インターバル-2
かつて灯湖はあたしにとっての王子様だった。
小学生のとき既に回りの男子と比べてもずば抜けて高身長だったあたしは、大山っていう苗字に引っかけて「ビッグマウンテン」なんてあだ名をつけられて、よくクラスの子たちにからかわれていた。
今と違って気弱で卑屈な性格だったあたしは、言い返すこともできずにいつも泣いていた。
身長を誤魔化すために屈めた猫背を、もっともっと丸くして、いっそ消えてなくなれば楽になれるのにとさえ思ったこともあった。
だけど灯湖はそんなあたしを守ってくれた。
灯湖はあたしをからかう子たちに対して、すっと背筋を伸ばし、毅然とした態度で注意してくれた。
その時あたしの目に映った灯湖の姿は、本当に白馬に乗った王子様のようだった。
――大山が「ビッグマウンテン」なら、晶は「クリスタル」だね! 知ってる? 晶ちゃんのあきらって漢字は水晶のしょうって字なんだよ!
小学生時代からマセていて賢かった灯湖は、あたしがまだ知らないような知識を織り混ぜながら笑って言った。
――そしたら晶ちゃんは、お山みたいにすっごく大きなクリスタルだね! だからそんなに暗い顔しないで。キラキラ笑ってるのが似合ってるよ!
そう慰められたあたしは、とっても嬉しくて、心が救われた気になった。
大きくてもいいんだと思えるようになって、徐々に自信も持ち始めた。
そして、そんなかっこよくて優しい灯湖みたいになりたかった。
でも中三の総体であんなことがあって……。
あのときの灯湖の顔は今でも忘れられない。
この世の終わりを見たかのような絶望に満ちた表情。
それを見て思ったんだ。
灯湖はいつも完璧でかっこいい王子様なんかじゃないって。
灯湖だって弱い部分もある普通の女の子なんだって。
だからあたしは、それまでみたいに灯湖に守ってもらうんじゃなくて、今度は自分が灯湖を守る番なんだと思った。
絶対に灯湖を一人にさせない。いつだって傍にいると決めた。
それなのに、また灯湖に悲しい思いをさせてしまった。
灯湖があんなに取り乱した姿を見たのはいつぶりだろうか。
それこそ中三の総体の、あの試合以来じゃないか。
永瀬修。
あいつが来てからだ。
部内に妙な動きが出てきたのもあいつが絡んでる。
あいつがいなければ、灯湖は普通にバスケができたはずなのに……。
…………ううん、違う。
確かにきっかけを作ったのはあいつだ。
でも灯湖の心の中にはずっと深い傷が残っていて、今回はそれが表面に出てきただけ。
あたしはずっと気付かなかった。
あんなにつらそうな姿を抑え切れなくなるほどの傷が残っていたなんて思ってもみなかった。
もちろんあの出来事は、嫌な思い出として灯湖の心に残っていることはわかっていたけど、三年の月日がほとんど癒してくれているだろうと楽観的な勘違いをしていた。
ずっと一緒にいて、守るとかなんとか言って、あたしは灯湖のこと何にもわかってなかったんだ。
傍にいることがあたしの役目だと勝手に思っていたけど、結局それはあたしの自己満足に過ぎなかった。
隣にいた灯湖は、深い傷をかかえたままずっと苦しんでいたんだね……。
能天気でバカな自分が情けなくて、本当に腹が立つ。
ごめん……ごめんね灯湖……。
灯湖を助けてあげたい。
でも、今まで隣にいることしかできなかったあたしに、一体何ができるだろう。
灯湖に何をしてあげられるだろう……。
わかんないよ……。