凛がそれ以上のプレーをしても、修は険しい顔をしていた。


 当然だ。

 修にとって凛は敵。

 それは今日に限ったことではなく、お互い違うチームに属している以上仕方のないことなのだ。


 だが凛にとってそれはとても悔しく、悲しいことだった。

 なぜ修は名瀬高に来てくれなかったのか。

 なぜ自分は栄城の選手でなかったのか。


 そんなことを思うと栄城の選手たちへの嫉妬で狂いそうになる。


(栄城の子たちは、毎日シュウくんとバスケができるんだ……。いいなぁ……)


 再会するまではどこにいるのかもわからない遠い存在だった。

 だが今は会おうと思えばいつでも会える距離にいる。


 それなのに、敵同士。

 近いのに、これまで以上に遠いところにいるような気がした。


 そのことに凛は胸が締め付けられるような寂しさを感じた。


(シュウくん……)


 六年来の想い人に想いを馳せているうちに、やがて凛は眠りに落ちたのであった。

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