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第二ピリオド-6 もう一歩

 修は体育館に向かって廊下を一人歩いていた。

 授業中となると普段の喧騒が嘘のように、しん……と静寂が広がっており、鳴り響くのは修の足音のみだ。


 五限目が始まって30分程したあと、修はベッドから出た。

 養護教諭は心配そうに、「五限目が終わるまで休んでいたら?」と言ってくれたが、修が授業にはなるべく出ておきたいということと、今は体育の時間だから途中から合流してもあまり迷惑はかからないことを説明すると、快く送り出してくれた。


(一歩踏み出して、宮井さんと関わったことでバスケが身近に戻ってきた。なら更に一歩……)


 修は川畑と話したあと、ベッドの中で天井を眺めながら考えていた。

 修はこれまで意図的にバスケを遠ざけてきた。だが汐莉と出会って、久しぶりにバスケをして、それを楽しいと感じている。


 これは明らかな変化だ。そしてこの変化を少しずつ進めていけば、また昔みたいに心からバスケを楽しめるのではないか。


(この前は高校バスケの試合動画、しかも同世代の男子のものを見ようとして発作が出た。いきなりすぎたんだ。少しずつ慣らしていけばいけるんじゃないか……)


 修は頭の中で何の根拠もない分析を行った。しかし、大事なのは根拠などではない。少しずつでも行動することなのだと、修は思い始めていた。

 そうこうしていると体育館の入り口に着いていた。


 この中ではクラスメイトたちがバスケをしているはずだ。複数の人間が走っている振動音や生徒たちの声が聞こえてくる。

 修は自分の心臓の音が大きく、そして速くなっていくのを感じた。しかし川畑と話してから、お腹の痛みや気持ち悪さといったものはかなり治まっている。修は今ならきっと大丈夫だと、また根拠のない自信で自らを鼓舞した。


 軽く深呼吸し、ゆっくりと少しだけフロアへの引き戸を開いた。

 そこではやはり、クラスメイトたちがバスケをしていた。

 修はやはり反射的に目を背けてしまった。

 だがそれではいけない。川畑の言葉を思い出しながら、ゆっくりと視線をコート上へと戻した。


 五対五の試合をやっているようだ。二人程経験者らしき生徒がいるが、基本的に皆プレーが素人レベルで、とても試合にはなっていない。だが皆笑顔で楽しそうにプレーしている。下手なプレーの一つ一つに、周りで見ている生徒も声をあげ笑っていた。


「……楽しそうだな……」


 修はハッとして口を押さえた。聞こえてきた声が無意識に発せられた自分の声だったということに驚いた。

 しかし思わず声に出てしまう程、ある感情が胸から溢れてきてしまったのだ。


(羨ましい)


 皆楽しそうに、走って、ドリブルして、跳んで、シュートして。修がやりたくてもできないことを、皆いとも簡単に行っていた。

 修は視界が少しぼやけてきたのを感じた。胸が締め付けられる思いで、本当なら今すぐここから逃げ出したかった。


 しかし修は今度は視線を逸らすことはしなかった。

 昨日汐莉に「バスケは好きじゃなくなったのか?」と訊かれたときは、「わからない」と答えた。しかしこの「羨ましい」という気持ちは、やはり自分がバスケが大好きなんだという証明だ。


(だから、胸に焼き付けておくんだ。更なる一歩を踏み出すために)


 不意にけたたましい電子音が鳴り響いた。コートサイド中央に置かれた電子タイマーから流れる、タイムアップの合図である。

 そのあとに続くように、今度はホイッスルの音が鳴り響く。篠原だ。


「そこまで! 手分けして片付けて、手が空いたものから集合!」


 その言葉を合図に、生徒たちはぞろぞろと片付けを始めた。

 修は体育館に入るべきか決めかねて、入り口で立ち尽くしていた。


「あれっ? 修! もう大丈夫なのか?」


 そこへ修の姿に気づいた平田がやってきた。半袖の体操服が汗で体に貼り付いている。平田のことだ、全力で楽しんでいたのだろう。


「あぁ。ごめん、心配かけて」

「気にすんな。あれ? 修、泣いてんのか……?」


 平田の心配そうな声に、修は慌ててシャツの肩口で目を擦った。


「いや、違うんだこれは……。気にしないでくれ」


 流石に友人に泣いているところを見られるのは恥ずかしいと思い、修はできるだけ平田と目が合わないように顔を背けた。


「ふーん……。ま、いいや! せっかく来たんだから集合しとこうぜ!最後にいたらもしかしたら出席扱いにしてもらえるかも」


 平田は本当に空気の読める男だ。修の目が潤んでいることが気になるだろうのに、それ以上追及しないでくれる。

 修は心の中で平田に感謝してばかりだった。


 そして修は平田に連れられて皆と一緒に篠原の前に集合した。

 篠原は遅れてきた修に心配そうに声をかけてくれた。しかし、当たり前だが出席扱いにはしてくれなかった。




「そこで俺が逆転シュート決めてさぁ! それはもう盛り上がったぜ!」


 更衣室で平田が着替えるのを待ってから、修は二人で教室に戻っていく。

 修は平田が楽しそうに体育の時間での武勇伝を話すのを聴いていた。


 バスケの話を聴いているのに、吐き気や腹痛のような症状は出てこなかった。

 あるのはやはり先程から続く「羨ましい」という感情だ。


「俺もバスケがやりたいよ……」

「えっ?」


 平田が驚いたような声を上げて立ち止まった。修も立ち止まり平田を振り返る。平田は目を丸くして修を見つめていた。


「どうした平田?」

「どうしたって……。今お前、バスケがやりたいって言ったのか?」

「えっ?」


 今度は修が驚いた声をあげる番だった。声に出すつもりはなかったのに、また無意識に言葉にしてしまっていたようだ。


(あぁ、やっぱり俺は、バスケが好きだ……)


 修は自嘲気味に笑ってしまった。こんなに好きなのに自分は……。


「やろうぜ。次の体育もバスケだ。皆でやろう!」

 平田が誘うように笑顔で手を差し伸べてくる。しかし修はその手を取れない。

「……今はまだできない」

「……できない……って……?」

「…………」


 修は平田の問いに答えられなかった。


「そのできない理由も、いつか話してくれるんだろうな」

 平田は自分の手をゆっくり引きながら、少し悲しそうな目をした。

「いつか必ず話す。まだ、もう少し待っててくれないか」

「……約束だからな」


 こんなやりとりももう何度目だろうか。しかし、近いうちになくしてみせると修は心に誓った。

 力強く修を見つめる平田の目を、修も同じくまっすぐに見つめ返した。




 放課後になった。

 部活に行く者、帰宅する者、教室に残ってお喋りする者などが一斉に動き出し、学校は一段と騒がしくなる。

 そんな中、修は一つの決断をした。


(バスケ部を見に行ってみよう)


 栄城高校に男子バスケ部はない。つまり見に行くのは女子バスケ部、汐莉がいる場所だ。

 修は汐莉との自主練習で発作が出ないのは、もしかしたら女子バスケだからなのかもしれないという仮説を立てた。


 体格もプレイスタイルも違う女子バスケだから、修の過去の経験を想起させないのではないか。

 だからそれを確かめるために、一度見に行ってみようということにした。


 これまでのことを考えると、いきなり行動的になったものだと修は自分でも不思議に思った。

 川畑の言葉にそれほど力があったのか、あるいはそれはきっかけに過ぎなかったのか……。

 修は自分でも今の感情をイマイチ理解できないでいたが、それを考えても意味はないだろうと、割り切ることにした。


 修は教室の壁掛け時計を見た。LHR(ロングホームルーム)が終わってからまだ五分も経っていない。すぐに体育館に向かっても、まだ部活自体が始まっていない可能性が高いだろう。

 それに部活途中なら部員に見つかることもないだろうという考えで、少し間を置いて体育館に向かうことにした。


 30分程教室で明日の数学の課題に取り組み時間を潰した。そろそろ向かってもいい頃だ。

 修は帰り支度をすませ、体育館へと歩き出す。

 いつものように二階の入り口から入ったが、そのままフロアに入らずに脇にある階段を上る。


 その先はフロアの上部を囲むような狭い通路――キャットウォークに繋がっている。

 厳密に言えば階段を上ってすぐの場所は少し広めだ。体育館のステージの反対側にあり、雨の日はここで屋外部活の部員が筋トレ等をやっていることもあるらしい。


 今日は誰も使用していないようでちょうど良かった。

 修は目立たないよう体を小さくしながら、柵越しにフロアを見下ろした。


久々の投稿になってしまいました……。

失踪はしません!頑張ります!

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